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お互い様(2)

 クルーズ船本月晶、その船首部にある三角状に開けた甲板。

 船体が波を切り裂く音と、船首に当たって大きく飛び散る水の姿、海上特有の湿った空気。

 それらを直に体感出来る場所で、ケイスケはザガムより今日の指導を受けていた。


 今は、ザガムが放つ弱めの攻撃魔法を衝撃吸収の魔法で防ぐ訓練。

 その発動成功率を高めるために、攻撃のたびに張っては解除を繰り返していた。


「はぁ…………はぁ…………」

「ふむ、このあたりで休憩を入れましょう」


 肩で息をするように立つケイスケの具合を見て、ザガムは一度休憩させることに決める。

 楽な姿勢を取っていいですよと言われ、ケイスケはその場に腰を落として足を開くように座り込んだ。


「存外いい準備運動になりますね。三日目になりますがご感想のほどはどうですか」

「本気でシゴいているんじゃないかってくらい、きつい……」

「手を抜いていると言われても困りますからね。これで強くなれるのかと反抗する気持ちがなくなる程度のメニューは組んでいますよ。もっとも、筋肉痛で動けなくならないだけ十分です。この国の方々は平均して運動不足だと聞いていたのですけれど……」


 喋りながらチラリとケイスケの身体を観察するザガム。


 服の上から分かるほどの筋肉というわけではない。上着を脱いでシャツだけになったときに筋肉がついていると目視出来る。彼の身体にある筋肉はそれくらいである。しかし運動する習慣がない者のそれとは、明らかに異なる肉つきだった。

 

 やがて視線を気まずく感じたケイスケが「なんだよ」と目を細めたため、それに笑みをこぼしたザガムが問いをかける。


「そういえば、ケイスケさんはお幾つでしたか?」

「21だけど……」

「ということは、もう働かれていてもおかしくない年齢ですか。何か身体を使うような仕事に就かれているのでしょうか。ケイスケさんの身体は日頃より鍛えている者のそれに見受けられます」


 好奇心を声に乗せ、思ったことを言葉に混ぜながらザガムは尋ねる。

 ケイスケはそれにやや言いづらそうな顔をして見せるが、目を逸らしつつ答えた。


「いわゆる、土木系です」

「ほう……それは、道路の状態を整えたり、建物を基礎から作るような仕事でしたっけ?」


 土木系とはどういうことをする職だったかを思い出すザガムに、ケイスケは「合っています」と首を振って肯定する。

 自身の認識にそこまで間違いはないと確認出来、「なるほど」とザガムは微笑んだ。


「良い仕事ですね。交通を良くするために道の整備は欠かせません。家がなくては雨風を凌ぐのに大変な苦労をする。ケイスケさんのような職の方がいるからこそ、大きな苦労もなく遠くへ行けるのだと、常々思っていました」

「そうなんですか……。俺は、誰かの役に立てているのか、実感がありません」


 それにケイスケは目を逸らし他人事のように感じたことを述べる。ザガムはそんな彼の態度に何かを想像したようで、ふと言葉が漏れてしまった風を装い尋ねていた。


「以前から感じていましたが、御自分のことを良く評価していない様ですね。短い付き合いですけど、ケイスケさんは人並み以上に出来る側だと私は思っているのに対し、ケイスケさん自身の自己評価は低いまま」


 なぜなのでしょう。とでも聞きたげな言い回しをして、彼を見下ろす。


(沈黙、ですか)


 二人の距離感にしてみれば十分踏み込んだ発言である。

 返事さえ戻らなくともおかしくはない。

 ザガムは答えをもらうのが難しいと察するや、あっさりと諦めた。


「いつか聞かせてもらえると嬉しいですね。私としてはケイスケさんをみっちり鍛えている訳ですし、鍛えただけの自信はつけてもらえた方が、教える身としてもやり甲斐を感じますから」

「…………努力します」

「ありがとうございます」


 改善しようという意思があることを受け取ると、ザガムは「そろそろ良いですね」と休憩の終わりを告げる。それを受け、ケイスケも表情を引き締め立ち上がった。


「先ほどは3秒に1回の間隔で防御する訓練をしましたが、今度は2秒に1回へ縮めてみたいと思います。単純な計算で1.5倍の負担増ですけれど、やれますか?」

「やる。……いえ、やります」

「いい心意気です。では……」


 その掛け声と共にザガムが右手を構え、訓練が再開された。


 ……ところが、攻撃が放たれる気配は一向に訪れない。

 どうしたのだと怪訝そうな顔をするケイスケ。


「ザガムさん、どうかしました?」


 対するザガムはその場でじっと立ったまま、何かに気を取られたように船を見上げていた。


「今、ツカサさんの声がしたような……」

「え?」


 ツカサの声が聞こえた。その言葉の内容が突拍子もなく聞こえたのだろう。

 ケイスケはしばらく「これも訓練の一環なのか?」と警戒を解かず攻撃に備えるが、


(いや、本当に聞こえたのか?)


 目前のザガムの動きから自身が勘違いしている可能性を想像し、耳を傾ける。そして自身の耳には何も聞こえてこなかったのを確かめると、それを伝える。


「何も聞こえませんが……」


 周囲には自分達以外に甲板へ出ている者はおらず、ガラス越しに透き通って映る船内にも、ツカサと思しき姿はない。ともすればザガムの空耳を疑ったとしても別段おかしくない。


 ケイスケ自身、別の可能性として他人の声を聞き間違えたかもしれないと思った発言をする。


「誰かの声を聞き違えたんじゃ?」

「そうでしょうか。私にはツカサさんが叫んでいたように聞こえたのですけれど」

「なら、なんて言っていたかは分かります?」

「私が間違えていなければ、『サヤのバカ』と」


 その内容にケイスケは何回も瞬きしながら驚き、再度の確認を行う。


「それはどういう……ことで?」

「普通に考えるなら、喧嘩の流れで出た言葉でしょう。ここまで聞こえるくらい大声で叫んでいるようでしたので」


(あいつ…………この状況で友達と喧嘩したのか? 何考えてやがんだよ……)


 最早ケイスケもそれが空耳や聞き間違いだと考えるより、二人の間に何が起こったのかを知る方へ思考が傾いていた。

 一度知り合いの可能性が高まると、ケイスケはどうしても気になってくる。


 その落ち着きのなさは横目に見ていたザガムにとっても明らかなもので、いま訓練再開と行こうものなら、あっさり不意をつけてしまえるだろう。誰が見てもそう思えるほどにケイスケは無防備な体勢をとっていた。


(この状態で続けても指導の効果は望めませんね)


 仕切り直す必要があると判断したザガムはやれやれと息を吐き、構えを解く。


「…………仕方ありません。一度ツカサさんの様子を伺いに行きましょうか」

「す、すみません。指導してもらっているところなのに……」

「構いません。私としても、何があったか確認しておいた方が良いと考えたところです」


 お互いに放っておくには難しいと判断し、二人はツカサのいる方へと駆け出した。

 今彼女がどこにいるか、ザガムは収集録を開いて確認するとケイスケを導きながら真っ直ぐに案内する。


「ツカサさんは個室にいるようです。今近くには他に誰もいません」

「サヤはいないのか?」

「見当たりませんね」


 その返事を聞いて、ケイスケは顔を歪める。


(どこへ行きやがったんだ……)


 一体何があったのか、それを知るべく二人はツカサのいる部屋を目指し、彼女がいる部屋の目の前まで来た。


「……おっと」


 ドアノブに手をかけようとして、動きを止めるザガム。

 個室と通路を隔てているドアには当然ロックがかけられており、ただドアノブを回すだけでは開くことはない。中から開けてもらうか鍵を使わないと開けられない。それを思い出したかのようにザガムはインターホンを鳴らし、部屋にいる彼女へ声をかけた。


「ツカサさん、今よろしいですか?」


 二人は中から返事が戻ってくるのを待つが、その気配はない。


「どうするんだ?」


 隣に立つケイスケに聞かれ、ザガムは顎に手を当てると「ふむ」と思案を巡らせる。


「勝手に入るわけには行きませんので、落ち着かれる頃を見計らってもう一度訪れましょう。幸い中にいることは確認が取れていますし、起きたこともサヤさんがきっと何かしでかしただけというのは把握済みです。緊急性の高い問題ではないかと」

「緊急性がないって……本当かよ」

「どちらかと言えばサヤさんの行方が気になりますね。私は一旦そちらを確認しておきたいので、ケイスケさんはどこかで休んでいてください」


 言うが早いか、ザガムはすぐにサヤの行方を探しに向かった。

 その場に残される形となったケイスケは、彼が去っていった方を見ながら、心の中で思う。


(平気で心を覗くやつでも、部屋には勝手に入らないんだな……)


 ドアはロックされているので勝手に入ることは出来ない。

 ……はずだが、ザガムなら何かしらの方法で入れる。

 それが出来ないイメージが、なぜか浮かばない。


 失礼だと思いつつザガムをそんな人間だと考えていたケイスケ。

 ゆえにそれをしなかった彼の判断を、意外に感じていた。


(俺はどうするか……)


 一人で通路に佇む形となった彼は、ザガムが戻ってくるまでの予定を考える。

 休んでいろと言われたものの、全く心が休まる状態じゃない。

 どこへ行ってもリラックス出来ず、ずっとソワソワしそうな気がした。


(けれどいつまでも通路にいたって迷惑だ)


 ずっと落ち着かないにしろ場所は選ぶべきだと考え、彼もまた立ち去ろうとする。


 ——刹那、ドアの方からガチャリという音。

 音に釣られて振り向いたケイスケは、開いたドアの向こうに立って此方を見ているツカサと目が合った。


「あれ…………ケイスケ、さん?」

「あ……その。こんにちは」


 ツカサは不思議そうな顔でケイスケのことを見上げている。

 外から聞こえた声に対し反応して出てみたら、実際にいたのは違う人だったから、首を傾げている模様だった。

 ケイスケは状況を説明する必要があると察して、彼女に今廊下であったことを教える。


「さっきまでザガムさんもここにいたんだけど、サヤを探しに行っちゃって……」

「そうだったんですか……。あの、出るのが遅れて、ごめんなさい」

「…………何かあった?」


 どことなく辿々しい話し方と、俯いた姿勢に気持ちが沈んだ声、伏目がちな表情。そんな姿を見せられ、いつもの彼女らしくないと感じたケイスケは、無意識のうちに聞いていた。


「……………………」


 その問いにツカサは目を逸らし、何も答えず、その場から動こうともしない。

 ケイスケは自分の聞き方が不味かったのではと、焦るように言葉を繋ぐ。


「その、さっきザガムさんと一緒にいたらツカサさんの声が聞こえて、その時の言葉がサヤの…………。えっと、それであいつが迷惑をかけたんじゃないかと思って来たんだ。だからその……」


 色々と言いたいことを伝えようとして、整理も出来ないまま言葉を吐き続ける。

 傍目に見れば、滑稽であろうその姿。ケイスケ自身もまた、今の己を滑稽と思っていた。


(何やっているんだよ俺……)


 言いたいこともきちんと言えず、それでいて相手の心に届きそうもない言葉だけは出てくる。

 必死に必要な言葉を考えているのに、なぜ俺はここに立っているのだという気持ちが、頭の中を圧迫する。


ザガム(あのひと)なら、こういう時も上手い対応が出来たのか……?)


 自分の近くにいて一番『大人』と思う相手。

 それが脳裏に浮かんできては、その人と自分を比べてしまう。

 止められない。

 ここにいるのが自分ではなく彼だったら。()()()()()()だったら。


 そう考えてしまうのを。


 ケイスケが、自分でさえ何を話しているか分からなくなりかけていた頃。

 それまで彼の声に耳を傾けるばかりだったツカサが、口を開く。


「……部屋に、入ってください。ずっと廊下にいても、通行人の邪魔になるから」


 そうして脇へ退くと彼に入室を促した。

 彼女の対応に驚いたのか、ケイスケは不意を突かれたかの如くギョッとする。


「え、いや。それも迷惑になるんじゃ……」

「私は平気です。見られて困るようなものは、仕舞っているし……ケイスケさんはサヤの、大切な家族だから」


 問題はないと答えるツカサ。

 それでも動揺未だ収まらぬ様子のケイスケは、本当に入っていいのか悩むような顔色を隠さない。


 するとツカサはそんな彼を観察するかのように覗き込んだ。

 何を躊躇っているのかを探るように、顔を見つめて、手を握って、距離を詰めて。


「ダメ、ですか……?」


 願う目で上目遣いをしながら、悩み続けている彼にお願いした。


「………………いえ。俺でいいなら」


 これ以上断ろうとするのは無理だと悟ってか、今の彼女を放っておくことは出来ないと感じてか。

 ケイスケはツカサのために折れることを決めた。

 苦渋の末に、苦から苦へと表情を変えるほどの葛藤の果てだった。

 そうしてツカサの後をついていく形で部屋に入り、ベッドの近くに置かれてある椅子へと案内される。


「よかったら……この椅子に座ってください」

「わ、分かった」


(落ち着かない……)


 彼からすれば妹も使っている部屋とはいえ、それと同い年の女性が使っている部屋。

 年もそう離れておらず、人としても妹の友人としても好ましい彼女。そんな風に感じている節がある彼にとって、そこでその相手と二人きりになるこの状況は、身体があからさまな緊張を訴えるほど不慣れなことだった。


 今までの躊躇いや葛藤はこうなることを憂慮してのもの。


 背筋をピンと伸ばしたり、瞬きが増えたり、首の後ろを触ったり。

 一挙一動から『落ち着けない』というサインが発されている。


 それでもケイスケは自身の目的を思い出すことで、今一度ツカサと向き合う。

 そして座っている己とは違い、立ったままの彼女の方を見上げた。


「ツカサさんは座らないの?」

「私は、いいです。さっきまで座っていたから、今は立っていたい気分で」

「そっか……」


 相槌を打ったあと、しばらく会話が途切れる。

 気まずい空気が二人を包む。


「今日の朝、昨日より寒くなかった?」

「そう、ですね」

「だよね。なんか急に冷えてきたから起きた時驚いてさ。もう布団から出るのが億劫で……」

「……私も今日は、しばらくベッドの中で、暖まろうとしました」


 なんとか会話をして場の空気を良くしようと試みるケイスケ。

 ツカサも黙っているよりは気分的にマシなのか、彼の出す話題へ反応を示していた。それは段々と具体的な相槌に変わっていく。


「じゃあ、よく眠れた?」

「ううん。早く起きなさいって言って布団を取られたから。……サヤに」

「…………それは、ちょっぴり残念だったね」


 まだ寝ていたかったところを起こされて。

 そのような意味を含ませる風にケイスケは言った。

 だが、ツカサは静かに首を横に振る。

 それに気付いた彼が頭をぐいっと向けて、首を振った理由をツカサから知る。


「でも、起こそうとしてくれるサヤといる時間は、一人より楽しくて、ずっと欲しいんです。一人だけの部屋で、好きなだけ寝て好きな時に起きる。そういうのも、嫌いじゃないけど…………その隣に友達がいたら、もっといいかなって。そう思うから」

「ツカサさんは、サヤのことをそんなに大切な人に思ってくれてるんだね」


 少しずつ、ツカサが開いていく心の奥の感情。

 それに触れたケイスケは、自然と笑みが溢れかけた。


「そう、です、かね」


 大切な人という言葉を耳にして、より心の奥深い場所に砂埃が舞ったかの如く、ツカサも気持ちを吐き出していく。


「私にとってサヤは……こうなる前から普通に暮らしていた頃の、友達なんです。自分を自分らしく曝け出しても、全部受け入れてくれて、何も気にしなくていいって思える友達なんです。こんな世の中になってから、誰が今も生きているのか分からないけれど。生きていたら嬉しいなって思う人の中で、触れられる距離に、確かにいる人なんです。ただ、それだけで……」


 ツカサが声を震わせながら言い終わると、今日あった出来事を一つ一つ語り出した。

 自分達へ船長から調査の頼みがあったこと。

 調査の先が危険が未知数の極大繁茂の中だったこと。

 それに二人が難色を示した時、ケイスケにやらせる案を出されたこと。

 それにさえ反対してなんとかしようとした結果、サヤが一人で向かったこと。

 ツカサはそれをどうすることも出来ず、合意するしかなかったこと。


 ケイスケは全てを真摯な姿勢で聴いた。

 目の瞬きが明らかに減るほど真剣な表情で。

 ツカサは伝えることに精一杯で相手を見る余裕はなかったが、ケイスケは言葉と共に彼女の辛そうな姿を目に収めた。


(つまりは俺のせいか……)


 そしてそれも語り終わった時、ケイスケは深く考えたように俯いたのち顔を上げる。


「ああ、それならサヤも無茶をするだろうね。それで出たのが『サヤのバカ』か……そりゃツカサさんの言う通りだ。何も解決していないじゃないか」


 大切に思う友達のために自分だけ行ったとして、その友達にとって大切な自分を守ろうとしていない。幸せを守りたいと願いながら、相反する行動をとっている。考えるほどケイスケの中で思うことが膨らむ。


(最初で最後の幸せかもしれないなら、ちゃんと考えとけよ。その幸せのために誰が必要なのかくらい。…………ったく)


 ツカサを見ながら決心するとケイスケは立ち上がった。

 彼は部屋の中を見渡すと、机の上に置かれたままの本を手にする。


「まだやれることはあるよ」

「え……?」


 未だ気落ちしたままのツカサに向けてそれを差し出すと、ケイスケは続ける。


「俺かツカサさんのどっちが行っても意味ない。というか、俺はまだ行ける強さじゃない。情けないけど船長の言う通り、ツカサさん達に比べれば断然無力だ。でも、なら使えるものは最大限使わないと」

「使えるものって……この本を?」

「そうだよ」


 ツカサは受け取って、中を開く。

 開かれたページは白紙。

 それは持ち主からの指示を待つかの如く一色で染まっている。


「俺たちが戦えないなら、いま戦える人に行ってもらおう」

「——それって!」


 その言葉がケイスケの口から放たれると、彼の考えていることに気付いたツカサは、ばっと顔を上げて見つめた。


「この中にいる人達は俺達よりも魔法に精通しているはずだ。だからもしかすれば、戦える人もいるかもしれない。ザガムさん以外にも」

「まさか…………っ!?」


ツェレン(Tsele)ティーナ(ntina)(Ne)ベリゴルド(Veligold)ラシェル(Rachel)セレ(Sele)ドローネー(Delaunay)の実体化を開始。最適な空間の割り出し完了。ご注意ください”


 ツカサが可能性を考え始めたと同時、ページの中央にメッセージが浮かんでベッドに魔法紋が現れた。

 輪を潜るように出現したツェレンとラシェルはぐるんと振り向き、ツカサ達へと話しかける。


「二人ともこの船から動けないのでしょう? なら仕方ないですよね。戦うのは得意な方じゃないんですけれど」

「き、聞いていたの?」

「はい。なにせイグノーツの一人ですから」


 ツカサからの問いにラシェルはさも当然という自信満々なポーズで答えた。

 言い表すなら、手先を額に当て、もう片方の手を腰の位置に添えるような姿勢。

 横のベッドでも、ツェレンが同じポーズを取りながら「えっへん!」と言う。


 不意をつく登場にツカサはぽかーんと口を開けた。

 対して、言葉の意味が分からなかったケイスケは首を傾げる。


「どういう意味です?」

「そういえば貴方には言っていなかったわね。私達は生きている間ずっと他のイグノーツたちと知覚を共有していたんです。簡単に言えば、ここにいるツェレンの見たことや聞いたことを私は知っていて、ツェレンも私の見たことや聞いたことを知っている」

「えっと……テレパシーのようなものですか?」

「まあ、それに近い感じと覚えてもらえれば。ただし私達のそれは他のイグノーツの経験なども、自分のものとして受け取れます」


 ある程度ですけどねと付け足して、ラシェルは微笑む。

 それを聞いた二人の反応は別々だった。

 そんなことを初めて聞いたケイスケはまだ飲み込みきれていなさそうな顔をして。

 反対に、話の後半以外はもう聞いていたツカサはそれを新たに理解したようにハッとして。


 先に思考がまとまったのは、ツカサの方。


「それって、他のイグノーツの戦った経験も自分のものに出来るってこと?」

「全部ではありませんが、それなりには真似出来るわよ」

「ウソ!? どれくらい!?」

「うーん、そうねえ……貴方達くらいなら片手間で楽勝ってところかしら」


 ラシェルがそう答えると、横からツェレンが「私も、私も!」とジャンプして主張する。

 それにツカサが「すごいね」と褒めれば、ツェレンはにへらと笑い返した。


 そんな光景をラシェルが微笑ましそうに見つめていた時、ケイスケが彼女の方へ向き直る。


「頼めますか? 俺だと足手まといになるどころか、何の役にも立たない。俺じゃあダメなんです」

「……そう自分を卑下しないで。誰だって足手まといになる時の一つや二つはあります」

「そうかもしれません。けど俺がいなければ、こんなことにはならなかったはずです」


 ケイスケはギュッと拳を握り、お願いしますと頭を下げた。

 精一杯の誠意を示すかの如く下げられた頭。

 ラシェルはそれを静かに見下ろしている。


(自分がいなければ、ね……)


 脳裏に自身が生きていた頃の体験が過ぎった。

 医者としての日々を送っていた頃のもの。

 それがラシェルの瞳を曇らせる。


 彼女は苦虫を噛んだように口元を歪めた後、探すように周囲を見渡し、その目にツカサを映す。


(まだ、間に合うかしら?)


 ツカサが彼の方を見ながら浮かべていた表情。

 それを知ったラシェルは誰にも気付かれぬ内に視線を戻すと、ケイスケに告げる。


「事情はさっき聞いていますし、深くは突っ込みません。でも、これだけは覚えておきなさい。自分がいなければだなんて、考えないこと。それは貴方のことを案じていた二人の想いを踏みにじる行為です。その言葉を口にするだけで二人の心を傷つけていると思いなさい」

「………………はい」


 頭を下げたままケイスケは答える。

 長い躊躇いがあったような沈黙にラシェルはため息をつきかけたが、一先ずは良しとすることにしたらしく追求はしなかった。踵を返すように窓に向かった後、ついてこようとするツェレンを止める。


「ツェレンは船の守りをお願い出来る?」

「……私も行きたい」

「ダメよ。魔物を見るのはまだ怖いでしょう?」


 ツェレンは不服そうに俯く。

 しかし、その言葉に言い返そうとする様子はない。

 ラシェルは目の高さを合わせるようにしゃがんだ後、優しげな声で諭した。


「怖いのは誰だって同じよ。忘れないで。立ち向かおうとするなら、それを乗り越えるための意思……覚悟を持ってから」

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