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デパートの屋上

 このデパートは私にとって、ちょっと懐かしい場所である。

 遡ること約5年前。当時の私は高校生になる前で実家住まい。魔法士を目指していたけれど、魔法士になるための勉強が出来る学校は少なく、実家から遠いところまで行く必要があった。


 そこへ進学するなら一人暮らしの方が都合が良い状況だけど、高校生になったばかりの私に一人暮らしなんて、と不安がった両親は反対する。最終的には私の要望である学校の寮でということで合意したが、渋々の合意だったろう。認められた理由は、以前から両親(特に母)の教育方針が勉強漬け状態でやり過ぎだと思われたこと。その反動で私が、反対する両親に逆らって家出したこと。それらの事情を知った祖父母が私の味方をしてくれたから。


 こうして無事行きたかった高校へ行けた私は寮に入った。

 寮の近くにはコンビニやスーパー、駅などが徒歩10分以内の距離で元からあり、贅沢な欲求でもない限り困らない環境。そんな中、駅一つ分の離れた場所へこのデパートが出来たのだ。ちょうど私が高校へ入った後くらいのことである。


 電車に乗って一駅のところに出来たから、学校帰りや休日に友達と行ったりしたっけ。どこのスペースにどんな店舗が入っていて、何を買ったりしたかを今でもふんわり覚えているような、ちょっと思い出のある場所。働き出してからは中々行く機会に恵まれなくなってしまったけれど、サヤと予定が合えばたまに行こうかなーとは考えていた。


 ……そんな場所へ今日やって来て感じたのは、懐かしさより知らない空間へ迷い込んだような感覚だった。


 人と物で賑わってどこを見ても情報量の多かった空間が、寂れた商店街のような風貌になって『終わった』雰囲気を醸し出している。ここは本当に私の行っていたデパート? 私の知っている場所? 頭では分かっているはずなのに疑いたくなる。


「ほら、見ていないで屋上に行くわよ」


 サヤの言葉で現実に引き戻される。階段を駆け上がって向かう屋上。途中で鍵のかかった扉が行く手を遮ったが、なんか知らないうちにサヤが開けていた。鍵開けの魔法でもあるのだろうか。私が知らないから非公認魔法なのだろうけれど。


 屋上へ通じる最後の扉を開けると、なんかの四角い設備が鎮座している以外、何もない。落下防止のフェンスは2、3箇所ほどなくなっている場所があり、残っているフェンスの末端はまだ綺麗なことから、魔力嵐通過時に破損したものと推測出来た。


「ツカサ。イグノーツに」

「うん」


 私は頷いた後、イグノーツへ自分達の居場所を教える。


『場所を確認しました。これよりデパートを中心に一帯へ雨を降らせるので、濡れたら困るものなどあれば注意してください』

『……今更だけど雨で洗濯って水が汚れているからしちゃいけないって聞いているんだけど、大丈夫かな』

『都会の空は汚れていると言いますからね。洗剤を混ぜた状態で降らせましょうか?』


 当たり前のように雨に洗剤を混ぜれることを仄めかしてくるイグノーツ。

 そしてそれは解決策になっているのだろうか? というか洗剤って肌で触れちゃダメじゃなかった? 私は突っ込む代わりにその提案を却下しておく。


『ふむ。ならば一度、豪雨を降らせて空の汚れを落としてから、普通の雨を降らせましょうか。それならば汚れることはないでしょうし。少し準備がいるので待っててください』

『いいけど……何するの?』

『空の汚れを落とす準備です。10分ほど時間をいただきます』


 質問に対する答えになっていないが、屋上に滝を注がれるよりはマシだろうと思い、突っ込まなかった。でも空の汚れを落とすって、中々聞かない言葉の組み合わせだよね。


 まあいっか。サヤに説明しておこう。


「——だって」

「そんなことが出来るなんて、魔法の名に偽りなしね。なら私は水を溜められるものでも探してくるわ。ツカサはここで待ってて」


 嘘を言っているとか、誇張ではないのかとか、そんなもの一切聞こうともせずにサヤは下の階へ降りていった。


 私は一人、誰もいない屋上に残される。


『一緒に行かなくてよろしかったのですか?』

『待っててって言われたからね。サヤのことだから何か考えがあるんだよ』

『サヤさんですからねえ。考えがないとは思えないのがまた……』

『そういうイグノーツさんは準備進んでいるの? 私と話しているけれど』


 雑談が盛り上がって作業に集中出来ていないのではと懸念した私。だがそれは杞憂だったようだ。


『話しながら魔法を使うのは慣れていることですよ。ツカサさんだって、心を読む魔法を使いながら会話が出来ない訳ではありませんよね。つまりはそういうことです』


 なーるほど……。私は納得した。イグノーツは魔法に関して間違いなくこの世界にいるどんな人より高い腕前がある。そんな人からすれば魔法の実行と会話の並行作業なんて朝飯前。凄いと言われても当然としか思わない程度のもの。


 レベルが違うなー。やはり異世界人。


『何やら勝手な妄想が流れてきた気がします』

『あ、バレた? ごめん』

『いえ私は構わないのですが、見られたくない思考があるならリストバンドをつけている時の思考には注意してくださいよ? 付けている間はお互いに筒抜けのようなものですので』


 そういえばそうだ。リストバンドは私が心を見られたくない時は見られないようにって、お願いしたから彼が提案したものだった。

 なんだかんだイグノーツと会ってから一週間以上経ったし、私も気が緩んできた部分がある。彼が男でも死人だから、そういう性格じゃなさそうだからって慣れてガードが甘くなってたのかも。気を引き締めなおそう。


『そういえばこのリストバンドって、濡れても平気かな』

『水で濡れたくらいなら効果に支障はありませんよ。魔法紋のある部分が引き裂かれたり破かれたりすればダメですが、そうでなければ…………もしかして水洗いしようとしてます?』


 イグノーツが何を考えたか知らないが、その時サヤが空のバケツとタオルを持って戻ってきたため、私はそちらへ思考を優先させた。以降、彼の質問のことはすっかり忘れた私だった。






「雨が降るよー…………5、4、3、2、1」


 屋上へ続く階段のところへ移動した私は、サヤにタイミングが伝わるようカウントダウンを喋り、0になったと同時に空から雨が……雨?


「豪雨って、ここまで酷かったかしら」


 隣のサヤにはてと首を傾げられる。それも当然。なにせ扉の向こうでは、イグノーツが空の汚れを落とすためと言って降り出した豪雨……いや、豪雨のような何かが降っていた。

 その光景を分かりやすく説明するなら、雨とは思えないほどの大粒の水が、大量かつ高密度に降り注いでいる。


「うわあ……」


 イグノーツが言っていたことを思い出すなら、この雨は空の汚れを落とすために降らされているもの。なので空気中を舞っているゴミや汚れを捕まえたり、水を吸わせて地面に落としているといったところか。まあ普通の雨に引っかかるようなものなら、これで大概は落ちそうだけど。


 滝。滝だよ。これは滝です。ナイアガラもびっくりの降水量を誇る大滝。


『外出中の皆様、本日はお日柄も良く、えー……次の天気は晴れー。次の天気は晴れー』


 イグノーツは雨を降らせている最中も暇なのか、適当なことを言い出していた。スピーチと電車内アナウンスが混ざっている気がするが、もう突っ込まないぞ私は。

 なお次の天気とか言いながら既に空は晴れている。こんな豪雨なのに、お天気雨状態。なんで? どうして?


「世界中を旅しても見れない光景が、詰まっているわね」


 私の気持ちを代弁するように、そう口に出すサヤだった。




 当初の予定通り、豪雨が止んでからほんのちょっと雨が降らない時間を挟み、普通の雨が降り出した。普通サイズの雨粒がザーザーと音を立てて落ちる雨。少し激しめに思えるが、申し分ない水量だ。


『空の汚れは完全に落ちました。今降っている雨水で体を拭いても大丈夫ですよ』

「……って言ってるよ」

「そう」


 イグノーツの言葉を私から聞いたサヤは持ってきたバケツを屋上に置き、合計4つのバケツが雨を溜め始めた。重ねていただけで4つも持ってきていたんだ……。


 サヤは無言でジッとバケツの底を見る。


「……問題はなさそうね」

『飲み水としても使えるはずですよ。純度高めの淡水ですので』


 一応、持って帰っておいた方がいいのかな。飲み切ったペットボトルなら所持しているし。


『この雨はどれくらいの時間降らせられるの?』

『事前に用意した水量の分だけですので、長くはありませんね。持って今から15分というところですか』


 15分とは思ったより考えている時間がない。即決即断。ペットボトルの蓋を開けて水が入るように置いておき、颯爽と雨の下に出た。


 わ〜冷たい! 髪と服に水が染みる〜!


「ツカサ。服だけ濡らしてもしょうがないわよ。階段の方に服かけられそうな物があるから、脱いでそこにかけときなさい」

「はーい……って、え!? だ、だ、大丈夫なの!? 誰かに見られたりとか……」


 そこには既に服を脱ぎ、生まれたままの姿となったサヤがいた。目に映った光景にも驚きだが、その人物が言っていることにも驚きで、ちょっとどころではなく混乱する。


「この高さだし見えないわよ。屋上も広いから端の方へ行かなければ下から見られるような機会もないし、高めのビルも遠くの方。デパートの中にも人はいない。何より雨のカーテンがある。心配ないわ」

「言っていることは分かるけれど、だからってそんな急に脱いだり出来ないって!」

「うるさい脱げ。じゃなければ脱がす」


 横暴! と言う前に、私はサヤの手にかかる。抵抗を試みたがダメでした。

 あっという間に私もサヤと同じ格好にされ、羞恥心で顔が熱くなる。


「うう……酷いよサヤ。あんまりだ、弟にも見せていないのに」

「その年で年頃の弟に見せたらバカ通り越して変態よ。にしてもツカサは恥ずかしがりすぎね。もっと堂々となさい」

「こんなところで裸で堂々としてたらそれこそ変態だよ! ていうか犯罪!」


 涙目になりながら言い返すと、二度目の「うるさい」をサヤから賜った。私は悪くない。悪いのは急に服を脱がせたサヤなんだ。


「ほら、バケツにも水が溜まってきたし、臭いと一緒に体も服も綺麗にするわよ。石鹸やボディソープ諸々も買ってきたんだから一緒に使いなさい」

「サラッと何やってるの……ていうか店員さん一人もいないでしょ。窃盗じゃない?」

「代金ならレジに置いてきたわ、お釣りの一部も残して。現金は持っておくものよね」


 それお釣りじゃなくてチップ……もういいや。サヤがやることも気にしていたらキリがない。私は学んだ。スルースキルは大事だと。

 にしても最近のサヤは、イグノーツさんを相手にしているみたいだなあ。サヤとイグノーツ、二人のイグノーツ。……嫌なもの想像しちゃった。忘れよ忘れよ。あの人が二人以上いたらやってられるか。


 早く体を拭いて臭いを落とさなきゃ。髪を洗う時間は急げばギリいける? などと考えつつ、雨が止む時までサヤと一緒に服と体を洗った。

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