邂逅(4)
「ごめんなさい」
部屋へ戻った直後、私の方へまっすぐ歩いてきたサヤは、そう言って頭を下げた。
弟を連れて部屋に戻って、扉を開けてすぐのことだった。
(なにこれ、どういうこと?)
いきなりのことで私は呆然とし、横の弟も何が起きているんだと戸惑う顔。
弟を訪ねに行っている間に何があった。
(なにがあったの?)
部屋に残っていたケイスケさんは、困ったように手を頭に添えている。
私が送った視線に気付くと、「あー……」と言葉を濁し、目が泳ぎだした。
訳知りそうな彼の反応は、それが一切の予兆もない行動じゃなかったことを示唆する。
(ああ、そういうこと……)
初めは理解不能だったこの状況が、段々と読めてきた。
部屋の中には、私とシンと、サヤとケイスケさんの合計四人。
ラシェルとツェレンの姿が見えないので、私が弟と一緒にいた間、向こうも兄妹で一緒にいたのだろう。
その時、何か話したか。
更にケイスケさんの方をじーっと見て、その視線にどう応えるかを確かめる。
「えーっと……」
こちらの視線に彼は、とても言いにくそうにこめかみを掻きつつ、沈黙し続ける。
どう説明するか悩んでいるようにも見えた。
でも、それで答えを想像するには十分だった。
(私が家族のところへ出かけている間に、ケイスケさんとサヤで話をして、私に謝る流れになった……と。ごめんなさいの意味は、森へ勝手に行ったこと、かな)
友達を騙すような格好で、一人で行ったこと。
それが、万が一にも友達を危険な行為に巻き込みたくなかったという、そんな気持ちからとして、悪いことだと微塵も思わないか。
そんなことはないだろう。
その場ではそれが良いと思ってやったけれど、やっぱりあれは不味かったかも。
振り返った時、あの時自分は間違えたかもしれないと思うのは、珍しくもなんともない。
私自身経験があることだし。
サヤも悪意があってした訳とかじゃないし、私にとってもサヤは大切な人だ。
同じように大切に思ってくれているのは、嬉しく感じる。
だから本音では許したい気持ちだけど。
私のためだからという理由でまた同じことが起きたら、そう考えるとモヤモヤした気持ちになるし、ただ許すだけじゃ良くないと感じる。
でも怒るつもりもない。
ここまで考えてサヤをまっすぐ見据えると、おもむろに口を開いた。
「……サヤ。私、悲しかったんだよ」
伝えた言葉に、伏し目がちになっていくサヤ。
「私のこと、大切だって思ってくれているの、嬉しかった。そんな風にずっと思ってもらえていたのが伝わって、すごく。でもね、だからこそあんなことされるのは…………悲しかった」
「……ごめん。ごめんなさい」
耳に届く彼女の声は震えていた。
俯いた顔が髪に隠れていても、頬を伝っていく雫は見える。
私がサヤを抱き寄せると、サヤは私へ縋りついた。
(もう、これ以上なにか言える空気じゃなくなっちゃったな)
本当はもっと言いたいこともあったけど。
いつになく涙もろくなっているサヤを見て、そう悟ってしまった。
(そういえば、前にもこんな感じになったような……)
今の状況にデジャヴを感じて思い返すと、サヤがケイスケさんを連れてきた日のやつに似ている。
確か、ケイスケさんをチキン呼びで弄っているのを改めさせようと、友達を続けるか検討しよう……みたいなことを言っちゃって、急に泣かせてしまった記憶。
——初めて出来た心を開ける他人だった。初めて出来た友達だった。兄さん以外で、唯一本音を話せる相手だった。
(あの時は言い過ぎちゃった……)
そんな風に思っていた相手へ突き放されそうになったら、平静でいられなくっても仕方がないだろう。
自分のことながら軽率な発言だったと認識し、会話の外、気まずそうにしている二人の方を見やる。
「ごめん、ちょっとの間」
「あ……うん」
「そう、だな……」
お願いするような目で伝えると、弟とケイスケさんは察してくれた。
というか、もっと早くにそうすべきだったと反省した風だった。
二人が静かにいなくなると、私と、私の中で啜り泣いているサヤだけが残される。
しんとした部屋の中、段々と涙が収まってきたサヤが、ポツポツと語り出す。
「嫌だったの……。ツカサがいなくなるようなことになったら、立ち直れる気がしないから……」
サヤの心の中で、私というのがどれくらい大きな存在か。
そんなことが分かる言葉に、私は背中をそっとさすりながら返す。
「大丈夫だよ……サヤのことをちゃんと分かってくれる人は、他にもきっといるから。どんなことがあっても立ち直れるって、サヤもいつか思える日がくるよ」
私達はまだ、人生の道半ばにさえ差し掛かっていない。
これからもたくさんの、色んな人と出会っていくだろう。
そんな人達の中で、サヤのことを分かってあげられる人だっているはずだ。
きっとサヤも、ケイスケさんや私以外にも本音で話せる人や友達になれる人が出来る。
励ますように私はそう言った。しかし、
「……そんなのない。……いても、関係ない」
私へ強くよりかかりながらサヤは、また涙ぐんだ声で呟き出す。
「どんな人に会えたって、ツカサの代わりになんてならない。あの頃近くにいて、私へ普通に話しかけてくれたのは、ツカサしかいなかった。他の人なんて、絶対にいない……」
私はそんなサヤが落ち着くまで、ずっとそばにいてあげた。
サヤが泣き止んで、もう十分時間が過ぎたと思った私は、ラシェルへ頼んで二人へ戻ってきてもらった。
案の定というか、ラシェルは収集録に戻っていたので、意図してサヤとケイスケさんを二人っきりにしていたように思われる。
「それじゃあ私はここで。なんだか部外者が居づらい空気も出てますし」
室内の雰囲気が心地良くないと感じてか、ラシェルは二人を連れてくると早々に本の中へ帰っていった。
私が戻った時よりはマシな状態へなっているのだが……。
まあ、いつまでも同じ空気を引きずったままでいるのはよそう。
そう思っていた頃、ケイスケさんが弟を一瞥しながら尋ねてきた。
「えっと、ツカサさん。家族とは会えた?」
「あ、はい。みんな無事でした。そうだ、紹介するね。私の弟です」
「……はじめまして」
ケイスケさんに聞かれて弟のことを伝えると、弟が会釈をした。
彼も思わず会釈し返す。
「よろしくお願いします、サヤさんのお兄さん」
「あれ、初対面だよね? 会ったことあったっけ?」
面識はないはずなのにサヤの兄と分かるのかと、不思議がるケイスケさんへ、弟は笑い返す。
「いいえ。でもサヤさんから聞いていましたよ。いつまでも放っておけない兄がいるって」
「放っておけないって……もう21なんだけどなあ」
「21なんですか? ってことはもう立派な大人ですね」
「まあね。一応大人だけど、今の十代にはポテンシャルでは大分負けているよ」
「そんなことないですよ」
「いや、そんなことあるよ。俺は教科書の内容を軽く見ただけで丸暗記出来る世代じゃないんだ」
マジックネイティブ世代の弟と、一応そうでない世代に入るケイスケさんとの間で、軽くジェネレーションギャップがぶつかっている。
私は最初の世代なので、弟の言うこともケイスケさんの言うことも分かる。
学校で自分の学年と上の学年、下の学年の違いを直接見比べてきたのだから。
(授業を一回聞いただけ、教科書を一通り読んだだけで頭に入って、テストでも高得点が普通。自分の学年以下ではそれが普通なのに、上の学年では普通じゃなかった)
上の学年でも何回か読めば覚えている子が殆どだったけど、それでも一回で覚えられた子は稀だった。
生まれたのが一年違うだけで、なんでこんなに差が出るんだと思った記憶。
いつのテストで何点取ったか、私達なら今でも思い出せるけど。
そんなもの大人になれば忘れているのが当たり前なのである。
それが今までの普通だったと分からされたのは、社会に出てからだった。
弟もいつか、上の世代の普通と自分達の普通が違うということを理解する日が来るだろう。
そう思いつつ眺めていると、不完全燃焼な形であるが話も一段落したらしい。
「なんか、大変そうですね……実感が湧かないですけど」
「そうだね。ところで、君のことはなんて呼べばいい?」
ケイスケさんに尋ねられ、弟は考えるように俯く。
弟にとって名前はデリケートな話題。
どう答えるのか、横で見守る。
「……カント。俺が友達に呼ばれる時、付いたあだ名です。そう呼んでください」
「いきなりあだ名? でいいのかな?」
「俺は全然平気なんで。こっちは、どう呼べばいいですか?」
「下の名前でいいよ。俺はケイスケだから、ケイスケって呼んでくれれば」
「……じゃあ、ケイスケさんって呼ばせてもらいます」
二人の間で互いをどう呼ぶか、正式に決まった様子だ。
弟からケイスケさんへは私と同じ呼び方になったけれど、ケイスケさんから弟を呼ぶ時はあだ名でという形になった。
なんであだ名なんだろうって、ケイスケさんは不思議そうに首を傾げているけど。
(あとでフォローしておこう)
弟の、自分の『神人』という名前が苦手だという認識は知っておいてもらった方が、余計な詮索も誤解も防げるだろうから。
自己紹介も終えて呼び方も定まったケイスケさんは、「最初の話に戻るけど」と前置きして、弟へ質問を投げる。
「俺のことはサヤから聞いたって言ってたけど、いつ知り合ったんだ?」
「ええっと、今から二年前くらい……? 姉ちゃん達がまだ高校生だった頃だったかな」
私の方を見ながら言っていたので、私がケイスケさんに教える。
「2年の秋くらいの時期だったと思います。私の話を聞いたサヤが会いたいってお願いしてきたので、それで会う機会を一度」
「はあ……なるほど」
サヤの反応を時折窺いながら話すと、ずっと口を閉ざしていた彼女もゆっくりとした動きで答える。
「興味を持った、だけだから。よく弟のことばっか話して周りから距離があるツカサに、どんな弟がいるんだろうって」
「……姉ちゃん、高校でもいつも通りだったんだね」
弟は目を細めてじーっとこちらを見ながら、呆れる。
更にはケイスケさんまで、
「伝え聞く話だけど、そうらしい……」
と、又聞きの内容に対し微妙な顔色になっていた。
なんか、皆と一斉に距離が開いた気がする。
なぜだ、解せない。
「いや別に間違ってないけど、私が変みたいとか浮いているみたいに見るのはやめない? 兄弟姉妹の仲が良いのは素晴らしいことでしょ?」
「あー……うん」
「まあ、良いことだよな」
言葉を濁している弟に、仲良しなのは良いことだと賛同してみせるケイスケさん。
なんで弟の方が微妙っぽい反応なのさ。
私がお姉ちゃんで良かったと思った経験、一度もないの?
「良いことだけど、聞こえる内容のごく一部が私の知る一般的じゃないのよ。これもう言っちゃっていい?」
真顔になっているサヤが、頭に指を添えながら周りに確認を取った。
なんだ、何を言うつもりだと私は身構える。
「なにさ。何が一般的じゃないっていうのさ。か、かかってこい」
「何が『かかってこい』よ。じゃあ聞くけど…………中学生くらいの年頃になったら、兄妹とか姉弟で寝泊まりする時、部屋は別? 一緒?」
それは質問なのだろうか。
でも、問題としては、そんなに答えるのも難しくないことだ。
「一般的には別、私のところでは一緒!」
私は即答してやった。
直後に弟は固まって、ケイスケさんは目を見開いて口もぽかんと開けたままになるくらい驚いていたけど、この時二人の様子は見ていなかった。
サヤはちょっとの間、苦悩したように頭を抱えていたが、すぐに切り替え質問を投げてくる。
「……前問と同じ想定で、同じ部屋で寝泊まりするなら布団は別? 一緒?」
「別が基本だけど、たまには一緒でよし!」
サヤは膝を折ってよろめきかけたが、すぐに立ち直って質問を再開。
「ある日弟が彼女を連れてきました。あなたは姉として何をしますか?」
「弟の好きなところ良いと思うところを幾つ知っているか確かめます」
サヤは「ヴ、ヴーン……」と、バッ◯ンみたいな呻きを上げて膝をつく。
酷く堪えているようだが、それでも立ち上がって次の質問へ。
「寝る前の挨拶で必ずすること、一つだけ挙げるとするなら?」
「ハグ!!」
私がそう答えたあと、サヤは悟ったような顔になり、ケイスケさん達の方へ振り向いた。
「……これ全部、高校の頃にツカサが勝手に漏らした話。私から聞いた訳じゃなくね」
「姉ちゃん……」
「嘘だろ……?」
弟は耳まで真っ赤になって顔を背け、ケイスケさんは現実を疑うような目をこちらに向けている。
どうして。確かにちょっと一般的からはズレているかもしれないけれど、全て許容範囲内のはず。
私は思わず弟の方をガバッと見る。
「私、そんなに変?」
「…………姉ちゃんは姉ちゃんだし、そんなのもうとっくに慣れたから、俺は別に今更かなあって思ったよ? でもちょっと、人前でそういう話を広められるのは……恥ずかしいかも」
「うぐっ」
心にグサっときたけど、弟の言うことも分かる。
いくら家の中でそういうのをするのに慣れたとしても、外で話すのは……外聞がか。
社会人になって大分自重するようになったけど、高校生の頃は緩かったかもしれない。
ここは素直に謝ろう。
「ご、ごめんね。私はその、お姉ちゃん思いの優しい弟がいてどれだけ救われたか、それを伝えたくて……。いなかったら多分、すごい擦れた人になってたと思うから……」
「大袈裟! だ、大丈夫だよ。あの頃は姉ちゃん辛かったもんね。恥ずかしいかもって言ったけど、今幸せなら全然いいよ」
「本当に……?」
私が聞き返すと、弟は必死に「いいよ」と笑いかけてくれた。
正直言って気遣われてるようにしか受け取れないけど、無理して言ってない?
「何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってね。お姉ちゃん出来るだけ力になるから!」
「えーっと、うん。その時が来たら、頼ることにするよ……」
まだ遠慮がちな気がするけど、私はとりあえずホッとした。
弟からの返事が悪いものにならなくて。
ああ良かったと胸を撫で下ろしている私の耳へ、サヤ兄妹の会話が入ってくる。
「いやまあ、想像していたほど斜め上の内容じゃなかったけれど。俺達が言うのもなんだけどさ、そんな家庭あるの? って思う話に聞こえたよね……。生で天然記念物を見たみたいだ」
「今のところはちょっとズレてるくらいで終わってるけど、多分ほっとくと一般的のライン超えるわよ。ツカサのことだから、間違いなく」
「でも、ちょっと羨ましいかも……」
二人とも大変失礼である。
本ッッッ当に失礼である。
特にケイスケさん、私をオオサンショウウオやカモシカと同じカテゴリーに入れてない?
一般的なラインを超えるって?
私のことを何だと思っているんだと、段々腹が立ってきた。
「さっきから二人とも言いたい放題でぇぇ……! 許さんっ!」
即決即断。
私は素早く拘束魔法を発動して、サヤとケイスケさんをベッドに縛りつけた。
サヤは足を閉じて十字のポーズに、ケイスケさんは大の字になるように。
黒い触手に手足を押さえられ、自由の効かない状態である。
「……まさか私が、この魔法の餌食になる日が来るなんてね」
「ちょ、ちょっとツカサさん!? これはなに!? 一体何やってるの!?」
「俺以外で縛られている人初めて見た……」
サヤは縛られたまま達観した風に言っているし、ケイスケさんは自分の失言に気付いていないし、それを経験者の弟は困惑した目で観察している。
自分でやっといてなんだが、どんな光景だ。
でもすぐには解いてあげません。
「好き勝手言った罰です。しばらくその状態で大人しくしててね♪」
「……大人しく受けるしかないわね」
にんまりと微笑みを浮かべれば、サヤは観念した。
それを見てケイスケさんも、やらかしたことに気付いて青ざめるのであった。
*
クルーズ船『本月晶』が、ツカサの家族を始めとした避難者達を収容し、湾を出発した頃。
船橋の席から離れていく陸地を眺めていた金本船長は、ふうと息を吐きつつ、航海士達の声を聞いていた。
「本船の速度、20ノットに到達。魔法推進器の出力を固定します」
「この場所ともおさらばになりますね。私達以外にも生存者がいたというのは、有益な情報でした」
「うむ」
航海士の一人、吉野が船長の方へ振り返ってそう語ると、船長も首を縦に振って答えた。
「これまで通り、時計回りに日本沿岸を航行しなさい。私は一度部屋へ戻る。副長、すまんが一緒に来てくれるか」
「分かりました」
出航という作業を終え、金本はそっと席を立つ。
自身がいなくても船橋にいる乗組員で続けられると判断したからか。
彼に同行を求められた吉野一等航海士も、船橋を後にした。
船長室に入ってまっすぐに椅子へ向かうと、金本は腰を落ち着けてから、おもむろに吉野の顔を見上げた。
「私達の救助活動も無駄ではないと分かれば、クルーにも良い影響を与えるだろう。今日救助出来た人数は、43人だったか」
「はい。しかしこれだけの人数が増えるとなると、水と食料の減るペースも早くなります。部屋はまだ余っていますが……日程が定まらない航海です。余剰はいくらあっても足りません」
「そうだな」
先を見据えるなら備えはいくらでも必要だと、そう説く吉野に金本も頷く。
現状、ツカサ達が狩ってきた魔物の肉、それが三日相当の量プラスされており、水も一週間分以上は確保してある。
ただしそれは、今回の43人を収容する前に算出したものだ。
元の人数に足して再計算するならば、
「実際、彼女達の頑張りを三日分から、二日分にさせてしまった訳だしね」
ぽつりとこぼれた金本の言葉に、副長の吉野は難しい顔を浮かべる。
「あの子達には感謝してもしきれません。あの魔物という動物……現状、船に乗る中でそれを狩猟出来るのはクルーにもいない訳ですから。どうにか報いて上げられるといいのですが」
魔法の推進器によって燃料要らずで航行出来るようになっている今、実質この船の生命線とも言える食料を手に入れてくれるツカサ達へ、少しでも何かを与えたい。
言動や所作に滲ませながら、吉野は金本の方を見やった。
金本は彼の視線に気付くと、「大丈夫だよ」と言葉を返す。
「今日、私が無理を言ってザガムさんではなく、彼女達の一人に出向いてもらった。捜索という名目でね」
「ええ?」
そのことを今、初めて聞いたと言わんばかりに吉野は驚く。
金本は吉野の反応に思わず笑って見せる。
「言ってなかったからね。まあ結果を見れば間違っていなかったよ。実際に森の中にいた人々を発見して、戻ってきてくれたんだ」
「確かにそうですが……彼女達の反発を招かなかったのですか? あの森の発生から逃げて、船に乗った子達です。直近で恐ろしさを味わっているのに、そんなところに行きたがるとは……」
「反発されたよ。でも……」
含意ある発言に、吉野は直立したままじっと彼を見つめる。
答えを促すような視線に、金本はゆっくりと語っていく。
「私が面と向かって話をしたとき、彼女達は自分の心配より、隣の友達や兄妹の心配をしていた。友達へ危険なことをやらせるくらいなら自分がってね。誰かを思いやれる良い若者だ。私としても、そんな思いやりが自然と持てて、自分の子供と同じくらいの年の子に、そんな真似をするのは嫌だった。けれど船長として選べる手の中で、どちらに転んでも良い・仕方なかったと言えるものだったんだよ」
子を持つ親としての発言ではなく、客を乗せた船を預かる立場として。
自らの判断を違えてはならないと、固まった意思を宿す瞳で吉野へ告げる。
そして机の上にある乗客名簿を取り、書かれてあるものを見せるように差し出した。
「私人として、命は自分にとっての『質』で見てしまう。だが公人であれば、命は誰にとっても平等な『数』で見なくてはならない。船長という責任を着ている者は……船上で一番、それを求められるのだから」
「……それで切り捨てられる側にとっては、たまったものではないですね」
落ち込むような表情で、名簿から目を逸らす吉野。
金本は名簿を机の中にしまうと、彼へ微笑む。
「そんなつもりはないさ。切り捨てる決断をするなら、あれを成し遂げられる可能性のある人に頼んだりはしない。それに、これは副長のしたいことにも繋がるよ」
「どういうことですか?」
「彼女達を贔屓する名分が得られただろう?」
言われたことへピンと来ていない吉野。
しかし、引っかかったのかしばらく一人で考えて、ハッとなった。
その表情から読み取った金本は続きを述べる。
「あれだけのことが出来る人へ、今の扱いを続けてはいけない。最低でも今より数段良い部屋、安心して寛げて、ストレスが少なめに暮らしていけるようにしていかないとだ。それを周りに認めさせるには、これじゃ足りないかい?」
金本は、ツカサ達を今より優遇するには、周囲を納得させる必要があると考えていた。
けれど何もしたことがない、成し遂げたことのない人を、特別扱いは出来ない。
それを保証してくれる人がいたとしても、それが信用出来ない人のものであったら意味がない。
だから目に見える形で実績を積ませる必要があった。
ここに至って吉野は、船長が何を考えていたのかを気付き、ただただ愕然とした。
「い、いえ。十分なほどあります。ただ、懸念点もまだ……」
「というと、なんだい?」
納得出来るだけの材料は出したはずだがと、金本は首をかしげる。
聞かれた吉野は率直に述べる。
「……彼女達は、一般人なんでしょうか」
「随分と今更な疑問だね」
「そう思います。しかし、魔物という猛獣に怯まず、果敢に立ち向かうのは……普通の人にとって難しいことだと思いませんか。まして、そんな魔物を傷つけることが可能な魔法を覚えているなんて」
「まあ、そう思う理由は分かるよ」
一般人と呼ぶには一般的とは思えない要素を持ち過ぎている。
そんなツカサ達へ抱くには当然の疑問だろうと、金本は首を縦に振る。
その後、背筋を伸ばして「でもね」と副長へ返す。
「もしかしたら、何か事情のある子達かもしれない。けれど今はどんな人かによらず、協力して欲しいんだ。そして頼れるなら頼らないと。それにザガムという外国人よりは普通だろう? この船が早晩に行き詰まるかどうかは、彼女達がいてくれるかにかかっているのだから」
金本が船長として発した言葉に、副長は「はい」と、重々しく頷き返すのだった。




