友達と友達
全く、まさかあの二つ名にあんな経緯があっただなんて……知っておいて良かった。
サヤを校舎の裏で捕まえ、魔法で羽交締めに拘束しつつ一息つく私。
ひたすらに腕をジタバタさせて抜け出そうともがくサヤ。けれど私の拘束魔法は弟を掴んで離さない、年季の入ったものなのだ。最近10秒で抜けられたけど今回はその点から学び多重型にしている。簡単に抜けられると思うなよ。
「お願い、もう逃げないから離してツカサ。もう逃げたりしないから」
「本当ー? なんか信用出来ないなー。私さっきの話聞いてサヤと友達でいるべきか検討しようかと思っているんだけど」
「——後生よ!!!」
本気の顔と叫びだったため流石に解放した。ここまでのリアクションは想定外である。
魔法を解除して自由になったサヤは、逃げるどころか私の胸に飛び込んでくる。
「悪かったわよ……自分の兄をチキン呼ばわりなんかして。謝るから、後でちゃんと兄さんに謝るから、どうかこれからもずっと友達でいて。お願いよツカサぁ……!」
「わ、分かった分かった! これからもサヤとは友達でいるから、落ち着いて!! ね?」
「うう……うう…………」
サヤは私の胸の中で泣き出し、ひっついて剥がれない。
ちょっとした脅しのつもりで言ったことなのに、ここまで取り乱すなんて……どうしよう。最近サヤの知らない一面を知る機会が何度もあるけど、こんなの全然嬉しくない。というかそんなに動揺すること? 『検討』するだけだよ? 『検討』だよ。友達をやめるだなんて一言も言ってない!
もしかしてサヤと私の間には、友達という言葉の意味が違うのでは。そう考えそうになるほどの異常事態だ。とりあえず最優先で行うべきことは、サヤを泣き止ませていつもの調子に戻ってもらうことと定める。こんなところ避難所の誰かに見られてみろ、どんな噂が立つか……。
「サヤ……」
「行かないで!! うう……」
肩を持って顔を見ようとしたら、なにか勘違いされた上もっと泣かれ、状況が悪化した。
「私はどこにも行ったりしないよ。ずっとサヤの隣にいるから」
「うう……うう……」
「えっと、そろそろお昼だしお腹減らない? 配給の時間も近いし、体育館に戻ろう?」
「うう……」
「ごめん! さっきは私が言い過ぎたから、私の方が悪かったから! だから元気出して、ね?」
「うう……うう……」
ダメだ、泣き止まない。これが弟ならそろそろ泣き止む頃なのに。妹だと違うのか。
どうしてこうなった。私のせい? 私のせいですか? 普段クールで決まった態度しか取らない人が、あんな言葉でこんなことになるって予想出来る人誰かいる? いるなら私のせいって認めるから助けて。この状況を打開する方法が見えてこないの。
暫く泣き止まないか黙って様子を見ていたが、その様子は見られない。胸の中で啜り泣く声が聞こえるのに黙っているのは精神が削られる。やばい、段々と気まずくなってきた。時間は私の敵かもしれない。悠長に待ってはいられないのでは? と考え出す。
よし、こうなったら……あの手を使うしかない!
『イグノーツさん!』
『……何事ですか?』
リストバンドを着用し、彼に助けを求めた。既にこちらの追い込まれつつある感情を読んだのか、言う前に何かがあったと判断している様子。私は何があったかを掻い摘んで説明する。
『——ということなの!』
『あの、私がいないところで混迷を極めた事態を引き起こさないでくれますか? 正直手に余るというか、助けを求められても大変困るのですが』
『そこをなんとか!! イグノーツさんって色んな世界の魔法を知っているんでしょ、こういう時役に立つ魔法って知らないの!?』
『私は異世界から来たのであって未来から来た訳じゃないんですけどねえ』
心底呆れられたのか、心を読む魔法だというのにため息が聞こえてきた。
ため息を吐いてもいいから助けてお願い。貴方が今頼りなの! どこかの猫型ロボットのレベルまでは求めないから、少しでも状況が好転出来るようなもので助けて。お兄さんを呼びに行こうにもまともに動けないんです。
『とりあえず、サヤさんの心が読めるようリストバンドを彼女に付けてもらえますか。3秒くらいでいいです』
『わ、分かった』
私がサヤの心を読めばいいのではとも思ったが、魔法具であるリストバンドの方が効果が安定するとのこと。
言われた通りにリストバンドを外し、サヤの腕に付ける。3秒後、それを外してまた自分に付け直した。
『どうだった!?』
『大体は把握しました。かなりの感情量ですが対処出来ます。今から言うことを貴方がサヤさんに語りかけてください。それで多少はマシになるかと』
『ま、魔法じゃないの?』
てっきり魔法を使って解決するかと思ったが、イグノーツは魔法は使わないという方針を立てる。その理由は彼なりに存在していた。
『こういう事例では魔法を使わない方が予後がいいのです。激しい感情が溢れ出ている時に下手に魔法で沈静化なんてすると、予期せぬタイミングで感情がぶり返す可能性があります。そうなると余計に感情のコントロールが難しくなって、最終的には魔法なしでの感情制御が困難になります。貴方はサヤさんにそうなって欲しいのですか?』
『そんな訳ない!』
だったらこちらの言う通りにしなさい、選択肢から選ぼうなんて贅沢なことは考えるなとと告げるイグノーツ。
元はと言えばこうなったのは私のせい……覚悟を決めるべきか。
『なんて言えばいいの?』
『しっかり聞いていてくださいね』
私はイグノーツが言うセリフを聞き、それを間違えないよう覚える。確認のため心の中で復唱もし、ミスがあれば直す。
『……これでいい?』
『問題ありません、大丈夫です』
何度目かの復唱の後、イグノーツからのお墨付きが得られた。胸の中で今も泣いているサヤの方へ顔を向け、彼女の耳元に口を近づける。
離れるような素振りはせず、むしろ逆に密着しようとしていると思わせられるように、限界まで抱き合う。そして、その言葉を言った。
「————っ!?」
耳元から聞こえてきた言葉に、サヤの体がピクリと反応する。今までに見られなかった反応。
それから間もなくサヤの泣く声は段々と小さくなっていき、ぐったりと前のめりになって意識を失った。
『どうなりました?』
『……眠ったよ。泣き疲れたのかも』
『それは何よりです。しかし、昨日の今日でとんでもないことをお願いしてくれましたね。二度とこのようなことがないようにして欲しいものです』
努力しますと、私は苦笑いしつつ答えた。胸の中ではやっと顔を見れたサヤが、すやすやと安心したような表情を浮かべている。
イグノーツとしては昨日思いっきり怒りを買ってしまった相手が、今度は泣いて止まらず助ける羽目になったので、複雑な気持ちゆえに感情が乱れたらしい。彼の困惑っぷりは心を読む魔法からハッキリと伝わり、まさにカオスの様相だ。
む、少しこの体勢キツいな……立ち上がったままの状態で支えるのはしんどい。近くの芝生の上で横にしよう。念のため私は傍にいなければだけど、まだ肌は触れる距離の方がいいかな。そっちの方がサヤの寝顔が安心してそうだし。
『ありがとう……。ところで、覚えることに必死で内容まで気にしてなかったんだけど、あの台詞って何なの? 結構恥ずかしかったんだけど』
『気になりますか? ですが残念、サヤさんのプライバシーに関わるので、こちらの世界で教えることは出来ません。……ああ、そうそう。プライバシー保護のためツカサさんはさっきサヤさんに言った台詞を忘れておいてくださいね』
『ええ!? 無茶振りが過ぎるよ! 散々復唱して覚えたから簡単には忘れられない状態なんだけど!?』
『元はと言えば貴方の安直な発言によって起こされた事態ですよね? ならばそれは罰として実行してください。出来ないは認めません、やりなさい』
あれでも私なりに慎重に選んだ言葉なのに、安直扱いされた!
所詮19年の人生から出た言葉なんて、その倍以上、数十年も長く生きた大人からすれば軽い言葉ということなのか。これが人生経験の差なんだと打ちひしがれる。
仕方ない……これはサヤがああなってしまうほど酷いことを言った私への罰なんだ。なんとか頑張って忘れよう。
何日くらい思い出さなければ出来るかなあ。一ヶ月くらい? もしくは二ヶ月? それで済むといいなあ……。
サヤが目を覚ましたのは、昼を過ぎてしまった頃くらい。
起きたばかりのサヤは目が半開き状態で、ぼーっと周囲を見ながら状況を確認。私が寝転ぶすぐ隣で寝ていたことに気付くと、ガバッと距離を取る。
「おはようサヤ。13時だよ」
「お、おはよう……」
体を起こしつつしれっと寝起きの挨拶をすると、サヤもそれに答えてくれた。寝起きで咄嗟に離した距離が気になったか、スススっと微調整するように寄ってくる。
その動きがちょっと面白いと思ったけれど、こうなった経緯的に私は笑ってはいけない気がするので我慢。
「よく眠れた?」
「ええ……その、さっきはごめんなさい。取り乱して」
「いいよ。あれは私が悪かったから」
気にしないでと言ったけど、サヤは気になる様子。当然か。
「正直気付いてなかった。サヤにとって『友達』ってすごく大事な関係なんだね。私はそこまでのものとは思ってなくて、軽い気持ちで言っちゃってて」
「……そうね。例えとして適切かどうか微妙だけど、ツカサにとっての弟くらい、私にとって大事な関係よ」
あ、それは本当にごめん……。もっと重く受け止めるべきだった。
もし弟から「姉ちゃんなんてもう姉ちゃんじゃない!」とか言われたら、私も気が動転すると思うので、今後は特に気をつけよう。冗談でももう言わない。
自分が言ってしまったことの重大さを認識し、二度と同じ過ちは犯さないと決意する。
「約束するよ。サヤとずっと友達でいるって」
「……ズッ友宣言って、大抵はズッ友でいられない宣言よね」
「え!? そんなことないって! 私とサヤは例外だよ!」
「例外って言葉も大概胡散臭いわよね……」
やばい、言葉選びを連続でミスったせいかサヤが達観した顔になり始めた!
ああーーー、どう言えば伝わるのおおお!! 何か便利な言葉は……『便利』ってイメージがアウトだわ!
言葉だけでは、言葉だけではダメなのか!? ……そうだ! イグノーツが教えてくれたあの台詞なら……ってダメだ! イグノーツから忘れるよう言われてるのにそれを思い出したら意味がないいい!! くそおおおお!!
「……ぷっ。あはははは」
私が思考のドツボにハマっていると、不意にサヤの笑い声が聞こえてきた。
驚いて振り向くと、破顔するほどに笑う彼女の姿が目に映る。
「ありがとう。ツカサが百面相しているのを見たら元気が出てきたわ」
目に涙を浮かべてそう言うサヤ。一体どんな顔してたんだ私。けど笑顔になったサヤを見て、私も気持ちが軽くなる。
「私、眠る前の記憶が少し曖昧で、とても辛い気持ちだったのは覚えてるの。でも、ツカサが近くで何か言ってくれた途端、気持ちがスーッと楽になった」
「それって……」
イグノーツに言われて、私が耳元で言った言葉だ。うろ覚えなのか詳細は記憶にないみたいだけど、サヤはあの時何があったかを把握している。
「あの時何て言ってくれたのか思い出せないけれど、救われたような気持ちになった。ずっと抱えていた思いの一部が報われたような、そんな感じ……」
サヤは胸に手を当てる。まるでその時の気持ちを思い出すみたいに。そんな彼女を見ていたら、ふと目が合ってお互いちょっと無言になる。そしてその無言の間が途切れると、
「これからも、私の友達でいてくれる?」
「……うん。勿論」
「そう。……良かった」
私達は互いの関係を確認し合い、一緒に笑みを浮かべるのだった。




