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秘められた願望

 ドラゴンストライク、別名『空の噴火』と呼称される災害はその名前からも推測出来るように、発生すれば周囲へ大きな被害と影響を与えるものであった。遠くからでもその光景は見られたようで、ある者は空より光が降ってきたと言い、ある者は天使が降臨したと、またある者は光の柱が立ち上っていたなど証言したという。

 伝聞でよくある証言者の勝手な想像が混じった話だが、被害の当時者であったというイグノーツは、その時のことをこう語る。


「光によって街は瞬く間に廃墟へと変わり、大勢の人が文字通りに砕け散りました。街の中を流れていた川はただの溝になり、街の周囲に広がっていた肥沃な土としつこいほど生える雑草、毎年甘い果実を実らせていた木は、彫刻のような白い見た目へと変わってしまった」


 イグノーツはその時のことを「天から死が落とされたようだった」と振り返る。


 不幸中の幸いか、イグノーツは既に買い物を終えていたので街を離れ、師匠の家に向かっている途中だった。なので直接的な被害を受けずに済んだようらしい。けれど運悪く頭上にドラゴンストライクが発生した街では、そこにいた殆どの人が助からなかったという。


 運良く助かったのは、偶然地下倉庫などに立ち入っていて衝撃を回避出来た人や、祖父母などから聞いた話で素早く危険を察知した人、空の変化を不気味に思って離れた人など、偶然か危機感で避難していた人だけだった。


「私の師匠も街の離れに住居を構えていたので一命を取り留めましたが、『空の噴火』の二次被害によって間もなく亡くなりました。住む街を失い頼れる人もいなくなってしまった私は、この地で生きていくことは無理と判断し、やむなく実の父親の元へ帰ることを決断します」


 家出から戻ってきた時、父は会社を起こしていてその創業者になっていた。


 命からがらで帰ってきたイグノーツに対し父は色々聞いたらしい。今までどこに行っていたとか、何をしていたとか。それを聞いた私は「自分の子が災害で死にかけたのにいきなりその態度?」って感じたけど、その時点だと父は息子が家出した以上のことは知らなかったようなので、やっと帰ってきたイグノーツにどこをほっつき歩いていたんだこのバカ息子はって態度だったようだ。


「それで、どうなったの?」

「掻い摘んで言いますと、父と仲直りは出来ました」


 月日が流れて色々と経験を積んだこともあり、家出する前より世の中に詳しくなっていたイグノーツは、父のやってきたことの凄さというものを実感する機会が多くなり、魔道具作りに夢中になっている間も父のことを時たま考えていたらしい。


 だから家出当初にあった父への蟠りも帰る時には大分薄くなっていて、かつては認めようともしなかった自分の非もすんなり認められた。それが理由で仲直りも成功したのだとか。


 ふんふん、なるほど。仲直り出来て良かったね。

 あれ、でもそれだとイグノーツは将来父の後を継いで商人になるルートにならない? こっからあの本を書く流れにどうやってなるの?


「その後の私は父の下で見習いとして働きつつ、商売の基本知識やコツなどを実地形式で学ぶ日々を過ごします。始めは色々と大変で、私が家出した後に雇われた人にもあらゆる面で追いついていないと感じさせられることもあり、一秒足りとも無駄にしないつもりで頭に叩き込んでいきました。夢中になっていた魔道具にも目を向けないほど」


 もう逃げ出さないと決めていたイグノーツは、父の背中へ追いつくつもりでひたすら努力をし続けた。彼の努力はすぐには実らなかったが、ゆっくりと着実に彼自身の力へ変わっていき、段々と周囲と自分を比べることもなくなる程度には成長していたのだ。


 そして家に戻ってから十数年が経ち、父は自身の後継となる者を発表することにした。会社の中では、誰が次の後継者に選ばれるのか話題が広がっていき、その有力な候補として二人の人物が挙げられた。

 一人は当然、創業者の息子であるイグノーツ。そしてもう一人は会社を起こす前より創業者を支えてきた彼の右腕とも呼べる部下。


 父は大々的に後継者を発表する。選ばれたのは、創業者の右腕として有能さを示し続けた人だった。イグノーツは選ばれなかった。


「そんな……」

「元より分かりきっていたことでしたよ。ずっと父の側に居続けいついかなる時も商売から離れなかった人と、自らの欲望のために家を飛び出て、数年間も留守にしているような愚息とでは、比べるまでもなかったでしょう」


 イグノーツはその発表を最初から受け入れていたらしい。悔しいと思ったことはない。自分が家出なんかせずに幼い頃からずっと父の側で学んでいれば取れたであろう席に、ずっと父の側にいた人が取っただけ、と。

 寧ろ父のその判断力に決して敵わないなと感じたことを述べた。イグノーツは後継者となった相手に進んで祝福の言葉を送ったあと、仕事の傍らで別のことをするようになる。


「その頃の私の頭には、後継者となれなかった話など欠片も残っていませんでした。代わりに残っていたのは、自分がかつて暮らしていた二番目の故郷といえる街と、そこを襲った『空の噴火』の記憶……」


 それを聞いて私がまさかと思うと、イグノーツが答え合わせをした。


「なぜ私の住む街の上で、あんなことが起きたのか? なぜ街にいた多くの人は、あの現象について知らなかったのか? あれはどういう原理で、どういう作用から引き起こされたのか、私は考えるようになりました。そしていつしか、それを解き明かす道を志すようになったのです」

「じゃあ、あの本はその時に……?」

「実際はもっと後ですけれど、災害のことを集めて記録収集するために作りましたね。あれは……私の願いだったんです」

「願い、ですか」

「はい。もしあの時『空の噴火』について街の人が知っていれば、街が壊滅しても人々は生き延びられたんじゃないかって」


 彼の心の中には、今もその時の光景が鮮明に残っているのだろう。本の中に自分の意識を複製してまでやり遂げようとしたことだ。


 イグノーツは世界中のありとあらゆる災害について調べた。時には会社の意向で赴任した先で調べ、働く時間以外は全て割いたほど。見聞きした内容を余すことなく本に綴っていき、書き留めていった。最初はごく普通の平凡なノートであったが、どれだけページがあっても足りる気がしなかったので、知り合いの助けを借りて足りなくなる前にページを増やす魔法を作ってもらい、本に付加したという。サラッと凄いことを聞いた気もするが、話の本題とはあまり関係なさそうなことなので今は考えない。


 そうして彼の書いた内容は驚くほどの量になっていた。これならばきっと生涯を捧げ切る前に大体のことは書き記せる。もうあのような悲劇を繰り返すことは二度と起きない。そう考えるようにもなり出したある日、イグノーツは知り合いが息子のために買ってきた本を試しに見せてもらう。


 平たく言うとその本の内容は主人公が助けた生き物が主人公へのお礼として違う世界へ連れていってくれて、そこで一週間ばかりの思い出を作り元の世界へ帰還するというもの。


 子供向けの絵本にありそうなメルヘンでファンタジーな内容。私のところでいうと浦島太郎が近そうな内容の本に対し、読んだイグノーツはある可能性に思い至った。


 “この世には、自分達が住む場所とは違う別の世界があり、そこでも別の災害が起きているのではないか? そこには世界を超えて影響をもたらすような災害がありはしないか? もし存在するならどうすればいいのか”


 後日、イグノーツは異世界のことを知るべく時間を費やすようになる。それは向こうの世界へ渡って旅をしたいなどとキラキラした理由ではなく、知ることが出来る全ての世界の災害から人類を守る手段を探すためだった。


 最終的には彼の寿命が先に尽きてしまい目的は達成出来なかったものの、この世に一冊の本が残った。題名を『異世界災害収集録』というその本には、イグノーツによって調べ尽くされた色んな世界の魔力災害が記録されており、情報は今も魔法によって丁寧に守られていると……。


「これが、ツカサさんの質問に対する答えです」

「じゃあイグノーツさんは……自分と同じような人を出させないために、あの本を?」

「出来る限りのことはしたかったので。人生は有限、残りの時間全てを尽くして、やりたいことをやったまでです」

「そっか。そうなんだ……」


 まだ色々と知らないことは多いけど、それが知れただけで良かった。イグノーツが本に残した言葉の意味、初めて読んだ時は全く分からなかったけれど、今なら少し分かると思う。


 ——世界の行く末を憂う志高き者であると願い、この本を託す。どうか、私の遺志を継いでくれ。


 あれはそういう想いを込めた言葉なのだと、胸に手を当て今一度思い返す。


「ありがとうイグノーツさん。聞けて良かった」

「そうですか。何やら納得して頂けたようで私も嬉しいです」

「正直貴方のことは知らなかったから、どういう人なんだろうって時々思ってたの」

「ああ、それは大変失礼しました」


 私がボソリと口から漏らすと、あまり失礼したと思っていなさげに彼は答えた。


 呆れ混じりに顔を背けると、イグノーツのふわあ、と情けない欠伸が聞こえてくる。


「なんだか長い昔話をしたせいか少々疲れました。一度本の中に戻ってもいいですか?」

「どうぞお好きに。何かあったら呼ぶから、ちゃんと起きててよ」

「人使いが荒いですねえ。分かりました」


 彼は渋々と了承した様子で、体を粉にし本の中へと消え去った。私は一人ポツンと、明かりの少ないシェルターの中へ残される。


「私もちょっと寝るかな……」


 話し相手のいない空間は、少しばかり寂しさを覚えた。







 異世界災害収集録という本の中へ、イグノーツ・ステラトスは帰還した。

 真っ白で何もない空間、大きな円柱をくり抜いて存在するような部屋の中に、彼以外の人は存在しない。

 ゆえに、どんな独り言であろうと誰かに聞かれる心配はない。己か誰かが招き入れたりしなければ、そこは完全に隔離された空間であるため。


「寝ましたか……」


 外の様子を映し出す枠を見て、イグノーツは一人喋る。枠の中には、シェルターの中でウトウトと三角座りの姿勢で揺れているツカサが映っていた。

 睡眠は取りたいが、完全に寝落ちする訳にもいかないので半端な姿勢で寝ようとしているのだろう。見ているとつい気になって声をかけたくなる気持ちが走る。イグノーツはそんな気持ちを表情にこそ出さないが、やれやれと息を吐くことで解消していた。


「すみませんツカサさん。私は貴方に話したことの中で、言わなかったことがあります。一つは、貴方が知ろうとしていた私の過去の一部。貴方は私にとっても()()()()()()()()()()。嘘を混ぜるような真似は避けましたが、全てを話すことは出来ませんでした。その点においては、いずれ謝らせてもらいます」


 映像の方を見ながら、懺悔するように静かに語り出す。言葉は明確に彼女へ向けて告げている。


「もう一つ、ツカサさんは私のことを人類のために一生を捧げた立派な人だと誤解なさっているかもしれませんが、それは違います。貴方がこの本の最後の方に書かれてあるこの一文について、読解しようと試みていたことは知っていますよ」


 そうしてイグノーツは手元に『異世界災害収集録』を出し、著者の名前と遺言のような一文が書かれたページを開く。


「“この本を手にした者へ”……か。稚拙なところもありますが、及第点と言えなくもないですよね。まるで書いた人間が人類のためとなる崇高な目的を叶えるべく後世に託したと、人に誤解させることの出来る文。もっとも、それがあまり本人に伝わっていないのは、幸運なのか不幸なのか」


 本を持つ手と逆の指先で文章をなぞりつつ、一人喋り続けるイグノーツ。文頭から文末まで指がたどり着くと、パタンと音を立てて閉じた。


「いずれは気付くでしょうが、今はまだ……何も知らないでいてください。イグノーツ・ステラトスの復讐のために、この本は消えてはならないのです。貴方はそれを望まないでしょうが、こればかりは譲れないので」


 言い終わると、映し出されていた映像が消えて枠が消え去った。

 さて、とイグノーツは本を再び開く。開かれたページは一見すると何も書かれていない白紙の状態。しかし、彼が魔力を注ぎ込むことでそこに文章が浮かび上がってくる。


「魔力嵐によって地球上で発生する死者と行方不明者の推定数は12億人。残り地球人口は約70億といったところですか……まだまだ多いですね」


 呟きを交えつつページを手で送る。捲られたページには次々と文字が浮かんできて、逆に読まれて埋もれていくページからは魔力が抜けていく。


「魔力嵐の攪拌作用によって地球上の魔力は現在不安定になっている。今まで均衡を保ち何事もなく過ごせていたようですが、これからは揺り戻しの時期に当たる…………短期間の内に大規模な魔力災害が地球全体で発生するでしょう。地球上で感知出来ている魔力の種類はM系魔力(マナ)E系魔力(エーテル)A系魔力(アストラル)、そしてM系変質のO系魔力(オド)。想定される次の魔力災害、並びに有力な発生地点とその被害レベルは……」


 近い未来で発生しうる魔力災害を調べたイグノーツは、次に被害の中心地となる場所を予測する。彼が言葉を放つたび、本に書かれた文字が入れ替わって全く別の内容に変わる。まるで本が彼の言葉を命令として受け取り、求めている情報を検索しているように。


 同時に、先程から本に書かれているのは日本語ではない。イグノーツがいた世界の言葉なのだろうか。


「……ほう」


 絶え間なく浮かんでは消えていた文章が、何かの文字列を出した後にピタッと止まった。

 内容に目を凝らしたイグノーツが感心した素振りをする。


「これはまた、ツカサさんにとって人間の醜いところを知る良い機会になりそうですね」


 どのような内容が浮かんできたのか、それを知ることが出来るのはイグノーツ以外にいない。だが、その文章を読んだイグノーツは怪しい微笑みを浮かべていた。

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