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お互い様

「本気で、言っているんですか……?」


 ケイスケさんにあの森へ一人で行かせるという代案は、今現在の彼の実力では無事に戻ってこられるとは思えない話。

 ふざけているような発言に、私は本気で耳を疑った。

 睨むように目を細めながら、船長の意思を確認する。


「私は、次善の案を述べたまでです。お二人に相談してダメだった場合の、次に考えられる妥協の案として………………それが、船長の義務ですから」


 船長は肯定するでも否定するでもなく、自らの責任であると私達に答える。

 その声調は静かで、この発言を翻すつもりはないといった意思を感じさせるもの。ブレることなくこちらを見る真っ直ぐな目も、船長の嘘偽りなき言葉のように思わせる力がある。


 これは、自然とそうなる判断なのだろうか。船長という、船に乗る全員のことを考えなければならない者ならば。


(でも流石にこれは……!)


 しかしいずれにせよ、全体を考えその判断をした船長を理解しようとするより、大切な友達へ己か家族か、どちらが危ない役目をやるかの二択を迫ったことへの怒りが勝っていた。


「義務って……見るからに危ない役目を、他人へ任せようとすることがですか? いま陸地のほとんどがどれだけ危険な場所か、理解していますよね!?」

「十分に理解していますよ。あの光景を近くで見て実感しないはずがありません。……が、誰かがやらねばならないのであれば、それを誰かが決める必要があります。やるならば出来る可能性がある人を優先し、決めるならそれを多くの人が納得出来る者であった方が良い。それはお分かりいただけますよね?」

「サヤとケイスケさんは家族なんですよ!」


 船長に、今あなたは一つの家族を引き裂く可能性を与えようとしているのだと訴えるつもりで言い放った。けれど彼は顔色一つ変えずに言い返す。


「乗船時に確認しましたので理解しております。ですが他に適任がいないのは調べ終わっていることなのです。貴方がたが来る以前より魔法を使える者は乗っておられましたが、ツカサさん達と同じ水準で出来る者はおりませんでした。魔物と呼ぶ生き物相手にした動きからも、同じことが可能な者はいないのです」

「っ…………! だったら、私達かどっちかだけでも一緒に行かせてください! もし魔物と出くわしたとき一人でいるより、二人以上の方がずっと確実です!」


 私はそう強く訴えたが、船長は首を縦に振らなかった。


「どうして……」


 肩を落として項垂れる私に、変わらない声色で答えが来る。


「お二人と彼では、この場における重要度が違うのです」


 彼が口にしたその言葉の意味が理解出来なかった。

 理解するのを拒んだのもある。何が違うというのだと。


 その時、船長の言葉を聞いてそれまで黙っていたサヤがゆっくりと顔を動かし、口を開く。


「重要度、ね。それは何を想定した上での度合いなのかしら。生き残ること? 集団でいるための秩序? 魔物と戦う武力? それとも……くだらない世間の認識?」


 至って冷静な声と目で彼に問いかけていくサヤ。

 順に問いかけていった中で言葉の意図を探っていたらしく、船長のわずかな反応の差から読み取っていき、ため息を吐いて終わらせた。


「やっぱり、知っていたのね」

「サヤさんの兄は有名人でしたから……その時のことを覚えている方が、今も多いというだけです」

「当時のメディアが悪い意味で有名にしてくれたものね。ネットもニュースもこぞって拡散してくれていたし。あなたも、それを信じている側かしら?」

「さあ…………真偽のほどは、今でも分からないと思っています。なにぶん人は噂話が好きで、そこへ尾鰭をつけるのも好きですから。そういうのを間に受けないよう気を付け続けるのも、難しいようで」


 どうやら船長自身は、ネットに広まっている情報には懐疑的な姿勢であるらしい。そう仄めかしつつ、けれどそれを信じている人は少なくないといった感じで言葉を付け足した。


 それにサヤは「……そう」と、小さく返す。

 その時見えたサヤの横顔は、諦めるような表情で彼を見ていて。

 私がサヤと、初めて会った時の顔を思い出すような、冷めきったものだった。


「サヤさん、貴方には私へ文句を言う資格があります。何か伝えたいことがあるならば、この件についてどうぞ自由に仰ってください」

「私が文句を言うのは改善が期待出来る時だけよ。未だにあの日起こったことを落書きみたいな内容しか知らない人達に、これ以上なんて求めないし求めようとも思わないわ」


 自分の意思を突きつけるかの如く言い切ると、サヤはソファから立ち上がって出入り口の扉の前まで歩き出す。その動きを目で追う船長。


「ただ、私は兄さんに死んで欲しくない。調査には私が行かせてもらうことにする。それでいいわね金本船長?」

「それは、ツカサさんと二人で行かれるということですね?」

「私一人でよ」

「……え、待って!」


 即座に彼女が返した言葉に、私も驚き席を立つ。

 サヤは私の方を見ると表情を緩めた。


「当たり前でしょ。なんでこんなくだらない二択に付き合ってやる必要があるのよ。私からすれば自分の友人と自分の兄、どっちを危ない目に遭わせてもいいかって聞かれてるようなものよ。どっちもイヤなら私一人で行くしかないじゃない」

「そんなの私が嫌だよ! それにケイスケさんだって、サヤを一人で行かせることなんて喜ばないって!」

「ええ、だからツカサが一緒にいてあげてちょうだい。兄さんのことだから知ったら居ても立っても居られなくなるだろうし、傍にいて落ち着かせてあげてほしいの。ツカサなら出来るから」

「……無理だよ。私はケイスケさんのこと全然知らないから」


 サヤがケイスケさんを心配する気持ちは分かる。

 そして恐らく、ケイスケさんも同じように思っているだろう。

 その気持ちは恐らく、普通の兄妹より強い。


 最初のマジックネイティブ世代で起きた、魔法を使ったいじめ。

 それに関連して起きた事柄の大体。

 過去にサヤ達へあったことを思えば、そうなるのも不思議じゃない。


 だからこそそれに関係する話があったとしたら、赤の他人である私が止めようとするのは難しい。そう思うのは自然なことだった。


「……ツカサ」

「せめて——」


 せめてもっと、お互いの付き合いが長くてつい最近知り合った関係とかでもなければ、言えることもあったかもしれないけど。


 そんな風に続きを言おうとしたところ、目の前まで来たサヤの人差し指が口元に当たって、それを遮った。


「無理なんかじゃない。自信を持ちなさい。ツカサは私と友達になれたんだから。最初の頃の私と比べれば兄さんなんて打ち解けやすい方よ」


 サヤの柔らかな笑顔が映り込む。手を伸ばせば届く距離にあった彼女の笑顔。

 どこか眩しく思うほど素敵で、それだけでサヤの心が伝わってくるようだった。


「心配しないで。少しの間だけ兄さんの傍にいてもらって欲しいだけなの。危険を感じたり魔物がいればすぐに戻るから」

「…………絶対にだよ?」

「当たり前ね」


 サヤは私の返事を聞いて安堵したような顔を浮かべた。

 直後、船長の方へと振り向いて確認する。


「そういう訳だから悪いけど、一人で行かせてもらうとするわ」

「大変なことになってしまいましたね。はてさて、船長としてはどうしたものか」

「……言い訳が必要なら提供してあげますけど?」


 本来事前に用意していた二択のどちらかになるところ、こちらの都合でどちらでもない結果に終わった。話を事前に考えて持ってきた船長としては困るのも自然。


 このままでは色々と良くないし、船長自身も率先して今回の決定をしたかった訳じゃないはず。

 そこで私は船長に対して協力出来る範囲で協力しようと思った。

 『言い訳が必要なら提供』というのは、周りを納得させるための話をここででっち上げてしまおうという意味である。


 すると私の発言を助け舟と受け取ってもらえたらしく、船長はそれに乗っかる形で返事をくれた。


「……では、私が二つの案を提案した結果断られてしまい、サヤさんが一人で行かれると言ったところまではそのままに。その後は、こうでどうですか?」


 船長が述べた言い訳はこうだ。


 サヤが一人で行くことも私が一人で行くことも認められないとして、説得を試みる。しかし説得はうまく行かず長引くこととなり、一度私達を部屋に戻らせることにする。するとその機会にサヤが一人で向かってしまった。私の証言から船長の行動に脅迫と取られるような点はなかったとし、サヤが勝手に動いたがゆえの結果だった……という流れだ。


 彼の考えたそれを頭にインプットした。

 先に理解し終えたサヤが船長に返答する。


「一度部屋に戻って準備もしたかったし、良いわ。それに合わせて動かせてもらう」

「なら良かった。ツカサさんも構わないですかな?」

「…………」


 客観的には、即座に目につくほどの問題はない言い訳。

 この言い訳通りに進めば、一番の問題は勝手に行動したサヤだと批判は集まる。次いでそのような行為の原因である船長へ批判が来るだろうが、サヤと同室でありともに船長の話を聞いていた私の証言によって、問題のある行動はなかったと受け入れられれば、船長への批判は幾らか収まる。船内の秩序への影響は抑えられるはずだ。サヤも最後に厳重注意を受ける形で丸く収まるだろう。


 実際には私達に対して自分が行くか大切な相手が行くよう天秤にかけるような二択を提案していたので、そこは全く嘘なのだけど…………私が文句を言いたそうな目で船長を見れば、横に映るサヤが制止を求めるような顔で私に訴えてきた。


「お願いツカサ」


(サヤ————)


 許す気はないが、これ以上サヤを困らせるのも嫌だ。

 私は言いたいことの半分以上をしまった上で、周囲からサヤへ向けられてくる感情をどう対処するか、それを船長に答えさせる。


「サヤに向かって心にもない言葉を言う人が出るかもしれませんけれど、それからきちんと守ってくれますよね? 元はと言えば、こんな提案をしてきたそちらの原因なんですから」

「もちろん、出来るだけ取り計らわせてもらいます。こちらの都合で悪役を押し付けることになった手前、必ず約束しましょう」


(……嘘は言ってないみたい)


 普段は心を読む魔法なんてイグノーツ以外に使ったりしないが、今回は使って確認した。

 船長が真摯に向き合ってくれているのを理解すると、心の中に蓄積していたトゲのある思いが少し、軽くなっていく。


「ツカサさんも、何か気になることを言われたら遠慮せずこちらへ伝えに来てください。私は大体この部屋か船橋(ブリッジ)におりますので」

「じゃあ、もう少しここにいてから部屋を出ましょう。その時はいい感じに不満そうな顔をするのよ。いいツカサ?」

「うん。絶対に不満そうな顔をするから、任せて」


 こうして方針と言い訳を決めた私達は、船長室にしばらく留まってから自分の部屋へ帰っていった。不満そうな顔を浮かべながら。






 部屋の前まで戻ってきた私達二人。

 一歩先を歩いていた私が扉を開けると、中には誰もいない。

 ラシェルとツェレンは今も本の中にいるようだ。


(普通はこれが当たり前なんだけど、「あれ?」って思うあたりちょっと慣れてすぎているなあ)


 私の後に続けて入ったサヤが扉をロックすると、やっと周囲の目や耳を気にせず、思うがままに喋れるようになる。ベッドまで歩いていきトスンと腰を落ち着けた私は、まだ入り口近くのところで立っているサヤに話しかけた。


「なんか疲れた気分……サヤはどう?」

「私はそこまで。さて、どんな風にここから出て行こうかしら」

「やっぱり、一人で行くの?」


 早速出かける準備をしようとし出したサヤに、まだ納得していなかった私は聞いた。


「そういう流れで行くって決めたじゃない。不満?」

「不満だよ。不満に決まってる」


 さっきは船長もいた関係で言わずにいたけど、サヤと二人きりの今、躊躇うことなく自身の気持ちを述べる。


「船長さんのことは許せない。サヤだけ悪者みたくして、自分は仕方がなかったようにするの……卑怯だと思う。けれどそう思っている私も船長さんと同じ側になって、仕方ないみたいな感じになるのが、尚更許したくない」

「……そもそも私とツカサで行くか、兄さん一人で行ってもらうかの二択だった。それを私の我儘で、ツカサも兄さんも行かせたくないから一人で行くってことに決めたんでしょ。そこでツカサが反対する側じゃなかったら話がひっくり返るわ。言い訳する意味がなくなるじゃない」


 もっともらしい、当たり前のことをサヤは説いてくれる。

 理屈としては納得いくだろうし、サヤの気持ちとしてもこの結果は望んでいたこと。

 それを肯定するのにも抵抗はない。


 分かっている。

 分かっているんだ。


 憤りを感じて眉間に力がこもる。

 それを隠すように俯く私の耳に、サヤの優しい声が入ってくる。


「ツカサ。私ね」


 彼女はベッドの縁に座る私の隣まで来て、静かに両腕を回し包み込んだ。

 触れている箇所から伝わるサヤの熱。

 不意に感じた体の温もりに目を見開き、声のする方へ顔を上げる。


「私ね、ツカサのことが大切なの。初めて出来た心を開ける他人だった。初めて出来た友達だった。兄さん以外で、唯一本音を話せる相手だった。何が私にとっての幸せなのかも分からなかったそれまでが、ツカサと会ってから分かるようになった」

「サヤ……」

「だから私は————」


 そこでサヤは言葉を止め、私から離れる。

 見上げた先にあったサヤの顔。

 それは子供を見守る親のように穏やかな、自然とあふれた微笑みを浮かべていた。


「どうしても、その幸せを守りたいの。私にとって最初で最後になるかもしれない、一番の幸せを」

「一番の、幸せ……?」

「ええ」


 一番の幸せ。

 聞きたそうな顔をする私に、サヤはそれがなんなのか明言せずただ頷く。

 そして窓辺まで移動すると開閉機を操作し、窓を開けた。


「気持ちいいわね」


 外から入ってくる風を浴び、ひとしきり外の空気を堪能する。

 一分くらい経って窓を閉めた彼女は、満足そうな顔を浮かべたまま私の方へ振り返った。


「ねぇツカサ、飲み物取りにいってきてくれる?」

「ひょっとして喉渇いた?」

「潮風のせいかなにか飲みたくなってきたわ。頼んでいい?」


 少し申し訳なさげな顔でお願いされてしまう。

 そういうことならばと、私は「うん」と返事した。


 水は蛇口を捻れば出なくはないが、やはり飲み物用として管理されている水の方が良い。

 いま船の中で提供してもらえるのは真水以外にはお茶のペットボトルと、果汁を混ぜた水を入れてあるコップのどちらかだけれど……


「お茶か果汁入りの水、どっちが良い?」


 どっちがいいかなと質問すれば、サヤは「お茶でお願い」と返事した。


「分かった、すぐ持ってくるから待っててね」

「ええ、行ってらっしゃい」


 手を振って見送ってくれようとするサヤに手を振って返しながら、私はお茶のペットボトルがある配給所へ向かう。


 そして係の人にサヤの分と私の分、二人分のお茶を受け取り、部屋に戻った。


「ただいまー。持ってきたよー」


 意気揚々と入室した私は待たせていた彼女へそう告げる。

 しかし、それに対する返事は幾ら待てど戻ってこない。

 不思議に思い部屋の中を見れば、そこにサヤの姿はなかった。


「あれ…………?」


 部屋を間違えてしまったのか。

 最初に私が考えたのはそんな可能性。

 慌てて部屋を出て番号を見てみるも、部屋番は間違っていない。


 私は部屋の中に戻り、自分が出る前と何か変わっている点はないか確認すると、先ほど閉められたはずの窓が開いたままになっていることに気付く。


(————まさか!)


 咄嗟に窓のところから外の方を見渡す。

 だがもし、私が部屋を出てすぐ行動に移されていたとするなら、見かけの大きさはとっくに点くらいまで小さくなっているだろう。


 私は自分の行為を後悔し、その場に膝をつくと、震える声で呟いた。


「……サヤの、バカ…………」


 止められると思ったのだろうか。

 色々な理由を付けて、一緒に来ようとすると思われたのだろうか。

 二人で行けば言い訳の必要もなくなるから、と。


 怒りと悲しみが、とめどなく溢れ出す。

 どうして勝手に一人で行ったんだと。

 声をかける時間も与えずに向かってしまったんだと。


 二言で良い、言葉をかけておきたかった。

 気を付けてね。無事に戻ってきてね。

 たったそれだけでも、言っておければ良かったのに。

 それだけで。


「——サヤのバカァ!!」


 私は誰も見えない空へ向かって、彼女が行ったであろう方角に向けて。

 心の奥底に溜まっていた気持ちを、大きな声で吐き出した。

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