出会いと馴れ初め
今は夜中。
船内の明かりが消灯して、殆どの人が布団の中で寝静まる時間。
私もまた布団にくるまって寝ようとしていたが、中々寝付けないでいる。
(う〜……)
真っ暗に覆われた陸地。
静かに音を立てるだけの海。
太陽の光を反射して、輝く月。
それらが綺麗に見える窓から、熱が放射され逃げていく。
だから眠れないという訳ではないが、ちょっと寒い。
布団からぴょこっと足を出すと、末端部の血管が縮む。
(寝れないの、私だけ……?)
私は目を開いて、隣のベッドで寝ているサヤの方へ寝返り。
サヤはぐっすりと安眠しているようで、すやすやという寝息を立てている様子。
(いいなあ)
窓から離れた方のベッドだから、まだ快適に近いのだろう。
それか昼間私に泣きついた分だけ、スッキリしたのか。
私は内心そんな彼女を羨ましがりつつ、目を閉じた。
そして眠りに落ちるのをずっと待つ。
(サヤ……)
昼間に見たサヤの顔。
その時聞いた彼女の言葉。
それがいつまでも離れなくて。
眠れない間、昔のことへ思いを馳せる。
*
それは今から四年ほど前。
これから高校生活が始まろうとしていた日で、サヤと初めて出会った日。
そして、友達になった日のこと。
私が高校生になって最初に掲げた目標は、友達を作ることだった。
SNSでチラッと見かけた気になるやつ。
アクセサリーとか、服とか、食べ物とか。
目が惹かれたそういったものを、友達と一緒に学校帰りや休日に巡って。
寮の門限に間に合う時間、ギリギリまで堪能する。
細かいことで親に束縛されることはない。
学校を全力で楽しむ。
休み時間は友達と過ごして、寮に帰ったら好きなように過ごす。
そうした日々を作るべく、目標に設定した。
もっとも、学生として学業を疎かにしてはいけないとか、財布に入れた所持金を超える買い物はしないとか、基本的なことは意識していたけれど。
授業は聞いているだけで大体覚えられたし、復習しなくてもテストは全然平気だったしで、自由に使えるお金が欲しくて、バイトする時間に回そうなんて考えていた。
(帰っても怒る親がいないって、なんて素敵なんだろう)
そんなこんなで「さあ頑張るぞー」と意気込みつつ、自己紹介の時間になった。
出席番号順に一人ずつ語っていき、私も順番が来ると前の人に倣って色々言った。
高校を志望した動機とか、この高校で何を学びたいかとか。
サヤのことをきちんと見たのは、彼女の番で自己紹介を聞いた時である。
「仁賀月紗矢です。よろしくお願いします」
私がぱっと見で受けた印象は、目元がキリッとして意思が強そうな、どこかトゲがありそうな人。
簡潔とした挨拶の中には人と壁を作るような威圧感があって、でも透き通るようで心地良い、綺麗な声が耳に残る。
以前の同級生や先輩・後輩にいなかったタイプだ。
(わぁ…………)
彼女の振る舞いに心動かされる私。
一体どんな人なんだろうと好奇心が出て、話してみたくなる。
そう思い始めた時、周りがガヤガヤと騒がしくなり出した。
「もしかして、あのパペッティアの……?」
「うっそ、ヤバ」
「えぐいってこれ……」
(パペッティア?)
よく分からない単語が耳に入ってきたし、クラス内のどよめく声が気になり出したが、
「今は私語を慎む時間だよ。授業と関係のないことを喋るものじゃない。最初に静かになれる生徒は誰かな?」
担任の一言で、しんと静まった。
さっきのどよめきはなんだったんだろう。
「よろしい。君たちのクラス担任を務める秦良子だ。これから一年間、君たちが大人になるための手助けをしていく。どんな悩み事でも聞いてくるといい。私の仕事は『話し、教えること』だからな」
そうして先生の紹介も挟みつつ進んでいき、全員分の流れが終わった。
最後にはオリエンテーションとしてクラスメイトと好きなように会話する時間が設けられる。
「私語も解禁だ。それぞれ話したいと思った相手と話しに行け。いなければ先生が見繕ってやるから、ワガママになれよ?」
先生のその言葉を合図として、みんな動き出す。
(近寄るなって雰囲気が出ているのは、前の学校にもいたけど……)
自己紹介の中で一番興味を持ったのが彼女だったので、なんとか友達になりたい。
そう思った私は先生の話が終わってすぐ、サヤの元へ向かった。
「こんにちは」
「……こんにちは」
私が声をかけると、ゆっくりとこちらへ振り向く。
なんか返事が遅れていたけど、やっぱり良い声。
「何か用?」
怪訝そうな目で見られつつ、聞かれる私。
はて、このタイミングで話しかけたのなら用なんて一つだと思うけど。
そう思いながら答える。
「話がしたくて、話しかけたの」
「そういう授業だからね……けど、よく分からないわ」
この上なくシンプルな理由を伝えたと思ったのに、首を傾げられた。
「クラスには私以外にも大勢いるじゃない。まだ余ってる人もあちこちにいるのに、私へ話しかけるの?」
「サヤさんに話しかけたいと思ったからそうしたんだよ。それじゃあいけない?」
「いけなくは、ないけど」
するとサヤは私のことを見定めるみたく、ジロジロと見始める。
「理由を教えてもらえるかしら。何か、私じゃないといけないハッキリした理由を」
納得がいってないと言う態度で、私に求めてきた。
ええ、そんなにハッキリとした理由を言わないとダメ?
私は困り顔を浮かべる。
「友達になりたいから、だけど」
「……私と?」
「いけない?」
「いけなくは、ないけど」
さっきと同じ問答を繰り返すが、今度は若干態度が違う。
「あなたも、私のことは知っているでしょ?」
どうやら彼女は、私が何らかの話を知っている上で友達になろうとしていると、そう推測しているようだ。
生憎、私はサヤが何者かなんてこれっぽっちも知らない。
会話がすれ違っている気がしたので、訂正を入れる。
「知らないよ。サヤさんって有名人なの?」
そう口にした途端、私はクラス中の全員に見られた。
正面で聞いていたサヤも、私の発言にあんぐりと口を開け絶句していた。
このクラス反応が失礼だよ。
「それ本当に言ってる? 嘘とかじゃないのよね?」
「最初から嘘じゃないよ! なにさ、クラス全員で揶揄ってるの? 初日から抜群のチームワークすぎるでしょ! でも私は知らないから!」
「落ち着きなさい。なんか注目集めた上で変な振る舞いをしている風にしか見えないから」
「じゃあ初対面の人に変なこと聞かないで!」
「ええぇ…………」
勢いに飲まれたのか言葉に何も言えなかったのか知らないが、思い切りサヤを困惑させる。
一方私は予想していなかった注目を浴びてテンションがおかしくなり、その勢いのままサヤと話し続ける。
まあ、高校生だしね。
テンパっちゃったり、勢い任せな行動の一つや二つあっても、変じゃないよね。
「もう言っちゃうけど! 自己紹介で聞いた声で一番好みでした! 近くで聞きたいので友達になってください!!」
みんなの注目を集めた手前、何も収穫なしでは終われない!
謎めいた意地を発揮して、頭を下げながら手を伸ばした。
すっかり私のペースに押されていたサヤは、もう呆気に取られる始末。
「……なんかもう疲れたわ。いいわよ。あなたの、月佳咲さんの友達で」
面倒くさそうに私の手を取ると、そっと握った。
私はサヤと友達になった日のうちに、サヤを呆れさせた。
我ながら強引なやり方だ。
でもお陰で、サヤの承諾を得られたと思っている。
クラス内では『声フェチ』だとか私に関する変な噂が立ったりしたけど。
私はただ惹かれた要素として、咄嗟に『声』を挙げただけ。
実際、サヤに惹かれる要素は他にもあった。
彼女は同年代でもくっきりとした顔立ちをしていて、健康的でありながらすらっとした身体のラインは、周りと見比べても目を惹くものだったろう。
細くて華奢な手足なのに、身体捌きは運動部の上澄みくらい。
体育で球技になった時とか、彼女が打ったボールは鋭い一撃になって、得点になることが多かった。
(すご……)
自分にはない強さがあって、何事にも真剣なサヤのことを、目で追うこともしばしば。
(運動部に入ったら、きっと凄い活躍しそうだなあ)
これはもう放っておかれないのでは?
しかしそんな私の予想に反して、サヤはどこの部活にも誘われなかった。
顧問を担当してくれる教師が乏しいこともあって、高校での部活動への加入は義務ではなく、参加するかしないかは個々人の自由意思にある。
それ故にどの部も無理強いはしないけど常に人を欲しがっているし、即戦力クラスの子がいるなら喉から手が出るほど欲しがるというもの。
運動は平凡な私でも、「見学だけでいいから入ってよ」と、何人かに声をかけられた。
けれど傍にいたサヤへ、そのような声かけを見たことは一度もない。
学年を問わず有名な彼女は、何らかの理由によって避けられている。
それが、私の目からも伝わってきた。
理由があるなら恐らく、自己紹介の時に聞こえてきたあの単語。
『パペッティア』
実際、一回私が「サヤは部活どうする?」って聞いて、興味があれば一緒に見学でもしようかなって思ったんだけど。
「私がいると色々と面倒になるだろうし、別にいいわ。入りたいなら、私のことは気にしないで楽しんできなさい」
と、みんなが困るからという建前で、断られてしまった。
結局サヤは、卒業するまで一度も部活には参加しなかった。
そんなことを知りながら、友達になって数週間が経った、ある日の正午。
移動教室からの授業、授業が終わっての起立と礼、昼休みを迎えて騒がしくなる室内。
昼食を食べるために、クラス全員が荷物を持って一斉に移動を始める。
「サヤ、早く行こう」
「昼休みは逃げないわよ」
「時間は過ぎるの!」
周りの人を見送る中で、私もサヤをせっついていた。
その理由は一緒に食事がしたかったから。
人が去るのを待つ風に佇むサヤへ、くっつきながら訴えかける。
「学食が逃げる!」
「学食は逃げない」
この高校へ通うにあたって実家を離れた身だ。
朝昼晩のご飯は自分でなんとかしないといけない。
お店で買うか、自分で料理するか、外食するか。
食べたいものにこだわって量まで自分で決めるなら、朝昼晩全てを自分で作るのが合ってはいそう。
けれどそれを毎日やるのは流石にめんどくさい。
手頃なやつをお店で買って済ませたり、外食で満足出来るならそうしたい。
なので私は昼は学食を利用していたし、その選択に拘りがないサヤも付き合ってくれる。
「……準備終わったわよ。行きましょ」
「やった!」
教室に私とサヤしかいなくなった後。
授業に使っていたノートやタブレット端末などをまとめ、サヤは頷いた。
すかさずガッツポーズして見せた後、クラスへ戻って荷物を置き、私達も移動し出す。
「ツカサさんって元気よね。いつも楽しそうだし。私と一緒で良いことあるのかしら?」
「友達と一緒で楽しくないことなんてないよ。サヤは私と一緒で思うこととかないの?」
「足元をぐるぐる回る子犬みたいだと思っているわ」
「ひどい」
ほろっと涙を浮かべてみせるが、サヤはツーンとした顔。
ちらっと目を横に向けながら、こう続ける。
「……見ていて飽きないって意味よ」
こうしたフォローが入るようになったのは、割と最近だ。
今日まで接していて分かったが、サヤは不器用というか素直じゃないというか、心の壁が分厚く、警戒心が強いタイプ。
基本的な会話は可能だけど、いきなり打ち解けようとはしない。
壁の向こうからジッと観察して、相手の性格を見極めようとする。
そういったタイプの人に見えた。
私も粘り強く彼女と接し続けた結果、ちょっとずつ心を開いていってくれるようになった。
あくまでちょっとだけど。
「それって……楽しいってこと!?」
「……好きなように受け取って」
ぱあっと晴れた顔になって確認すれば、サヤは否定せずそれに答えた。
距離の取り方とか素直じゃないところとか、表向き不器用で突き放そうとしてくるところもあるのに、相手に悲しんだ顔を浮かべられると堪らずフォローしたり、本音をちょっと漏らしたり。
彼女を見ていると、イツテルさんの振る舞いを思い出す。
そこまで話す機会はなかったけれど、あの人もこんな感じだったなあ。
あっちの方が年齢も対応も大人だったけど。
一線を引かれているような雰囲気は、あちらの方が強かった。
「ふふ」
「なによ」
サヤとなら、もっと仲良くなれるんじゃないかと。
そう思って楽しそうに笑う。
急に笑った私を怪訝そうに見返すサヤへ「なんでもない」と言い、前を向く。
(まあ、まだ一学期だし……人との関係は時間をかけてゆっくりと)
慌てたところで良い方へ進むことはそうそうないのだ。
自己紹介のときは……レアケースだろう、多分。
そんなことを思いつつ食堂へやってくると、盛況な空気に包まれる。
入ってすぐ見えてくる奥に長い空間。
右手には食券売り場、それと引き換えに厨房の人から受け取るコーナー。
左手には受け取ったものを腰を落ち着けて食べるエリア。
六人用のテーブルと挟むように置かれてある椅子。
それがエリアの端まできっちりある。
食券を片手に持った生徒が列を作って並び、頼んだものを受け取った人からさっと座っていく。
「何頼もっか」
「なんでもいいわよ」
「私も。それなら、前やった方法で決める?」
「ツカサさんが私の、私がツカサさんの食事を決めるやつね」
互いにそれでいいと合意が取れると、私達はコーナーへ向かって食券を買い、料理を受け取った。
椅子が空いているテーブルを探し出し、ちょうど二つ空いているところを発見。
(ラッキー)
私は思い切ってテーブルを使用していた女子グループに声をかける。
「ここ、座ってもいいですか?」
「あ、どうぞ……」
「じゃ、邪魔にならない内に行こっ」
「もう食べ終わってるし、ね!」
彼女達はペコリと謝り、そそくさと移動していった。
その瞳は私ではなく、私の後ろに立つサヤを映している。
彼女達の怯えた顔。
一秒でも早く、サヤの近くから離れたいという雰囲気が滲んでいた。
なんで?
パペッティアだから?
(パペッティアっていったい……)
そんな彼女らの態度と、サヤに関係していそうなワードに思いを巡らせていた時。
「考えてもしょうがないことよ、あんなのは」
思考するだけ無駄だと。
その疑問に答えなんて得られないと言う風に。
私の横を通り過ぎながら、サヤは語りかけてきた。
「サヤ……」
「真実なんて誰も知らないんだから。今はこっちのことを考えましょ」
そう言って私へ、椅子に座るよう促してくる。
「……そうだね。食べよっか」
私はぎこちなく笑って頷いた。
今はこの時間を大切に、楽しく過ごそう。
お互いに選んだ料理をトレイごと交換。
割り箸を割ってランチタイムに入る。
(野菜がいっぱいだ)
サヤが私へ選んだのは、旬の野菜が色とりどりの料理だった。
健康に気を遣っていそうな内容のやつで、肉類はあるがメインはご飯と汁物と野菜。
デザートにゼリーが付いてあるのを選んでくれたのは、サヤの思いやりか。
値段は確か真ん中くらい。
私はそれらを口に運ぶ。
「美味しいよ」
「…………」
サヤの口角がちょっと上がった気がした。
自分の選んだやつが喜ばれて、良かったと思えたんだろう。
素直に言えないけど顔に出ているところが可愛い。
(他人との付き合いを拒絶してる訳じゃないんだよね)
そんなサヤを微笑んで見つめていると、私の視線が気になったのか、箸を動かす手を止めこちらを見る。
「私の顔に何か付いてる?」
「幸せ」
「は?」
何言ってんのこいつみたいな目で見ないでよ。
ちょっと言ってみただけじゃん。
キツい返事にしおれる私。
「そんな反応しなくても……」
「いきなり変なこと言う方が悪い」
それだけサヤは言うと、食事の手を再開する。
私が彼女へ選んだのは、食堂で食べられるものでも上の値段のやつだ。
白米ご飯に、野菜の入ったコンソメスープ。
おかずとしてコロッケにポテトサラダ。
デザートにはフルーツポンチ。
「どう?」
私がサヤに選んだ料理の感想を聞くと、サヤは口に含んだものを飲み込んだ後、「美味しいわよ」と答える。
「いつも食べてるのより豪華だけど、無理して高いメニュー選んでいない? 安いやつでも気にしないわよ」
「大丈夫だよ。食べてほしいなって思ったものを頼んだだけだから」
同じ値段のやつを選ぶ方が波風を立てないだろうけど、学食で使う額なんて誤差だ。
三人以上で交換し合うともかく、二人でならそこまで揉める原因にもならないと思うし。
そもそもバイトするつもりなのでこれくらいの額気にする必要もない。
私が全然気にしてないことを伝えれば、サヤも一応納得した感じだった。
「そういうことならいいけど……正直、作った人に悪いわね。私、そんなに栄養取れない体だから」
「……栄養の取れない体って?」
サヤがぽつりとこぼした発言に、引っかかってその場で聞いた。
そんなの今まで聞いたことがなかったから。
「詳しいことは医者の話になるけど、普通の人と同じ量を食べても、栄養の吸収率が悪いのよ。私の体は」
彼女は語る。
昔から身体に肉がつきにくかった。
他の子より骨折や骨のひび割れになりやすかったり、数日間、ちょっと食事を減らしただけで体重が驚くほど下がった。
医者からは、無理のない範囲で多めに食べるよう勧められているけど。
食欲は強くなく、すぐに満腹になるので、体調や気分が優れない時は辛い。
そういう時でもある程度食べないと、起きる気力がなくなりそうになる、と。
「——サプリメントがなかったら、吐きながら食べ続けるか、死んでいたかもね」
顔色一つ変えずにサヤは言った。
しかし、とてもじゃないが軽く流せるような話には聞こえない。
「病気とかなの?」
「検査は受けたけど異常は見られなかった。遺伝的なものなのかストレスによるものなのか、原因は分かっていない。確かなのは、一日三食推奨される量より多めに摂って、それなりにトレーニングもやっている上で、こんな感じっていうこと」
そう言ってサヤは、制服の袖を捲った。
すらっとしていて、ハリのあるきめ細やかな肌。
なんにも知らなければそんな女性の腕にしか見えない。
でも今の話を聞いた上で見ると、見方が変わる。
若い人の美しい腕という感じから、病人一歩手前という風に。
普通に暮らしていれば健康な人と、普通に暮らしているだけでは健康は無理な人。
その差が、浮き上がっているような気がした。
「もっと肉がついてくれると嬉しいんだけどね。骨が浮き出すぎていると気になるし、こっちもあんまり育たないし」
「…………」
「どうしたの? ここ笑うところよ」
沈黙している私に対し、胸に手を当てた姿勢のままそう言ってくるが、
「……笑えないよ」
私の心は、彼女の期待に応えられなかった。
笑って欲しかったのかもしれないけれど、どうやったら笑えるというのだ。
(無理してご飯は食べ切らなくていい。それが今の当たり前の価値観。なのに、それを勧められないなんて)
サプリがなければなんて言ったけど、サプリじゃ補いきれない時もあるだろう。
そういう時は今言ったようにするのだろうか。
お腹がいっぱいになっても、食欲が全然出なくても、食べないと危険だから。
(そんな生き方、辛いな……)
暗鬱な気持ちを抱いた私と、顔を俯けるサヤ。
「……ごめんなさい」
サヤなりに重い話をしてしまったという自覚があったのかもしれない。
だから何か笑える話をしようとして、ああ言ったのではないか。
好意的に捉えるなら、発言の意図はそうだ。
そんな彼女の気遣いに気付いて、それを私の気持ちで壊してしまったことに、また気付いた。
「私の方こそ、ごめん。サヤだって、好きでそんな体になった訳じゃないのに。勝手に気にして、勝手に落ち込んで……」
「……自分の体のことじゃないんだから、ツカサさんが気にすることじゃないのは当然よ。他人がどんな病気を抱えていたって、無関係なようにね」
いつもと変わらぬ声でサヤは喋る。
突き放すような言葉が、胸の奥に深く突き刺さる。
私からはサヤは友達なのに、サヤからはまだ赤の他人に近いんだと、口にされたみたいで。
「私とサヤは、友達じゃないの?」
「友達よ。でも、きっといつか縁の切れる友達」
私へ向けて、冷たく言い放つ。
同時にサヤは周囲を見渡し、自分へ注がれる視線の元を確認していく。
彼女と目が合うたび、目が合った相手はさっと目を逸らす。
「人はどこまで行っても一人なのよ。貴方も、私のことを避ける日が来るわ」
そんなことを数回繰り返して、サヤは嘆息したように呟いた。




