極大繁茂の世界(2)
森へ入る直前、ラシェルは異世界人として知っている『内側に入る前の注意事項』をサヤに伝える。
「歩き方を知らない者は迷うように、進み方というものが森にはあるわ。それはこの森でも同じなので、気をつけておくように」
「具体的には何をすればいいの?」
「魔力を隠すことよ」
「どうやるのよ?」
サヤは戸惑いを露わにした。
そこにあることは確かだが見えない、聞こえない、触れない、そういった物質である魔力。
どうやって隠せばいいのかと考えるのは、当然の疑問だ。
ゆえにラシェルも予想していた風に返答する。
「一番簡単なのは魔法を使わないこと。それに関係するようなものも、魔法具とかも出来れば使用を避けるべきです」
「あの本を使うのも危ないってこと?」
サヤの問いにラシェルは「ええ」と答える。
イグノーツの作った収集録は明らかに魔法関連の道具だ。
そういった観点から推奨出来ないのだろう、とサヤは飲み込む。
「とはいえ魔法が使えないと、自衛の手段も限られてしまう。なので空気中の魔力と自分の中の魔力、その振る舞いの差を減らすことで、魔力的に隠れましょう」
「へえ……本気で答えているならシバくわよ」
見えない物質をどう隠せばいいと聞いたら、周囲にある同じ見えない物質と自分のを比べて、隠せばいいと言われた。
その時点でサヤにしてみればぶん殴っても良いのではないかと思わせる答え。
当然の感情だった。
「落ち着いてください。きちんと誰にでも出来る方法はあるんです」
どうどうと落ち着かせようとするラシェルに、サヤは感情を抑えて拳を握りこむまでで踏み止まる。
「当然話してもらえるのよね?」
「もちろんよ。見えないものを隠して言われると不可能みたいに感じやすいですけど、実は基礎的な技能で対応可能なんです。貴方は心を読む魔法が変質系に属しているのは知っている?」
さらっとサヤ達の世界では未判明のことを質問する。
当然ながら、そのような話はザガムなど他イグノーツから聞いていなければ知り得ない情報。
サヤは固まるようにしばらく黙ったあと、正直に「……知らないわ」と答えた。
「その魔法がどの族に属しているかなんて普通は分からないんです。人間は生まれながらに有している知覚で魔力そのものを認識することは出来ないんだから。でもだったら、魔力についてもそうすればいいと思わないかしら。間接的に見ればって」
言葉の意図を読み取ったサヤは目を見開く。
「魔法を通して魔力を認識出来るようにするってこと?」
「まあそれも出来るんですけど……」
惜しいという風に苦笑しながらラシェルは補足する。
「サヤさんはマジックネイティブで、幼い頃から魔力を操作してきましたよね。魔力を認識出来ている訳じゃないのに上手く使いこなせる。その理由は何故だか分かる?」
「魔力圧を知覚しているからでしょう。魔力が知覚出来ないのにその圧力は分かるってのも変な話だけど」
「そうね。魔法を使う上で魔力圧を制御することは必須技能だから、魔力は見えなくても圧力の『高低』、その変化は知ることが出来ます。これを認識出来なければそもそも魔法は使えないわけですしね。言い換えると、周囲に存在する魔力圧はやろうと思えば常に測れるってことです」
聴きながら、随分当たり前のことを言うものだと思うサヤ。
魔法士として働く以前より、魔法を使う上では必ず知っている、わざわざ思い出すまでもない知識。今更だった。
しかし、その程度の知識をわざわざ言ったことが彼女にとって気になる。
何かを見落としているのでは。
その疑念からサヤは頭をフル回転させ、一つの推測を導いた。
「もしかして、自分の魔力圧を周囲と完全に合わせることで隠れるってこと?」
するとラシェルは満面の笑みを咲かせ、「その通りです」と答える。
「では周囲の魔力圧を体感しましょう。そしてその変化に従って体の中にある魔力も同じように変えていくんです。意識せず、水の流れに乗って任せるようにすれば、出来るはずだから」
「まあ…………何事も実践よね」
出来るかどうかは疑問だが、やってみないことには始まらない。
その結論に至ってサヤは目を閉じると、自身の体にある魔力、周囲の魔力、その動きの変化へ集中する。
(これを合わせればいいのか……)
体の外側にある魔力は激しく動いており、流れの滞らない川や海の水のよう。
体の内側にある魔力は相対的に動きが鈍く、湖や湾に留まる淀んだ水に近い。
なぜこんなにも差があるのか。
己の内側に起きている現象を探るため、サヤは体の境界へ意識を移していく。
(これは…………!)
調べる過程で理由はハッキリとしてきた。
彼女の内側で魔力圧が一定なところ。
体の外でどれだけ圧力が変化しても、その影響を体内に通していない『もの』。
逆に体に向かって影響を及ぼすように圧力を動かしているようにさえ窺えた、体の様々なところへ広がっている、ものの正体。
(まさか——O系魔力?)
サヤがそう思った時、オドが放つ魔力圧がビクッと揺らいだ。
まるで返事をしているように。
(まずは、働くなって命令してみましょう。これが何のために魔力圧を維持しているのか調べないと)
自身のオドへ『働くな』と命令する。
オドの性質上サヤのオドはサヤが生み出したもの。
生み出したものへ従う性質を考えるなら、命じるだけで上手くいく。
(よし……これで————っ!?)
しかし命じた次の瞬間、ドッとするほどの疲労感が襲ってきた。
肉体と頭脳を八時間以上連続で使い続けたような衝撃だった。
(なにが起こって!? いえ、そうか…………身体を丈夫で健康にするために働いているオド。そういう恩恵があるって聞いていたわ。なら、この状態はさしずめ……パワードスーツを脱いだようなものかしら)
その場に片膝をつきながら、サヤは原因を分析する。
オドの助けを一切受けずに体を動かす。
それがどういうことなのかを身を以て知った彼女は、身体の『重さ』にひたすら驚くのを隠せなかった。
(この方法なら魔力圧を合わせられるけど……身体への負担が大きいわ。まさかこんなにしんどくなるなんて。控えめでいいから身体を丈夫にしてもらいつつ、魔力圧の差を極力減らす。その方向でなんとかやってみましょう)
サヤは妥協点を考え、O系魔力へ命じた。
命令する前と同じ風に、身体を健康で丈夫にと。
どう願えばやってくれるかを見つけるのに手間取る。
それでもサヤが『生きたい』と願った直後、身体が軽くなる感じを受けた。
(生きたいって気持ちがトリガーだったのね)
そこからは感じられる内外の魔力圧差が小さくなるよう、細心の注意を払いつつ修正の繰り返し。
やがて魔力を隠せるラインを見極めるに至ったサヤは、安堵の息をつく。
「これでいいかしら?」
「初めてにしては上出来です。では、私の後をついて離れないように」
ラシェルは微笑み、先導するように歩き出した。
サヤは付かず離れずの距離を歩きながら思う。
O系魔力が与えている身体への影響は、想像以上に大きいのだと。
再び森へ踏み込むサヤと、その前を行くラシェル。
サヤが真っ先に気付いたのは、森の内外での魔力圧の違いだった。
(『魔法を使う』時しか意識したことがなかったから気付かなかったけれど……ここでは魔力圧の変化が抑えられている)
「最初に来た時は分からなかったけど、この森の中って魔力圧の変動が小さいのね」
「気が付きました?」
「ええ、空気が重い感じ……。これって森の植物が影響しているの?」
サヤの質問にラシェルは「はい」と肯定する。
「先ほどサヤさんにやってもらったから想像しやすいと思いますが、ここに広がる植物もまた、自らを強化する魔力の影響を受けています」
「へえ…………植物も『生きたい』とか、そんな感じのことを考えているのかしら」
植物にも類似の意思や感情があるのではと考えるサヤ。
さきほど自身で試したことからの推測であるが、ラシェルは当たらずとも遠からずという反応を示す。
「私の世界では、日光を浴びようとしているのは間違いないって言われていた。そのために天高く幹を伸ばして、枝に葉を茂らせるとも」
「植物の世界でも日照権は奪い合いの対象、か」
だからこんなに大きくなるんだなと、サヤは心の中で思った。
いくら魔力の影響を受けたからと言って、ここまで巨大化する必要はない。
樹木として元々備わっていた、光を浴びるために生長する力。
その力を魔力によって強められた結果が、この現象を招いているのだ。
彼女の中で疑問が一つ解けていく。
(結果としてそれが生存競争でライバルとなる植物を弱らせることにもつながり、種の繁栄にも影響すると)
「でもそれって他の植物も同じことをするわよね。相手が自分より高いところへ枝を伸ばすなら、自分は『もっと』って。いくら魔力による恩恵があるにしても、生長可能な限界が来るわよ」
「そうですね。けど自然界では子孫が絶えなければ勝ちでしょう? それ以外に方法がない系の植物は淘汰されていきますが、そうでなければ別の方向で勝てる植物が残っていくんです。……と、見えてきましたよ」
「え、もう?」
話しながら移動していた二人は足を止めた。
ラシェルが横に生えている木へ近づくと、その根から幹へ向けて手でなぞる。
「ちょ、ちょっと!」
動揺したようにビクッとして、周囲を警戒するサヤ。
ラシェルは「大丈夫よ」と、落ち着き払いながら返す。
「暗いから分かりにくいですけど、この木は周りのものに比べて小さい。高さもせいぜい地表から20メートルで生長を止めている。加えて枝の先に葉っぱが一つもついていない」
「……つまりどういうことよ?」
「この子は陽の光を諦めて、別の生き方を模索している最中なの。生きるために不要な消耗をしない道を見つけようとしている段階」
サヤは怪訝そうにラシェルの触れている木を見上げた。
曰くその先に一つも葉がついてないという枝。
それが本当かどうかを、瞳孔が開いた目で確認しようとしている。
「よく分かるわね……私には全然見えないわ」
「あら? マジックネイティブなら普通に見えるかと思ったんですが」
「……そういえばついさっき影響を落としたのよね」
オドの影響で良くなっているならば暗い場所でもよりハッキリと見えるのか。
まさか? とサヤは首をひねる。
理由を知っていそうな異世界人の方を見つめるが、その異世界人も腕を組み考えあぐねている。
「詳しい原因は後で調べましょう。まずはこの木を味方につけないと」
「…………っ!」
一体どうやってと、その方法を尋ねる前に。
サヤは彼女がしたことを感覚で理解する。
(周りの魔力が……動きを止めていく)
重い空気のようだと言い表した魔力が、彼女とその触れている木を中心にひどく重たくなった。
鉛の海へ落ちてしまったかのような息苦しさ。
空気の中から水の中、水の中から土の中。
思うがままに魔力を操るため磨いてきた感覚が、ここは不快だとサヤに訴える。
ほんの一瞬。
されど強く記憶に残るような重みから解放された時、息苦しさがなくなった。
(————あ)
サヤは、彼女の触れていた木がほんのりと緑色に光っているのを目撃した。
やり終えたと言わんばかりに「ふう」と息を吐くラシェル。
「空気中の魔力をオドに変え、この木に取り込ませたわ。これからは私達を共生可能な相手として襲うことはない」
「魔力を与えることが、こっちを襲わないことに繋がるの……?」
「そうねえ……サヤさんはこの極大繁茂って、大体どれくらいの間隔で発生する現象なのか。当たってなくて良いから答えてみて」
ラシェルに求められ、サヤは予想を立てる。
極大繁茂は非常に大きな魔力災害。
日本のみに鍵っても東北より南と西はこの森に埋もれているという。
(その規模の災害となると、最低でも千年単位? いえ、もっとあるかしら……?)
「答えは出たかしら?」
「……千年以上」
サヤは納得いくほど詰められなかったのか、自信なさげに回答を述べた。
ラシェルはその気持ちを汲み取ったように告げる。
「もう少し考える時間があった方が良かったかもですね。正解は凡そ200年です」
サヤは目を丸くさせるほどのショックを受けた。
予想した最低値を軽く下回ったのに驚きを隠せなかった様子で。
「——そんなに頻繁に起こるの? もしかしてここまでのものは稀に見るレベルとかで、小規模のものならそれくらいの間隔で発生しうるってこと?」
「ええ。世界規模で同時発生なんてのは魔力嵐が大陸横断でもしない限り起こり得ません。小さければ直径20キロ前後の、大きくても40キロはそうそう超えないかしら。中央値で考えると割りかし小さい災害でしょ?」
「絶対に感覚麻痺してるわよあなた」
感覚が理解出来ないと言いたげなジト目でサヤは見つめる。
「そこは置いといて頂戴。つまり、極大繁茂の発生は結構稀なんだけど、そうなると巨大化した植物は困っちゃうんです」
なぜ困るのかとサヤが目を向けたのに合わせ、説明が始まった。
「植物が生み出せるオドは、動物より非常に少ない。魔力は使えば段々と活性率が低下していくものだというのはこの前に話しましたが、恒常能力の維持強化に働いている分だけ、回復効率は下がります。これは想像出来ますね」
「まあ、それくらいなら」
サヤは頷く。
魔力の消耗は魔法の使用によって起こる現象。
使用している機会が多いほど回復は遅れ、少ないほど早くなる。
(スタミナの一種と考えれば分かりやすいわ。けれどなぜ、植物が生み出せるオドは少ないのかしら?)
疑問に答えるように、ラシェルが続きを言う。
「ではなぜ植物は動物よりも生み出せるオドが少ないのか。これは端的に言ってしまえば動物のような脳を持っていないからです」
理由を聞いたサヤは、冷静な顔で「ふうん」と頷く。
あまり驚いていなさそうな反応で、ラシェルは肩透かしを食らったようにしていた。
「む……驚かないんですね」
「動物と植物の違いを考えれば想像出来る範囲よ。オドの『生み出した生物へ従う性質』ってのもヒントよね。従うってことは意思を重要視しているんでしょうし」
(まあ、半分くらいは素直に驚くのが癪だったからだけど)
心を読まれている可能性を考え、相手の期待通りな反応を返す気になれなかったと。
サヤは自らの行動をそのように振り返る。
「けどそうか……植物だけだと生み出せるオドが少ない。莫大な魔力で巨体になることは可能でも維持は困難。極大繁茂が起きなければいずれは元に戻っていく。それが嫌なら、自分たちよりオドを生み出せる動物に助けてもらった方が良いと……」
「あー理解が早すぎて何も言うことがなくなっちゃった! 最初の疑問の答えまで辿り着いちゃってますし!」
もっと語りたかったのか、ラシェルは頬を膨らませてプンプンし出した。
子供っぽい反応に思わず肩をすくめるサヤ。
「質問に答えるまで遠回りし過ぎなのよ。時間だって限られてるんだから効率よく行かないと」
「正論は聞きたくありません!」
「それでこの木を味方にしたあとはどう動くの?」
「スルーされた……」
有無を言わさぬ態度でラシェルの手綱を握ると、サヤ達は奥へ進むのを再開。
先ほどの行動をする前とやることは変わっていない。
傍目にはそう映る行動だが、暫く進んだあとにサヤが呟いた。
「……他の木も光ってない?」
彼女の見ている先、およそ数十歩圏内までの植物。
己の存在を主張するかの如く、同じ風に発光している。
「オドを補給しないといつか元の大きさに戻っちゃうのだから。どの植物だって生きるために主張しますよ」
その言葉を裏付けるかの如く、サヤの前へ枝葉が垂れてきた。
彼女はため息を吐きつつオドを与えると、満足したように枝葉が退く。
「ここは自然の関所かしら……」
「みんな生きるのに必死なんです。助けながら行けば襲われる可能性はぐっと下がるから、程々に助けていきましょう。あ、大きすぎる木だと動物に助けられても全然足りなくて襲ってくるわよ。そこは気をつけてちょうだい」
そこからはラシェルの言う通りになった。
周囲の魔力をオドに変え、植物に与える。
すると与えられた植物は光って、周囲の植物までも光り出す。
(『自分も欲しい』って訴えているんでしょうね……)
二人はある程度進んだら近くのを、またしばらく進んだら近くのをと、光る植物が途切れぬように繰り返していった。
真っ暗な森が、神秘的な姿へと変わっていく。
もはや足元が見えずに転ぶということはない。
それほどに地面は明るくなっていた。
「無限に関所がある気分だわ……」
一方、そんな光景に心が踊らないサヤ。
ここまで何度も植物に前を遮られ、オドをねだられた。
光っている理由を知っている彼女にとって、それは気が滅入るに十分な景色である。
(順番待ちの列にも見えてきた……)
疲れた顔をサヤが浮かべる。
するとラシェルが察した風に話し出す。
「土足で住処に踏み入られれば誰だって嫌でしょ。例え通過する以外に目的がなかったとしても、それに見合う対価を払えば余計なトラブルを避けられる」
そんな当たり前のことなのよと。
ラシェルは挑発的な視線を送りながら語った。
「地球人には難しい話だったかしら?」
「異世界人目線やめてくれる? 出来るから普通に」
「なら良かった」
そう交わして更に奥地へ進もうとした時、二人の目の前に枝葉が垂れてきた。
(またか……)
数えるのも面倒なくらい見た動きに嘆息したあと、サヤはオドを与えようとして——遠くから聞こえる音に、ピクリと止まる。
「静かに」
音を聞いてラシェルが目つきを変えた。
立ち止まった同行者を見て、只事ではないとサヤも察する。
「今の何? 変な音だったけど……」
「森から歓迎されていないものが入り込んでいるみたいです。むかし同じ音を聞いたことがあります」
「てことは、探している人影が?」
「それはまだ分かりませんが……」
——ヴォォォォォォ……
様子を窺っている間に、再び音が響いた。
「またよ。森が唸っているみたいな音……」
「相当な礼儀知らずが近くにいるようですね。察するに近くの植物全てに狙われている……あっちに行くと巻き込まれるかも」
ラシェルは進路を塞ぐように伸びる枝葉を一瞥した。
「この子達も『行かない方が良い』と言っています。本来なら、引き返しても良いところですが」
ここへ来たのは船から見えた人影の正体を調べるため。
音の方向に何がいるかをしっかりと知っておかないといけない。
加えてラシェル自身、森に入る前に『貴方と一緒に行く』と言ってしまっている。
「……確認が必要ですからね」
ラシェルは、サヤへ向けるようにこぼした。
「とりあえず、魔物と戦う可能性に備えておいてください。場合によっては森に襲われるリスクを背負って魔法を使うことも視野に入れるから」
「命もかけた方がいい?」
「経験を積むつもりで大丈夫です。いざとなったら私がどうにでもする」
(……やっぱり普通じゃないわ。イグノーツって)
言葉の裏に『イグノーツ』の片鱗が見え隠れしているのを感じ、サヤは一瞬固まったあと引き気味な視線を送った。
二人は歩き出すと、枝葉をかわしながら味方がいない場所を進んでいく。
「グルルルル………」
今まで聞こえていたものとは違う、猛獣のような声。
続けてゴゴゴと木々が動く音が入る。
「——ガルルッ!!」
バキッと何かが折れ、地面に落ちた。
遠くない距離で行われている命の奪い合いから、これ以上近づくのは危険だと、立ち止まるサヤ。
暗闇の向こうにいる相手の姿は視認出来ないが、音から人間じゃないのは明らか。
(魔物で確定だろうし、もう戻って良さそうかしら?)
そう思ったサヤがラシェルへ話しかけようとした時だった。
闇に覆われた森が、明瞭に映るほどの閃光。
ほんの少し。
ほんの瞬きする間の出来事。
食らえば視界が真っ白になるほどの光量が、二人を襲った。
「——っ!?」
完全に目が眩んだサヤ。
気が動転しそうになるのを必死に抑え、事態を理解するべくラシェルへ聞く。
「何今の!?」
「閃光魔法よ! サヤさん目は無事!?」
「駄目、もろに食らった……」
サヤの目の状態を確認すると、ラシェルは肩を貸して近くの木の根本へ移動した。
「一体、何が起こったの?」
「一瞬だけど光の中で魔物が見えました。狼のようなやつと、それに……」
ラシェルは目をやられた彼女のため、見えたものを口頭で伝える。
「狼と、戦っている人。おそらくその人が閃光を発生させたんでしょう」
「見えていたのによく無事だったわね……」
「この体は収集録で生成したものなので。閃光を直に見たとしても影響はすぐ治ります」
「そういうこと……。戦っていたのはどんな人?」
サヤが質問すると、ラシェルは「男の人で、その……」と言葉尻を濁し出す。
表現の難しいものを見たのか、何か言いづらいことがあるのか、言い淀まれたサヤには最低限の情報しか伝わらない。
「なによ……ハッキリ言いなさい」
焦れてきたサヤが急かそうとした時、
「——ギャイィ……」
魔物の消え入るような断末魔と、ドサッと倒れる音が森に響いた。
サヤは信じられないといった気持ちを顔に出す。
(一分、いや、その半分も経ってないでしょ……!? この暗闇の中で倒したの!?)
驚きが未だ収まらないサヤだったが、魔物を倒した男はそちらへ真っ直ぐ近づいてくる。
そして二人から数メートル離れた場所で止まると、問いかけた。
「何をしている、お前達」
「…………」
サヤがどう答えるべきか迷っていると、ラシェルが男の方へ姿を現し、言葉を返す。
「それはこっちのセリフですよ」
暗闇の中、ラシェルの姿は殆ど見えない。
ゆえに男は怪訝な顔をして、「誰だ?」と聞き返す。
そのような展開になるとサヤは思った。
しかし男は彼女を見て凍ったように固まると、明らかに動揺した感じで言葉を返した。
「まさか……ラシェルか?」
「そうですよ、エルビさん」
にこやかに答えるラシェルの近くで、一人サヤは、会話にぽかんとするのだった。




