出会いと馴れ初め(2)
彼女の言うように、いつか縁が切れるというのが本当だとして。
今の私に彼女との繋がりを絶つ動機は、ない。
だからそんなことを言われた後も、私は同じように接し続けた。
サヤと喧嘩したとかこの上なく言い争って不仲になったとかならまだしも、そういう訳じゃなかったし。
(もっとあなたのことを知りたい)
ワガママであろうが、居たいと思うから居続ける。
彼女の事情がなんであれ、どういう思いからその言葉を口にしたとして。
私みたいな人もいるということを、形で伝えるために。
そんな私へサヤがどう対応したかというと、前と変わらず、普通に接してくれた。
休み時間もよく一緒。
私から近づいては私から離れるの繰り返し。
たまに鬱陶しがられて面倒くさげな顔をされることもあるけど。
毎日話してお互いを知るうちに、そんなこともなくなっていく。
サヤと一緒にいると楽しかった。
彼女は私に知らないことを教えてくれる。
色んな気付きをくれる。
疑問を聞けば率直に答え、私が気付いていないことへ気付いて、アドバイスもしてくれる。
例えばこれは何気なくマジックネイティブについて聞いた時、
「なんで私達の世代からマジックネイティブって言われるんだろう」
「生まれた時から魔法が身近にあった最初の世代だからよ。それこそお腹の中にいた頃からだから。名前も生まれた時からデジタル機器が身近にあった、『デジタルネイティブ』に由来するらしいし」
「へー……。けど、お腹にいた頃は流石に関係なくない?」
「魔力は若い方が影響を受けやすいみたいよ。だったら胎児の頃にも影響はありそうじゃない?」
例えばこれは私がゲームをやっている時、
「ツカサさん、その敵は一番体力が低い味方を狙ってきているんだと思うわ」
「え? あ、ほんとだ……道理で同じキャラが狙われるって思ったよ」
「どうする?」
「うーん、回復アイテムもったいないし、しばらく囮になってもらう」
この後私の都合で何度も倒れては生き返らせているキャラを見て、サヤはドン引きしてた。
「あなたそのキャラのこと好きだって言ってなかった? よくその扱いして心痛くならないわね……」
「ストーリーで死ぬとかは辛いけど、戦闘中に倒れる分には蘇生出来るし。ボスを倒すためには犠牲も必要だよ。有効的なら使わないと損じゃん」
「…………命の価値って、取り返しがつくかどうかにあるのかしら」
ゲームなんだからそうじゃん、なんて普段流していることでも、サヤは言葉にしてみせる。
自分と同じ年なのに、こんなにも物の見方や考え方が違う。
彼女が口にするふとした言葉を聞く度に、サヤが世界をどう見ているか、その断片を知っていく。
彼女が言ったことの意味が分からなくても、私には気にならなかった。
そんな日々が過ぎていく中で、私達の友達関係はクラス内でも定着しつつあった。
依然として周りから避けられているサヤと、入学初日からサヤと友達になった私。
大勢の人にとってそれが驚きに値する話なのだというのもたまに聞こえてくる。
たまたま私とサヤが休み時間で離れていた時とか、こう聞かれたりもした。
「ツカサっていつもあの人と一緒だよね。その、何もないの?」
「……? 何もないけど?」
往々にしてその質問は主語を欠いていて、困惑するものばかりだった。
けれど違う人から同じようなことを聞かれる度に、質問のニュアンスがほぼ一緒だということに気付く。
みんなが聞きたがっているのは、サヤと一緒にいることで、不幸な出来事に遭っていないかということだった。
(霊感商法でも流行っているの?)
別に不幸なことなんて一度も起きてない。
サヤと友達になる以前も以降も、覚えるような嫌な体験はなかった。
何のつもりだと思い、聞き返したりもしたけど、答えてくれるクラスメイトはいない。
(う〜ん……)
あまりに馬鹿げた話だと思いながら、でも無視するには気になりすぎる。
しかし本人へ聞くのは難しい内容。
私は悩んだ末に思い切って、担任の良子先生へ相談してみた。
すると先生から「放課後に時間はあるか」と確認され、可能ならその時間まで残るよう告げられる。
相談した私は、その日の放課後に残ることを選んだ。
「悪いね。貴重な時間を頂いて」
「い、いえ」
約束の時間になって、私以外誰も残っていない教室へ先生が訪れる。
さっきまで一人でぼーっとしていたので、反射的に背筋を伸ばす。
「サヤさんは先に帰ったのか?」
「はい。先生と話したいことがあるから、先に帰っていいよって私が言っといたので……」
「そうか」
サヤとのことを伝えると、先生は窓から校庭を見下ろした。
部活に励んでいる人達の、気合の入った掛け声や、集団で走る音がここまで届いている。
「若いというのは良いな。朝から晩まで元気に溢れている」
「先生も若く見えますけど……」
「もう27だよ。私は中身がズレてるから、気持ちは半分婆さんだ」
いや、27ってまだ二十代後半じゃん。
その年で婆さんを名乗られたら、全年齢層からツッコミ入ると思うんですが。
なんてことを少し考えるも、胸の奥にしまう。
「だったら、自己評価をあげていいと思います。私が男性だったら、先生みたいな人は絶対放っておきませんよ」
「……君は私などより放っておかれなさそうだな。まあ、個人的な感慨はこれくらいにしておくか。緊張も大分解れてきたようだし」
そんなことを呟き、先生は教室のドアや窓を閉め始めた。
今の、緊張を解くための話題だったんだ。
無愛想な顔で言われると反応に困る。
「個人情報に触れるかもしれない話だから、そのための措置だと思ってくれ。人はどこから話を聞いているか分からないからね」
そう言って、先生は教壇に上がる。
私は先生のくいくいと動かした指に促される形で、近くの椅子に座った。
「聞きたいことは、なぜサヤさんと一緒にいると不幸なことに遭っていないかと質問されるかで、良かったか?」
「はい。……なんでそんな話が出るのか、知りたいと思って」
私は最初に相談を持ちかけた時と同じ言葉を復唱する。
「先生は知っていますか?」
「そうだな。プライバシーの都合でぼかす内容も多いが…………そう聞かれる理由があるのは確かだよ」
「というと……?」
「彼女と関わりのあった同級生で、『何かしらの不幸』に見舞われている子が多いのさ」
一瞬、怪談の類でも話しているんですかと、聞き返したい気持ちに襲われた。
けれど先生は冗談を言っているとは思えない、真摯な顔。
目を丸くしながらも話を聞き続ける。
「君達が中学生だった頃かな。彼女の同年代で同じ学校に通っている子に……そうだな。仮名で……A子、B子、C君、D子、E君という生徒達がいた。A子はもともと自己主張の強いハツラツな子で、小学校の頃から授業態度も良い、教師からの評判も良い生徒だった。中学に入るとサヤさんと一緒のクラスになって、そこでも小学の頃と同じ明るい子だった。ある時期まではね」
先生曰く、A子は夏休みの間に幻覚が見えるようになって、苦しむようになった。病院にも通ったが改善はせず、最終的に不登校になったという。
B子は中学に通っている間中、怪我に悩まされた。調理実習中に跳ねた油で火傷を負ったり、廊下を駆け抜けていった男子に押され、壁に顔を打ったり、体育の授業で転んで骨折したりなど、何度も不運に見舞われた。
C君は受験を控えた頃、父親が突然亡くなった。高校へ合格したあと母親も亡くなり、遠い親戚に引き取られたが、行きたかった高校とは別の高校へ転校することになった。
D子は学校の帰り道に、車と接触する事故に遭った。その時利き腕を強くぶつけたせいで、箸がうまく持てない、文字が上手く書けないなど、生活に支障が出るほどの麻痺が残った。
E君は一年生の終わりに、住んでいるマンションから飛び降りた。部屋に残してあった遺書には、両親への謝罪の言葉が書き連ねてあった。
淡々と語られたそれらを聞いて、背筋が冷える。
「こんな感じに、彼女の周りでは『不幸』なニュースが立て続けに起こった。それは同級生に限らず、先輩・後輩、担任にも。彼女と深く関わった人ほど同じような『不幸』に見舞われている。彼女は有名人だからな。こういう話を知っている生徒は珍しくない」
「……それは、全部本当に起こったことなんですか?」
「調べれば誰でも辿り着ける話さ」
にわかには信じがたい。
けど先生の言っている話が本当なら、サヤがあんなに避けられている理由も分かる。
「でも、それって偶々、運悪い出来事が重なっただけとかじゃ……サヤだけのせいにして、説明出来ることじゃないと思います」
「確かにな。今言った不幸の一例でも、事実だけど因果関係の怪しいものが混じっている。B子やD子、C君の例なんざ誰と関わっていようが起こりうる話だ。彼女のせいにする方がおかしいだろう」
私の意見を肯定するように、先生は首を縦に振る。
一瞬こちらの思いが通じたような気になって、上を向いた。
「だが、何か関係があると思える余地があるなら、人は無視出来ないものさ。そして証明もしにくい話題だけに、好きなように点と点を繋ぎたがる。自分の思考を映しただけの夢の話を、現実のように言われたって滑稽だろ? でも信じる人が多ければ、滑稽な夢でも現実の仲間入りをする。それもまた現実さ」
「…………そんな噂が信じられているのは、サヤが有名になった話と関係があるからですか?」
疑問が晴れると、また別の疑問が気になっていく。
そのような不幸を招く人として、多くの人へ認知されるきっかけを齎したのは、彼女を有名にしたであろう、ニュースなのかと。
質問に答えてくれた先生へ再び疑問を投げると、先生は思い出したように言葉にした。
「ああ。ツカサさんは知らないんだったな」
ちょくちょくサヤに関連するワードは、断片だけど耳に入ってきている。
けれど未だその詳細な部分はおろか、一体何があって、どうしてニュースになったかの話も聞けていない。
私の状況を察した先生が、ふむと思案する。
「本人からは聞いていないのかい?」
「……聞こうとしてみたことはありますけど、その度に、知らなくていいことだって言われて」
パペッティアというワードを出して、昔何があったのかそれとなく聞いてみたことはある。
でも、一貫して彼女の答えは同じだった。
ネットで調べれば出てくるのではないかと思ったこともあるけれど、それを知っている周りの反応を思い出すと、調べる勇気が出てこない。
私の返答と悩んでいる様子を受けて、「そうか」と呟く先生。
「想像の通り、パペッティアというのは彼女が有名になった理由なんだが。それ以上のことは私の口からでも言えないな。ツカサさんはサヤさんと友達でいたいんだろう?」
「はい、それは勿論……」
どんな噂が流れているにしろ、その言葉が何を示しているにしろ、友達でいたいと思っていることに変わりない。
だから言い淀むことなく肯定したが、
「ならやめておけ」
その言葉にピシャリと先生は断言する。
「少なくとも、アレを知って関わろうという勇気は、まともな人ほど持てないだろう。現に知っている生徒たちの反応はアレだ。君が友達として付き合い続けたいなら、そのことを知るべきじゃない」
「そんなっ……!」
有無を言わさぬ発言。
それがショックだった私は立ち上がって、先生を見た。
「私も一教師として偏見に囚われるなとは言いたいが、事実に囚われるなとは言えんからね。君が彼女と近づけた理由が過去を知らないことにあるのなら、知れば君もあちら側になりうるということだろう。友達でいたいツカサさんは、そうなりたいかい?」
なりたくはない。
ならないでいたら良いなと、そう思っている。
口には出せない考えが頭の中を巡っていく。
「…………知っても、友達でいることだって出来るはずです」
「ああ、私もそれは不可能じゃないと思う。でも、その気持ちがあるなら分かるんじゃないか。人は気持ちに左右される生き物で、一度持った苦手意識や恐怖感は簡単に拭い去れないってことも」
もし自分の言っていることへ心から頷けるようなら、誰に何を言われるまでもなく行動に移したはずだ。
だから今も知らないまま、調べられないんだろう?
先生はそう言った。
心の中を見透かすような瞳で射抜きながら。
「知りたいと思っていることを知らないでいるのは、調べ方が分からないか、調べたくない理由があるからだ。ツカサさんは、それを知った後の迷いを想像出来る。だから敢えて知らずにいるんじゃないのかい?」
先生の言っていることが、心の奥へ刺さってくる。
言葉に出来ずにいた迷いに、形を与えて返されたみたいで。
言われて自分の行動を思い出すと、響くものがあった。
(そうか、そうなのかも……)
私はサヤと友達でいたい。
サヤのことを知りたい。
これからも色んな時を共有して、一緒にいられる関係でありたい。
でも、パペッティアを知っている人の知ったあとに友達を続けられるような内容なのか。
知って全てが変わってしまわないか。
それが怖くて、迷っているのだ。
「……私は、どうすればいいんですか?」
項垂れながら答えを求める。
自分の中で正解が見つけられない。
これまでに経験してきたことでは、何が一番良い選択なのか分からない。
そうやって悩み続ける私の方へ、先生は歩み寄る。
「焦らないことだよ。ツカサさんがその縁を大事にしていきたいのなら、相手からそれを話してくれるようになるまで、静かに待ちなさい。君が彼女と仲良くありたいという思いは、きっと伝わっているから」
先生との話が済んだ後、帰るために荷物をまとめる。
空を見上げると夕焼けは濃く深みを帯びていて、地平線の向こうに夜があった。
「気をつけて帰りなよ」
「はい。今日はありがとうございました」
先生にお礼を言うと、早足で昇降口へ急ぐ。
暗くなると危ない人に絡まれやすくなるし、寮の門限に引っかかるかもしれない。
行方不明になる人が男女問わず増えているとか、怖いニュースも聞いた。
早く帰らないと。
(あれ?)
昇降口が見えた時、下駄箱の近くに人影があった。
下駄箱に背中を預けるように立っていて、ぼーっとするように遠くの床を見ている。
(もしかして……)
その姿に見覚えがあった私は声をかけた。
「サヤ?」
なぜここにいるのだろう。
そもそも、帰ったんじゃなかったか。
驚きと意外な気持ち、疑問を同時に抱きながら、サヤに話しかける。
「どうしてここに?」
「……ツカサさんを待っていたのよ」
サヤが口にした理由を聞き、思わず呆然としてしまった。
彼女の性格的に、待っててと言えば待つとは思うけど、いつ来るか分からない状況なら、連絡だけ入れて先に帰るだろう。
そんな風に想像していたし、違う光景なんて想像出来ない。
だからこんな時間まで、下駄箱のところで待ち続けていたのは予想外だった。
「でも私、先に帰っていいよって……」
帰りの会のあとサヤへ伝えておいたけど、もしかして聞こえていなかった?
その可能性を思いついて聞いてみたら、彼女はジッとこちらを見る。
「帰る気になれなかった。だから時間を潰していたのよ」
「え、ええ……?」
サヤとは思いにくい曖昧でふわふわな理由だ。
困惑するなと言われる方が無理な発言。
けれどサヤは「それだけよ」とゴリ押してきて、おもむろに下駄箱へ歩き出す。
「でも今帰る気になったわ。ツカサさんもこれから帰るのよね?」
「う、うん。そうだけど」
「なら一緒に帰りましょう。いいわよね」
「まあ……」
ボキャブラリー低下中の私だけど、サヤの提案にはすぐ頷いた。
これまでも私から「一緒に帰ろう」って誘ってきたし、頻度も週4回くらいだから別に珍しいことではない。
だから一緒に下校なんて、特別でもないんだけど。
放課後までサヤが待っていて、誘われたのは初めてだった。
「先生との話、長かったわね」
靴を取って履いている最中、サヤは私へ言った。
結構な時間経っていたし暇だったのだろう。
サヤの顔は寂しげに映った。
「ごめんね、待たせちゃって」
「文字通りの意味でしか言ってないから、気にしてない。それに私の気持ちで帰ってなかっただけだから」
「でもずっと残っていたんでしょ。暇じゃなかった?」
形はどうあれ、帰りの会からこの時間までずっと学校にいたはずだ。
私の疑問と共に放たれた質問に、サヤは返事を遅らせる。
「……あなたがいないと、静かだと感じるくらいにはね」
その言葉に私は振り向き、目を見張った。
なんだか今のサヤ、いつもと様子が違う気がする。
これが平常時なら「慣れてるわよ」とか、「構ってくるのがいないだけで普通」とか言いそうなのに。
違和感があるほどじゃないが、普段の言動を理解しているだけに慣れない。
(ちょっと空気を和らげようかな……)
前に食堂でお互い感傷的になってしまい、辛い空気になったことがあった。
またああいう空気にしてしまいたくはないので、冗談で返そう。
「じゃあこれからは声量控えめに話しかけるね」
「もっと静かにしてどうするのよ。いつも通りでいいから、いつも通りで」
「はーい」
元気よく答えて、一旦会話を区切った。
今日も学校にいる時間が終わって、家に帰る。
いつもと同じように友達と一緒に、今日あったことや昨日あったことを種に、なんでも話す。
歩いている時でも、信号待ちしている時でも。
電車に乗っている時でも、お店へ寄り道している時でも。
私はあなたと語り合いたい。
「じゃあ、また明日」
「ええ、また明日」
帰路が分かれる場所に立って、私はサヤに手を振った。
サヤもまた、そんな私へ小さく振り返す。
家に帰っても、携帯からやり取りは続くだろう。
それでも面と向かって話せる今日は終わり、続きは明日だ。
たったそれだけのこと。
でも、たったそれだけを中学の時から求めていた。
先にサヤの背を見届けながら、胸に手を当てる。
(…………)
彼女の姿が遠ざかる。
暗く沈んだ空の方へ、ゆっくり消えていくように。
湿った風が頬を撫でると、胸の奥に抑えきれない思いが溢れる。
考えるより先に、私は去っていく彼女を追いかけていた。
「サヤ〜!!」
「——え?」
振り返ったサヤは、私が走って追ってきたことに驚いていた。
さっき別れて、これから一人で家に帰ろうとしていた彼女へ、私は伝える。
「私、サヤの昔のこととか全然知らないけど! 知っても怖がったり、離れたりしようなんて思わないくらい、これから知っていくから! だから、サヤのこと、これからもっと教えてね!! 私のことも、たくさん教えるから!!」
「…………ツカサさん」
彼女の顔が驚きから真面目なものへ変わっていく。
私は決めた。
サヤのことは、サヤが話そうとするまで勝手に調べない。
先生の言うように、今の私は、知って変わってしまうことを恐れている。
けれど、それはいつまでも続く話じゃないはずだ。
いつか、サヤの全てを知ったとしても。
迷うことなく、彼女を避けず、心から言える日が来るはずだ。
それでも私は、サヤに惹かれた。
いつまでも友達でいたいと思えると。
そのために、私はこれから知っていこう。
彼女の良いところ、好きなところをじっくりと。
「急にどうしたのよ。別れてすぐ追いかけてくるなんて」
「だって今言わないと……気分じゃなくなりそうで」
「どういう気分よ……」
見事にサヤに呆れられている。
タイミング間違えた?
でも、明日になったら気持ちがリセットされちゃいそうで。
面と向かって言わないと、気持ちが半分も伝わらないような気がしたから。
「あなたの行動の振れ幅には慣れたと思ったんだけど……私も想定が甘かったかしら」
「サヤぁ……」
「抱きつくな。もう……」
抱きついた私をサヤは両腕でゆっくりと引き剥がし、観念した顔をする。
「たかだか声をきっかけに、ここまでグイグイ来る人は初めてだわ。本当にいいの? 若気の至りならまだ撤回出来るわよ」
「私もう15だから! それに20後半で自分の心を婆さんみたいって言う人もいたし!」
「そんな参考にならない大人を参考にするな」
サヤはため息を吐くと、私と目を合わせた。
「…………言っとくけど、私と一緒に居続けると変な目で見られたりするからね」
「大丈夫だよ! 私、中学の時とか色々あって、十分変な目で見られてきたから!」
「あなたって本当に変わった人……」
呆れるように言う彼女。
だけど頬は緩んで、わずかに口角が上がっている。
「ならその辺り、お互い気にしなくて良さそうね、ツカサさん」
「ツカサでいいよ。私もサヤって呼び捨てだし」
「じゃあ、これからは遠慮なく呼ばせてもらうわ。ツカサ」
そうしてお互いに笑い合った。
多分、それはごく普通の日だった。
学校に登校して授業を受け、下校して寮に帰って寝る。
繰り返されるだけの、何の変哲もない一日になるはずだった。
けれど、私が先生に相談して。
先に帰っていいよと私が言っても、サヤが待っていてくれて。
一度別れてからも、追いかけて。
全部を受け止めて、受け入れてもらえた。
そうした偶然があったから、今日に繋がっているんだと思う。
だから私の中で、特別な日として残り続けているのだ。
あの日を振り返ったとき恥ずかしいと思うことはあっても、間違っていると思ったことはない。
これからもきっと、そう思い続けられるだろう。




