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事件の日(2)

※この回には、残酷な描写が含まれています

「……一つ確認したい。いじめは本当にあったのか?」


 真剣な面持ちで尋ねてくる先生。

 心を読めば、その裏側にある思惑も覗けた。


 いじめがあった可能性はゼロじゃない。

 しかし現状では、互いの主張が食い違っている。

 どちらかが嘘をついているか、本当のことを言えないのか、分かっていないのか。

 これだと言える判断材料に乏しい。


 先生はそう考えていた。

 落ち着いて考えることが出来れば、先生がまだ中立を保とうとしていることへ気付けたかもしれない。


 けれど——どうせ無駄だと、俺は思ってしまう。


「ないと思ったら、そんなこと言いませんよ」


 呆然としたり怯えたりで、動けずにいる一年生の注目を集めたまま、低い声音で告げる。

 無意識のうちに睨んでもいただろう。

 伝わってくる先生の気持ちに棘を感じた。


「先生はどのクラスの担任でしょうか?」

「このクラスの担任だ。だから仁賀月君の妹さんのことは普段から知っている。その上で、いじめがあったと言う根拠を聞きたい。それは本人から聞いた話か?」

「いいえ」


 学校で何があったかなんてサヤは口にしなかったから、首を横に振った。


「じゃあ、他の人から聞いたのか?」


 それも違う。

 俺は再び先生の問いに首を振ることで答える。


「ただ、家に帰ってきたときの様子が最近変だと思っていたので、もしかしてとは思いましたよ。本気で調べようと思ったきっかけがなければ、やらなかった。きっかけは……先生も知っていますよね?」


 先生は、ノーと言わなかった。

 まだ登校できる状態じゃないのだから、朝一に連絡は行っている。

 なんで来れないのか、なぜそうなったのか、掻い摘んだ理由だけでも把握しているから、知らないとは言わない。


「どういうことですか、先生?」


 恐らくいじめと無関係のクラスの女子が、担任へ尋ねる。


 さっき血を吐いて倒れたと言ったはずだが、聞こえていなかったのか。

 もしくは、それがつい最近の出来事だと考えていなかったのか。


(この先生はすぐに答えられないだろう)


 読みとれる内心から悩みあぐねているようだったので、代わりに俺が返す。


「このクラスにいる誰かのせいで、サヤは今日学校に来れない。病院送りになるようなことをしたやつが、この中にいるんだよ」


 クラス中に伝わるよう、大きな声で言ってやった。

 一斉にざわめき出すかと思ったが、シンとしたままだった。


 いじめていた女子も言葉を発せない様子でいる。

 彼女が黙っている理由は周りとは違う理由だろうが。


「なぜそれがいじめによるものと間違いなく言える?」

「知っているからですよ。どんな方法でやっていたのかを」


 チラッと、最初に話しかけた女子の顔を見る。

 視線に気づいた彼女は目の動きが止まった。

 表情にはっきり浮かび上がる恐怖。

 魔法で裏を取る必要もない。


「先生は、魔法についての知識はありますか? ゲームやアニメに出てくる方じゃなく、実際にある方で」

「……魔法具に使われているものだろう。私の家庭にもいくつかある」


 質問の意図を測りかねている先生は、渋々と答える。

 ここでいう『魔法』が現実にあるものを指していることは理解しているようだ。


 それが分かっているなら、話を進めても問題ない。


「なら、魔法がどういうものか説明することも出来ますよね?」

「魔力を刺激して発生する物理現象だったか? 魔力にかかる圧力が関係するというらしいが、そこまで詳しくはない」


 先生は会話の目的を探りつつ、魔法について説明してみせた。

 俺が非公認魔法を調べたときに得た知識と比べると、ざっくりとしているが合ってはいた。


「俺も大した知識は持っていませんけれど、実際の魔法も空想上のものと出来ることは似ています。何もないところから火を出す効果、空気のフィルターを作って汚れを落とす効果、影響範囲から思い浮かべたものを探す効果など。そしてそれらは指先や、手のひらの上、目で見ている先などから、割と自由に出せる。やろうと思えば……」


 俺は人差し指を立てて、怯えている彼女の方へ向けた。


「ひっ」


 すくんだ声を出し、真っ青になる彼女。

 指差した方角にいた一年生達も、その直線上から離れようとして、何人かが転んだ。

 それを見ていた先生が、俺に向かって叫ぶ。


「やめなさい!」

「大丈夫です。実際にやったりしませんから」


 発動するつもりなんてないと答え、手を下ろした。


 本当はやらないのではなく出来ない。

 妹の入院から昨日までに残された時間だと、魔法なんて一つ覚えるだけで限界だった。

 それでも辛うじて、魔法紋という形で一つという状態。


(そんなものを覚えている暇なんてないんだよ)


 俺は先生の方へ向き直ると、教室の端にいる一年生まで伝わるような声量を出す。


「言いたいことが分かりますか? 大人にバレないよういじめることに、面倒な手間や準備はかからないんですよ。慣れてしまえば、授業中隠れて携帯をいじるより簡単なんです。それこそ、相手の体の中で発動すれば……()()()調()()()と見分けなんてつかないでしょう?」


 途端にざわめきが起こった。


 学校を休んだサヤと、病院にいるという話、そしていじめがあったという可能性。

 魔法を使えばどんなことが出来るか、それを聞かされたクラスメイト達が、この教室で何が起きていたかを考えずにはいられまい。


 魔法だから証拠なんて残っていないが、可能か不可能かでいえば十分可能である。

 俺へ向けられていた疑惑の目も、少しだけ和らいだ。


 しかし先生は、それを聞いても『分からない』という態度でいたが。


「——君の言うことは、憶測の域を出ない。魔法なら出来るかもしれない、それは確かだろう。だが、あくまで『かも』だ。そして、『やった』という証拠がない中では、君の言うことは主張を超えず、事実とは断定出来ないんだ」

「証拠を出せって言ってるんですか? 魔法は見ることが出来るけど、魔力は見えないんですよ。誰が起こしたかなんて、確認しようがない。そんなものを、どうやって」

「言いたいことは分かる。けれど、それなら仁賀月君にも誰がやったのか分からないのではないか? なのに、君は誰がやったのか分かっている風だ。君の言うことにおかしな点がないなら、なぜそれを突き止められたのか、その証拠を出せるはずなんだ。だったらそいつを伝えてくれればいいだろう。なぜそうしない?」


 毅然として返す先生の言葉に刺される。

 冷静だったら気付けたはずだ。

 誰が使ったか特定出来ないのなら、使った人を知っているのは不自然なことだと。


 読み取った記憶に囚われ、そのことを失念していた俺は、言い淀んでしまう。


「それは……」


 相手の心を覗いて得た内容。

 嘘をつくときの心の機微さえ読み取れるこの魔法で、彼女がサヤに何をしたか、全て暴き出してくれたから、特定出来た。

 この魔法を使っていなければ、彼女がいじめの直接関係者であることなんて見抜けず、疑惑止まりだったろう。


 つまり俺の根拠は、彼女が覚えているいじめの記憶や、サヤに向けてきた気持ちの蓄積そのものだ。

 これを証拠として突き出す方法は、存在するのか。


(どうやるんだよ)


 形がないものを、どうやって他人に見せればいい?

 見せられたところで、それが証拠として認められるか?

 信じてもらえるのか?


 否定的な思考が、頭を過ぎる。

 下手な言い訳でしかないと。

 万に一つも通用しないだろうと。


 言ったところで、どうにもならない。

 それでも、俺が出せる根拠は他になく。

 口籠っていたとして、証拠が出てくるはずもなく。


 言わなければ、ほんの僅かな可能性にでも賭けなければ、いけなかった。


「心を読む魔法。それを使って、調べました」


 それを聞いて、先生が真っ先に抱いた気持ちは、『予想外』。

 考えていた可能性のどれでもない、まことに信じがたく非常識な話。

 信じられないとばかりに目を瞑り、考えに集中したいと手で顔を覆っている。


 そうなるよな。

 予想していた反応だ。


「仁賀月君、言っていることに嘘はないと言えるか?」

「……はい」

「そうか」


 俺が肯定したことで、先生が何かを諦めた。

 その気持ちは程なくして、心の中に消えていく。


 俺に向けていた疑惑や悩み、迷いといった類。

 心の中でそれが、隅の方へ追いやられていって。

 代わって膨らんでいく、刺々とした感情。


 ああ、やっぱり。

 無駄だったな、こんな話。


「いいか、本当に(・・・)心を読む魔法があったとして、他人の心の中を覗けたとしても、それで知ったものは証拠にはならないし、認められるものじゃあない」


 先生が色々と話し出すが、もうどうでもよかった。


 いじめについては後で先生達が話し合う。

 早いうちに俺の両親や、可能ならサヤも交えて情報集めをする。

 なんて旨を語り出しているが。


(時間の無駄だ)


 大人達には魔法の知識がない訳ではないが、この問題を解決出来るほどじゃなかった。


 魔法の発動に肉体の動きは必須の条件でない。

 目に映らない魔力の動き。

 離れた場所へ発動させられる魔法の自由さ。

 使った人を特定する難しさ。


 そうした特徴を説明した上で、証拠を出すのは困難だと言ったのに、理解してもらえなかった。

 学校からの厳重注意があれど、発見や再発防止は困難だろう。

 一時的に先生の目は厳しくなるかもしれないが、何ヶ月も持続することはない。


 話し合った結果、対策は不十分なまま、問題が提起だけされて、解決しない。

 俺が考える中で一番嫌で、けれど最もなる可能性が高い現実。


 いずれは証拠をあげる困難さも、解消される日が来るだろう。

 でもそれはずっと長いスパンの話だ。

 俺たちが学校に通っている間に来るかで考えれば。


(——来ない)


 俺は先生と、その後ろに隠れるようにいる彼女の方を静かに睨んだ。


「君は一度教室へ戻ろう。担任にも説明をいれないとな。冷静になりなさい。君は今していることが、周りからどう見えることなのか気付いてないんだ。これ以上間違った方へ進んでしまう前に、考え直そう。仁賀月君は争うためにここへ来たのか?」


 先生は俺を落ち着かせ、元の教室へ帰そうとする。

 しかし一層強い激情に包まれようとしていた俺には、従いたくない気持ちがあった。


(……ふざけるなよ)


 冷静になれるわけないだろうが。

 先生の立場からすれば、それがもっともな考えであり正しい行動なんだろう。

 でも彼女がしたことは、その冷静でいられる限度を軽く踏み越えるような行いだった。


 それを知ってなお、冷静でいろと。

 奥歯を噛み締める力が強まる。


 争うために来たのではない。

 それは事実だ。

 俺の目的は、学校でサヤの身に起こっていたことを知ること。


 それを成し遂げた今、やりたいことはやったといえる。

 だけど、サヤがいじめられている状態は解決するのか。


(無理だ)


 自分で結論を出したじゃないか。

 学校側はすぐに対処することは出来ないと。


 何が出来る?

 サヤがもう一度いじめられないために。


 どうすれば彼女達が、いじめを止めようと決意するか。

 そのヒントを探ろうと、俺は再び心を読む。


 ——怖かった。でも、なんとかなりそうで良かった。

 後で誤魔化すのは大変だろうけど、今日までやってきて気付いた子はいなかったし、一方的に決めつけられたってことにすれば、なんとかなるかな?


 彼女は既に終わった気でいた。

 俺に詰められていたことへの説明、それを周囲へ行うに当たって、納得してくれそうな言い訳を考えていた。


 強い不快感を抱いた俺だが、続けて流れ出した気持ちを読んだ後、思考が固まる。


 ——てか、やったことバレる? 大丈夫だよね?

 やり方ちゃんと守ってるもん。

 傷が残っても、私達がやった証拠なんて掴めない。

 大人ほど引っかかるって、言ってたし。

 先生だって気付かなかった。

 警察が来ても、問題ないよね?


(…………なにを、言っているんだ、こいつ)


 最初から、バレないと思ってやっていたのか。

 大人を欺ける自信があって、繰り返していたのか。


 いや、落ち着け。

 重要なのはそこじゃない。


 やり方を守ってる?

 大人ほど引っかかるって、言ってた?


 つまり、誰かからこうすればいいよ、と。

 方法を教わった?


 いつ、誰が、何のために。


 ——でもしばらくは抑えるしかないかあ。

 先生の目が私達に向いてくるだろうし、考えなしに仕掛けたらまず怪しまれるよねえ。

 あーあ……当分は我慢しないと。

 今月の分で買いたいやつ、色々あったんだけど——


 その思考を読み終えたとき、俺は理解する。

 同時に、言葉を失った。


 彼女達がサヤをいじめていた理由。

 それは、苦しむ姿を見るのが楽しいから、だけじゃない。

 いじめた先にある、形ある利益。

 喉から手が出るほど、それを欲しがっていたから。


 そうか。

 お前達があんなことをしていたのは、そのためだったのか。

 俺はこの時、確信めいたものを抱くに至った。


 ここで引き下がり、大人に任せたとして、証拠不十分として保留される。

 監視の目が強くなるしばらくの間、彼女達は息を潜める。

 この件はバレずに消えるだろう。

 そして必ず、再開されるはずだ。

 今度は、こんなものじゃ済まないかもしれない。


(大人を頼るなんて、間違いだった)


 黒い感情が俺の中に渦巻いていく。

 あいつらの守る方法では、サヤを守ることは出来ない。


 先生は言った。

 心を読む魔法で知り得たことは、証拠になりえないと。

 でも他に犯人を特定出来るような方法はない。


 仮に出来る可能性があるとするなら、現行犯くらいか。

 だが。そのために次の機会を与えるなんて、許せるものか。


 じゃあ、どうする。

 彼女達が自ずと出来なくするために必要なものは?

 利益があってもやりたくないと思わせるのに必要なものは?


 記憶の中を振り返る。

 俺が激昂した時に見せた表情。

 彼女がそれを、俺がいない場でも感じ続け、思い出すほどに。

 サヤをいじめようとすれば、すぐに蘇るくらいに。


 ——心に深く、刻めばいい。


 そう思ったすぐ後だ。

 身体の奥より不思議な力が感じられるようになった。

 内側から何かが、外へ広がっていくような感覚。

 それが何百もある見えない糸となって、あちこちへ伸び。

 人やモノにまとわりつき、貫いて、潜っていく。


 俺の中で、得体の知れない魔法が発動した瞬間だった。


「あ……? え……」


 サヤをいじめていた彼女が、右手を持ち上げ、顔の前に持っていく。

 何が起きているの? と言いたげな表情を浮かべながら、自分の右手を見たあと。

 自らの口へ、それを突っ込んだ。


「——っ!?」


 彼女の顔は、混乱に満ちる。

 口へ突っ込まれた自身の手に驚愕し、慌てて引き抜こうとし出す。

 しかし彼女の右手が抜ける気配はない。

 それどころか、その意思に逆らうかの如く、奥へ奥へと沈み続ける。


 悶える彼女の姿を見て、クラスメイト達がハッとなった。


「ちょ、ちょっと!? 何やってるの!?」


 ただならぬ雰囲気に駆け寄った女子と男子が、数人がかりで右手を引っ張り出そうとする。

 しかし、状況は変わらない。


 むしろ無理に引っ張ったせいで、腕に痛みが走ったのか。

 彼女は助けに来た子達を振り払って、床へ転がった。


 尚ももがき続ける中、恐怖に染まった顔が、絶望へ染まっていく。

 力の限り手足を振り回し、暴れ始める。


「しっかりして!!」


 周りは手足を押さえながら、なんとかしようと頑張っていたが。

 助けようとしていたクラスメイト達の目の前で、彼女は限界を迎えた。

 身体を大きく反らし、口から噴き出る赤い悲鳴。

 意識が抜け、暴れていた腕と足が、だらんと落ちる。


 ()()が、思考を停止する。


「い…………いやああああああああああ!!!」


 最初に悲鳴を上げたのは、傍観していた女子だった。

 あっという間に教室中がパニックへ陥る。

 廊下から見ていた一年生達も、雰囲気に押されてその場から離れようとしていた。


(——動くなよ。証人は多い方がいいのに)


 そう思った直後である。

 教室内と、廊下にいた人達が、ピタッと止まった。

 全員が全員、同じ顔で固まる。


 身体が動かない、なんで動けない。

 などと思っていそうな顔で。

 なんでだろうと、不思議に思って考える。


(もしかして、動かせるのか)


 試しに外にいる人に、教室の中が見える位置へ移動してほしいと望む。

 そしたら彼らは踵を返し、理想的な位置へついた。

 それはまるで操られているが如く、しかし自然な動きで。


「か、身体が」


 頭は正常な様子だが、所作に意思が反映されている動きはない。

 ちょうどいい。

 彼らにはこれから起きる全てを、その耳目で(きい)てもらおう。


 俺は周囲から上がる悲鳴を無視し、次の目標を見据える。


 心を読んだ限り、サヤをいじめていたのは倒れている彼女を含め五人。

 主犯となるのは眼下で血の海に倒れている彼女のようだが、残っている四人も犯行や隠蔽に加わっている。

 動機は、彼女と大差ない。

 彼女の頭の中に、全部保存されていた。


(はっきりとした記憶だったな)


 魔力の影響によるものか、魔力発見後より生まれてきた人々は、肉体に様々な影響を受けてきている。

 よく挙げられているのは、運動能力や免疫力、記憶力など。

 彼女の心から覗けた記憶は、今日のことのように鮮明だった。


 加担していたのは確実である。

 彼女達の心にも、刻まなくてはいけない。


 サヤに与えたものと同じ、痛みと苦しみを。


「や……なに……!? やだっ……!」


 意思に反して動き出した身体に、髪の長い子が悲鳴を上げる。

 彼女の腕はぬるりと横方向へ伸びると、画面を覗いていた子の袖を掴み、握りしめた。


 袖を掴まれた側が、必死の形相を浮かべて訴える。


「は、離して!!」


 魔法により首から下を一切動かすことが出来ない彼女達は、それしか意思を示す術を持たない。

 しかし、髪の長い子が浮かべる、青ざめた表情。

 その顔を見て、「あ…………」とみるみると凍りついていった。


 直後、掴まれた制服に火が放たれる。

 魔法によって発生した火は、瞬く間に服を駆け上っていき、炎へと膨れ上がり。

 顔まで到達した炎は、その子の顔を苦痛に歪めた。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」


 耳をつんざく悲鳴と共に、炎は大きくなる。

 数秒もせぬ内にそれは、火を放った子と近くにいる子達を包みこんで。

 数メートル離れた位置の俺さえ、殺しそうな火勢に成長した。


 熱い。

 肌が焼ける痛みが、細胞の死ぬ声が聞こえてくる。


(このままだとこの子達も、周りも死ぬか)


 俺の中でその可能性が過ぎると、止めることを選んだ。


 別に死んでほしい訳ではない。

 サヤが受けた苦しみを味合って、二度と行わないようしたいだけ。

 それ以上は求めていないので、どうやって火を消すか考え始めた時、違和感を覚える。


(……いや、これは?)


 天井にまで届く炎になっていながら、周囲の物体に火が移っていない。

 最初に火を付けられた制服でさえ、焦げるどころかそのままだ。


 これほどの炎なのに、何も燃やしていない?

 疑問に思った俺が手を伸ばした時、急激に膨れ上がった炎が、ぶわっと爆ぜた。


(————っ!!?)


 全身を襲う焼かれる痛みに、その場に倒れる。

 爆発で炎が消え去った中心地を見れば、いじめに加わっていた四人が、一様に倒れていた。


「痛い、痛い……!」

「おねがい……。ひぐっ、ゆるして……」


 普通に考えれば、無事では済まない位置。

 痛みにのたうち回りながら苦しむのは、当然の話。


 だがいずれの子も、焼け焦げた跡や火傷の痕は一つとて見当たらない。

 なのに痛みを訴える声を上げ、心を読んでも、同じことばかり聞こえてくる。


(……なんなんだ、この魔法は)


 俺もまた、全身が焼ける痛みを覚えているのに。

 本当に焼かれたかのような痛みなのに。

 炎があった痕跡は、どこにもない。

 燃えていない床や天井も、焦げ一つない服や肌も、ヒビ一つ入っていない窓も。

 周りの物全てが、炎の存在を否定する。


 そんな炎、本当にあったのかと、嘲笑っているみたく。


 発動している俺自身、起こっている現象の全てが掴めない魔法。

 それがもたらす信じられない光景に、怒りと憎悪で溶けたはずの理性が、戻りかけていた。


「…………これは、君がやっているのか?」


 呆然と立ち尽くす先生が、ポツリとこぼす。

 俺よりも遥かに目の前のことを理解出来てなさそうな目で、こちらを見たまま。


 今のが見えていなかったのか。

 俺は内心嘲笑うと、先生に答えた。


「……さあ? どうなんですかね」

「な、なんだと……?」

「先生こそ、なぜ俺に尋ねているんです? 目の前で起きたことを見ていましたか? 彼女達が倒れるまで、俺が何をしていません。立っていただけですよ。全部、彼女達が勝手にやったことです」

「ふ、ふざけるな!!」


 そんな訳あるかと激しい剣幕を放ち、こちらを押さえようとした。


 なぜ動ける。

 爆発で驚いたとき、効果が切れたのか?

 頭の中で『全員動くな』と発する。


「くっ……!? これ、は……!」


 身体が動かなくなった先生は、その場に倒れた。

 無力化された大人を見下ろしつつ、白々しく返す。


「体の調子でも悪いんですか? 教師なのに体調管理も出来ないなんて、情けないですね。保健室に行った方がいいですよ」


 もはやどうでもいい。

 先生など眼中にない。

 あれほど正しいことを言っておきながら、魔法を前にして何も出来ないなんて。

 そんなの、いないのと同じだ。

 俺は再び、黒い情動に染まっていく。


(残っているのは、三人)


 炎の巻き添えを喰らっていたが、未だ心を折ったという確信がない。

 最後の最後まで、確実を保証するくらい可能性を破壊しないと。

 何も頼ることが出来ない以上、仕上げは必須だ。


 己でも不思議なくらい、冷え切った判断。

 けれど、彼女達のしたことが許せなくて、憎いと思った時から。

 俺の中での他人の認識は、尊重は、軽くなっていた。


 まず、第一印象で気が強そうだと思った子。

 この子は五人の中だと、『暴』の一面を担っていたらしい。

 覗けた記憶だと、握力などで自分より劣っていたサヤを、時に無理やり引っ張ってくるなどしていた。


(力仕事担当か)


 予防しておかないと。


 俺は彼女へ、階段に行って落ちるよう望んだ。

 動き出した彼女が教室から出て行くのを見送り、次の目標を見やる。


 髪をゆるくふわっとカールさせている子。

 心を読むと、周囲から見られた自分のかわいい姿を意識しているようだった。

 見た目に対するこだわりがあることを知り、特に、己の指を綺麗だと自賛していることも理解した。


 だから俺は、その自慢の指を彼女に折らせた。


 抵抗出来ない彼女は、泣き叫びながら指を折っていく。

 同じ頃に、階段の方角から何かが転がり落ちる音がした。


 残すは、髪の長い子。


「ひぃっ……あぁぁ……! ごめんなさい。あんなこと、もうしません。ゆるして……!」


 近づいてみると、ガタガタと震えて止まない体で、涙目になりながらこちらへ懇願してくる。

 気になったので、方法を思案する前に心を読んだ。


 先の四人が受けた報復を見て、とっくに恐慌状態にあったらしい。

 もう十分すぎるほどの恐怖を受けている。


(これ以上は意味がない、か)


 怒りに満ちていた俺も、流石にやる必要を感じなかった。

 だから、もう終わるはずだった。


「「……え?」」


 魔法の影響を受け、動くはずのない彼女が。

 すっと立ち上がり、窓縁に足をかけようとしたとき。

 自分の目を疑った。

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