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極大繁茂の世界

 船長らが確認した人影らしきもの。

 それが見えたという場所へサヤは向かっていた。


 空中へ発動した障壁系魔法。その透明な足場を飛び移りながら、目撃のあった地点へ駆け足ほどの速さで移動する。


(視認性が高くて空中に固定出来る魔法を覚えておくべきだったわ……。透明な障壁を足場代わりなんていつ踏み外すか分かったものじゃない。下は海だけど、この高さで落ちたら無事で済むかしら)


 サヤは進行方向右側を見遣る。


 そちらは本来、製鉄所の施設が埋めるように広がっていた場所。

 錆びた鉄色のノコギリ屋根の工場が建ち並び、ところに見られた煙突からはもうもうと煙が出ていて、それへ張り巡らすような太い配管が窺える。サヤの見る先には——そうした施設群が見えるはずだった。


(どこを見ても森ばっかで、目印にならないわね)


 彼女の瞳には巨大な木々の隙間と根元に、何かしらの建物の残骸がある風にしか映らない。

 ゆえに特徴のない地形として処理され、すぐ正面に向き直る。


(位置を見失わないようにしないと)


 改めて前方を注視すると、橋が見えてきた。


 貨物船が縦に二つは並べるであろう川幅にかけられた橋は、両岸から迫るように伸びる巨大植物に絡めとられ、それらが加える応力により形を歪めている。不規則に生まれた山折りと谷折りによって、くしゃりと、いつ崩れてもおかしくなさそうな姿で。


 近づくのは危ないだろうというのは、誰の目にも明らかだった。


(見てるだけで怖いわねえ)


 いっそ折ってしまおうか。

 いつ崩壊するか定かでないくらいなら、いっそ崩しにかかった方が予想外の事態が減る。

 そんな考えが過ぎったサヤだが、すぐに安直な思考であると考え直す。


(下流にはツカサ達のいる『本月晶』がある。壊した影響がどう出るか読めない。必要ない行為はやめましょう)


 余計なリスクは発生させない。

 それがサヤにとって最もマシだと考える選択だった。


 人影が見えたポイントへ近づくにつれ、サヤは少しずつ高度を下げ出す。

 誰か見つからないかと周囲を見渡しながら下がるものの、彼女にはそれらしいものは発見出来なかった。


 本当に人なんて見えたのだろうか。


 そんな疑問を思わせる顔を浮かべ、そのまま何事も起こることもなく、地面へ数メートルのところまで下りた。


(……これ、普通に飛び降りて大丈夫なのかしら?)


 障壁魔法(あしば)の上より下を見る。


 魔力の影響により巨大に成長した雑草。

 太陽を目指し上へ上へと競うように伸びているそれらが、彼女の下方に生い茂っている。

 極大繁茂を構成する植物は通常の植物とは違う。

 人間にとっても、魔物にとっても危険な存在。

 知識・経験の両側からそのことを学んでいたサヤには、そこに踏み込んでいいのか懸念があった。


(ツカサが捕まった時を鑑みて、これに触れたり近くにいると危ないのよね。どうするか……。遠目に見て人の姿は確認出来ていない。外側から見える場所にいないのかしら。上から見る? ……いや、空からの視界は遮られていた。外から見て回った結果だけで納得してもらうか…………けど、それで納得してもらえなかったら? 何を言われても黙らせられる結果が欲しい)


 危険を承知で森の中へ入るべきだと、思考が告げている。

 未知の領域へ入り、調査を続けろと。


 ふとしたようにサヤは森を見上げてみた。

 極太の木々から伸びた枝葉。それらが隙間すら許さないほど密集し、空一面を埋めている。


(植物の天井か)


 今度は真正面を向く。

 そこに広がるのは、日の光が追放された場所。

 僅かながら届く光はとても弱々しく。

 全てが闇に包まれたように、暗く、静か。


 太陽は昇り調子、日の支配はまだ最大に達していない。

 季節も、そこまで強い日光が降り注ぐ月ではない。

 だからという訳ではないが、恐ろしく暗い。


 サヤは、全身から血の気が引くような感覚に襲われた。

 心臓が脈打つ速度が早まって、呼吸が早まり、鳥肌が立つ。


(巨人の口の前に立っているみたいね……)


 それは生物としての直感か。

 この暗い闇の中へ踏み込めば、帰ってこれる保証が出来ない。


 彼女の勘が告げている。

 すぐに立ち去れと。


 死を回避するためのセンサーが、全て反応している。

 感じてしまうほどの鳥肌や震えが彼女の身を包んでいた。


 サヤの頭の中で計算が始まる。

 ここで入らずに遠くから見るだけでも見つけられる可能性は残ってる。

 安全面から言えばそちらの方が断然高い。

 けれど入れば中から探すことが出来、外からは確認出来ない場所を探しに行ける。

 しかしその危険度は語るまでもないほど高い。


(奥に進み過ぎれば帰る方向も分からなくなる可能性だってある。でも……)


 胸のところへ手を合わせ、目を閉じるサヤ。

 ここにいない誰かへと思い馳せるように。


(仮に私がいなくなっても、ツカサと兄さんが無事なら……)


 サヤは頭を上げてバッと目を開くと、その場にしゃがんで両手を足元につけた。


(『オドは自分を生み出した生物の意思に従う性質がある』。なら……私の命令に答えて——)


 そして魔法を発動し、目の前のひび割れたコンクリートがドロドロに溶け始める。

 煮えたぎる湯の如く泡立つ地面に、根を張っていた植物は次々と抜け落ち、命が追い出された空白地帯が生まれていく。それを道の如く森の方へと伸ばしていく。


「雑草を取り除く魔法はコンクリートでも有効なのね」


 狙い通りといった風に口角を上げたサヤは、出来上がった道の上へ降り立った。

 道は彼女の足を沈むことなく受け止める。


「ありがとうツェレン。それに、私のオド」


 目の前にある薄闇の森。

 その入り口に立ったようにサヤは見上げると、振り返ることなく進み出した。




 極大繁茂の内部に入って数十分近く経つ。

 サヤのいる場所は、どこを向いても彼女にとって未知の領域。

 実際に踏み込んでみると、その内側は数十メートル先さえ見えなかった。


 判別出来るのは、天を仰ぐと見える星空みたいな点々と、時折転がっている白い石、近くにある植物の影、そして星空を直線で塗り潰すように立つ巨大な木々のシルエットだけ。


 中へ行くほど闇は深く濃くなる。

 小さな音が永遠に響きような静まった空間。


(ここまで碌に見えないものなのね)


 周囲は人をいつ襲ってきてもおかしくない植物だらけ。

 横を通り過ぎる過程で近づけば、がさがさと葉や枝が擦れ合って揺れる音がする。

 そのような状況下で、一歩一歩、足元を踏み固めるようにサヤは歩く。

 必要に応じて魔法で植物を退かすことも忘れない。

 何が危険に繋がるか分からないため、足音も消し呼気にさえ注意を払う。


(——っ。音がした!)


 明らかに植物のものではない『ビュオッ』という音。

 サヤはそれを耳にした瞬間足を止め、その場から動かず様子を窺う。


(何かが空を飛んでいったような……)


 今のは大きな物体が風を切っていく音だったと分析すると、音の消えていった方へ振り返る。

 暗闇の向こうへ遠ざかる音の詳細を拾うべく。

 そして『バサッ』という新たな音を聴き取ったサヤは、


(羽ばたいていた。……ん、なにかしら)


 頭の上へ、フワリとした感触のものが乗ったのに気付く。

 手を伸ばしてそれを探ると、髪以外の何かを掴んだ。


(これは、羽根?)


 彼女が手に取ったものは一本の羽根だった。

 その大きさは15センチ定規より少し長い程度。

 茶色と黒色の中間のような色合いをしていて、頑丈そうな軸と柄が確認出来た。サヤは暗い中でじっと観察すると、先程の推測が概ね当たっていたことを認識する。


(サイズからするに持ち主はカラスくらいの大きさでしょうね。こんな暗い中をよく飛び回れる……)


 羽根をズボンのポケットに仕舞うと魔法を使い、前方の草むらを除草しながら更に奥へ進んでいく。

 そうしてサヤが再び進もうとする——その直後、無数のしなる音が周囲から発せられた。


(————っ!!?)


 サヤは反射的に地面を蹴り後ろへ跳ぶと、立っていた場所へ向けて、四方から伸びる枝や蔓や蔦が続々と飛び込んでくる。続くように木々のざわめきが天高くから響いたかと思うと、また一歩後ろへ跳んで身構える。しかし、もう植物の動く音はしなかった。


(……何も来ない?)


 雀の鳴き声らしきものが聞こえたあと、静まり返る森。

 追撃が来ることを恐れていたのか、サヤは中々警戒を解けなかった。

 ジリジリと音を立てぬよう後ろへ下がり続け、それでも何も起こらないし聞こえてこなかったので、また静かに前へ進み出した。


(急に襲ってきたかと思えば、ピタリと止んだ。どういうこと?)


 サヤは原因を考えると、足元にある石を拾って前方へ投げた。

 地面にボスッと勢いよく埋まる音がする。


 ——反応なし。


 次にまた石を拾うと、今度は横の草むらへ遠投。

 ガサッとした音が鳴った。


 ——反応なし。


 拳より一回り以上大きい石を持ち、全力で投げる。

 ゴッと鈍い音が響く。


 ——反応なし。


 最後に、ごくりと唾を飲んでから、手に収まるサイズの石を遠方の木へ向かって投げ当てた。


 ——反応なし。


(音や衝撃に反応した訳じゃない? なら一体何に…………まさか! いや、だとするならもっと前から起こっておかしくない。チッ、最悪じゃないのよ)


 なぜ襲われたのか。

 それを凡そ察したサヤは、心の中で舌打ちをした。


(一旦仕切り直す必要がある。戻らないと……)


 サヤは来た道を戻り始めた。

 踏んだ時にする土の音と、魔法で草を抜かれた地面の温かな感触を頼りに。

 ここまで進むのにかかった時間を考えれば、一時間もしないうちに出発地に帰れる。

 だが、


(外の光が見えてこない)


 これまで進んできた方向と逆に移動するのであれば、その方向には必ず光が見えるはず。

 けれども彼女の前方にそれが見えてくる様子はない。


(木に当たらないよう曲がったりしたからかしら?)


 理想としては入り口からずっと真っ直ぐ道を敷けることだが、森の中には巨木が不規則な間隔で立ってある。

 サヤはそれを適宜避けるように道を伸ばしていたため、まだ見えないのではと考えた。

 ゆえにと、道に沿ってもう少し進んでみることに。


(何歩歩いてきたか数えておきましょう。確か、普通に歩くと1時間で6000歩、10分なら1000歩になる。歩幅を弄らなければ6000も数える前に戻れる)


 そこからサヤは歩いた数を数え始めた。

 1、2、3と頭で数えていき、10、20と継続する。

 百へ到達するのは早かった。


(678、679、680…………)


 それを十回繰り返せば千の位まで桁が上がる。


 最初は心の中で読み上げていたサヤも、脳裏で淡々と数字を増やすだけになった。

 そのまま数え間違えることもなく1500を超えたが、光は見えてこない。


(まだなの……?)


 更に歩き続けて、2000を超える。

 サヤの顔に汗が伝い始めた。

 少しずつ、闇が彼女を蝕み出す。

 身も心も溶かすような世界の中、気を張り続けていた影響が出始めた。


 ——帰れないのではないか。


 サヤの心をそんな不安が刺す。


(…………っ)


 迷わされてる。

 もう、周囲のどこに木があるのかさえ視認出来ていない。

 彼女は暗い闇の中へ閉ざされた。

 そのことを自覚すると、手の震えが止まらなくなっていく。


(諦めない。諦めて、たまるもんですか……!)


 恐怖に飲まれたら終わりだ。

 そう思うとサヤはキッと顔を引き締め、歩く足に力を込めた。


(3551、3552、3553……)


 ただ無心に歩数を数える。

 それ以外の全てから意識を守るように。

 光差すその時まで、心を壊させまいと耐える。


 やがて4000歩を超えた頃、サヤには少しだけ謎を考える余裕が出てきた。

 なぜ、これだけ歩いても森の外へ出られないのか。

 なぜ、一本道を引き返してるだけのはずなのに暗闇は続くのか。

 冷静に考えるとおかしなことだらけだと気付く。


(もしかしなくても、魔法……?)


 だとすれば全てに説明が出来る。

 そう確信するサヤ。しかし、次はどう対処すればいいかという問題が浮上する。


(魔法なら効果を消せれば元の状態に戻せるけれど、明確に消すやり方ってあったかしら……ゲームみたいに闇属性には光属性で対抗……ってのが通じれば楽なんだけど)


 サヤは思いつきを実行するように手のひらを広げ、光を発生させた。

 発動は間違いなく成功。しかし、サヤの視界に光が差すことはない。

 その結果から自身が受けている効果を読み取る。


(魔法が発動しなかったってのは考えにくい。光が見えなくなっているか吸収されて消えているってところ? ただの光じゃ効果を打ち消すことも出来ないってなると、考えられる対処は二つだけど)


 サヤの中で、現状使えそうな選択肢が二つ浮かんだ。

 そして迷わず片方を選ぶ。


(あっちは自分を範囲に含めたら使えない。なら、()()()しか!)


 それはサヤにとって初の試みといえるもの。

 ツカサが魔法の発動中に制御を誤って、直後にザガムへ問うことで知った——『族の変換』。

 その言葉を掻い摘んで説明するなら、魔力圧を弄ること。それによって、発動している魔法を別の魔法に変えてしまうものである。


 知らない魔法が発動するかもしれないリスクを抱えた方法だが、サヤが知る方法の中で、魔法を無効化するのに使えそうな手はこれしかない。すぐさま実行した。


(お願い、手伝って!)


 サヤは祈る。初めて試す技だ。

 成功してほしいと、少しでも上手くいくよう願掛けするのは、人として自然な感情だった。

 それに彼女のO系魔力(オド)が応えたのかもしれない。


(これは……)


 魔力圧へ干渉が始まると、変化はすぐに起こった。


 晴れることなどなかった暗闇。

 それがあっという間に消え、闇の去ったところに光が飛び込んでくる。

 目が眩んでしまうほど急激な変化。

 サヤも反射的に目を細めた。


(変換の影響はない、かしら?)


 目が慣れるのを待つ間、魔法の影響がどうなったかを確認した。

 目はまだ使えないが、耳から聴こえる音に変わりはない。匂いも同様である。


 変換を実行したにも拘らず、別の魔法が発動したようには窺えない。

 知らない魔法の影響に備えていたが、特に何かが起こったという点は見受けられない。


(効果がたまたま出なかったとか? もしくは、私に効果が出ていないだけでもう他には出ている?)


 自分にだけ効果がないとは思えないけれど、とサヤも首を傾げる。

 クエスチョンマークを頭の上に浮かべ、探り探りという具合に一歩踏み出す。


(——いえ、起きてる)


 動かした右足が着地した。

 その先が左足のすぐ前だったこと。

 更に進もうとすればジグザグと、千鳥足のように歩は進む。

 奇妙な足の動きに効果はとっくに出ていたのだと気付く。


(身体が、上手く動かせない。どういう効果? 酔ってる? でも頭は冴えている)


 傍目に見れば酒を飲み過ぎた者のおぼつかない動きであったが、彼女の思考は明々白々だった。


(とりあえず、呼吸がおかしくなっている様子はない。ひとまずは大丈夫……)


 思ったよりマシな効果だったとの安堵感からか。

 下手に動いて転ばないようにするためか。

 起きたことへの緊急性は低いと分析して、サヤは「ふぅー……」とゆっくり座った。


(暗闇に包みそうな効果なら1〜7のうち6つ目、結界系の可能性が高いと思った。魔力圧を上げるように変換すれば吸収系、下げるようにすれば変質系。リスクは不明だから危なかったけど……その結果がこれなら運が良かったわ)


 目が見えるようになるにつれ、サヤは己のいる場所を把握する。

 いつ森を抜けられるのだと考えていた彼女だったが、どうやらとっくに森を抜けており、自身が下り立った場所辺りまで戻って来ていた。いま立っているところより歩き続けていれば、一分と経たず海に落下していたであろう。


 サヤはそれを認識すると、ヒヤッと汗をかく。

 目が見えないまま水の中へ落ちていたらどうなっていたか。

 それを想像すれば、怖い以上の気持ちは浮かばない。


(けれど森からは抜けられた。やっと仕切り直せる)


 思考を切り替え、予定通りことが進んだので次のことを考えようとする。しかし、


「ああ、良かった。まだ見つけやすい場所にいました」


 それを中断するように聞き慣れた声が、サヤのすぐ上からした。


「は?」


 サヤは思わず素っ頓狂な声を出し見上げる。

 彼女が立っている位置から二、三歩離れたくらいの距離、その数メートル上空。

 そこに、白衣を着た姿のラシェルが、立った姿でサヤを見下ろしていた。


「どうしてここにいるのよ」


 ぶっきらぼうに問うサヤに、ラシェルは答える。


「貴方のお兄さんに行って欲しいと頼まれたからよ」

「兄さんに?」

「ええ」


 そう答えればサヤは苦い顔を浮かべた。

 嬉しくなさそうな反応に思わず苦笑するラシェル。


「嬉しくないって感じの顔ですね。事情は聞かないけれど、サヤさん一人でここを進むのは危険ですよ。自殺するつもりでなければこれ以上一人で行かないか私に任せてもらうのがいいんですけど」

「これは船長との話し合いで私が行くって決めたことなの。そんな訳には行かない。貴方は同行しなくていいわ」

「頼みを聞いた以上はただで帰る訳にも行かないのよね」

「必要ないって言ってるのよ。来ないで」

「全く……」


 強情な態度を示すサヤ。

 ラシェルは嘆息しつつ、相手を無表情に見下ろす。

 細かな手の動きや目線の移動、足の向きなどを調べて、そこから心理を読み取るような目で。


(見られている)


 言葉を交わさずとも、サヤには伝わる。

 彼女の行為は相手の内側を探ろうとするものだと。

 上空の彼女へ睨み返すと、ラシェルは表情を変えることもなく口を開く。


「あなたのことを気遣いつつ二人の願いを聞くのは無理そうかしら。あまりこういうのはしたくないんですけれど、確認です。まだ一人で行く気ですか?」

「……そうだと言ったら?」

「オススメしないです」


 彼女の答えるトーンが冷たくなった。

 サヤはその変化に思わずぞくりとし、全身の毛穴が閉じるのを感じた。


「私はあなたを無事に帰って来させるという願いを受けています。崖から飛び降りるような行為をみすみす見逃せというのであれば、実力で対処するしかないので」

「……つまり戦って勝てば、行かせてくれるということかしら?」

「出来るものなら。試してみる?」


 最終意思を確認する問いかけ。

 これに「はい」と答えれば実際に実力を行使しにかかるという合図になる。

 そうサヤは受け取った。


 一見してラシェルはリラックスした様子で立っており、緊張や注意をしている素振りもなく、ただ目を合わせ続けている。対するサヤは目を合わせながらも心臓はバクバクとうるさく鳴り、どう答えるかで思考をフル回転させている。


(イグノーツの一人と戦って勝つ、ね)


 果たして彼女がどれほどの技量を持つ者なのか。

 それに勝てる自信はあるのか。

 その他様々なこと。

 考えうるあらゆる要素を比較検討した末、サヤはうんざりしたように頭を下げ、上げ直した。


「分かった。貴方と一緒に行く。それで良いのよね?」

「はい、それで十分です」


 満足いく答えを得られた彼女は笑顔を浮かべ、サヤはプイッと顔を背けた。

 素直と呼べない仕草だったが、ラシェルは何とも思わなかったように会話を続ける。


「それより今気付いたけれど、私が来る前に一度入りました?」

「まあ。仕切り直す必要があると思ってすぐ引き返したけど」


 ラシェルは草の生えてない一直線の道に降り立つ。

 そして地面に手を触れてから、グッと更に地中へ突っ込んだ。

 攪拌してそこまで経ってない地中はまだ少し温かい。


「魔法を使ったのね?」

「これだけのこと、人力でやろうとすればいくら時間があっても足りないもの」

「よく無事で帰ってこられましたね。極大繁茂の植物は殆どが人を捕食対象にするんですけれど」

「殆どってことは、そうでないものもあるの?」


 初耳だった情報に反応したサヤ。

 ラシェルは「はい」と返事しつつ説明する。


「この現象で大きくなったものは有り余った力で動物の捕食も可能になる。だから近づいてくるような動物はなんでも餌として襲うのだけれど、動物側もそう易々と食われないよう対処してくる。人間も数少ない森へ入ろうとする獲物の一体だから襲う。でもそんな激しい奪い合いに全部が参加する訳じゃない。中には別の方法を選ぶ変わり種の子もいるわ」


 ラシェルは地面から手を抜いてパッパッと土を払う。

 そして森の奥、夜のように暗い世界をジッと見つめる。


「それは私達の世界にもいるのかしら? 異世界と違って、こっちは魔力の影響で植物がこうなったのは多分初めてなんだけど」

「大丈夫です。これだけ数がいれば一本か二本は確実にいるから」


 一本や二本では困るんだけど。


 そう言いたげに眉をハの字にするサヤ。

 彼女がそんな表情を浮かべていると知ってか知らずか。

 ラシェルは心配は無用だという風に微笑んだ。


「どうする? 先に帰ります?」

「そんな訳ないでしょ」


 挑発するような態度にサヤはすぐ言い返す。

 二人は同じ方向を望みながら、一歩踏み出すのだった。

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