邂逅(3)
私はお母さんに、魔力嵐の後どこへ避難して、なにがあって今日ここにいるかを、大雑把な経緯で教えた。
ザガムやツェレンにラシェルのことなど、イグノーツに関連したことは適度にぼかしたり誤魔化しを入れて、収集録のことも秘密にし、魔物に襲われたりしたことも伏せながら。
魔物がどんな生物かを伝えたりそれと戦ったりしたことを教えたら、お母さんはきっと「そんな危ない真似をしないで」と言うだろう。
そう思ったから、過剰に不安にさせてしまいそうな話は伝えなかった。
船に乗るまでの流れについては、極大繁茂から逃げている最中で近くに見えたので急いで乗った……なんて無理矢理感のある説明をしたものの、お母さんは私が無事なら深くは考えないという様子で、それを受け入れた。
「大変だったのね。辛くはなかった?」
「……友達と一緒だったから」
一人きりではなかったと知って、「そう……」と安心した顔を浮かべる母。
なぜそんな顔をするのか分からない。
心配なら、電波が圏外になる前にメールなり電話なり、SNSを使って私に聞けば良かっただろう。
いつでも両親からの連絡は受け取れる状態だったのに。
あの後、私を心配する言葉を携帯越しにくれたのは弟だけだった。
「心配だったら、なんで何も連絡くれなかったの?」
それを今思い出した私が理由を尋ねると、お母さんは顔を俯ける。
「……無理だったの」
「え?」
「携帯、あの嵐が上陸してきた日に無くして……」
なんだか言いづらそうな面持ちの母。
私は入り口の方に立っている弟へ目を向ける。
「……姉ちゃんは、あの嵐で家がボロボロになったって話したの覚えてる? 俺たちはもらったシェルターの魔法のおかげで無事だったけど、出る時は嵐で壊れた家の……下になっててさ。魔法を解除したあと、そこから抜け出すときいくつか荷物を諦めなくちゃいけなくて」
「その中に携帯もあったの?」
聞き返すと、弟はこくりと頷いた。
「父さんの携帯もそのときに」
弟がそう言い、すぐ近くに立つ男の方を見れば、私もそちらへ視線を移す。
茶色の長袖シャツに、深い藍色のズボン。
いつも見慣れた地味な服装と、長年見てきた黒縁の眼鏡。
そこに若干の太り気味な体つきとほうれい線が合わさり、自分の父であると認識した。
「やあ」
「……お父さん」
父からかけられた声にどう返せばいいか迷っていれば、父は苦笑しながら口を開く。
「シンの部屋が騒がしいなと思って来てみたら……こんなことがあるもんなんだな」
「……私も、こんなところで会えるなんて思わなかった」
お互いに想像していなかっただろう。
今や日本の陸地において人が生活してきた場所の多くは、人が住むには危険すぎる場所へ様変わりしていたのだから。
生きていたらいいな……なんて思いつつも、その希望がどれだけ細いものかを考え出すと、そんな思考を頭から追い出したくなる。
事実私がそうだったので、両親だってそういう気持ちになっていても不思議ではない。
そうやって物思いに耽っている私を、母が抱き寄せた。
「本当に、よかった……」
父と母にとって、私との再会は感動的なことなのかもしれない。
私も弟と再会出来て良かった。
でも、私は両親と会えても、気まずい気持ちが渦巻くばかり。
(…………)
無言になって、自分の心の機敏に表情を暗くしながら。
母の頬を流れる涙を、横目に見ていた。
それから両親と何度か会話を交わしたが、話が弾んでいるとは言いにくい雰囲気だった。
「その、元気か?」
「……うん」
「なら、良かった」
仲が悪いわけではない。
そう思いながら、口から出てくる言葉は素っ気ないもの。
どうしても会話が上手く繋げられない。
父とはこんな感じだし、母とも似たような感じになってしまう。
初めて話す相手とより、壁を作っている気さえ感じた。
そんな空気が私と両親の間に続いて、やがて父が母に声をかけた。
「……母さん、戻ろう」
そう言った父に、母は「でも」と口を開きかけた。
だが、父が静かに首を横に振る。
じっと目を見つめて、諦めるのを待っている。
母はしばらく黙っていたが、やがて視線を逸らし、肩を落とした。
そのとき、私と目が合う。
「……ごめんね」
胸がチクリと痛む。
何に対しての謝罪だったのか。
聞かなくても分かる気がしたから。
両親が去ったのを見送って、その方向をぼんやりと見つめていた。
動かない私の代わりに、弟が扉を閉める。
「ほっといてくれた方が、ずっと楽なのにね」
ぼそりと、弟が吐き捨てた言葉は、私の気持ちを代弁しているのではというくらいすっと伝わってきた。
弟は中学生のころ、勉強のことで過干渉を受けていない。
私との一件で両親が省みた影響から、勉強も遊びも伸び伸びとやれていたと、弟に聞いていたので間違いなく。
きっと好きなことを好きなだけやれたと思う。
にもかかわらず、親のことを厄介者の如く思っているようで、二人が視界から消えた途端苦笑いをしていた。
それを見た私は複雑な気持ちになる。
どうにかこの空気を変えたいと思い、パッと思いついたことを提案する。
「ね、ちょっと散歩しない?」
それに「散歩?」と聞き返した弟へ、うんと返す。
「そんな理由で動き回っていいの?」
「乗っている人が運動不足にならないよう、船の中を歩き回ってもいいことになっているんだ」
「そうなんだ……」
どうする? と再度提案すると、弟は考え出した。
運動不足とか気にしたこともないけど、なんて表情で。
高校生だし、部活や授業とかで日頃から体動かしてるだろうし、ただの散歩の提案なんて乗りにくいか。
「そういう気分じゃない?」
「いや別に、そういうんじゃなくて」
歯切れが悪い。
何が言いたいのだろうと顔を近づける。
「姉ちゃん、顔近い」
「近づけてますから」
えっへんという感じで堂々と言った、その直後。
おでこにおでこがコツンとぶつけられた。
あまり痛くはなかったが、大袈裟に「あうっ」と悲鳴を上げて、弟を見上げる。
「今ごっつんしたよね!? サヤみたいなことをぉ……!」
「ついつい。ていうかサヤさんにも同じことやって同じ結果だったの? ウケる」
「姉の反応で遊ぶなんて、わるい子!」
「ごめんごめん」
こちらが本気で怒ってるわけじゃない。
そう分かってか、弟は冗談っぽく謝罪してみせた。
実際こうしてじゃれ合うのも久々で楽しい。
どんよりした空気が段々と晴れていく中、弟が話を戻す。
「姉ちゃんは散歩するならどこに行きたいとかあるの?」
「んー……とりあえず近いとこからテキトーに。興味あるのを見かけたら入ろうかな」
「雑だなあ……」
呆れたような反応を示しながら、ドアノブに手を掛けている弟。
付き合ってくれる気になったようだ。
「姉ちゃん一人だと男の人に絡まれやすいだろうしね」
一丁前に男らしい理由を付けて、ひと足先に廊下に出る。
大人ぶりたい年頃なんだなあ。
姉としてその成長をしみじみ感じつつ、肩を並べた。
語るようなことのない、ただ歩いているだけの時間。
でも、不思議と落ち着いた気分になれる。
(お、外が……)
船を前後に貫く長い通路。
その先に広がる前方の視界から、湾から離れるように動いていることが窺い知れた。
窓辺に張り付いて外を覗く。
「なんか、変じゃない?」
弟が景色の動く向きを見てポツリと呟いた。
変というのは多分、この船が後ろ向きに移動しているからだろう。
船首側なのに景色が遠ざかっていくのは、結構な違和感だった。
「バックしているね……」
相槌を返しながら頭を働かせる。
そんなことが出来るの?
もしかして私が知らないだけで、船でもバックは可能なのだろうか。
前にしか進まないと思っていたので、意外だった。
そんな風にまじまじと船の動きを眺めていた時、車がカーブした時にかかるような慣性が、私達を襲った。
弟が目を大きく開けて言う。
「船が回り始めた!」
弟の注視する方を私も見やる。
船は現在の後進速度を保ったまま、左へ回頭を始めていた。
波に現れる航跡と船の向く方との角度が広がりつつあることから、そう判断出来た。
どうやら弟くん、船の動きに興奮しているらしい。
「……うおおお」
まもなく船の回頭がキュッと収まって、ちょっとだけ揺れた。
その動きに私も「わっ」と声を出す。
更に数秒も経つと後進から前進へ切り替わった。
私は咄嗟に手すりを掴んで、前へ後ろへと揺れる慣性の振り子になる。
「すっげえ……船の動きって大きいほど遅くなるのに」
「そ、そうなの?」
「重いものほど素早く動けないでしょ? トラックとか電車とか。どんなエンジン、いや推進器かな? 何を積んでたらこんな動き出来るんだろう……」
推進器という言葉を聞いて、私の脳裏に一つの可能性が思い当たる。
(ザガムさんが付けたものの影響かな……)
どういう仕組みで後進してるのかは不明だけど、そうなっている原因はまず間違いなくあの魔法具にあると予想。
慣性の影響が収まると、私は思索を巡らす。
(やっぱアレ、ただの推進装置じゃないよね。普通なら出来ないような動きが出来るようにする代物ってことだし)
言われて気付いたのと今の動きで気付いたのもあるが、後進から前進への切り替えが船の大きさに対し機敏すぎると感じた。
もっと言うと、真反対の方向へ移動を開始するまでにかかった慣性も小さすぎたような気がした。
既存のものでそんなことが可能な機械、魔法はあっただろうか。
多分、私の知る限りではなかったはずだ。
となればあの魔法具に、この世界では未知の魔法が使われていて、今の動きを可能にしていると思った方が説明がつく。
「姉ちゃんは何か知ってる?」
先に船に乗っていた私なら知っているのではないかと、弟が聞いてきた。
知っている。けど、正直に伝えていいものか。
困った私は曖昧な返事をした。
「推進器を魔法具のやつに変えたらしいよ。だからじゃないかな」
「そこまで実用化進んでたんだ!? 魔法具ってまだ小物とかが普通で大きなものは検証段階だって言われてたのに」
すげーすげーと目を輝かせている弟に、そうだねと相槌。
うん、まあ、異世界で実用化しているものだろうから、ある意味間違ってはないよね。
うちの国、うちの世界じゃないってだけで。
騙しているようで気が引けるが、弟にとってはそれどころじゃない様子。
「ってことは動かすのに電気とか燃料とかいらないのかな? どうやってオンとオフ切り替えてるんだろう? 遠隔操作? 手動と自動どっちなんだろう? 姉ちゃん分かる?」
「ちょ、ちょ」
どうやら何かのスイッチが入ったらしい。
弟から矢継ぎ早に放たれる質問に私は戸惑う。
(いやそんなの私作った人じゃないから知らないって!)
そうぶっちゃけてしまえば楽なんだけど、姉として頼られると何とか答えてあげたい気持ちが湧いてきてしまう。
頭の中から知識を片っ端から引っ張り出しては「確かこうだった〜」とか、「推測だけど〜」とか、出来うる範囲で頑張って返した。
「やっぱ凄いな姉ちゃんは〜」
「そ、そう?」
弟の中での評価が上がったようなので、誇らしげにふふんと鼻を鳴らす。
一部は自分でも合ってるか確認しておきたいところだが、ネットが使えない今となってはどうしようもない。
割り切ろう、割り切るのは大人にとってとても大切なことだ。
遠ざかっていく湾を眺めながらそう思ったとき、弟がはにかみながら私へ言った。
「その知識と魔法の力で、色んな人を助けたんだよね? 姉ちゃん魔法士だし。俺はまだ学生だから、そこまでは出来ないから」
「………………」
私は何も言えなかった。
きっと何気ない一言である。
弟にとっては、今までの会話の流れから出てきた、喜ばせるつもりの言葉。
でも、私は素直に喜べなかった。
「……そんなことないよ」
「姉ちゃん?」
絞り出した返事が急に弱々しくなって、弟が首を傾げた。
彼は知らない。
私が最初に逃げてきた学校で、一緒に生活していた同じ被災者の命を、仕方がないと自分に言い聞かせ、どれだけ諦めてしまったか。
魔物とのことや、ザガム達イグノーツがいなかったら、今日まで生きていられたのかどうか。
私が持っていた知識なんて大したことない。
魔法の腕前も素人に毛が生えたくらいのものだったと、ザガムのそれを見て痛感するばかり。
(全然、誇らしくないな……)
先ほどまであった気持ちが嘘のように引っ込んでしまい、こちらの様子に弟も、どうリアクションすればいいか困ってしまっている。
「ご、ごめん」
「あ……ち、違うのっ! 謝らなくていいの!」
咄嗟に違うと否定したあと、遠くの景色を見ながら言葉を繋ぐ。
「私も、出来ないことの方が多かったよ……。誰かの役に立てたってことより、何も出来なかったって思うこととか」
「姉ちゃんでも……?」
その問いにこくりと頷き返す。
「周りの人や、私よりうんと魔法が上手い人に助けられたりすることもあった。助けられたかもしれない人達を、諦めたこともある」
魔法が使えれば、私にも誰かを助けられると思ってた。
中学生だった私を車から守ってくれたイツテルさんのように。
胸の中でその記憶を思い出しながら、言葉にする。
「だから本当はお姉ちゃん、すごくないの。出来るだけ多くの人を守りたいとか考えて、自分と友達のことしか、守れなかったから」
自嘲するように吐いて、顔を俯けた。
こんなことを言って、また弟を困らせてしまうのではないか。
後悔するが出した言葉は取り消せない。
私の馬鹿、と思った時。
「——姉ちゃんは立派だよ」
弟は優しげな声で、私にそう微笑みかけた。
「避難先で会ったばっかの人なんて、俺だったらそこまで考えたりしないよ。自分の命と大切な人の命だけ優先するし、出来るだけ多くの人を助けようだなんて思わない」
見ず知らずの誰かよりも見知った相手、大切な人の方が死んでほしくない。
だからいざとなれば自分はそうすると、弟は語った。
「実際、全員を助けるなんて夢みたいなこと望まなくても、出来るだけってのも難しいと思うし、自分のことさえ守れなかった人の方が多いと思う。その中で姉ちゃんは自分や友達とか守れるだけを守ったんだ。十分凄いよ」
「そう、かな」
自信を持てない心のまま呟くと、弟は私へ向けて伝える。
「そのお陰でまたこうやって会えたんだしさ。だからもっと胸を張りなよ。出来ることはやったんだから。姉ちゃんは頑張った。偉いし凄いって、俺は思ってるから」
「本当……?」
「姉ちゃんがそう思えるまで何度言ってもいいくらい」
堂々たる振る舞いでハッキリと宣言する弟に、少しの間ぽかんと気持ちが置いていかれる。
しかし段々と、心の中が温かくなるのを感じていた。
そういえば昔も、こうやって励まされたりしていたなあ。
あの頃のことを思い出すとぶわっと気持ちが溢れてきて、目から涙が出てくるんじゃないかと錯覚する。
「元気出た?」
「……優しい弟のお陰でね」
「なら良かった」
「ふふ……ありがとう」
私はそっと両肩へ手を回し、弟を抱きしめる。
励ましてくれたお礼を返すつもりで。
抱きしめられた弟は慌てふためき、顔を赤く染める。
「ちょ、姉ちゃん!? ここ廊下! しかも端の方! 誰か通ったら——!」
誰か来たらすぐに隠れられないとこだからか、さっき抱きついた時より周りの目を気にしていた。
大丈夫、そんなのとっくに私がチェックしている。
「誰もいないから気にしなくていいよ」
「俺が! 見てるし! 気にする!」
ヒットストップかかった風な言い方が面白い。
もがもがと手を振って抗おうとしている様子であるが、力を入れているようで入れられていない。
というか私に触れようとして、寸前で躊躇しているように見える。
(まさか初心なのか弟くん?)
新鮮な反応が私の好奇心をくすぐった。
試しにと、悪戯っぽい仕草でからかってみる。
「そうやって大きな声出してると、本当に誰か通るかもしれないよ? いいの?」
「ぐっ、卑怯だ……」
「お姉ちゃんですから」
抵抗を諦めた弟を私は存分に抱きしめた。
これはこれで良い。
(あー堪能した)
やりすぎにならないよう程々に満足したら解放する。
「俺ももう15なんだから。いつまでも昔の感覚でやられると恥ずかしいって……頼むから人前ではやめてよ?」
「あはは、ごめん……気をつけるね」
弟は顔を赤くしたままぶつくさと文句を言っていたが、声に棘はない。
かわいらしい反応に私はにんまりしそうになるも、まずは謝った。
迷惑をかけたい訳じゃないし、やりすぎて嫌われてしまったら嫌だから。
「でも安心した。姉ちゃんが全然変わってなくて」
「それって私が成長してないって意味?」
「違う違う!」
そんな感じで互いにいつもの調子に戻ると、散歩を再開するのだった。
上の階から下の階まで一般人が立ち入り出来るところ、大体を一周してきた。
行く前に宣言した通りぶらぶらと散策しているだけだったけれど、弟の顔に不満はなさげ。
それなりに良い気分転換になったのなら嬉しい。
「姉ちゃん、トイレの時はごめん」
「ううん、寧ろありがとうね」
私の方は、ちょっと気分を曇らせる出来事があった。
散歩の途中、弟がトイレに行くタイミングがあったのだけれど、その時に知らない男に絡まれたのである。
『こんなところで一人じゃ危ないだろ? 俺が送ってやるよ』
通路で待っている私へ、そう話しかけてきた。
初対面なのに馴れ馴れしく、軽薄そうな口振り。
頻りに胸へ突き刺さる視線に、肌がぞわっとなる。
嫌な気持ちにさせられる相手だった。
『一人じゃないので大丈夫です』
私はそう断ったけれど、それが出まかせの言葉と思われたみたいで、男はしつこかった。
トイレのすぐ近くで待っているか、自分もトイレに入っていた方が良かったのかも。
若干の後悔をするが、身の危険を感じて何度も断る。
けれど男には『嘘つかなくてもいいじゃん』と粘られて、部屋の番号まで聞き出そうとしてくる。
それでも頑なに教えないでいた私へ痺れを切らしたのか、ガッと腕を掴まれた。
『嫌なことはしないから』
言動が一致しないのは、こうも不快なんだと思った私。
『やめてください、やめて!』
強引に連れていかれそうになって、デパートであったことを思い出す。
全身がこわばった中、必死で声を上げた——その直後。
『何してやがるっ!』
戻ってきた弟が怒気を含んだ形相で割って入り、男を睨む。
その勢いに押されて男は逃げていき、私は助かった。
……そんなことがあったのだ。
(あとで乗組員に伝えておこう……)
平穏な日常が失われてから、結構な月日が経つ。
最初は我慢していられたことでも、繰り返す中で溜まっていく不満も多くあるだろう。
それは衣食住だけに限った話ではない。
生き物に定められた欲求もまた、解消しなければ積もるだけだ。
なら、今後こういった事例が増えていく可能性も否定出来ない。
(嫌だな……)
助けてくれた弟に感謝する気持ちと別に、未来への不安が積み重なってきた。
(弟と一緒に来た人達も、服の不足が問題になっているみたいだし……)
弟から聞いた話だと、服が汚れているだけならマシな方。
移動中の不注意から植物に絡み取られ、バッグごと替えの服を失った人もいたらしく、魔物に襲われた際に替えが全部ボロボロになった人もいたようだ。
エルビというイグノーツに守られていた彼らだが、それでも全員を一人で守りきるのは難しく、物への被害は避けられなかったらしい。
幸いにして、私の周りでは大きく困っている知り合いはいない。
男の人も、ザガムにケイスケさんにシンにと、みんな優しく、いざとなっても頼れる人ばかり。
(私って、そう思うとずっと幸せなんだな……)
自分がいかに幸運で、失わずに済んでいるか。
それを教えられているようだった。
(もっと強くならないと)
いざという時、自分の身を守ってもらうのではなく、自分と大切な人を守れるように。
そう心に決めた。
「そういえば、姉ちゃんって友達と一緒にいるんだよね?」
「一緒だよ」
弟がふとした感じで尋ねてきたので、私も弟へ答えた。
「それってサヤさん?」
「うん」
私が頷いて返せば、「やっぱり」という反応。
弟は実家暮らしで私やサヤが住んでいるところとは地理的に離れている。
けれどサヤのことは知っているし、会ったこともある。
高校の頃、私から弟がいる話を聞いていたサヤが会ってみたいとお願いしてきて、試しに会わせてみたのがきっかけだった。
それで話してみると案外話が合ったのか意気投合し、友人にまでなっている。
「会いに行ってみる? 私の部屋にいると思うけど」
弟の安否を直接確かめられたので、私としても一度サヤのところへ戻った方がいい気はした。
なので一緒に行くか聞いてみると、弟は「いいよ」と言う。
それは肯定なのか否定なのかどっちなんだい。
「同じ船の中にいるならいつでも会えそうだし。いやでも……うん、やっぱ会う」
「会うつもりってことで、良し?」
「うん」
弟がハッキリしたので「なら決まりだね」と、私も自分の部屋へ歩いて行った。




