白紙の権利
私はいつの間にか眠っていたらしい。
昔のことに耽っている内に、朝になっていた。
肌寒さに目が覚めて上体を起こす。
「んーー…………」
ゆっくりと背伸びした後、もぬけの殻になっている隣のベッドを見やる。
整えてある布団と枕。
そこには折り畳まれた上着が、丁寧に置かれている。
(着替えが……ってことは)
バスルームから聞こえてくるシャワーの音に、意識を向けた。
(朝風呂かな?)
そう思った矢先に音が止んで、ドアが開く。
湯気をまとったバスローブ姿のサヤと目が合う。
「あら、起きたのね。おはよう」
「おはよーう……」
寝起きの私は、風呂上がりでリラックスしているサヤに間伸びした声で返した。
笑みをこぼすサヤ。
「さっき起きたばっかって姿ね」
「正解〜……。サヤは風呂入ってたの?」
「昨日入るの忘れたまま寝ちゃってたから。お陰で洗濯もこれからよ。朝起きてすぐ洗うつもりだったのに」
唇を噛みながら悔やんでいたサヤを、私は微笑ましい目で見つめる。
(とりあえず元気そうで、良かった)
立ち直ったか、気持ちを切り替えたか。
昨日あったことを引きずっている様子は見られない。
元気そうに喋る友達の姿を見て、静かに安心した私はベッドから出た。
「でもまあ……風呂さえ満足に入れなかった時と比べれば、ずっと良いわね」
「学校だとお風呂なんて無理だったからね……」
前いた学校だと、ザガムが水を用意してくれてたので飲む分も使う分も困らなかった。
客観的に見て恵まれているといえる環境だったけど、サヤが言うようにお風呂については酷かった。
プールなどに備え付けてあるシャワーは、魔力嵐の直撃で全部ダメになっていたし、校内の設備もほぼ全滅。
国すら手が回らない被害だったのか災害救助や派遣なんて一度も来なかったし、校内にも緊急用の仮設風呂のようなものは保管しておらず、水を貯めて風呂代わりに出来るものさえなかった。
あの状況では、付近の家屋から無傷のビニールプールを探し出して、それで水浴びするだけでも贅沢だったのではないか。
今更そんなことを考えつつ、話を弾ませる。
「そもそも学校に入浴施設なんて期待するのがおかしいだけかしら? 自分で言っていてまともな思考じゃない気がしてきたわ……」
「あはは。学校とクルーズ船を一緒にしたらダメだよ」
本月晶はもともと豪華客船として作られている。
数百という乗客と、それをもてなすスタッフ、船を動かす乗組員など、それだけの人々を乗せながら航海することを想定しているのだ。
水回りの設備だって旅客数に比例したものを備え付けてある。
乗員乗客満員の状態で、三日分の使用量を貯めておけるという大容量タンク。
海水から真水を作ることが可能な最新の造水器。
航海中でも安心安全な旅を提供するためのこれらは、貴重な真水を作って貯めておけるという点から、文字通りの生命線として機能していた。
——けどそれなら、港についてからも、真水を求めて多くの人が船に留まっていたのではないか。
そんな疑問が浮かんだこともあった。
聞いた話だけど、造水器を動かすには電気が必要なのだが、真水を作る過程にはメインの発電機(主発電機)からの廃熱も利用している。
しかし主発電機は最も燃料を消費する機関。
燃料不足で港から動けずにいた船からすれば、ずっと稼働させるなんて物理的に不可能。
そんな状況で作れる真水の量は限られていた。
だから私達が来た頃には、半分も人は残っていなかったんだとか。
「けどこの船も、水では色々困ってなかったっけ? 今はどうなったんだろう。解決したのかな」
「解決したとは思えないけれど、不満が聞こえてこないってことは、何かしらの手は打っているんじゃないかしら。……あの人の顔が浮かぶわ」
「あの人って、もしかしてザガムさん?」
「そうよ……」
うんざりした顔を浮かべ、サヤは肯定した。
「水の問題は学校にいた時もあったけれど、彼が解決したでしょ。あくまで勘だけど、ここにいる人達の中で一番可能性が高いのって、彼だと思うのよね。他のイグノーツのことを除けば」
「ありえる……」
過去の実績があるだけに、私もそれには頷いてしまう。
満員には届いてなくとも、合計で百名以上が乗船していることに変わりない。
補給だってこの先できる見通しもないだろう。
予想外の需要に備え、水は可能な限り節約しているはず。
そうした中で更なる生存者の受け入れなんてすれば、一人当たりに回せる水が減ってしまう。
反発は必至だろう。
だからなのか、それらしい反応が聞こえてこないことに、ザガムが何かしたとサヤは睨んでいるようだ。
「あれだけの生存者を即入れる判断を出せるのは、受け入れても問題がないか、あっても解決する当てがあるからでしょうし。聞いてみないことには予想止まりだけど、彼の仕業でしょうね」
「仕業って……なんだか悪いことしたみたいじゃん」
もし水や食べ物の調達が難しい、特殊な環境下において。
家族の分しか水を作れないでいる時に、他の人達と出会って、それをくれとせがまれたら。
例え家族が死ぬかもしれないとしても、譲るべきか否か。
(私だったら、きっと悩む)
私にとっては、受け入れした中に弟や両親がいたから、喜ばしいことだったけど。
そうでない人にとっては、貴重な水を他人に回されて不満を募らせる、ことかもしれない。
もし誰かのお陰で解決したのなら、それが誰のおかげであれ良いことじゃないか。
そう思って返した言葉に、サヤは苦い顔を浮かべて「そうね」と呟いた。
「まだ決めつけるには早いのかしら」
「え?」
「なんでもないわ」
そう言ってサヤはバスローブを脱ぐ。
彼女がベッドの上にある上着を手に取り、着替え出した時。
露わになった身体へ、目が引き寄せられる。
(細くなったな……)
指の先から足の先に至るまで、細くて骨ばったサヤの姿。
昔の夢を見たからだろうか。
同じ量を食べながら、彼女にばかり現れる変化に、思い出したからだろうか。
栄養を取りにくい身体のこと。
それが気になって、不安を感じる。
(前みたいに、毎日いっぱいのご飯を食べられるとは限らない)
今のような安定しない生活が続いた時、サヤは健康を崩さずにいられるか。
どれくらいの間、普通に生きていけるのか。
不安は静かに、寝起きの頭を冴えさせる。
(——このままじゃいけない)
私達が生きていくために何をすればいいのか。
朝の間中、それを考え続けた。
午前九時頃、船内にて。
私とサヤは、金本船長に呼び出される形で船長室を訪れた。
室内に入ると船長のほか副長の吉野が待っていて、その横にはザガムもいる。
全員椅子にも座らず立っていた。
(しれっといるし……)
なんでいるんだという視線をザガムへ送ると、いつもと変わらぬ笑顔で返される。
答える気はなさそうだ。
私が正面へと向き直ると、船長がこちらを交互に見て話しかけた。
「昨日はよく寝られましたか」
「は、はい。変わりなく」
「……ノーコメントでお願いします」
聞かれてすぐ、いつも通りに寝ましたと答える私。
サヤは抑揚が小さい声で、無表情に黙秘権を行使する。
船長は私の返事に笑みを浮かべたものの、サヤの反応を前にすぐ引っ込んでしまった。
「昨日はサヤさんに、大変な調査を遂行してもらいました。無事に戻って来られたことを嬉しく思います」
「…………」
「もし言いたいことがあるなら、遠慮なくこの場で吐き出して頂きたい。私も副長も、全て受け入れるつもりです」
なおも黙り続けているサヤを見て、船長は続けた。
彼女の態度から、昨日の一件で不満を感じていると読み取るのは難しくないだろう。
二人はサヤが何か言ってくれるのを待っているが、気まずい沈黙は中々途切れない。
(どうしよう……)
私的にもこんな空気は息が詰まるし、良くしたいけれど。
サヤの気持ちはなんとなく分かる。
大切な家族を引き合いに出され、危険な調査に自分が行くかその人に行ってもらうか決めさせようとされたのだから。
もし行かせた場合に戻って来れる可能性が、相手の方が低いと考えれば尚のこと。
こっちだって表に出してないだけで、昨日のことは不満に思っているのだ。
どんなに頭を下げられたって、受け入れられない気持ちは残る。
ゆえに船長達の味方をしたいとは思わないのだけど、いつまでもこの空気が続くのも辛い。
ひとまず、私が場を繋ぐ。
「あの、今日呼んだのは、昨日のことへの謝罪をするためですか?」
「……謝罪をしたいというのも勿論ですが、本題も別にあります」
元より謝ってからそちらへ話を移すつもりだったのだろう。
サヤからの返答を諦めた船長は、私の投げた疑問へ答え出す。
「先日の樹海探索と生存者発見の話により、貴方がたの扱いについて、優遇をしたいと思いまして」
「優遇ですか?」
「はい。今後私達が航海を続けるに当たって、様々な困難にぶつかっていくことは想像に難くないでしょう。やらねばならないことだけでも、短期的には食料の調達や魔物の撃退。長期的なら、恒久的に維持出来る生活の模索などありますし」
冷静に状況を俯瞰し、述べる船長。
人々の命を預かる側として、強い責任を感じての考えか。
いずれも重要な課題に、どう解決すべきかを導き出そうとしているのが、真剣な様子から見てとれた。
「大きな災害があった後なら、どれも考えなければならないことですね」
「ええ。ただそれには一つだけ、私達のみでは予防が難しいにもかかわらず、対策が不可欠なものがあります」
「……魔物のことですね」
そう相槌を打つと、船長は頷いた。
「間近で姿を見たのは『鳥』が初めてでしたが……あれが恐ろしい存在というのは肌で感じられましたよ。早急に対策しなければならないと思うほどに」
「あれは心の底から死ぬかと思いました……」
その言葉に、隣の副長が表情を固くしながら同意した。
鳥とは船の近くで戦ったし、船目掛けて突っ込まれたこともあった。
あの時はザガムがかけた魔法のお陰で船は無事で済んだけれど、そうでなかったらどうなっていたか、想像するのも恐ろしい。
外にいた私でもそう思うのだ。
中から見ていたら、生きた心地がしなかっただろう。
船長たちの気持ちを察しつつ、ここらで待遇を改善する理由が浮かんできた。
話が途切れたタイミングを計って、聞いてみる。
「えっとつまり、その対策として私達が必要になるから……その話が出たんですか?」
「……はい」
船長は肯定した。
だろうなと思い、私は沈黙する。
まあ、深く考えるような話でもない。
危険度大の仕事をやってもらうのに、未経験者か経験者かどっちに任せたいか。
そう聞かれれば経験者が自然に選ばれるというもの。
選択次第によっては人の命にかかわるのだから、尚のことである。
(正直、やってくださいと言われたら拒否なんて出来ないんだけど)
無理矢理押し切ることも不可能ではないだろうに。
危険な仕事を任せた相手に溜まる不満を考慮し、優遇しようなんて考えられるのは、船長としての大人の積み重ねを感じられた。
「どうでしょう?」
「……」
危険手当を払うから、やってくれと。
そうした対応には誠意を感じられるけれど。
私がサヤだったら、目の前で嘆息していたかもしれない。
船長はただ、乗っている人達が一人でも多く助かるように考えているだけ。
そうなるように考えると、私やサヤが戦うことになる、それだけの話。
(そう、理解は出来るけど)
理解と納得は別である。
待遇が良くなるのは嬉しいし、魔物のことは言われずとも戦うつもりであった。
目の前で誰かが死んでいくのなんて見たくないから。
だったら生活も特に変わらず、けれど良い方向へ改善してもらえる。
良いことじゃん。
(……なんて思える?)
素直に喜べない。
だって、この話が持ち上がったきっかけが昨日のことだというのなら。
私が憤懣を抱える理由も、昨日のことが原因だから。
「私達は、喪っても許容出来る程度のものじゃなかったんですか?」
気持ちが相手に伝わるように、顔に不満を浮かべながら、船長を見つめた。
「……誤解ですよ。私はお二人の命が喪っても良いものだとは一度も口にしておりません」
「でも、昨日言いましたよね。最初にザガムさんへ話を持ちかけたけど、自分で却下したって。ザガムさんの能力はこの船に欠かすことが出来ないからって、理由もつけながら。その代わりに私達が選ばれたというのは、誤解なんですか?」
ザガムよりも私達の命が軽く見られていると。
そう言っている風に聞こえたのは私だけなんだろうかと、強く問う。
「昨日ここで話した内容、私は全部覚えていますよ」
語気が荒だっている自覚はあるし、向こうにもそれは伝わっているのか、船長は冷や汗をかきつつ釈明する。
「そうした風に聞こえてしまう言葉を選んでいたのは、こちらのミスです。私は誰にも死んで欲しいなどと思っておりませんし、お二人へそんな理由で頼んだつもりもありません。力があるなら、船長という責任がなければ、私が志願していました。どうか、許してもらいたい。私には、自分だけで解決出来るような力はなく、誰かを頼らねば出来ないことの方が多いのだ」
「っ…………!」
目の前に下げられた頭。
それが船長に出来る精一杯の誠意なのか。
私は怒りに手を震わせながら、彼を許すかどうか考える。
(——出来ない)
視野が狭まる。
思考が普段通りに働かない。
船長の決断のおかげで助かった命があるし、サヤも無事だった。
喪ったものはない。
でも、あのとき感じて思ったことをなかったことには出来ない。
もしサヤが戻ってこなかったら。
人影は見間違いで危険な魔物しかいなかったら。
不安と後悔に傷ついた時間は、ずっと覚えているんだ。
だから、向こうにどんな事情があったとしても。
それと打ち消して「しょうがなかったね」で、許したくない。
頭を上げた船長の方へ、私は一歩前に出る。
そして、考えるより先に手を振り上げた。
振り上げた手は、振り下ろすもの。
船長の頬を引っ叩こうと、斜めに下ろした。
「——っ!?」
だが直後、何かへ引っかかったように腕が振り下ろせなかった。
振り返ると、先ほどまで傍にいなかったはずのザガムがすぐ隣にいて、振り下ろす直前の腕を掴んでいた。
「船長を叩く前に、一つ確認させてください」
細い枝を支えるような包み方で。
だけど振り解けない力で。
私の腕を捕らえたまま、ザガムは聞く。
「ツカサさんは今、気持ちの向くままに行動しています。それはツカサさんにとって一時的な強い怒りであり、時間が過ぎればやがて落ち着くでしょう。ですが、時間が過ぎてもずっと残り続ける弱い怒りでもある」
「…………何が言いたいの?」
言いたいことが上手く掴めずに怒りの混じった声で返す。
そんな私へ彼は言葉にした。
「叩いて後悔しないかということです。あの時の自分は感情的になっていたと。気持ちに任せて振り下ろしても、悔いが残らないなら止めません。そうでないなら、手を振り下ろす位置を間違えないように」
言い終えると、彼は私の腕を放し、元いた場所へ下がった。
言いたいことは伝えましたと。
そう語ったにも等しい忠告を残して。
(……なんで止めるのさ)
私は、振り上げた手の行き場を失った。
「ツカサ、いいのよ」
沈黙を貫いていたサヤが口を開いて、手を伸ばす。
高い位置にある私の腕を、そっと掴むと、
「私達のために怒ってくれてありがとう。嬉しかった」
「サヤ……」
「だからもういいの」
誰も傷つけない位置へ、ゆっくり下ろした。
さっきまで無表情だったサヤが、私の方を見て表情を緩ませ、柔らかな声で言う。
それが一切混じり気のない本心に聞こえて。
手に込めていた力を、解かざるを得なかった。
激情が弱くなっていく傍ら。
サヤは船長の方へ向き直る。
「昨日も言ったけれど、私が文句を言うのは改善が期待出来る時だけ。それと同じように、謝罪を求めるのも改善が期待出来る時だけよ。優遇してくれると言ったけれど、具体的には?」
「暫定的な案はありますが、具体的には話しながら詰めていこうかと。まずは最初の優遇として、今現在泊まっている客室より良い客室を利用出来るようにします」
「部屋をランクアップしてくれるってことね。私は別にどこでも良いけど」
欲がない冷めた回答をするサヤ。
部屋なんて住めればどこでも一緒とか、そんな風に思ってそう。
多分今の部屋のままでも気にしないだろうが、船長的にそんな事態は避けたいようだ。
「周りへの配慮もありますので、どうかお願いします……。うら若い女性を体良く利用して軽く扱っているなどと噂を立てられたら、船の治安にも影響してくるので……」
「分かっているわよ……。なら部屋の用意は? 選べないやつとかはあるの?」
「現時点でムーンスイートまでの客室を選べます。副長」
船長が副長へ目配せすると、副長は私達へパンフレットを手渡した。
パラパラっとめくり、客室の項目があるページを読む。
(ムーンスイート……あった)
客室のクラスは上から順に、ロイヤルスイート、クリスタルスイート、ムーンスイート、スイート、バルコニー、トリプル、ステートとなっている。
今日まで寝泊まりしているのは『ステート』のルームだ。
ムーンスイートまで選べるということは、今より四つ上のランクまで良い部屋に移れるということ。
(良い雰囲気の部屋だ……)
写真に映っている内装を見るに、ステートの倍くらい広くて、ちょっとしたバルコニーも付いている。
室内の調度や装飾も、高級ホテルのような美しさと気品を醸し出していた。
普通に泊まったら値がすごく張りそう。
(実際高いんだろうけど)
私が目を通し終わった頃、サヤも一通りパンフレットを見終わって、船長へ質問していた。
「スイートルーム以上は埋まっているって話じゃなかったかしら?」
「今回のことを交渉材として、お二人へなら部屋を変わっても良いとの合意が幾人かのお客様と得られました」
「…………昨日の今日で?」
サヤが訝しむような視線を注ぐ。
すると船長に代わって副長が答える。
「お二人の活躍は昨日に始まったことではありませんので、そうした話は前々から進めておりました。これまでにして頂いたこと、これからして頂きたいことを考慮すれば、ステートルームに居させるというのは聞こえが悪いので」
見て分かるような好待遇でないと、示しがつかない。
副長もまたそのような言い分でサヤと私に訴えかけた。
(理屈は分かるけど……)
それなら昨日のことを待たずに出来たのではないか。
食料の確保に危険な猛獣の退治にと、一昨日までの話でも分かりやすい実績を積み重ねてきたのに。
そう思った時、ザガムが口を開く。
「加えてこれまでは、怪我人を出さないよう戦闘経験のあるツカサさん達へ危険度の高い外での活動を任せていましたが、それが理由で一部の方に不当な評価を受けていましてね。若い女性二人で何とかなるなら、大したことではないのではと」
「えぇ…………?」
思わず困惑を顔に出す。
今の時代、女性だからと男性に比べ劣っていると見做す価値観は、白い目で見られることも普通なくらい前時代的なものである。
何をどう考えたらそんな発想が出来るんだ。
呆れるようにザガムを肩をすくめた。
「どうやらまだ、魔力に影響された人とそうでない人の差があまり知られてないようですね」
「影響を存分に受けた私達で社会人一年目かそこらなんだから、不思議でもないわね。これから広く知られていけば、舐めたこと考えるやつが焦るか首を絞められる側に立ったんだけど」
「そうですね。と、この話は脱線しますね」
ザガムが無言の視線を注ぐと、船長も促される形で「そうですね」と返した。
「自分がよく知らない物事を軽く見てしまうというのは、誰でも起こりうることですから。私も子供がいますが、船長という仕事の難しさについては中々分かってもらえず、『人に口を出すだけの楽な仕事』なんて言われましたよ。ですが、今回のことでそう思う人は減ったと思います。それで、どうでしょうか?」
「……どう思う? ツカサ」
サヤが話を振ってきた。
ここで聞かれているのは、船長達の提案に対する意見だろうか。
私はサヤと同じ部屋にいるので、移るかどうかを聞いているのかもしれない。
「良い部屋に移れるんだから、私は良いと思うけど……」
「けど?」
「うーん……他にも何かないかな」
欲張りに映るかもしれないけど。
命に関わることをやるのだから、部屋をよくしてもらうだけじゃ釣り合いが取れていない気がする。
だから他にも何か欲しい。
「他にもというと、食事をより増やすなど?」
副長が悩む私へ聞き返してくる。
確かに食事の量は増やして欲しい。
私自身が食べたいからというより、サヤのために必要だから。
「それもあります。けど……」
「すぐ思い付かないようなら、日を改めてからでも構いませんが……」
時間をかけても良いと言う副長の提案は有り難いが、その時間が惜しい。
正直この場で捻り出したいが。
(全然浮かばない……)
良いアイディアがこれっぽっちも出てこない。
頭から煙が出そうなほど考えていたら、見かねた船長が提案を挟んだ。
「でしたら、後から一つだけ通したい要望をこちらが無条件で認めるという権利を、ツカサさんへお渡しするということでどうですか」
「え?」
「——船長!?」
なんだその権利はと思った横で、吉野副長が驚きを隠せないような表情で大声を上げる。
同じ発言を聞いていたサヤ達も、眉を寄せて発言者の方を見つめていた。
「船長、いえ金本さん。それどういう権利か言っていて分かってる?」
「場合によってはあなたとツカサさんの立場が逆転しかねませんよ。良いのですか?」
ザガムも真面目なトーンで再度の確認を促した。
けれど船長は発言を撤回せず、逆に認める。
「これくらいのものを渡さねば、したことへの帳尻が合わないでしょう? 私はお二人と違って、人に口を出すくらいの仕事しか出来ませんので。その中で出来る一番のものをお渡したつもりです。ただし一度限り、ですが」
「……だったら約束を反故にされないためにも、誓約を書いてもらうわよ。もちろん実筆で」
「それで納得して頂けるのなら構いません」
いや、構ってよ。
何か達観してる風な振る舞いの船長を見て、内心突っ込んだ。
「どう、ツカサ?」
「う、うん……それでいいよ」
結局サヤが話を決めてしまった上、断れる空気でもなさそうだったので同意してしまった。
こういう交渉は私よりもサヤが得意なので、割とよくあることだが。
(今回のはシャレにならない……)
一つだけ要望を無条件で認めてくれる。
それも船長に対して。
使いようによってはとんでもないものを渡されたと、私は頭を抱えた。




