デパートの中
イグノーツが用意してくれた雨により体を洗い、街中でこびりついた臭いはかなり軽減された。まともに体を洗えたのは一週間ぶりだけあって、すごく気持ち良く感じられる。濡らしたタオルで軽く拭き取るくらいしか、避難所では出来なかったからなあ。水の節約のために色々と我慢してきたし、心が久々にルンルンだ。でも欲を言えばお風呂に入りたかった……。
さて、もう乾いた頃かな?
晴れた屋上に出してある、物干し竿代わりの脚立にかけた服の乾き具合を見る。
触った手からは水気は感じない。よし、着よう。流石に火の魔法で熱を送り続けた甲斐があった。
「あら、乾いたの?」
「もう乾燥しているよ。着ても問題なし」
「残念ね。もう少しツカサの肌を見ていたかったのだけど」
んん? いま何か変な発言が聞こえた気がしたぞ。これは聞き間違いかな? こういう時はちゃんと確認しないとね。実は別の単語だったりすることもあるし。
「今何て言ったのサヤ?」
「もう少し、貴方の、裸を、見ていたかった」
「よしちょっと署で話を聞こうか」
ご丁寧に区切られて強調されたので、疑う余地はゼロになった。
私はサヤの背後に回り込んで、その身動きを拘束して事情聴取を始める。
「いいじゃないちょっとくらい、減るもんじゃないでしょ! ツカサの肌って綺麗だもの、見ていたいのよ!」
「罪状を追加、内容は無反省罪です。判決は死刑」
「法律に規定のない罪を与えないでくれるかしら! 大体、警察が検察もして裁判もするなんて越権よ越権。紛れもない権力の暴走、そんな判決無効に決まってるわ!」
言い逃れを始めたな。しかしまだ聞かなければならないことがある。私はまだ離さないぞ。
「私の意思を無視して脱がせたことに、言うことはありますか?」
「……ついカッとなってやったわ。後悔はしていないし、ツカサだからなお良かった」
やり遂げた顔で微笑みを浮かべるサヤ。
この期に及んで反省の色なしか。もう許さん、脇の下をくすぐられる刑に処す。うおりゃ〜〜〜〜死ぬ寸前まで笑え、そして反省しなさい!!
判決が下されたことにより、暫くデパートの屋上ではサヤの笑い声が絶え間なく聞こえていた。
「はー……はー……悪かったわ。だからもう勘弁して……」
「いいでしょう。これに懲りたら二度と同意なく私を裸にしないと誓いなさい」
「誓うわ。でも……二人きりの時は許してくれない?」
「私の! 同意がない時は! やめなさい!」
全く……サヤも遊びすぎだよ。
冗談もほどほどに、私達は乾いた服を着直す。臭いも落とせたし帰りたいところだが、このまま街中を行けばまた臭いが戻る。イグノーツがなんとかしてくれるって話だったけれど、どうするんだろう。
イグノーツのことを思い出し、リストバンドを見たら向こうから連絡のサインが。そういえばサヤに脱がされた時にリストバンドも外れされたから完全に忘れてたよ。
『ああ、やっと出ましたか。まだデパートの屋上にいます?』
『いるけれど、それがどうしたの?』
『こちらはいまデパートへと向かっています。帰りはなんとかすると言いましたのでね』
ちょうど今私も考えていたことだ。どうやらイグノーツが直接ここへ来て、帰りの問題を解決してくれるらしい。久々に合流出来るし、イグノーツとは会わなければいけないこともある。良い機会だと私は思った。
『到着までもう少し時間がかかりそうです。すみませんが、デパートの1階のどこかで先に待っていてもらえませんか』
『分かった。1階のエスカレーターの近くにいるから、そこで待ってるね』
お願いしますとの言葉を最後に、イグノーツからの連絡が切れた。入り口の近くじゃなくてエスカレーターの近くなのは、奥の方がまだ街中の臭いが届いてこなくてマシなのと、電源が止まっている関係でエレベーターは使えないこと、その状態で階を上り下りするとなるとそこか階段くらいしかないから。
入り口の自動ドアはどうやって通ったか? 来た時点で見事に割れてました。多分車でも突っ込んだんじゃないかな。
「1階まで下りて待てばいいのね」
「そうだよ。そうすればイグノーツさんの方から来てくれるから」
私とサヤはその認識を共有すると、階段を下りてまず4階を移動する。このデパートは1階から4階まであるやつだけど、屋上へ続く階段は4階からあったので、そのまま1階へ下ることは出来ないようになっている。1階まで降りるには4階にある別の階段から向かうか、止まっているエスカレーターを下っていかなければならない。
屋上との階段でより近い方はエスカレーター。なので、そこから下の階へ行こうとする。
「……待って」
「どうしたの?」
「下の階に誰かいるわ」
吹き抜けの部分から下を見ていたサヤが、下の階で動く物影に気付いたらしい。私は見ていなかったので気付かなかったけれど、イグノーツかな?
『イグノーツ、今どこにいるの?』
『まだデパートへ向かっている途中ですよ』
となると、下にいるのはイグノーツじゃない。誰?
「ロクトさんかな」
「いえ、彼ほど逞しい体ではなかったわ。それに複数人で行動していたようにも見えた。きっと違う人」
「どうする? 会って話しかけてみる?」
恐らくはデパートの中に何か使えるものがないか探しに来たのだろう。何を求めてやってきたのかは知らないが、目的もなく入ってきた訳ではないだろう。
「やめておきましょう。多分だけど碌なことにならないわ」
サヤが言うに相手は4、5人からなる男性のグループだったらしい。ロクトさんほど筋肉がありそうではなかったが、中にはイカつそうな見た目、耳にピアスをつけた人、柄の悪い格好をした男もいたという。避難所で見かけたどの人でもない。まるで不良集団のようだったと述べるサヤ。
「こっちは女性2人だけで行動しているのに対し、相手は成人男性が最低でも5人。向こうの目的がどうあれ、関わり合いになるのは避けるべきね。気付かれないように1階に下りましょう」
「でも、階を移動するには階段かエスカレーターの2つしかないよ。どっちかで鉢合わせする可能性は十分にありそうだけど」
「声が聞けたら、向こうの動きも分かりそうなものだけれど……」
ここからでは1階の人が何を話しているかなんて伝わってこない。音が聞こえても言葉として処理するのは困難だ。……いや、待てよ。
「声は聞こえないけれど、心なら読めるんじゃない?」
私が気づいたことに、サヤもなぜ自分で気づかなかったのかと驚いていた。私達は1級魔法士である。公認されている魔法は全て習得していて、いずれも99%台の成功率がある。
そしてその中には相手の心を読む魔法も含まれていた。これは壁の向こうにいる相手だろうと心を読めるのだ。どんなに防音仕様、外から聞こえないように作られている壁でも、これを防ぐことは出来ない。
「心を読む魔法なら……そうね。それで何を考えているかが分かれば、どう行動すればいいかも分かりそう」
「早速やってみようよ。向こうの位置は大体分かってるから、すぐ聞けるし」
お互い見合わせてコクリと頷いた。私は心を読む魔法を使い、下の階にいる男の人の誰か、その心を読み始める。
『おお〜……マジで残ってるな。あの日の前までに全部片付けられなかったのか、そのままにされてるやつも多い。選び放題、しかも店員もいないからタダで取り放題! 監視カメラも気にする必要ないし、最高〜』
相手の目的は、デパート内の物資を取りに来たってところかな。割と予想していた動機だった。
盗むことへの罪悪感が見られないけれど、こういうものなのだろうか。一週間も経つからあちこちでコンビニの商品とか漁ったりして、感覚が麻痺しちゃったのかな?
「……あんまり良さそうな相手じゃないわね。魔力嵐の後の環境のせいか、倫理観が歪んでいる。いえ、ある程度は元からかしら……? 盗むことへの抵抗がなさすぎるし、色々と……あっ」
「どうしたのサヤ、何か見たの?」
「いえ、私がレジに置いておいた金を取っていったわ……ラッキー程度に思っているみたい」
通りがかった店内のレジにお金が置かれてあったから、それに目が移ったか。今の時勢、お金を持っていても使える場所がよく分からないけど、うーん、これはサヤが言っていた通り、あまり良くない感じの相手みたいだなあ。
「一旦屋上に避難して、下の階の人達がいなくなるのを待つ?」
「それはアリだと思う。けど、屋上を探しに来ないって保証がないのよね。どうにも目につく端から無茶苦茶に物色して回っているみたいだし」
絶対に来ないと言えるならそこへ逃げるのが一番だが、そうでないなら屋上は逃げ場がなく、見つかったら不味い。かといって1階へ下りるにもエスカレーターか階段の二択で、タイミングをしっかり測らないとこちらの存在がバレる恐れがある。
そういったこともあり、サヤはこの事態にどうすべきか考えあぐねている様子。
『あーマジ最高。中は広いし外と違って臭くないしで、家として優秀すぎるだろ。ずっとここで暮らしていたいわ。そういや屋上ってどうなってるんだろう、いけんのかなー』
「……サヤ、屋上を見ようとしている人がいる。屋上はダメ」
私は現在心を読んでいる間が屋上に興味を持っているのを知り、それを伝えた。
「となれば、1階へ下りてデパートを離れるしかないわね」
「何か良い方法は……」
考える。まず、下りる方法は階段とエスカレーターどちらか。両方とも1階から4階まで繋がっており、使えばすぐに1階へ行けるが、相手に見られる可能性も高い。特にエスカレーターは場所が遠くからでもよく見える方にあるので、よっぽどの幸運でもなければすぐに見つかる。
では残っている選択肢は階段だ。こっちはデパートの端っこの方にあり、移動していてもそれが見える場所は少なく、隠れて移動しやすい。ただ、向こうがそれを使わずにいてくれないとダメだし、階段の側の品揃えは人目を引きやすいものばかり。金目のものが目当てなら近くにいる確率は高い。
こうなるとどっちの選択もリスクが高いように思え、正解とは言い難い。どうしよう、1階で固まっている今が一番動きやすい時だと思うのに。悩んでいる時間なんてないんだ。決断しろ。
「…………サヤ、私がエスカレーターの方で注意を引く。だからその間に、階段を下ってデパートから出て」
私はサヤの方を見て言った。私が何を言ったか理解すると、サヤの表情が険しくなる。
「何を言っているのツカサ。そんな危ない真似はさせられない。やるなら私が……」
「私、いつもサヤに助けてもらってばかりで、自分のことが時々情けないなあって思ってたんだ。何か代わりになることで少しでも恩を返そうとしたけれど、あまり上手く出来なくて、その度にサヤが助けてくれて、パッと問題を片付けてくれるのが、嬉しかったけど辛かったの」
サヤは私より頭の回転が早いし、機転も効かせられる。そうしたサヤが友達として色々と支えてくれることは、私にとってすごく頼もしく、幸運なことであり……同時にまた、自分が劣っている部分を見せられているようで、傷つくこともあった。
それでサヤを恨んだり妬んだりはしない。彼女はいつでも友達の私が困っていたから助けようと手を差し伸べてくれて、その手を掴んでいるのは私自身だ。必要ないと本気で思うなら、断っていればいい。差し伸べられた手を丁重にお返しすればいいだけのこと。そうすればサヤはきっと分かってくれる。
高校時代からの付き合いだから、その人となりもある程度は分かっているつもり。なんだかんだで私は彼女を信頼しているんだ。言い方がキツイことも時折に毒を吐くこともあるけれど、
「けれど、そんなサヤのことが私は嫌いになれないの。だからさ、ちょっとはサヤに良いとこ見させてよ。私だってこれくらいは出来るんだぞって」
「ツカサ…………」
悲痛そうな声を出すサヤ。私はその顔が変わってほしくて笑って答えた。
「大丈夫だよ。本当に悪い人かどうかなんてまだ決まってないんだし、話したら結構良い人たちなのかもしれないじゃん。ひょっとしたらサヤが帰ったあとに、仲良くなって一緒に避難所へ戻ってくるかもしれないよ?」
少しでも希望を持たせようと、そう語りかける私。
「だから私に任せて、サヤは先に帰ってて。ちゃんと後で追いかけるから」
それでも辛そうな顔から変わらないサヤを、私は抱きしめた。びくっとサヤの体が震えたが、すぐに収まって抱き返してくる。
「お願い、サヤ」
「……必ず、必ず戻ってきて。それ以外は許さない」
「うん、約束する」
私は彼女に約束を交わした後、抱きしめる腕を離して立ち上がる。未練があるようにサヤの手が宙へ残り、やがて力なく落ちた。
私は最後に、目一杯笑顔を浮かべる。そして彼女の方へ振り返ることなく、エスカレーターがある方角へと走り出した。




