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想いの正体(2)

 ケイスケさんと雑談する中で、私は行く前に考えていた質問を思い出した。

 本当は挨拶してすぐ聞くつもりだったやつ。

 すっかりタイミングを逃してしまっていたが、同じ話題ばかりでは会話が続かない。

 別の話をしても良い頃合いだろう。


 私は話が途切れるタイミングを狙って、その質問を口にした。


「今更ですけど、ケイスケさんはここで何してたの?」

「ああ……ちょっと魔法の練習をしようと思って」


 照れくさそうに横を見ながら語るケイスケさん。

 こっそり練習をしているのがバレたって、馬鹿にしたりしないんだけど。


 ザガムの手を借りながら練習に励んでいること。

 足手纏いになりたくないと、少しでも早く強くなりたいという理由で。

 そういう背景を知ってるんだから。


 いや、これは私だから知っていることか。

 ケイスケさんはそんなこと知らないんだから、この反応は正しい、んだよね。


「一人で練習してたんですか?」

「いや、いつもはザガムさんと二人でやってた。俺一人だと練習出来ないもんだから」

「なら今は、堂々とサボってたってところですね」

「あっはは……そうなるね」


 冗談めかして返すと、ケイスケさんはぎこちなく笑った。


 攻撃の練習と違って、防御の練習は相方がいる。

 ケイスケさんの習得具合だと一人でやるのは困難で、休憩せざるを得なかった。

 これまた予想通りだった。


「情けないとこ見られたみたいで、恥ずかしいな」

「そんなことありませんよ。休憩は大切です」


 ギリギリまで根を詰めてやったって、その分の成果が身につくとは限らない。

 やりすぎはやらなさすぎるのと同じくらい毒だ。

 無理して続けるよりは休んでおいた方がいい。


「ほら、鬼の居ぬ間に洗濯って言葉もありますし」

「それザガムさんが鬼ってことになるんだけど」


 表面的にはいつもニコッとしているザガムが鬼扱いなのがウケたようで、くすりと笑った。

 自然とこぼれた表情に、釣られて私も笑顔になる。


「ありがとう。けど俺としては練習しておきたいから。あの時もっと練習していればって、後で思いたくない」

「……でも、ザガムさんがいないと難しいんでしょ?」

「やりようはあるよ。そうだなあ、ここから海面に向かって飛び降りるとか」


 ケイスケさんはそう言って、眼下に広がる海を見た。

 なるほど、確かにそういう方法もあるかもしれない。


 水の抵抗は意外と高く、高所から落ちた場合、コンクリートに落下するような衝撃がかかるという。

 内出血などの怪我はもちろん、骨にヒビが入ることや折れる可能性もある。

 落ち方が悪ければ、結果はより酷いだろう。


(魔法が発動すれば、ほぼノーダメージだろうけど)


 使える場面だけど、ハイリスクローリターンだ。

 私は彼の冗談に「ダメですよ、そんなことしちゃ」とやんわり返した。


(…………あれ)


 返事が一向にこず、気になって顔を窺う。

 私の目に映ったのは、ずっと水面を覗き込んだまま、沈黙している彼。

 その顔はどこか心ここにあらずといった風に思わせる。


「ケイスケさん……?」


 まさか本気で考えてる?

 いや、そんなのダメだよ?


 不安が少しずつ膨らんできて、声をかけようした。


「——もちろん、冗談だけどね」


 その直前になりケイスケさんは、何事もなかったかのように笑って、こちらへ振り向いた。


 ……よ、良かった。

 嫌な想像をしかけた私はほっと一安心し、胸を撫で下ろす。

 なんか、色々と雰囲気や顔が本気っぽく見えて、本当にやるんじゃって気持ちにさせられたから。


(も、もう……! 心臓に悪い……)


「驚かさないでください! そんな方法は絶対ダメですからね!」


 安心したあと、私は思いきり迫って注意した。

 流石にタチの悪い冗談だと思ったので。


「魔法が発動しなかったら良くて大怪我、悪ければ死ぬかもしれないんですよ。練習でそんなことになったら、どうするつもりなんですか?」


 この魔法は発動すれば大体の落下や運動エネルギーを吸収してくれるけど、失敗すればそのままの衝撃を受ける。

 練習でそんな真似するなんて事故を誘発しているようなもの。


 もしものことがあったらどうするんだ。


「ご、ごめん……」


 叱るように言われて、肩を落とすケイスケさん。

 しっかり反省してほしい。

 私だって、気になってる人にこんなこと言いたくないんだ。


 ケイスケさんはサヤの大切な家族。

 彼に何かあれば、サヤが悲しむ。

 こんなこと、ケイスケさんなら分かると思うのに。


 強くなりたいという気持ちや、役に立ちたいという気持ちは分かる。

 だけどそれを理由に危ないことをしないでほしい。


「次そんな冗談を言ったときは、サヤに教えますからね」


 軽く咳払いをしつつ、ケイスケさんに忠告した。


「勘弁してほしいな……」

「返事」

「ハイ」


 カタコトな返事だったけれど、まあ良し。

 睨まれるとすぐ即答するあたり、普段からサヤに仕込まれているのだと想像する。


(サヤだからなあ……)


 あのツンツンした態度で兄に接している光景は、容易にイメージ出来た。

 それでケイスケさんも素直に従っているのはすごいけれど。


「それで、練習やるんですか?」


 今一度彼に向けて魔法の練習をするのか尋ねたところ、ケイスケさんは力強い声で「ああ」と答え、両手の指を動かす。


「自分で攻撃魔法を空に放って、それが当たる前に防げば、一人で出来るかもしれない。どうかな?」


 真上に向かって打ち上げて、それが落ちてきたところへ防御を発動。

 そんな感じのジェスチャーを交えながら、したいことを私に説明する。


 先ほどの冗談よりは安全だろう。

 ただ、その方法は一つ問題を抱えている。


「悪くないと思いますけど、その攻撃に使う魔法、なにか一つでも使い慣れていますか?」

「いや…………ない」


 ゆっくりと首を振ったケイスケさんに、そうだろうなと思った。

 これまでの戦い、ずっと防御に専念していたし、攻撃する機会なんてなかったから。


 戦い用の魔法を習うのが私より遅かったし、ケイスケさんはマジックネイティブじゃないしで仕方がないんだけれど。


(でもそれで一人練習は無謀だよ)


 盾で攻撃を受け止める練習をしている時に弓矢を出して、自分で射った矢を防ぐ。


 ケイスケさんのやろうとしていることはそういうことだ。

 しかも弓矢の扱いが盾の扱いより素人で、である。


 実際にやろうとすれば攻撃魔法が不発で終わるだけだけど、あまり良いやり方でないのは共通する。


(それに……もっと良い方法もある)


 ここら辺がタイミングだろう。

 そう思った私は、気持ちを整えるように息を吸って、吐いた。


「だったら、私と一緒にやりませんか?」

「ツカサさんと?」

「一人でやろうとするよりは、練習効率も高いと思います」


 この提案は、ザガムが出かけたというのを知った時に、もう考えていた。


 ケイスケさんへ感じる、この想いの正体を確かめたい。

 船出の日より薄らとそう思い続けていた私は、今ならケイスケさんと二人きりになって、誰の目も気にせず話し合えるんじゃないかと思った。


 もし上手くいけば、私はこの気持ちを深く知ることが出来るかもしれないし、ケイスケさんはザガムがいない間もきちんと練習が続けられる。

 ちゃんと練習した分だけケイスケさんも魔法が上手くなるし、そうなれば魔物が襲ってきた時も身を守りやすくなる。


 私よし、ケイスケさんよし、その後よし。

 あと、もしもの時の言い訳よし。


(三方よし)


 やっと言えた。

 あとはケイスケさんが頷いてくれるかだけど。


「俺は助かるけど、いいの?」

「全然いいですよ」


 本音としても建前としてもやる価値がある。

 私から見てもケイスケさんから見てもそれは変わらないはず。

 というか躊躇する理由が他にあったかな。


 特にケイスケさんから見た場合で、それが思いつかないんだけど。


「ていうか私が近くにいるのに、一人で練習する必要ないですよね? それにさっきから挙げている方法、危なかったり効率が悪かったり。一人で練習するより二人で練習した方が絶対安全で早いのに。わざとですか?」

「い、いや、わざとじゃないよ!? ただ俺が練習してることってさっき教えたばかりだし、それで俺から頼むのはなんか厚かましいというか、気が引けて……。そっちの都合もあるだろうし、暇じゃないでしょ?」


 普通に暇だよ!

 ザガムさんが狩りに行ってるし、船の近くに魔物はいないし、することがなくなってるし!

 というか一人でここまで来た時点で、「ぶらぶらしているくらい時間空いてます」って教えてるようなものじゃん!


 察しが悪いのか考えが回らないのか。

 なかなか気付いてくれないケイスケさんに、ムッとした態度を取る。


「ケイスケさんは私が、一人で用もなくこんなところへ来ないって思ってるんですね」

「そういう訳じゃないけど……。屋上に来たって寒いだけだし、自分から来る理由なんて何もないだろ?」

「……本気で言ってるなら、がっかりします」


 残念な目を向ける私へ、彼は一層困惑した顔を浮かべる。

 すると更にモヤっとしてきて、胸の奥に言葉にならない不満が溜まっていった。


(もっと分かりやすく伝えないと、ダメなのかな?)


 今のままだとケイスケさんは多分、私が帰ったあとでも気付かないかもしれない。

 後になって、誰かに教えられて気付く可能性はあるかもしれないけど。

 私は誰に言われるでもなく思った、ありのままの気持ちが知りたい。

 出来れば、今。


 勇気を出して歩み寄って、私は彼の顔を両手で包み込んだ。

 いまだ私の意図を察せず呆然としている、鈍感な表情を見つめながら。

 気持ちを声に乗せ、伝える。


「……ここに、あるじゃないですか」


 ケイスケさんは目をぱちくりとして、口をぽかんと開きながら固まる。

 固まった状態から立ち直ると、今度は顔を赤く染めていった。


 そんな反応を見て、私は手を引っ込めると。

 自分も恥ずかしくなってきたことに気付き、後ろに下がった。


 なんだか、顔が熱い。

 慣れないことをしたせいかな。

 思い切りすぎた行動だったかな。

 彼の顔もちゃんと見れないくらい、冷静に振る舞えない。


(なんで、こんなにドキドキするの)


 自分のしたことが、恥ずかしいから?

 彼のことが、気になるから?

 それとも、それ以外の理由?


 いきなりじゃなかったか。

 伝わる流れだったか。

 ケイスケさんは今、どんな気持ちだろうか。


「あ、え、その、いや。まって……え……?」


 チラッと様子を窺うと、これ以上ないほどにあたふたとしていた。

 目はしきりにあっちこっちへ泳ぎ、口からは混乱に満ちた声が、落ち着きもなく何度も軸足が変わる。


「……ケイスケさんって結構鈍いんですね」

「会いに、来てくれたの……?」

「気付くのが遅いです」


 どんだけビックリしているんだか。

 彼の慌てぶりを見て、自分はまだ落ち着いている方なんだなと感じると、冷静になってくる。


「私にばっか言わせないで……答えて。なんでケイスケさんは、そんな風に思ったんですか。ケイスケさんに会いに行くのは、変ですか?」

「いや…………変じゃない、けど」


 けど、なんだろう。

 辿々しい様子で喋る彼。

 その顔に、暗いものを感じてくる。


「俺の周りにそんな人は、いなかったから。仕方ないから会う人はいても、自分から会いに来ようとするなんて、誰も」

「……誰も?」


 そう聞き返すと、ケイスケさんはこくりと首を振った。


「昔、人を傷つけたことがある。俺の中でそれは、大切なものを守るためだった。けれど傍目に見た時、そのやり方は限度を超えていて、何人もの人に怪我をさせた。ツカサさんは知ってるかな、パペッティアって事件」

「パペッティア……」


 その言葉は高校時代に聞き覚えがある。

 つい昨日も、寝る前の時間を使って思い返していた。


 サヤと何かしらの関係があること。

 それを覚えていた私は「言葉だけ知っています」と返す。


「サヤと知り合ったばかりの頃、耳にしたことがあって。まるでサヤのことみたく周りが言っていたのを覚えています。どうしてそう呼ばれているのかは、知らなかったけれど」

「そう、か」


 私が詳しくそう説明すると、ケイスケさんは何かを言おうとして、しかし躊躇う仕草をした。


「なんでパペッティアって呼ばれているのか、調べなかった?」

「知らなくていい話だってサヤに言われたのと……詳しく知ったら、私も周りの人みたく変わっちゃうかもって思って。私は、サヤと一緒にいたかったから」


 何があっても変わらない気持ちなんて、ほとんどの場合ない。

 当時の私はそう思えるだけの経験を既にしていた。

 心の中を大きく占め、変わるなんて想像も出来ないと思っていたイツテルさんへの気持ちが、ふっと消えた経験が。


 だからサヤの過去を聞いた時、私がそれまでと変わることなく接し続けられるのか、自信が持てなくて。

 私は先生に相談したきり、調べるのをやめたのだ。


 それを思い出しながら伝えると、ケイスケさんは優しげな顔を浮かべた。


「ありがとう。ツカサさんがサヤの友達になってくれて、良かった」


 彼は一呼吸挟んだあと、顔を引き締める。

 何かを語る決意を固めたような表情だった。


「パペッティアっていうのは、俺のことを指すんだ」

「ケイスケさんが、パペッティア……」

「ああ。きっかけは、学校からサヤが帰ってきた時の違和感だった」


 ケイスケさんは当時のことを語り始めた。


「俺の家は両親が帰るのが遅くてさ。親抜きで晩御飯を取るのが普通で、その為のご飯代が机に置かれているんだ。コンビニに行ったり、外食に出かけたりして食べるのが当たり前だった」


 その日もケイスケさんは、机に夕食代があるのを確認し、サヤが帰ってくるのを待ったという。

 今日の晩御飯についてどうするか話そうとしたらしい。


「だけどその日は何か、サヤの様子が変で…………。話しかけても、返事が全然返ってこなかったり、晩御飯のことを話しても、口じゃなく紙に書いて伝えてきたりしたんだ」

「それは、変ですね……」

「最初は機嫌が悪いのかなって思ったよ。学校で何かあったりしたのかなって。もしくは、気付いていないうちに俺が嫌なことでもしたのかなって」


 その可能性をまず考えたとケイスケさんは言う。

 サヤからは「心配しなくていい」と書き置きがあったようだけど、それからもサヤはほとんど喋らず、そんな状態が何週間も続いた。


 だからずっとモヤモヤし続けることになったよう。


「気になって、学校で何があったか聞いた。するとサヤは何もないって言って、最近黙ってた理由を答えた」

「どういう理由だったんですか?」

「……口の中が腫れていて、中々治らなかったからって」


 口内炎?

 口の中が腫れていると聞いてまずそれを思い浮かべたが、何週間も長引くようなやつじゃない。

 引っかかるものを覚える。


「実際、サヤの口の中が腫れていたから、その時は納得した。けど、それからもサヤは何度も口が荒れてるからって言って、喋らない日は増えていったよ」


 ケイスケさん曰く、段々とおかしいなと思い始めたという。

 それから先生に相談し、学校でサヤがいじめを受けていないか聞いた。

 同級生から何かされている可能性を疑ったから。


 しかし、その後の先生の話では、サヤがいじめを受けている様子は見られなかったと聞かされた。

 昇降口にある監視カメラに怪しい動きをする生徒の姿は見られなかったし、身体検査もしたものの身体に傷はなく、担任の先生はサヤがクラスの女子達にからかわれている光景を見たらしいが、いじめと断定出来るような証拠は、集まらなかったと。


 そんな感じのことをぼかしながら、先生は教えてくれたと、ケイスケさんは言った。


(それっておかしくない?)


 サヤがケイスケさんと話さなかった理由が口の中が腫れてたから。

 毎日ほとんど話さなかった理由がそれなら、学校に通う日だってその状態のはず。

 家に帰る途中で腫れ出したとかじゃなければ、検査のタイミングで見つかる可能性は高い。


(何かおかしい)


 不自然な話だと思いつつ、話を聞き続ける。


「サヤが自分から言いたがらないのと、学年が離れているのもあって、俺はそれ以上の詳しい話は知ることが出来なかった。だけどある日、サヤが血を吐いて倒れて、救急車を呼ぶことになったんだ」

「血を吐いた……!? なんで……? どうして!?」


 サヤが血を吐いて倒れた。

 そのことを知らなかった私は、大声で問い詰めた。


「医者の話だと、食道からの出血。病院に着いたあとには肺出血も確認されて、そのまま手術をすることになった時は、どうすればいいか分からなかったよ。あとで来た親にも上手く説明出来なくて、ずっと混乱していた」


 中学生だった彼にしてみれば、出来ることなど知れていただろう。

 それでも、後悔することに年齢差なんてない。


 ケイスケさんは無力感を胸に刻んだまま、母親に連れられて帰ったと言う。

 サヤと父親を病院に残して。


「サヤの血を吐いた姿が頭から離れなくて。家に帰っても、何もせずにいるとおかしくなりそうで。気を紛らわすためにずっと動画やSNSを見ていたんだ。そしたら、あるものが目に留まった」

「あるもの……?」


 曰く、それは魔法についてのことだった。

 世間一般で非公認魔法と言われるものであり、使う上で様々なリスクがあるとされる代物。

 ケイスケさんはそれをインターネット上で取り扱う場所を見つけ、一つ一つ見て行った先で、一個の魔法に注目した。


 それは、心を読む魔法。


「いけないことだとは知っていた。でも、どうしても知りたかった。なんでサヤがあんなことになったのか。普通に聞くだけじゃきっと分からないことを、どんな方法だろうが知りたかった」


 魔法を使ったこともなかったらしいケイスケさんだが、そこに書かれてあった魔法を絶対に使いたくて、魔法紋を書き写したという。

 そして必死になってきちんと発動する魔法紋の作り方を覚え、魔力でそれを作成することに成功したのだと答える。


「俺はそれが出来た次の登校日に持っていき、事実を確かめようとして——」


 全てはホームルームが始まる前。

 サヤがいるクラスを訪れて、一年生を呼び出した日。

 パペッティアと呼ばれるきっかけの、事件の日だった。

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