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『魔力嵐』

「なに、これ」


 はて、私はさっきまで家にいたはずなのだが。

 どうしてこのようなだだっ広く緑しかない場所へいるのだろう。


「原因は……多分これよね」


 考える限りこいつが元凶としか思えない本、『異世界災害収集録』。

 これのページをめくったことが何らかのトリガーとなって、ここへ移動させられた。恐らくそういうことだろう。私はこういうことへの理解度を高めている。学校で教わったこと、「魔法に出来ないことは多分ない」。


 異世界災害……なるほど。この本のタイトルを見るに災害を本に収集したものであり何らかの手順に従うと収集した災害が起きる、と。うん————馬鹿じゃないのお爺ちゃん? こんな危ないもの大事にとっとかないで処分しといてよ。お陰で可愛い可愛い孫の私が巻き込まれてますが、天国から何か言うことはないんですか? 今なら弁明くらい聞いてあげますが。魔法でもなんでも使って良いから生き返れこの野郎。

 まさか学校の授業内容を実践する機会がこんなに早く訪れるとは思わなかったが、それはもういい。過ぎたこと。


「見た感じ、どこかおかしいところはない」


 周囲を適当に散策してみた感想。

 ここは風が吹いていて、それを肌で感じられる。草に触れようとすれば普通に触れられるし、変な生き物がいるわけでも見慣れないものがある訳でもない。肌をつねれば痛みだって感じる。つまり幻覚を見ているということではないのだ。


 困った。どうやら本当にどこか分からなくなった。

 本の影響でこうなったのは違いないけど、場所が分からなければどっちに行けば帰れるのか分かるもんか。私は迷子である。

 北極星とか見えないかな〜なんて空を見たら照りつける太陽で目が焼けそうだし、どうしようかな。

 とりあえず救難信号? その後はピクニックでもして救助が来るのを待つか。幸い空は晴れているしすぐに雨が降り出すような心配はなさそうなので、これで一日くらいは潰せる。危ない動物もいないことだし、それでいこう。


 だけど数時間もしないうちに私は飽きた。


「うん? あれは……」


 暇すぎて独り言を遠慮すらしなくなった頃、遠くに雨雲のような暗い雲海が漂っているのを目視する。驚くことに、その雲は灰色とか濃い影がついて暗いというレベルではなく、水色は黒い色という常識でもあるような真っ黒っぷり。


 これはちょっと、いや結構普通じゃない。あんな色の雲は嵐でも見たことがないぞ。雲の下も大概暗いが、暴風でも起こってるのか木と思しきものが飛び交っている。

 いそいそと近くで雨風を凌げそうな場所を探すが、見渡す限りの平原なんぞにそんな場所あるわけもなく、誰かが地下シェルターでも用意してなければあれをやり過ごせるところもなかった。


 どうしよっか。今から土を掘って地面の下に避難する、という選択肢は現実的ではないな。そもそもあの雲……いやあんなの雲とか言ったら失礼だし嵐と言い直そう。嵐はこっちに来ているように見える。風向きも味方しやがっているので、そう遠くないうちにここまで流れてくるはずだ。


 学校で習った魔法でなんとかするしかない。


「だけど教わった魔法だけでどうにかなるかな……」


 高校では生活用のものから護身用のものを基本に学ばされた。ナイフで刺されても平気な魔法、包丁で指を切る心配がなくなる魔法など、身の回りの危険から自分を守るための魔法だ。

 いずれも魔法を学んだ生徒がその能力を悪用しないため、逆にその能力を使って誰かを助けることを可能にするためのものである。しかしそんな役立つ魔法を教えてくれた教師達も、これだけは魔法に頼らず逃げろと言った。『災害』である。


 それでも逃げ場所がなく、逃げるのも間に合わないと察した私は魔法を使う。そして自分を守ろうとした。今の私が生存確率を上げるためにはこれしかなかった。


「くっ……」


 嵐が近づくほど風が強まり、圧倒的な威圧感を誇る天候の怪物が頭上へ迫ってくる。飛んできた小さな石が服や肌にビシビシ当たってきて、保護の魔法がそれから皮膚を守ろうとしている。


 意外と耐えられる。迫り来るそれを見上げながら、未だ無事でいる私はそう思いかけた。

 だが、この嵐にとって小石を浮かせるなんて造作もないことだとすぐに思い知る。


「っ……!?」


 注連縄を結んで崇められるようなサイズの岩が、奥の方で飛んでいる。それどころかその更に奥ではもっと大きな物体、岩塊や割れた大木が宙を舞っていた。護身用魔法は身近な危険から身を守れる程度の力はあるが、ああいったものからは守れるほどのものじゃない。


「無理ゲーじゃない、これ?」


 あまりの酷い光景にどうしようもないなあと笑みが溢れ、私は死を考えた。

 足が地面から離れて身体がフワッと浮かび上がるのを感じると、もはや抵抗は不可能だと悟ってそのまま目を閉じる。


 ああ弟よ、先に散る私をどうか許しておくれ。

 まだ将来を決めた相手もいないけれど、私は悔いなく生きたつもりだよ。

 「姉は立派な人でした」と子々孫々に讃えなさい。これは義務です。

 あと、部屋の引き出し上から三段目を中身を見ずに処分してね。見たら祟る。

 お姉ちゃんはいつまでもあの世から見守っていますからね?


 うーん、死ぬ前に考えるのはこんなところかな。

 まだ思い残していることはあるだろうけど、そんなすぐに全部は思い浮かばない。でも私死ぬのか。うーん、痛いのは嫌だなあ。せめて痛みを感じる間も無く一瞬で逝きたい。嵐さん、私が死ぬときは痛みなどなく、けれど綺麗な顔のまま(?)どうかお願いします。最後に浮かべる顔は笑顔でありたいのです。


 さあ、心の準備は出来たぞ。一思いに殺せ————!


「…………ん? あれ?」


 しかしいくら待てど死ぬ気配がない。

 どうしたのかと目を開けたら、自分を中心に青く輝くバリアのようなのが覆っていて、それが飛んでくる石や岩を全て弾いているのを見た。


 手元では、あの例の本がページの隙間から光を放っている。ぺらりと該当するページを捲ってみると、そこにはなんか書かれていた。


「“この本を手にした者へ、私は貴方が世界の行く末を憂う志高き者であると願い、この本を託す。どうか、私の遺志を継いでくれ。著者、イグノーツ・ステラトス”」


 どちら様? あ、文字が消えちゃった。この本を書いた人の言葉だったのかな? お爺ちゃんの名前じゃないし。イグノーツ・ステラトス……誰だったんだろう。


 そんな風に物思いにふけていると、今度は本の最初のページが光って自己主張してきている。


「はいはい、今開きますよ……っと」


 実は私が開いたそのページは、私がこの本を取って最初に読もうとしたページだったのだが、この時はまだ気付かなかった。


 浮き上がってくる文字を読んで内容を確認する。


「“収集ナンバー1番、魔力嵐”……」


 M系魔力によって構成される大気現象系魔力災害。高濃度の魔力が集まって巨大な嵐を発生させるもので、その原理は通常の嵐に似ている。しかしその発生には大気圧でなく魔力圧の影響を強く受け、高魔帯と低魔帯の衝突が発達を促すという。


 ……魔力嵐という災害についての説明のようだ。


「色々と知らない単語が一杯あるわね。それに魔力嵐なんて聞いたこともない現象。だけど……」


 上空を覆っている雲を見る。


「説明を読む感じだと、これが魔力嵐なのよね」


 今思い出したけど、このページは私が最初に読もうとしたページ。そして今内容を読んでいたのはそのページ。偶然の一致? 恐らく違う。何故なら他のページは真っ白なままなのに、このページだけ文字が浮き出て読める。この本を作った人が何らかの意図を込めて対応させているとしか思えない。そうとしか思えなかった。


 だからきっと、これは著者が意図した動作なのだ。このページが読めるのも、私がここにいるのも、あの著者の言葉も。


 さて、それを含めてこれを書いた人はどうして欲しいのかしら。

 本を読もうとした人を魔力嵐の真ん前にほっぽり出し、あの文章とこの現象に関する説明を読ませた上で、何をして欲しいのか。


 対処法でも載っていないかとページ内を隈なく探してみる。


「“根本的に、魔力嵐は大気中に過剰なM系魔力が飽和して発生する現象であり、よってM系魔力を余剰分以上消費すれば自然消滅する。そのためには大規模魔法の発動もしくは継続的な魔力消費が必要となる魔法の運用を”……」


 一言読んで、まあ無理だろうと感じる。そもそも私が学校で習った魔法はそんなものじゃないっていうのと、魔力消費量もたかが知れてるからこの現象を根っこから消すのに向いていない。


 それ以前の話として、大規模魔法なんてものは大学でも研究の領域にすら足を踏み入れていない段階のもののようだ。理論も次のページに書いてあるが私から見ると複雑を極めており、内容が読めるのに内容が理解出来ないという貴重な体験をした。この方法は現状ダメだろう。他にはなにかないか?


「“M系世界『ギキョウ』において、魔力嵐の人為的な消滅は不可能と見なされ、ゆえにこれを逸らすことを目的とした魔法が編み出されている。大気中の魔力圧を変動させることで軌道をズラし、人のいない場所へ動かす方法だ”」


 こっちの方は魔力嵐を消すのではなく逸らしてルートを変える対処法か。消すよりは逸らす方が現実的かも。あ、でもこっちも魔力を多く消費しそうで私一人じゃ使えないかも。ええ〜どうすればいいのよ?


「“一番効果的な対処法は魔力嵐を発生前、または発生直後に継続魔法で消費すること”……って。今更そんなこと出来るかぁ! 私をお家に帰せ!」






 帰ってきました。

 まさかね、本に向かって帰るよう命令したら光に包まれて、気付いたら元の場所にいたとか。行きが唐突なら帰りも唐突。灯台下暗し? 盲点だったね。


「どうしよっかなあ、これ」


 行く前と変わらない部屋の姿、目の前には開かれた状態の『異世界災害収集録』と、魔力嵐について記入されたページが読める状態で置かれている。

 少し前までこの本は興味の対象でしかなかったが、今はそこに『危険物』という認識が私の中にプラスされている。


 別に本は好きだけどさ、危険な目に遭ってまで読みたいかって言われると違うし。私の手には余裕であまる代物っぽいから、処分した方がいいのかなあ。面白いけど……面白いけど。


「あ、姉ちゃんいた」


 その時ガチャリと扉を開けて弟が入室してきた。


「弟よ、扉が閉められている時はノックをして返事を聞いてから入りなさい」

「えーでも姉ちゃんさっきまでこの部屋いなかったじゃん。どこ行ってたの?」


 うん? 私は本を取ってからずっとこの部屋にいたはず。そう考えてふと、この異世界災害収集録を見遣る。


「……質問です。私が弟に魔法をかけてから、いま何分経ったでしょう?」

「え、急になに」

「見事正解を答えられたらお姉ちゃんがご褒美にゲームを買います」

「ゲームって……それくらい自分で買うからいいよ」

「じゃあ弟よ、私に何かして欲しいことはあるかな? なんでも応えてあげるよ」

「いや、ないかなあ」


 欲のないやつめ。昔は色々とあれしてこれしてと構って欲しげにしてきたくせに、すっかり変わっちゃって。弟の成長が嬉しくもあり寂しいよ。


「それはそうと、あれからどれくらい経ってるの?」

「どれくらいって数分くらいだけど。大して経ってない」


 数分。私が本の影響でどこか知らない場所にいた間、消えていた時間が凡そそれくらい。

 向こうでは少なくとも一時間単位は経過していたので、経過時間が合わない。私の体感時間がおかしくなっていたのか、それともあそこの時間の流れがおかしかったのか。


「ところでそれ何の本?」

「これ? これはね、呪いの本です」

「呪い?」


 全く信じていなさそうな目で見られました。なんですかその目は。

 世の中には魔法があって弟も学校で習っているのに、呪いは信じないのか。


「姉ちゃんが呪いの本なんて持ってたっけ……ああ、お爺ちゃんの本?」

「そうです。これは今日私の本になりましたが、つい先日までお爺ちゃんの本でした」

「呪いねえ。実在するの?」


 君は学校で学んできたことを今一度復唱しなさい。


「魔法だって一種の呪いでしょ? 昔はどっちもオカルト扱いだったけど、今は科学の一部なんだから」

「いや。それは分かってるけど……」


 分かってるなら実在するかどうかを疑うか? 煮え切らないなあ、何が言いたい。

 私は弟の背後に回ると羽交い締めにして尋問を試みた。


「言いたいことがあるならハッキリしなさい」

「分かった分かったから、それやめて! 言うから!」

「言ったらやめます」

「鬼かよ!? ああごめん、もう『鬼』って言わないから、言うから!」


 どっちだい。まあわかってるけどさ。

 弟と戯れてスッキリした後、私はニコニコしながら弟の話を聞いた。その間弟は「うげっ」と言いたげな表情をしたが、気にしない。


「そのさ、その本ってお爺ちゃんが持ってた本だよね?」

「ええそうね」

「お爺ちゃんって色々な本持ってたから、まあそういう本があってもおかしくないよね。それで今は姉ちゃんのものと」

「その通りね」


 内容が想像を悪い意味で超えてたから、今捨てるかどうか検討しているけど。


「呪いっていうとさ、捨てても戻ってくる人形とか、欲しがる人の側に勝手に寄ってくるって、怖い話で流行ったことが昔あるんだって。それで最近は呪いも魔法の一種として普通に科学の一部になったでしょ」

「……つまり?」

「もし本当なら、姉ちゃん誰かに呪われてることになるけど」


 最後に弟は「多分捨てても戻ってくるよそれ」と付け加えた。


 後日、その異世界災害収集録という本を捨てた日の夜、私の枕元にはそれが戻ってきていた。何度も捨てては戻ってくるのを一週間ほど繰り返し、理解する。私は呪われたのかもしれない。


 ……なんで本当に呪いの本になってるのさあああ!!?

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