事件の日
学校に登校した俺は、まず自分の教室へ向かった。
授業の準備を終えたあと、教室にある時計を確認し、ホームルームまであと何分残されているか、聞き出せる時間がどれくらいあるか、そのことを考える。
この時点で俺の中にあった気持ちは、学校で妹に何が起こったのか知りたい、それだけ。
昼休みは時間が長いけど、人が教室の外に散らばるかもしれない。
そうなると情報を聞き出すのに却って手間取るかもしれない。
俺が朝に動いた理由はそれだ。
心を読む魔法が発動出来る魔法紋。
それが書かれた紙を手に持って、一年生の教室へ向かう。
魔法紋なんて作ったこともない俺が、作り方を調べて何十回もやった末に上手く出来たやつだけど、果たして効果はあるか。
「ちょっといいかな」
教室のドア近くで、立ち話をしている男子が二人いた。
背格好や教室前で無駄話をしている時間の使い方、教室の中で話している、そうした点からそのクラスの一年生だと思い、近づいて声をかける。
「ここは仁賀月紗矢のいるクラスで合っているか?」
「は、はい」
一年生達はこちらが上級生だと気付くと、恐る恐るという態度を示す。
一年生の階にあまり来ない上級生が来て、何かしらの用があることを察したのか。
運動部に属したことで上下関係を意識した言動をするようになったのか。
ただ、俺がクラスメイトの兄にあたる人だとは気付いていない様子だった。
「俺は三年の仁賀月啓輔。このクラスにいるサヤの兄だよ。聞きたいことがあるんだけど、時間を取れるかな?」
出来るだけ相手を怖がらせないよう、声色や口調に気を遣って、手短かに用件を伝える。
過度に警戒されて知りたいことを聞き出しにくくなられても困るから。
「に、仁賀月さんのお兄さん……ですか? 仁賀月さんはまだ来ていませんよ?」
「知っているよ。あいつはしばらく来れない」
「え……? しばらく?」
目の前にいる二人がギクシャクとし出す。
何か様子がおかしい。
俺がサヤの兄と分かってすぐ、目が泳ぐようになり、会話の応答に遅れを感じた。
「先週末に倒れて、それからずっと病院にいる。だから今日含めしばらく学校に来れない」
「え?」
「な、なんでですか?」
血を吐いたことを伝えると衝撃が強いと思い、倒れて入院にしていることだけを伝えたところ、唖然とした顔で聞き返してくる。
知らないのは当然だろう。
本来は今日のホームルームにでも伝えられる可能性のあった話だ。
二人が驚いたことに気になる部分はない。
だが、二人が俺と目を合わせなくなっていることが、引っかかる。
「……少し、場所を変えてもいいか?」
確認の言葉を発すると静かに頷いたので、科学室などがある別棟へ続く廊下まで、二人を連れていく。
二人は逃げる素振りなどは見せなかった。
時折後ろを向いて確認しても、きちんと俺の後をついてきている。
足取りは重そうだが、睨まれた犬のように従順で、ビクビクと震えていた。
(この辺でいいか)
廊下の中間まで来て、二人の方へ振り返る。
俺が足を止めたのに合わせ、一年生もこちらを見た。
「最近、学校から帰ってきたサヤの様子が変なんだよ。一言も口を聞かない日が、何日も続いている。学校がある日は確実にだ」
反応を観察するように、ゆっくりと言った。
こう質問してどう答えるかを見るために。
また、二人からどんな心の動きを読めるかを探るために。
「何か知っていることはないか?」
「そ、そんなことを聞かれても……」
「なんでも家族に言いたくなくなる時期なんじゃないですか。俺の姉もそんな感じだし……」
二人の答えは一般論だ。
俺たちの年齢で反抗期に入る人というのは割りかし普通のこと。
そうした行動をする理由として、十分考えられる話だろう。
俺はふむと頷く素振りを交え、話を続ける。
「ただの反抗期なら別にいい。だけど、入院までするとは思えない」
俺は最初に言ったことをもう一度繰り返す。
二人にはサヤが倒れたことを先に言ったはず。
倒れたことと最近様子がおかしいこと。
この二つを同じ場で出されて、その関連性をまず考えないだろうか。
反抗期ではないかと思う前に、他の可能性が思い浮かばないのか。
二人を訝しむ心が、少し強くなる。
「ど、どうして倒れたのか俺たちは聞いていないし、そんなの分かりませんよ」
「倒れる原因になりそうなこと一つでもいい。知らないのか?」
「し、知りません」
不審な様子のある二人の心情を、魔法が伝える。
なんで俺たちが。
関係ない。
言ったらどうなる。
心の声は誰にも聞かれない。
嘘をつく必要がない場所で、嘘をつく人はいない。
後ろめたい、悪いことをしている、大人にバレたくない。
そういう気持ちがないまぜになって、伝わってくる。
心を読む魔法は、そうしたことを俺に教えた。
「……なら、知っていそうな人は他にいるか?」
「お、同じクラスの女子なら……」
女子か。
男の俺が女子を呼び出すなんて、理由はどうあれ注目を浴びかねない。
変な噂を立てられる可能性もある。
男子生徒を呼び出すより、ハードルを感じた。
(それでもって、心当たりはきっちりあると)
言及こそしなかったが、クラスメイトの一人が急に倒れたけど理由は知りません、でも原因を知っていそうな人がクラスにいますなんて、怪しい。
教室に行って直接聞くべきか。
(無関係ならそれでもいけるだろうが)
何かしらの問題が発生している、そんな予感がある今の状態で。
聞かれたことへ正直に答えてくれるものか。
(だけど、そうなった時のためにこれを用意したんだ)
ズボンのポケットに魔法紋の書かれた紙を仕舞う。
俺は二人を連れて先程の教室まで戻った。
そして入り口の前に立ち、中にいる女子の中で関係しているのが誰か、答えるよう促す。
「あ、あそこにいるのが……」
男子が視線を送った先にいる、五人の女子達。
いかにも仲良しでいつも一緒な雰囲気を醸し出している。
(なるほどな)
グループの中心にいるのは、銀のヘアピンをつけたセミロングの女子。
明るくてどこへも溶け込んでいけそうな印象を受ける子だ。
その周りには、携帯をいじっている髪の長い子、その子へ密着して画面を覗き込んでいる子、ハキハキとした声を出す気の強そうな子、ふんわりした雰囲気の子が、彼女を囲んでいる。
(まだ気は引けるが……)
「俺がサヤの兄ってことと、妹のことで聞きたいことがあるって、伝えてきてくれ」
「は、はい」
教室の前で男子生徒を解放すると共に、伝言を頼む。
しばらく待っていると、セミロングの子が一人で俺の方までやってきた。
「……話があるって聞きましたけど」
緊張した風に身構えながら、俺の出方を窺っている。
その後ろからは残った四人の視線が飛んできており、さっきの一年男子と同じで、急な三年生の訪問に驚いているように感じた。
この女子達はサヤとどういう関係にあるのだろう。
友人か、ただのクラスメイトか、はたまた。
ポケットの中に入れてある魔法紋に、そっと触れる。
「わざわざすまない。俺はケイスケ。言伝を頼んだ男子から聞いていると思うが、このクラスにいるサヤの兄だ」
とりあえず、様子見の自己紹介から始める。
俺の発言を聞いたセミロングの彼女は、「は、はい」と相槌を打つ。
「仁賀月さんのお兄さんが、なんでここへ?」
「学校から帰ってきたときの妹の様子が、おかしくてさ。同じクラスにいる人なら何か知っていると思って、声をかけさせてもらった」
「そうなんですか……。ただ、私は何も知らなくて」
俺が聞こうとする前に、話を打ち切ろうとしてきた。
魔法が俺に伝えてくるのは、彼女の焦り、緊張、動揺。
そして、脈打つような怯え。
表面では丁寧に対応してくれている彼女のそれは、内面を占めている感情とまるで噛み合っておらず、違う人の心を読んでいるのではと、思いかけた。
「なぜかな? 一応、理由があるなら聞いておきたい」
「仁賀月さんとは同じクラスメイトですけど、あまり話したことはないから。授業で話すことはあっても、休み時間とか一人で過ごしているし。こっちが話に誘っても断るんです」
「そうなのか。ちなみにサヤはなんて言って断るんだ?」
「私はいい、って」
無愛想な断り方だ。
彼女の発言を信じていいかは疑問だけれど、今の話は本当っぽく聞こえる。
俺の知っているサヤは、愛想のある断り方が出来るタイプじゃない。
棘というか氷というか、話しているとかなりの温度差を感じる相手だし、そのためにサヤから友達の話を聞いたことはまるでなかった。
目の前の女子がサヤと友達でないと言われても、嘘より本当の可能性の方が高い。
そう思えてしまう。
しかし見える態度と読める心の間に生じているズレなど、不審な点も多くある。
彼女の発言は半信半疑に留めておいた方が良さそうだ。
「そうか。ただ、もしかしたら気付いてないだけで何か兆候があったかもしれない。最近のサヤの様子について、知っていることでいいから教えてくれ」
探りを入れるのと、学校で何があったのかを知るため、目の前の子に質問した。
彼女は俺の質問に答えようとして、記憶の海へ潜っていく。
心を読む魔法は、何もかもを俺に伝えてきた。
「……一学期の頃は、授業で先生へ質問したりとか前に書かれた問題に回答することが多かったけれど、最近はそういうのしていない、かな」
彼女が語り出すと、俺の中で光景が断片的に浮かんでくる。
椅子に座っている誰かの視点。
教壇の上に立つメガネをかけた初老の男性。
黒板の文字は鮮明で、数学の授業をしているような。
(なんだ? これ……)
これは俺が想像しているイメージか?
違う、俺は今彼女の話を聞くことと、話に破綻がないかを考えることに集中している。
見たこともない場面をイメージする暇なんてないんだ。
だったらこれは、本物の記憶?
彼女が見聞きして覚えていることを、魔法を通して知覚している。
そういうことなのではと、俺は感じ取る。
「それは大体、いつからだった?」
「ひ、一月前くらい」
違う。
彼女は口にしなかったが、彼女の心の中に『四ヶ月』という言葉が浮かんできていたのを、魔法の力で読み取れた。
そのあとに恐れが膨らんできて、一ヶ月と言ったことも。
(なんで四ヶ月から一月に変えた?)
じっと見下ろす。
「一ヶ月前、でいいんだな? その前後に何があった」
「……体調が悪いとかで、保健室へ行くことが増えました。あと、休み時間になる度に教室から出ていって、次の授業まで戻ってこなくなることが」
声に帯びた緊張の色。
彼女が非常に言葉を選んで伝えようとしているのが、見るだけで分かる。
怯えが広がっていく様子も、手に取るように。
彼女が過去を話せば、対応する光景が頭の中に入ってくる。
保健室の話も休み時間の話も、彼女から見たものと思しき光景が。
その中には休み時間、サヤと行動を共にしているのもあった。
昼休み頃か、サヤが席を立ってどこかへ行くと後からついて行って、遠巻きにしばらく見てから去っていく、そんな光景。
「なるほど。さっきサヤは休み時間を一人で過ごすって言ってたよな。だったら、休み時間にサヤがどこに行って何をしているとかは、知らない?」
「はい、知りません」
いま違和感があった。
知りませんと言う直前、魔法から伝わる気持ちがぺらっと剥がれたような。
それに、質問へ返答するまでの時間に、
「よく思い出してくれ。本当に、全く知らないのか?」
「はい」
何かを思い出そうとする心の動きが、まるで伝わらない。
こうしている最中も、彼女の内から出てくる感情が読み取れるのに。
(こう言われて、記憶を片っ端から思い出したりしないのか?)
本当に、全く知らないにしたとしても。
念のため、忘れていることや見落としがないか思い出そうとするものじゃないのか。
増していく不信感に押されて、俺は彼女に返した。
「だったら、血を吐いて倒れた原因も、心当たりはないんだな」
それはきっと、半ば衝動から言ってしまったんだと思う。
無関係にしろ関係あるにしろ、クラスメイトのそんな話を聞いたら、ショックを受ける可能性が高い。
何度振り返っても、理性的な発言だったとは思えなかったから。
「え? 血を……?」
その言葉を耳にした彼女は、やがて青ざめていった。
心を読む魔法から、伝わってくる思考や気持ちの量。
それが瞬く間に増加する。
そんなつもりじゃなかった。
からかっていただけ。
こっちが親切にしてあげてもありがとう一つ言わないアイツ。
それが気に入らなくて。
いけ好かない態度のアイツが、声も出せずに黙り込んでいるのが気持ちよくて。
魔法で腫らした口の中で、痛いのを我慢して昼食をするアイツを。
遠目に眺めてほくそ笑むのが、楽しかった。
それだけなのに。
先生にバレないよう、治癒魔法も使って隠してたのに。
連鎖して浮かんでくる彼女の見たものが、それと同時に浮かんでくる、楽しかった思い出みたいな感情が、実際にやったことだと保証するかの如く、俺の中に焼きついてくる。
彼女の心を理解した途端、俺の中で何かが弾けた。
「……おい、今思い出したものはなんだ」
「ち、ちがっ……」
「今のは何だって聞いてるんだ!!」
怒鳴る声が教室と廊下を突き破る。
周りの目が一斉にこちらへ向けられたが、そんなこと気にならなかった。
「思い出したって、なんで…………? まさか、魔法……?」
「とっとと答えろ!! お前が、お前がしたことが原因なのか!?」
「ひっ……!」
足が竦んで動けなくなっている彼女へ、激情のままに何度も声をぶつける。
俺はすごい剣幕でいたようだ。
後ろで見ていた残りの女子達も怯え、他の一年生達も固まってしまっている。
「違う、違います! あれは仁賀月さんが勝手に! 私は関係……」
また記憶が流れ込んでくる。
体操着を着て運動場にいるサヤと彼女達。
授業の最中にサヤへ魔法を使おうとしている場面だった。
慣れた動きで魔法を発動しにかかり、サヤの口を狙っている。
発動しようとしている魔法は、発動した箇所を焼くもの。
効果範囲は指先一つ程度、火傷させる程度の威力。
しかし狙いを合わせれば壁の向こうにも発動出来るらしく、体の中へ撃つことも出来る。
そんな知識が、魔法を発動する過程で読み取れた。
そうして発動しそうになった直前、サヤが後ろへ下がった。
魔法を避けようとしたみたいに。
すると彼女は慌てて狙い直し、避けられないよう、二回連続で放った。
結果、魔法はサヤの胸と喉あたりで発動。
彼女の目の前で、サヤは悶えるように倒れ込んだ。
狙いがズレたことを察した彼女はまずいと思い、他の四人に周りや先生の動きを見張らせがら、治癒魔法で治す。
まさか、これはあの日に?
すでに気持ちの限界を迎えていたと思っていた。
それすら超える激情に、飲まれるまでは。
「いつからやってた!! こんなこと、いつからだ!?」
「い、いや……!」
彼女が目を動かし、周りへ助けを求めた。
彼女のいたグループは教室の隅へ逃げ出していたけれど。
そのサインを受け取った何人かは、動き出した。
男子は直接俺を止めに、女子は先生を呼びに。
勇敢なクラスメイトだ。
これが傍観していられる立場なら、素直に称賛出来ただろう。
でも、今は苛立たしい相手でしかない。
「邪魔するな!」
こちらを押さえようとする男子を、強引に突き放す。
自分自身でも信じられないくらい強い力だった。
突き飛ばしたことで、机や椅子が大きな音を立て転がった。
教室内から女子達の悲鳴が上がる。
目の前にいる彼女も例外ではない。
「ごめんなさいお願いします許してくださいやめてもうしませんお願いだから……」
誰が謝ってほしいなんて言った。
あったことを教えろ。
やったことを話せ。
唇を震わせて、目を合わせる気力も失っていく彼女を、ギッと睨みつける。
魔法が彼女の恐怖を伝えてくる。
逃げ出したい、解放されたい。
血を吐かせるまで己のしたことへ自覚が乏しかった人の後悔と、パニックになって単純になった思考の連続。
(——お前に逃げる権利があるのか)
病院送りにするくらいのことをして、それを楽しんでおきながら。
何もかもが俺の心を逆撫でする。
やった期間が一月だろうとそれ以上だろうと、どうでもいい。
こいつはサヤを、魔法を使っていたぶっていた。
自分がやったという証拠の残らない方法で。
シラを切れば誤魔化せるような手段で。
教師達はいじめ問題に理解ある世代だ。
これまでに起こったようないじめなら、頼れるかもしれないだろう。
だけど、魔力は目で見えない。
その動きはカメラにも映らないし、レコーダーにも記録されない。
魔法が使われたことは証明出来ても、誰がやったかの証明は、難しいのだ。
しかもサヤが怪我を受けていた箇所や、治癒魔法で隠していたことも含めれば、証拠だって。
「何やってる、やめろ!」
教師の声が聞こえた。
声のした方を向けば、廊下に先生の姿が見える。
隣には教室から出て行った女子も。
(もう来たのか……)
思ったより、時間がかからなかったな。
出て行こうとした時止めておけば良かったのか。
それも今更か。
どの道、これ以上出来ることはなさそうだ。
いじめがあったことこそ突き止められたが、方法がこれでは容易に信じてもらえまい。
状況も悪かった。
第三者の立場で見たとして、三年の男子が会話の中で激昂しながら、一年の女子へ詰め寄ってると受け取るだろう。
(クソッ!)
怒りに飲まれながらも悟り、歯痒くて唇を噛む。
順当に行けば、悪い方は俺だ。
この場で大勢の視線を集めながらやってしまったのだし、証拠も証言もたくさんある。
逆に彼女の方はどうだ。
サヤの行動に最近変化があったとしても。
何が原因で誰が関わっているかなんて証拠は、いくつ出てくる?
証言も、どれくらい得られる?
俺が魔法で読み取ったものを、大人はどう受け止める?
(さっき心を読んだ時、冷静に振る舞えていれば……)
少なくともこうはならずに済んだはずだ。
後悔しても遅いのに。
取り返しのつかないミスをした。
そう思ったとき、『良かった』という気持ちを感じた。
(——良かった?)
俺のではない。
この状況で俺が安心する理由。
そんなものがどこにある。
何も良くない。
だったら、良かったなんて思う理由があるのは。
(……お前か)
自然と彼女の方を見ていた。
さっきまで恐怖に染まっていたその顔が、今では救われたように目を輝かせ、涙を浮かべている。
助かった。
早くきて。
私を早く助けて。
次々と流れてくる希望や喜び。
何もかも不快だ。
これが全て彼女から発せられていると思うと。
(なんでお前が救われた気になっている?)
サヤがああなるだけのことをしておいて。
バレたらまずいことをしているという自覚もありながら。
さも自分が被害者であるような気でいるなんて。
(ふざけるなよ)
「一体何があった?」
先生が俺達の隣に並ぶと、事情を確認し出した。
この場で一体何があったか、その経緯を俺ではなく、彼女から聞いている。
後で知ったが、彼女は日頃より授業態度が良く明るい子として振る舞っていたらしく、先生の評判も良かったという。
「こ、この人に呼び出されたんです。仁賀月さんのことが聞きたいって言うから。私は答えていたんですけど、そしたら急に態度が変わって、詰め寄られて……」
先生が嫌疑を向けるような険しい目で俺を見た。
その後ろで、彼女と一緒にいた気の強そうな女子が告げる。
「その人、仁賀月さんの兄だって言ってました!」
「仁賀月の?」
名字を出された時、ぴくりと先生は反応した。
(もしかして、このクラスの担任か?)
教師ならば受け持っている生徒の家族構成などは把握しているだろう。
素早く察した様子からサッとそれが思い出せる立場、クラス担任ではないかと予想する。
「君のクラスと名前は?」
「……三年一組の仁賀月啓輔です」
「なぜこんなことをした」
「最近学校から帰ってきたときの妹の様子がおかしくて、原因を調べていたんです」
「……つまり、いじめがあったと考えているのか?」
首を縦に振って答えた。
いじめがあったかもしれないと知った先生が眉間のしわを深くする。
「事情があるのは分かった。だけど何故こんなことを?」
「いじめをやっていたのがその人と、その人のグループだからです」
「そ、そんなこと私やってません!」
横で聞いていた彼女が心から否定した。
すると残りの四人も同調するような言葉を次々と口に出す。
「私も知らない!」
「そうだよ。他の人も、そんなことしてるところ見てないでしょ!」
読めた心の内容的に、彼女達も共犯だ。
俺には嘘だとすぐ見抜けた。
しかし、クラスメイト達の反応は真偽不確かといった雰囲気。
(なんだ、この感じ……)
違和感にも似た嫌な予感。
俺は心を読む魔法を使い、一人一人確認してみた。
純粋に知らなかったという反応から、そんなことする人だと思えないという反応。
分からないという反応から、サヤが俺に何か吹き込んだんだろと決めつけるような反応まで。
人によって様々だけど、そこから汲み取れる気持ちと動きから、共通している点があった。
(まさか誰も、気付いていないのか……!?)
そんなこと、あり得ると思えない。
思いたくない。
いじめが発生すると、独特の空気が生まれる。
対等じゃない関係や好悪の反比例した仲。
仲良しや喧嘩する者同士では生じないアンバランスなもの。
そういう空気に、敏感なクラスメイトが気付くものだ。
朝の時間帯だから多くの生徒は自分の教室と近場に留まっている。
だから一人か二人は、気付いている人が残っているはず。
だが、現実は違っていた。
(なんで……!?)
なぜ嫌な予感がしたのか、俺は理解する。
周囲を取り巻くこの雰囲気。
それを嫌というほど、小さい時から知っていたから。
『世界がお前達に冷たいのは、お前達が必要とされていないからだ』
脳裏に浮かんでくる両親の入った棺。
俺とサヤを、養護施設から引き取った大人。
その育ての親が俺たちへ向けた言葉。
それを思い出した。
(……ああ、またか)
何が起きているのか、俺は理解した。
理解した途端、気持ちが固定される。
何を大人に訴えても無駄に終わる。
今までの経験から諦めて。
——考えるのを、やめてしまう。




