表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/130

事件の日(3)

 なぜ、動いている。

 一人でに、動けているんだ。


 咄嗟に、彼女の顔を見た。

 窓枠を越えようとする自分の身体。

 それを操っている魔法へ抗うことが出来ない。

 その怯えが、引きつった表情となってべったり張り付いている。


(自分で動いているんじゃない……?)


 周囲を見渡す。

 この場で彼女以外に動いている者はいない。


 先ほど放った『全員動くな』という命令。

 周囲の人々は今も、その効果を受けている。

 新たに『何かしろ』と望んだ覚えもない。


 そうした状況が示すのは、この場にいる誰も、一歩も歩き出せるはずないということ。


「や、やだ!! 助けて!!」


 目の前で二階の窓からベランダへ、身を乗り出す髪の長い子。

 眼下に広がるアスファルト。

 黒くてらてらと光る駐車場の地面を見た彼女は、必死に叫び出した。


(くそっ、なんでだよ!?)


 彼女へ向かって『中へ戻れ!』と望む。

 しかし俺の意思は届かない。

 ベランダの柵に手をかけるのを見た瞬間、次に来る光景が分かった。


 嫌な予感がして、俺が駆け出そうとした時だった。


(——っ、体が!?)


 ズシンと重い感覚が、胴から下を襲う。

 それを境に俺の足は一切動かなくなる。


 なんでだ。

 足元を見るが、動きを阻害するような原因は見つからない。


(その子を止めろ!!)


 自身では間に合わないと判断し、窓際にいた一年生へ命令した。

 すると近場にいた男子数名が窓を飛び越える。


「いや、いや……いやあああ——っ!!」


 彼女がベランダの柵を越え、空中に足を運ぶ寸前——男子の手が届いた。

 間に合ったのは、ほぼ幸運だったろう。

 助かったのを確認し、俺は一難去ったことを認識する。

 それと同時に深く考え始める。


(どういうことだよ……)


 初めは、彼女が魔法に抵抗する術を持っていたのか、魔法が何かしらの原因で切れたのではないかと疑った。

 だけどそれなら彼女は、息が乱れるほど危険な行動をするものか?

 心を読んだ時、恐怖と混乱しか流れてこないものなのか?


 俺に見えている情報は全て、違うと告げている。


(今の反応、彼女が故意にやった可能性は低い。けどなら……)


 彼女が二階のベランダから飛び降りようとしたのが、俺の意思によるものでもなく、彼女の意思によるものでもないなら。


 一体なにが、その体を飛び降りさせようとした?


(……? なんだ、この音)


 原因を考えていると、ぐちゃぐちゃな音の塊が耳に入ってくる。

 ザーッとも、ざわざわとも、がやがやという感じにも似た、何十人もの人達が耳元で騒いで、個々が判別出来なくなるほどうるさい、そんな雑音。

 俺は耳を塞ぐ。


(——消えない)


 鳴り止むどころか外の音が聞こえなくなり、一層響くようになった。

 雑音の中から聞き取れる声まで出始め、悪化させる結果に繋がったと思い、頭を抱える。


(頭が……おかしくなったのか……?)


 それは殆ど聞き取ることも出来ない、ノイズだらけの言葉。


 聞いた覚えのある声から聞き覚えのない声まで、男の声や女の声、若い人から年老いた人のもの、怒っている声調から、冷めたような言い方、侮蔑するような声色など。

 様々なトゲのある声が、俺に何かを告げている。


『————せ。——世から、————し去れ』


 うるさい。

 幻聴らしきものを知覚した時、それから意識を遠ざけるべく、自分で自分の頭を殴った。

 痛みで思考が途切れる。

 それでも頭蓋に響く幻聴よりは幾分マシだ。


 一体なんだ。

 さっきから予想出来ないことが連続して起きる。

 何かがおかしくなったとしか思えない。


(……待て)


 そのとき、疑問が湧いてきた。


 俺が使っている——気付いたら勝手に発動していた魔法。

 それは厳密にどういう効果のものなのか、俺は全く知らない。


 この目で分かる現象から、他人を操るようなものと考えていたけれど。

 もし、それ以外の効果があるとしたら?

 実は、制御が難しい危険なものだとしたら?


 俺は今この魔法を、制御出来ているのか?


(まずいっ……!?)


 止めないと。

 そう思った時には、周りの人達が動き出していた。

 俺の意思とは関係なく。


「はぁ……はぁ…………え、なにっ!?」


 息を整えていた髪の長い子が、突然押し倒される。

 押し倒したのは、彼女を助けた男子だった。

 彼は馬乗りになって彼女を押さえつけ、背中まで伸びた髪を掴んで、強く持ち上げる。


「痛っ、やめっ……!」


 彼女の訴える声など聞こえぬかのように、勢いよく男子は立ち上がった。

 髪を掴んだ手に引っ張られる形で、彼女は頭から持ち上げられて、膝立ちの姿勢になる。

 痛みに歪んだ顔には、恐怖が蘇ってきていた。


 一方、それを見つめる男子の様子は——ひどく薄気味悪い。

 彼の頭は支える糸を失ったかの如く大きく傾き、目はそれぞれが違う方を向いている。

 半開きのまま閉じない口は、涎を垂らすことしかしない。

 片方の目だけが、彼女を捉えている。


「うそ……嘘嘘嘘。嫌嫌嫌! 離して離して離して!!」


 彼女は頭をブンブンと振り、繰り返し叫び始めた。

 その声が何度も教室に反響する。


 助けを求める声に対し、動く者は誰もいない。

 いや、動けないのだろう。

 俺が助けに向かうことも出来なかった。

 先程は思い通りに動かせた腕なども、今は指先一つさえ固まっている。


 叫んでいる彼女が、首から下がピクリとも動かないみたく。

 俺もまたそうなりつつある。


(止まれ! 止まれよっっ!!)


 俺のそうした思いも、魔法には届かない。

 文字通り暴走した魔法を制御出来る人は、この場に誰もいなかったから。


「許して、許して、許して……」


 枯れんばかりに叫んでいた彼女の言葉も、止めることは出来なかった。

 髪を離し、彼女の胸ぐらを掴んだ彼は、廊下の方へ振り向く。

 そして全力を込めた動きで、彼女を投げ飛ばした。


「——あがッ!?」


 廊下目掛けて放り投げられた彼女は、勢いよく壁にぶつかる。

 激しく打ちつける音が室内に響いた。

 彼女はそのまま、ぱたりと床に倒れる。


(嘘だろ……)


 投げ飛ばした男子は、腕があらぬ方向に曲がっていた。

 けれどそのことを気にする素振りはない。

 ピクリとも動かない彼女を、立ったまま見下ろしている。


 異常だ。

 これも魔法の効果なのか?

 ここまでして欲しいなど、俺は望んでいない。


 止めろと思った。

 何度も思った。

 でも魔法は俺の意思に反する形で、次々と人を操っていく。


 髪の長い子が倒れると、一年生達は一斉にある方を向いた。

 視線が集まった先にいたのは、一人の女子。

 俺が自分で自分の指を折るよう、望んだ子だ。


(その場を動くな!!)


 女子と男子が一緒になって、彼女を囲む。

 間もなくその内側より悲鳴が聞こえてくる。

 殴ったり踏んだり、蹴ったりする音。

 囲いが解けた時には、彼女は痣だらけになっていた。


 その後、一部の生徒が廊下に出て行った。

 しばらくして戻ってきた彼らは、一人の女子を引き摺ってくる。

 俺が階段から落ちるよう望んだ子だ。

 その子も前の二人のようなことをされた。


 その後に、ヘアピンを付けていた子も。

 その更に後に、炎の幻影に巻かれていた子も。


 サヤをいじめた五人が、クラスメイトにより虐められる。

 魔法に操られて。


 俺をそれを見るしか出来なかった。

 声を出す主導権さえ、とっくに奪われた身体で。

 魔法の人形劇が終わるまでの間、ずっと。





 海風がそよぐ船の上、ケイスケさんは静かに語った。

 自らがパペッティアと呼ばれるきっかけになった事件のこと。

 その日彼がなぜそんなことをして、どういう惨劇が起こったのかを。


 私が今まで知らなかった、深くは知ろうとしなかった。

 サヤに関わる、過去の話を。


「——魔法は、気付いたら止まってた。立ち尽くしていた俺は、後で来た警察に組み伏せられ、手錠をかけられた。それがその日起こった、俺の知っている全てだよ」


 懺悔するかの如く言うと、彼はこちらに振り向いた。


「ツカサさんは、今のを聞いてどう思った?」

「どうって……」

「俺のこと、怖くなったりしなかった?」


 こちらを真っ直ぐに見据え、問いかけてくる。


 まだ話を聞いたショックが収まってない。

 私は逃げるように誤魔化した。


「わから、ないです……」


 彼がやったことは衝撃的である。

 いじめを調べるために魔法を利用したこと、その中で突然知らない魔法を発動し、教室を恐ろしい場に変えたこと。


 理解出来るものはあっても、そこまでしようとする人は殆どいない。


(でも、全く怖くなかったかと聞かれたら、私は……)


 口にするか躊躇っている私に、ケイスケさんは言った。


「怖いと思うのが、普通だよ。だからもし、ツカサさんが怖く感じたとしてもおかしくない。それだけのことをやったんだ」


 自分がしたことは許されないことだ。

 そういう認識を彼が強く持っているのが感じられる、固い表情だった。


 迷っている私は、そこに現れている気持ちを朧げに察する。


「……いじめはどうなったんですか?」

「サヤが学校に戻ったあと、前みたいなことは起こらなくなったから、止まったと思う。魔法を使ったいじめも知られて、魔法士を置くって話も進んだらしい」


 その話は私も耳にしたことがある。

 現役の教師は魔力に疎い四十歳以降が多いから、魔法士を学校に常駐させることでいじめの早期発見を可能にしようと国が考えているって。


 見かけ始めたのは私が高二の頃だから、事件が起こって四年くらい後になる。


「ケイスケさんは、その後……」


 どうなったのと尋ねたら、彼は横を向いた。


「退学した。いや……退学処分を学校から受けた、が正しいのかな。驚きはしなかったよ。むしろ、もっと重い罪になるのを考えてたくらいだ」


 彼は自分が受けた罰の形に、苦笑を浮かべると、


「——なんで、ならなかったんだろうな」


 やりきれない気持ちの籠った声で、呟く。


(ケイスケさんがやったことを整理するなら、学校で妹をいじめていたであろう女子五人への、魔法での報復)


 語ったことが本当なら、五人分の傷害罪や暴行罪などが適用される可能性がある。

 けどその口ぶりから推察するに、実際に受けたのは退学処分のみか、軽めの刑罰だけだったのか。

 それが意味することに思考を巡らして、私は一つの予想を立てた。


(報復内容がいじめた相手に自傷や他害をさせるもので、魔法の効果が相手を操ることだったから、立証出来なかったのかもしれない)


 魔法の制御は口に出さなくとも出来るから、全部の命令を頭の中で済ませてしまうと、そういう行為をやれと脅迫した証拠も残らない。

 自分の口に自分で手を突っ込んだり、階段から一人で転げ落ちたり、指を自分で折ったり。

 今なら魔法で全部出来ると言えてしまうが、当時はまだ無理だ。


 なぜなら、ケイスケさんが先生に訴えたことは、合っているから。


(学校で習ったっけ……)


 犯罪に魔法が使われた時、魔法と魔力の関係は、凶器(まほう)指紋(まりょく)に相当する。

 凶器を誰が使ったかを証明するには、犯人に繋がる指紋を特定しないといけない。

 指紋を見つけるには特別な道具が必要だが、魔力が指紋足り得るのは、魔法を引き起こすため魔力圧をコントロールしている時間だけ。

 それを逃すと、証拠として関連付けられるものはない。


 要するに、詰みなのだ。

 現行犯で押さえない限り、犯人への手がかりは霧散してしまう。

 それこそ技術の発展で、後からでも特定出来るようになるか、証拠不十分でも有罪に出来る時代へ逆戻りでもしなければ、過去にやったことを証明する手立てがない。


 それが自傷行為なのか、魔法によって操られた結果の他害なのか。

 判別する方法がないのだから。


 だから考える。

 事件を起こした本人でありながら、ケイスケさんが直接やった証拠は、警察が来た時には残っていなかった。

 退学処分で済まされたのは、十分な証拠が得られなかったから。


「ケイスケさんは、どうなりたかったの? 魔法で傷つけた罪を、問われて、償いたかったの?」


 彼は苦々しい横顔を浮かべたまま沈黙していた。

 しかし私の言葉に振り向いた彼は、


「——証明したかっただけだよ」


 疑問に対し、それだけ返して。

 それ以上は語ろうとしなかった。


「ツカサさん。俺はサヤの友達である君を、大切に思っている。だけど、俺はパペッティア事件を起こした犯人なんだ。サヤはいじめの被害者だけど、俺はやり過ぎた報復をした上、碌に魔法も制御出来なかった、危険な人でしかない」

「そんなこと……」


 果たしてないと、言えるだろうか。

 もし私が彼のことを、事件から知った人だったら。

 関わるどころか、距離を置こうとしたんじゃないか。


 そんな考えがふと過ぎり、言葉に詰まる。


「ケイスケさんは、サヤのいじめを暴こうとしただけでしょ?」

「そうだね。でもそれは、ラインを超えていい理由にはならない。……俺が魔法で手を下した時点で、今後他人にどう映るようになるかは、決まってたんだ」


 ケイスケさんは手を己の顔の前に持ってきて、ぐっと握りしめた。

 手の甲に血管が浮き出んばかりの力加減で。

 握り込めた拳を解いて、彼は真っ直ぐこちらを見る。


「だからツカサさんも、俺の近くにいない方がいい。白い目で見られる人の側に居続けたら、同じ目を向けられやすくなる。一緒にいればいるほど、嫌な思いをさせるだろう。俺は……あいつの大切な人に、そんな思いをさせたくない」

 

 私は彼の振る舞いの中に、胸が苦しくなった。

 それは大丈夫じゃない人が『大丈夫』と言ったときのような感覚で。

 ()()()すぐ分かることを、隠し、誤魔化した時のやつ。


 それとよく似ていたから。


「ケイスケさんは、それでいいの……?」

「……俺は、嫌なことは嫌って言うよ。だから、それでいいんだ」


 私の質問にそう答え、彼は微笑んで見せる。

 笑えているようで、笑えていない顔を浮かべながら。


「これからも、サヤと仲良くしてやってくれ」


 船に逃げる前、学校にいた頃。

 教室で二人になった時、ケイスケさんが言ったこと。

 それと同じことを口にして、横を通り過ぎていく。


 去っていく彼に、振り返ることも声をかけることも出来なかった私は、


「…………嘘つき」


 胸が締め付けられる思いを抱えながら、一人呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ