邂逅
サヤとラシェルが船を離れていたころ。
日本海側にとある県の浜辺にて、アーノルドは海を眺めていた。
「生きている人間が一人も見当たらない、実に良い景色だ。君たちもそうは思わないかね?」
独り言をしつつ足元へ視線を向けると、そこには数十人分に相当する身体が転がっている。
いずれも物々しい格好をした大人だ。
暗色の服に防弾ジャケットを着込み、胴回りなどにナイフや銃弾、通信機などを仕込んでいる。
腕の中に抱えている銃も、彼らが民間人ではないだろう証左。
暇そうにするアーノルドが彼らに声をかけるものの、誰一人として答える様子はない。
それどころか、指先一つさえピクリとも動かさない。
アーノルドはつまらんと言いたげに退屈な顔を浮かべた。
「一人くらいは話し相手として生かすべきだったか……」
背を向けて歩き出すと、近場の巨大な切り株へ腰を据え、アーノルドは本を取り出す。
その側には切り倒したらしき長さ100メートル以上、幅10メートル以上の倒木が横たわって、砂浜を縦断している。一つ二つどころか何本も、アーノルドの周りにあった。
「極大繁茂も無事起こったことだし、状況確認でもしよう」
彼がそうして命令した直後、ページがめくられて長い文章を表示。
『中枢制御システムとの会話を開始』の文字が浮かび上がると共に、機械的な音声が本から出た。
『おはようございます、アーノルド。前回の呼び出しから二週間ほど経過しましたね。進捗はどうですか?』
「まだ途中だ。今活動中のイグノーツで、ザガム、コリョウ、エステル、マリア、ガラクの動きと、地球人口の動きを説明して欲しい」
『分かりました。万象演算を使い、現在からの再現を行います。範囲指定は?』
「今から二週間前まで」
手慣れた風にお互い会話を進める。
数度の瞬きをアーノルドがした後、本の側から結果が出ましたとのお知らせが。
『現地球人口は35億8163万2110。二週間前より約19億減少。内訳は極大繁茂と枯渇荒廃によるものが90%以上を占め、残りはコリョウ、エステル、マリア、エステルの殲滅行為によるものと、出現した魔物による被害です』
「ザガムの分はどうした?」
『確認範囲では全体に占める僅かな数値でしたので除外しました。日本における死者の大半は1位が極大繁茂、2位が魔物によるもの、3位が治安や衣食住の悪化からの刃傷沙汰で、4位がザガムによる殺害となります』
「まるで働いていないな」
アーノルドは顎に手を当て、表示させた数値をじっくりと見ていく。
二週間の間に億単位で人が亡くなった、という事実になんら耽る様子はなく、意識するまでもないといった具合に興味を持っていなかった。
『ザガム以外四名は滞在している大陸で殺戮を開始。北アジア方面にいたガラクは欧州方面、極東を無人化しつつあるエステルはインドを経由して中東方面へ移動中。コリョウはオーストラリアで全滅を完了させたあと東南アジアへ移動する予定です』
「南米に滞在していたマリアは?」
『現地行政機能の低下と大災害に伴う混乱に乗じて活動中。掃討を完了し次第中米から北米へ移動する予定です』
そのコメントと共に現地の作業進捗率を示すデータが映し出される。
確認するアーノルド。
「ふむ」
アジア地域:北側完了、東側ほぼ完了(91%)、他は災害による影響のみ
オセアニア地域:オーストラリア壊滅、メラネシア壊滅、ミクロネシア全滅、ポリネシア壊滅
災害による影響のみの地域:ヨーロッパ、アフリカ、北アメリカ、中央アメリカ、北極、南極
全てを見終わったアーノルドは頷いて、「こんなものか」と頬杖をついた。
「まあアイツ一人がサボった程度で失敗する計画ではないしな。他のイグノーツはどうしている?」
『ツェレンティーナとラシェルら三名が現所有者の乗っている船に滞在中。シームルは実体化しておらず。ゲンマは——』
「待て」
システムが言いかけたとき突風が吹く。
発言を制止したアーノルドは風の吹いた方を見上げた。
見上げる先には、近づいてくるような動きの一つの点。
段々と大きくなって輪郭が明確になってくると、アーノルドの前方へ墜落した。
「目の前に来たな」
『そのようですね』
笑みを浮かべながら、墜落地点を見つめるアーノルド。
砂煙の奥、人影がゆらりと立ち上がった。
黒いジャケットに青いジーンズを着た、サングラスをした男。
三十を超えているかそこらという風貌に、引き締まった体。
そんな感じの強面な男が、アーノルドの方へ歩いてくる。
『ゲンマの感情を確認、怒りに満ちています。心当たりは?』
「ん……思い当たることと言えば孫娘に、男共に襲われる幻覚を見せた」
『ああ、なるほど。これから起こる未来を演算ましょうか?』
「演算せずとも分かる。まあ見ていろ」
『私には被害が出ないようにしてくださいね』
ゲンマが彼の目の前までやってきた時、アーノルドは余裕を浮かべていた。
口角を吊り上げて作った笑みで待ち構える。
それに対してゲンマは何も言わずに冷たい顔で。
何があろうとやることは決まっていると——アーノルドを殴り飛ばした。
「がはっ——」
殴られたアーノルドは宙を舞い、切り株へ叩きつけられる。
縦にして数メートル、横にして十数メートル。
それくらいの距離を飛び墜落した。
自身の凹んだ腹部を確認すると、アーノルドは彼を見やった。
「激しい挨拶だな……ゲンマ」
「この行動の意味は理解出来るのか」
低い声音で、殴り飛ばした彼へ告げるゲンマ。
「舐めないで欲しい。人を傷つける行為と、それを記憶することに長けている一般的な人類の一人。それが私だ」
膝に手をつきながら立ち上がったアーノルド。
凹んだ腹部はすっかり元通りになっており、不敵な表情を浮かべながらゲンマへ歩み寄る。
「是非、感想を聞かせてくれ。可愛い孫娘を傷つけられた気持ちはどうだ?」
再び、彼の体が殴り飛ばされる。
今度は縦に向けて大きく、打ち上げるように。
目の前に頭から落ちたアーノルドへ、ゲンマは言う。
「この世から消えてくれ」
刺すような凍てついた声と視線が、彼の答えだった。
それを受け、アーノルドは折れた首から笑い声を出した。
「それは無理な要望だな。第一、こうなることは予想出来た筈だろう。なぜ最初から孫娘の側にいてやらなかったのやら。娘の方が大事だったか? それとも、一緒にいた孫が大事で離れられなかったか? 選別くらいは済ませておきたまえよ」
「……お前はいつから、命を選別出来る側に立った?」
「資格の有無を語っているのかね? それを議論したところで不毛だと知っているだろうに」
「どの口でほざいている。こちら側の家族に手を出しておきながら」
アーノルドはやれやれと肩を竦めてから起き上がり、ゲンマの肩を叩く。
ゲンマは眉間に皺を寄せて振り返ると、彼の折れた首はとっくに元通りだった。
刺さる視線へ気付きながら、悠然と歩き出すアーノルド。
「睨むなよ。私がやったのはゲンマの孫娘に対してだけだ。幻覚だったが、彼女にとって良い心構えのきっかけになったろう。狭い地球の価値観に囚われ続けるより、有意義なものにな」
「アーノルド、お前の価値観が役に立つのは、反面教師としてだけだ。お前は人を歪ませる」
「そこは『勝手に』と言って欲しいところだがね。周りが勝手に歪んでいるだけだと」
くくくと、顎に手を添えるアーノルド。
目を細めるように笑う彼にゲンマは慣れたように返す。
「わざわざお前を喜ばせるようなことは言わない」
「……付き合いが長いと対応が最適化されてしまうのは、人生のつまらないところだ。それで、私に何の用かね? わざわざというくらいだ、楽しませるために会話をしに来たのではないのだろう」
「ああ」
返答するとゲンマはじっと睨んだ。
彼に従うO系魔力が耳に届かぬ声を上げる。
アーノルドも察した様に「なるほど」とこぼし、正面を向く。
「守りたいものが一ヶ所に集まって守りやすくなった。だから私を破損させてしばらく動けないようにしたいという訳か。優先順位はそれでいいのだね?」
「問題ない。お前の始めた計画、その全てを防ぐことは出来ないとしても、最も危険なやつを遠ざけるくらいはやる」
アーノルドの側に浮かぶ収集録に、警告のような表示が浮かぶ。
『私は巻き添えを受けたくないのでしばらく応答をやめます。それではアーノルド、また後ほどに』
「ああ。……では、久々に大きく暴れようか。お互いに」
収集録が姿を消し、アーノルドがフッと笑みを浮かべた直後。
二人のいる浜辺を包み込むほどの爆発が起こり、衝撃音と共にその姿は見えなくなるのだった。
*
船の上でサヤ達の帰りを待っていた私たちへ、続報が入ってくる。
森を出たラシェルさんが、収集録から送ってきたメッセージだった。
なんでも、あの極大繁茂の中で生存者を見つけたという。
人数にして数十名。
上は定年を過ぎているような老人から、下は高校生くらいの子供まで、様々。
人すら容易に襲ってくる植物達の巣で、どうすればそんなことが可能になるんだろう。
驚きたいことは山ほどあったが、
「サヤは見つかった?」
『安心して、無事だから』
一番に聞き、返ってきた言葉。
心にのしかかった重しが軽くなるようで、落ち込む一方だった気持ちの波が上向いた。
「今はどこに?」
『そちらへ戻っている最中です。目立つように海の上を通るのでそろそろ見つかるかしら』
「分かりました。魔物に注意してくださいね」
『ふふ、誰に向かって言ってるつもり? ありがとう、気をつけるわね』
こちらへ移動中とのことなので、船の上からなら目視出来るだろう。
偶然かは知らないが船も動き始めたし、迎える準備だ。
部屋を出ようとした私は、一度ツェレンの方へ振り向いて確認する。
「ツェレン、ちょっと部屋を空けるけれど……」
——こくこく。
ツェレンは首を振った。
まだ紫の煙のせいで喋ることが出来ないようなので、念のため聞き返す。
「待っていてくれる?」
「(こくり)」
「ケイスケさんは……」
頷いたのを確認してから、頭をケイスケさんの方に動かす。
彼は少し悩んでいる風な顔で、私とツェレンを交互に見ていた。
小さい子を一人にするのは気が引けるからだろう。
しかし当人はそんなのを気にする素振りも見せず、あろうことか彼の背中を押すように叩く。
「つ、ツェレン!?」
「〜〜〜〜!」
ビックリした様子で振り返る彼に、ツェレンも思いっきり押す。
はよ行けと言わんばかりの動きである。
「俺はここに残らなくていいのか?」
「(こくこく)」
ツェレンはその質問に答えると、私に目を合わせてきた。
ケイスケさんを連れていってくれという感じに。
「(……ダメ?)」
追撃とばかりに訴えかける顔をしてきた。
(それは普通、引き止める時にする顔でしょ……!)
小さな頃、弟を可愛がってたのを思い出すせいか、なんだかスルー出来ない。
これに抵抗出来なかった私は、ツェレンの要求に応え彼を説得する。
「ツェレンはしっかりしてるから。ケイスケさんも一緒に行こう」
「でも…………いや、わかったよ」
なんとかケイスケさんも納得してくれた。
一見すれば子供だが、イグノーツの一人である。
いざとなれば本へ戻ることが出来るだろうし、逆に本を使って違う場所へ移動することも出来るはずだ。
実力に関しても、ラシェルの言葉が本当なら私より強いみたいだし。
(魔法の腕でも全然敵わないんだよね、多分……)
私はケイスケさんと一緒に廊下に出ると、船の前側へ、進行方向を展望出来る場所へ向かった。
「サヤ達は?」
そこへ到着すると、船はサヤ達の向かった方向へ進んでいる最中。
巨大な木々に覆われた陸地と、大きな橋が見渡せる中、近づいてくる人影はないかと注意深く見つめる私。
ケイスケさんも同じように探し始めた。
「……あれじゃないか?」
やや遠目の海面を指差した彼。
私も視線を動かしてそちらを見ると、思わず声が出た。
「いた……!」
半透明な足場を生み出して、渡ってきている人達の姿がそこにいた。
数十人くらいが列を作ってこちらへ歩いている。
「このまま進んで、船とぶつからない……?」
「船はすぐ止まれる速度で動いている感じだし、大丈夫さ。それに向こうもちょっとずつ足場の高さを上げている」
「そっか……」
不慮の事故が起きる心配はないみたいで、安心した私。
彼女達の到着を待っていると船の上も段々と騒がしくなってくる。
(甲板に下りるつもりみたい)
私とケイスケさんは甲板へ移動し、サヤ達を待つ。
動きを止めた船へと降りてくる人々。
それを待機していた乗組員が迎え、中へ案内していく。
私は列の先頭にいたサヤが降りてすぐ、彼女の方へ駆け寄った。
「…………」
声をかけられる前から、サヤは気まずそうに目を逸らす。
(……まるで私が叱ろうとしているみたいじゃん)
でも実際、無事で良かったという喜びがある一方で、不満も感じているのは事実だろう。
サヤがそんな動きをしたのは、その気持ちが私の表情へ現れていたから……かもしれない。
「積もる話もあるだろうけど、今はよそう。サヤ、無事で良かった」
雰囲気が良くないのを察したケイスケさんが、場を取り持つ。
それを受け、こちらに頭を下げるサヤ。
「……心配かけて、ごめんなさい」
「安心させられる日の方が珍しいくらいだから、今更気にしていないよ」
彼の言葉に、サヤはより気まずそうな顔を浮かべる。
続けてケイスケさんは、後から降りてきた人々へ注目する。
「けど、これだけの人数があの森を通っていたなんて……魔物、はいなかったのか?」
「いたわよ。それに森の植物も襲ってきた」
予想通りだった。
あの森も極大繁茂で形成されただけあり、人を襲えるだけの力を持っている。
(本当に無事で良かった)
「私が無事なのはすぐに引き返したのとラシェルがいたからだけど、この人たちが無事だったのは、途中までエルビって人が案内していたから」
「エルビ……? その人は……」
ケイスケさんが誰のことかと、その人を探そうとすると、
「……今はいないわ」
目を逸らしたままサヤは答え、私達はそれに首を傾げた。
「勘違いしないように言っておくけれど、その人は私達と合流してすぐ何処かへ行ったの。一緒だった人達のことをお願いしたあとで。やることがある、とか言っていたわ」
何故いないのか、なぜ離れたのか、サヤは疑問に先回りするように事実を伝える。
「やること……?」
「彼の言い方的には、やりたいことがあるみたいです」
生存者の乗船が完了し、列の最後尾を歩いていたラシェルがきて、訳知り顔で語り出す。
「大方予想は付きますけどね。エルビは……私達と同じイグノーツですし」
「「え!?」」
12人のイグノーツはツェレン以外活動中って聞いていたけれど、そのうち一人が意外と近いところにいた。
それもまだ会ったことのないイグノーツの一人。
私は驚くが、ケイスケさんもその人がイグノーツだと聞いて驚いていた。
「とりあえずツカサさん達は先に部屋へ戻っていてね。私は今乗船したことになっているので、諸々の手続きを済ませないと。あ、サヤさんも出来れば付いてきて欲しいんですけれど」
「私がいた方が船に乗るまでの経緯を作りやすいから?」
「お願い、聞いてもらえます……?」
「やるから、その泣き落とし狙いの顔はやめて」
潤んだ目で訴えかけるラシェルに、サヤは顔を逸らしながら引くのだった。
一足早く部屋へ戻った私とケイスケさん。
中ではツェレンが椅子に座って本を読んでいたようで、空中に浮かぶ収集録が彼女の指に合わせて動いている。
やがてラシェルの乗船手続きを済ませたサヤ達も戻ってくると、部屋が一気に騒がしくなり出す。
「なんで行く前より人口が増えているのかしら……」
「賑やかでいいじゃないですか」
目の前の人口密度に頭を抱えるサヤに対し、笑顔で相槌を返すラシェル。
その声に反応したツェレンが振り向くと、ラシェルに向かって「おかえりなさい」と声をかけた。
それにラシェルが「ただいま」と返事をした後、
「……サヤお姉ちゃんも、お帰りなさい」
ツェレンはサヤにもおかえりを言った。
まさか自分にも言ってくるとは思わなかったのか、不意をつかれてサヤが固まっている。
横目で見てた私もちょっと驚いていた。
ツェレンは自分からサヤへ話しかけそうな子に見えなかったから。
「ただいま……」
硬直が解けるとサヤは、ぎくしゃくした風に挨拶を返す。
するとツェレンはぷいっと向き直り、読書に戻った。
ううん、よく分からない。
照れ隠しっぽくも見えるが、確信は持てなかった。
「さて、ツカサさん達にも待たせてしまったことですし……森の中でエルビと何があったか、話しましょうかしら」
ラシェルがそう言って椅子にかけると、私達はベッドに座る。
そしてエルビというイグノーツと何があったか、どうして何処かへ行ってしまったのかを知るため、ラシェルの言葉へ耳を傾けた。
森の中で交わした言葉と内容を————
『なんでこんなところにいるんだ? 船の上にいた筈じゃ?』
『今も船の上にいますよ。ちょっと理由がありましてね。【所有者】の大事なお友達が船を飛び出しちゃって、その子を守るためにここへいるんです』
不思議そうに聞くエルビへ、ラシェルは率直に答えた。
暗闇の中でエルビは、サヤがいる方を真っ直ぐに向きながら『その子のことか?』と尋ねたらしい。
それにラシェルは軽く頷き返す。
『ええ、彼女がそうです』
『……それはまた、行動力のある友人だな。それで、どうしてここに?』
『船の上から見張っていた船員が、このあたりの森で人影らしきものを見たという話がありましてね。その真偽の確認のために来たの』
『随分とおかしな話に聞こえるが。この暗さの森で人影が遠くから見えたりするのか? ラシェル、騙されている訳じゃないだろうな?』
そうエルビが指摘すると、ラシェルも同意するように苦笑いした。
『私もその辺りは詳しく聞いていないからアレですが、真っ赤な嘘と決めるには早いですよ? 人喰い森というのは聞いたことがあるでしょう?』
『森へ動物を招き寄せるために、森の植物が見せる幻覚……だったか。幻覚と同じ動物は当然の如く、それを獲物と見なす大きな動物も森に招かれ、喰われるという』
『今回見えたというのもそれかもしれません。私達がここにいる理由は話しました。次はエルビのいる訳を知りたいのだけれど』
逆にラシェルに尋ねられて、エルビは少し黙ったという。
それはどう順序立てて話すか思案しているようだった。
もしかしたら変な経緯が飛び出してくるかもしれないと、彼女は身構える。
そして、暗闇の中でほとんど見えていないだろう、近くにいる集団の方を見やった。
『あそこにいる人たちと、何か関係が?』
『……極大繁茂が起きる前、俺は御殿場市にある避難所を中心に活動していた。あの人達はその時に顔馴染みになった人達になるが、極大繁茂が発生すると知って、放っておけなかった俺が連れてきた』
『まあ。あれだけの人数をよく……』
ラシェルは思わず驚いたという。
曰くその理由は、それだけの人数が彼に従ったことに。
未知の災害の発生が近いからと、それへ対処することに合意出来る人間はそう多くないと、彼女は考えていた。
実際、エルビに連いてきたのは避難所にいた人数の半分にも満たなかったらしい。
全員の説得は無理だと割り切り、一部でも連いてきてくれれば御の字だと判断したようである。
エルビは彼女の言葉に『この人数が出来る限界だった』と、悔しげな様子だった。
『——富士山に逃げたおかげで極大繁茂はやり過ごせた。体力の少ない者も魔法で身体能力をあげさせたこよで付いて来れている。だが、無理をさせている状態に近い。心身共に休める場所が必要なんだが……』
『それで森の中を通って……?』
『ラシェルがいる船を目指してのことさ』
『はい……?』
極大繁茂直後なら船は東京の方、つまり富士山より東にいた。
なのに西へ向かう行動をした。
ラシェルの頭の中で、彼がどうしてそのように動いたか、しばらくピンと来なかったという。
どうにもエルビは、言葉を交わす上でちょくちょく言葉を端折ってしまう癖があるらしく、彼の『いつもの悪癖』にラシェルは嘆息した。
仕方ないので彼女も、彼の言葉の裏を考えながら尋ねることに。
『えっと……ここに至るまでの経緯は後で確認するけれど、あの人達を船まで送るために、森を通っている最中だった。それで合ってます?』
『ああ。出来れば彼らを船まで安全に送り届けてやって欲しい。俺には他にやりたいことがある』
『それは今すぐにでもしたいことですか?』
ここまで来たのならそのまま一緒に来た方がスムーズに済む。
それをしないのは、急ぎの用なのだろうか。
そう思ったラシェルが問いかければ、彼は首を縦に振った。
『ああ』
イグノーツとして長い付き合いのある者同士。
意思の固そうな一言と彼の様子で、ラシェルはかける言葉を決めたという。
『分かりました。ですが、貴方が連れてきた人たちとの顔合わせが終わるまでは一緒にいて。いきなり案内を引き継がれてもお互い困る光景しか浮かばないので』
『……そうだな。分かった』
————と、いう会話があったらしい。
エルビの最後の反応を思い出して、ラシェルはまたため息を吐いていた。
「結局、エルビがどこへ行ったかは聞いていないと?」
「そうですね」
ケイスケさんの問いにラシェルは頷いて答える。
予想は出来るって言ってたけれど聞いてはいないんだ。
てっきり断片的な話くらい引き出しているものかと。
「恐らく北の方へ向かったんだと思うけれど……」
「なんで北なの?」
「それは……」
私が疑問をぶつけた直後、インターホンが鳴った。
誰かが廊下の呼び出し機を押したらしい。
みんながピクッと反応し、扉の方へ意識を向ける。
一人ベッドへ隠れようとするツェレンを「意味ないですよ」とラシェルが制止しつつ、私の方へ振り返った。
「ここはツカサさんにお任せしましょうか」
「また私か……」
例によって入り口に一番近いところへ座っていたので、私が行くことに。
乗組員か、はたまたザガムか。
予想を立てつつ覗き穴から相手を見ると——ザガムだ。
私はドアを開けて彼と話した。
「どうしたの?」
「ツカサさんへお伝えしたいことがあって」
「私に?」
「はい、ツカサさんに」
どうやら今回は私への用事だったようだ。
後ろでみんなが静かに待っている中、何事かと聞いてみる。
「先程ラシェルさん達が連れてきてくれた避難者達を船内へ保護する作業が終わりました。それで氏名を全員分記したのです。私も船長からのお願いでトラブルに備えるべく居たのですが、その時気になる方々を見かけまして」
首を傾げて彼の返答を待つと、彼はこう述べた。
「ええ。男子連れの三人の家族がですね、その方達の名字がツカサさんのものと同じなんです。念のため、名前を確認してもらおうかと」
「…………え?」
言葉をすぐに返せないほどの動揺を受けながら、ザガムが差し出した紙をおそるおそる手に取る。
それは名簿のようで、今回救助した人達と思しき名前が記載されてあった。
私は上から順に名前を確認していき……その中に私の両親、そして弟と同じ名前があるのを見つけ、言葉を失った。




