街へ赴く
中学校の敷地を出て街へ近づくこと一分。早くも強い不快臭に襲われてきた。
「臭い……鼻が曲がるわ」
「街中とは思えない臭いだ」
鼻をつまみながら歩くサヤと、手で覆いながら先を行くロクトさん。
私達が避難してきた時は大して異臭などもなかった学校への通学路。春には桜が咲いて綺麗な並木道ともなるこの場所は、きっと前は心地よい風が吹くいい道だったのだろう。そう思いを馳せようとしたが、漂ってくる悪臭に邪魔されてしまう。うう、帰ったら体育館に入る前に消臭は必須だ。
しかし、この辺はまだ商業用の建物が多く、人が居住するタイプの建物は少ない方。魔力嵐が来る前は多くの人が家に避難していたし、コンビニやデパートなどは前の日には閉まっていたはず。なぜこんなに臭うのだろう。心の中でふと思っていると、それに答えてくれる人がいた。
『魔力嵐で飛ばされた肉体が、この付近にまで飛んできたのでしょうね。あれの風速であれば人体の重さなんて飛距離を伸ばす妨げになりませんし、この辺まで飛んできたのが壁にぶつかって、爆ぜるように地面へ——』
『それ以上は言わなくていいから』
イグノーツが続きを言う前に制止した。それより先の光景を想像したくない。直接見たら間違いなく一生記憶に残るレベルだ絶対に。
『大丈夫ですよ。そこまで悲惨な死に方なら原形どころか、人であったかどうかも判別出来ないほどバラバラになっていると思われます。もし見かけたとしてもショックは薄いかと』
『フォローになってない……』
赤黒い染みを見かける度にそれが血の跡か気にする羽目になるってことじゃん。色的にはピンクもヤバいか? ああ、落ち着ける場所に帰りたいよお……。
街へ出るにあたって何が起こるか分からないので、イグノーツとすぐに連絡を取れるようリストバンドを付けてきたが、心はもう悲鳴をあげていた。
『ふう。今だけ臭いが分からない身体に感謝です』
イグノーツ……後で覚えておいてね。
清々しい態度を取る彼に内心文句を重ねつつ、私達は街の奥へと向かっていく。ある程度行くと学校の校舎は振り返っても見えなくなっていた。
「よし。ここらで一度死体を探しましょう」
「ん? いいぞ。じゃあ早速中に……」
「こら待ちなさい」
近場の建物の中へ入ろうとするロクトさんを、引き止めるサヤ。
「全部の建物をしらみ潰しに探していたら時間がかかるでしょ。いくら貴方が体力あっても非効率極まるわ」
「いやだけど、そうする以外に方法なんてあるか?」
「何のために魔法士が二人もいると思っているのよ。私達に任せない」
ロクトさんを制止してから、サヤはこちらに目配せをした。
では仕事をしますか。こういう時使える魔法には心当たりがある。私は失せ物探しの魔法を使い、周囲にある人間の肉体を探し始めた。
「……右の建物二階に一つ、屋上に一つ。更にその一個向こうの茶色い建物のホール部分に細かな人体の反応があります」
捜索範囲内だけで3人分も死体が発見。うち一つは報道で言う『全身を強く打った』のに等しい損傷具合。うう、イグノーツが言っていたやつがもう見つかっちゃった……。
「最後のやつは見るのも堪えそうね。ロクトさん、屋上と二階のやつを頼めるかしら。私とツカサはもう一つの方を回収するから」
「俺はいいが、君達は平気なのか?」
「平気じゃないです……」
もう正直に言ってしまった。既に遺体の状態を把握しているのに、この上直接見たりしたら吐いてしまいそう。
「ツカサ。気持ちは分かるけれど、これからはこういう死体を見る機会が何度も訪れると思うわ。今のうちに慣れておきなさい」
冷静にアドバイスされても困るよサヤ。死体なんて一生にいくつも見ていいものじゃないー……。
心の中では何度も愚痴を溢したが、でも現実には「うん……」と首を縦に振った。だってしょうがないじゃん。これから当分は死体を集めて焼く仕事をするってスタッフの人達の前で決めてしまったのだから。
私はサヤと一緒に茶色の建物の中へ入ると、視界に入ってきた悲惨な姿の遺体を確認し、魔法で一つ一つ回収。一箇所に集めてから風通しのいい場所で焼却することに。サヤにもこの状態の遺体を運ぶのは思うところがあったのだろう。
近くから燃やせそうなものを集めてきて、その上に遺体を置き魔法で着火。段々と勢いを増す火に遺体は焼かれ、体に悪そうな色の煙がもうもうと昇り出す。燃えている最中はそこから発せられる臭いがあったが、周囲の臭いもキツくてどれが人の燃えている臭いなのかは分からなかった。
「あの人が死体を回収して戻ってきたら、それを近くの広場に運ぶわよ」
「はい……」
「頑張りなさいツカサ。この経験は必ず私達の役に立つわ」
「うん。頑張る……」
サヤの励ましに応えつつ、私達は一日かけて広場を中心とする付近の地区から遺体を集めた。開始一日目にして集まった遺体の数は70体以上。これだけの数が街中に放置されていたことに驚きつつ、それを回収しても街から漂う悪臭は絶えないことが、いまだあの範囲に沢山の死体が残されているのではと思わせられ辛かった。
「たった3人でこんだけの遺体を見つけ出せるとは……魔法士ってのは凄いんだな。今日はもう帰って休んでいいぞ」
「そう? なら帰りましょうか。でもその前にどこかで臭いを落としておかないと、皆さんに迷惑がかかるわね」
「私もサヤと同意見です……」
一日も街にいれば多少は慣れたが、今身体中にこびりついている臭いは最悪の一言だ。それは浄化魔法具でも消臭仕切るのに数時間要することは確実であり、魔法士が自分で魔法をかけたとしても臭いを消し切るのは体力的に難しい。若い女性ならこんな状態でいることなど拷問でしかないだろう。かくいう私もやっと帰れるという気持ちより、この臭いをどうにかしたいという気持ちが勝っている状態だった。
とにかく、人目のないところで臭いを落としたい!
そういう訳で私とサヤはロクトさんと現地解散し、一旦どこかで臭いを落としてから学校へ戻ることにした。
……とはいうものの、街中にいたら臭いは絶対落とせないし、どこへ行けばいいのやら。自然多めの公園にでも向かえば多少はマシになる? ダメだ分からない。困った時はイグノーツに聞こう。
『公園の土でも全身に被ってはどうですか?』
『ちゃんと答えて』
『いや答えてますよ』
どういうことかと説明を聞けば、既に付いている臭いを別の臭いで上書きしてしまえということで、その方法として土の匂いを付着させればいいと言ったつもりみたい。
方法としては、多分悪くない。服が汚れるという一点を除けば。
『服を魔法で洗えないんですか?』
『汚れを取り除く魔法はあるよ。でも長時間使うの前提だから魔法士が直接やるのに向いてないの』
物事には向き不向きがあるとよく言うが、それは魔法を使う魔法士と魔法具の間にもある。
魔法士は様々な魔法を覚えて状況に応じて使い分けることを得意とし、一人で色んなことをカバー出来る。その反面、同じ魔法を何時間も継続して使うなどといったことは集中や体力の観点より苦手であり、向いていない作業と言われる。
対する魔法具は決められた魔法しか使えず、どんな状況だろうと融通を効かせられるような代物ではない。けれど、人間では不可能な超長時間に渡って一つの魔法を出し続けることを難なく行え、それによって疲労する体力などを持たない。
なので魔法士が得意なことは大体魔法具は苦手とし、魔法具が得意な運用は魔法士では代行出来ない。割とそういう棲み分けがなされているのである。あと、現状では魔法具の数や種類も限られているからその分魔法具へ頼れないのもキツい。
『となると、水を発生させて洗うくらいしか思いつかないのですが……出来ます?』
『無理』
ハッキリと否定しておく。
だって、水を発生させる魔法はかなり前より発見が待たれているが見つかっていない魔法だぞ。ファンタジーのお話みたいに掌から水球を生み出すってのは、現実になりそうで実は出来ていない。意外だと思うだろう。でも事実なんです。でなきゃ水を買っておいたりしないし、魔法士だと分かった時にスタッフが水を出してと要求してきているから。
『予想以上に、魔法が遅れていますね……』
『仕方ないじゃん。こっちは魔法が発見されてまだ数十年なんだよ? よくある異世界みたいに魔法が使われるようになってから何百年何千年って歴史もなかったんだから、出来ないこともかなり多いんだよ』
時たま見つかる異様に役立つ効果の魔法を除いて、大半は効果が微妙か雀の涙みたいなやつ。効果が強くても役立て方が浮かばなかったり、「被害しか出ねー」みたいな危険なやつもあるしで、中々進展が生まれないジレンマ。
『でも確か、ツカサさんの職場に給水魔法具ってものがありませんでしたっけ。あれは水を発生させる魔法が使われているのではないのですか?』
『……私、イグノーツさんに職場の話したっけ? なんでそれを知っているのか聞きたいけれど、あれは違うよ。水を発生させるんじゃなくて水を引っ張ってくるやつだから、供給するための水がないと使えないの』
『ああ、そうなるとこの状況ではあまり役立ちませんね。肝心の使える水が届いてこないのですから。仕方ない、私が人肌脱ぎましょう』
『やっぱ水を出す魔法知っているんだ』
なんとなくそんな予感はしていたが、イグノーツは当然の如くそれを把握している様子だった。本当異世界人だけあって色々と常識外れというか、ズルくない?
『私がいる位置から直接水を飛ばしてそちらの上空へ滝のように注がせるのと、局地的に雨を起こして水で濡らすのと、どちらがいいです?』
『前者は誰かに見られたらヤバそうだから後者で。あ、場所は後で伝えるから待ってて』
私は一旦連絡を切ると、隣にいるサヤの方へ確認を取った。サヤはすぐ了承した。私がイグノーツと話している最中なのを途中から察していてくれたみたい。
とりあえず、臭いが酷くない場所を目指す。死体の多くありそうな場所より離れ、臭いがマシと思われるところ。あるかなあ、あって欲しい。
『デパートの屋上とかはどうですか? 街の中ですがこの辺りなら一番臭いが充満しにくく、周囲より高いところなのでマシになっているかと思われます』
『臭いは少なそうだけど、帰る時にまた臭いがつくでしょ』
『では学校の使われていない校舎の方へ……』
『他の人に嗅がれたくないの! 今の臭いを! そこで臭いが残ったらどうするのさ!』
『えー。だったら高層マンションに……』
その後、あーでもない、こーでもないとイグノーツと言い合うこと数分が経ち、「帰りは私が何とかしますので」と案があると思しき彼の発言に折れ、結局デパートの屋上に向かうことになった。
——もし、ここでデパートではなく別の場所を選んでいたら、私はあの時、どうなっていたんだろう。




