友達と友達?
急ぎ自分の部屋に戻ってきた私はすぐさま携帯端末を手に電話をかけた。かけた先はサヤの番号だ。
「サヤ!」
『……この短い期間に2回も貴方から掛かってくるなんて。何事?』
「あの本のことで進捗があったの。今から言うこと、ふざけてるように聞こえるだろうけれど聞いて」
そう前置きしてから、先程あったことをサヤに伝えた。
本の中には著者イグノーツ・ステラトスの複製された意識が保存されていたこと。それと私は会話をしたこと。魔力嵐に関する詳しい話、それによってもたらされるであろう被害と規模を。
初めはこちらの様子に引き気味な声ばかり聞こえていたサヤだけど、話の内容を聞くにつれて段々といつもの調子に戻っていった。
『それは本気で言ってるの? 嘘だったら流石に笑えないわよ』
「笑わせたくて言ってるんじゃないの。イグノーツが言うには魔力嵐はそれくらいのことを容易に起こせる現象で、今ニュースで話題になっているあの超低気圧が、魔力嵐だって本人が断定しているのよ!」
半信半疑といった声色のサヤを、どう信じさせればいいのか。
いや、そうだ。言葉だけでやる必要はない。あの魔法紋を見せれば……。
「今からそっちに行っていい? 私がイグノーツと会ったっていう証拠を見せるから」
『証拠……一体なに?』
「イグノーツが言う、魔力嵐から身を守ることが出来るようになる『シェルター』の魔法」
その後なんとかサヤに会う約束を取り付けて待ち合わせの場所を決めると、私はさっさと準備して家を出た。
待ち合わせ場所は二人の住む場所から丁度中間あたりにある駅の南口付近。先に着いた私は、やってきたサヤを見つけた途端に駆け寄る。
「サヤ!」
「早っ。……とりあえず、場所を移動しましょう。貴方が電話で言っていたものについて確認したいけど、ここは人の目が多すぎるわ」
そう言ってサヤは私を連れ、近くにある公園へと入った。まあまあの広さがある自然公園の中で、あの嵐が接近している現在ここへ遊びに来ている親子連れや学生などはいないため、人気がほとんどない。
周囲に人目がないことをザッと見渡すと、私に例の証拠を見せるようにと促してくる。私は鞄の中から魔法紋の描かれた紙を取って、それを渡す。
「これが『シェルター』の魔法?」
栞のように縦に細長い紙と描かれてある魔法紋を見て、私に問いかけてくる。
「ええ。イグノーツはそう言っていた」
魔法紋だけだと魔法具のように機能することはないが、その模様などから大体の効果を推測することは可能だ。サヤも1級魔法士なので魔法紋に関する知識がある。その知識量は私以上だろう。これがどんな効果を発揮して、どういう風に魔力へ働きかけるのかを読み取れるはずだ。
「どう?」
しばらく静かに魔法紋を観察していたサヤは、私の声に頷いてからこちらへ向いた。
「これがシェルターなのかは定かでないけど、強力な隔壁防御を可能とする魔法なのには違いないわね。少なくとも現代の魔法ではこれほどのものは発見されてない。それにこの魔法紋は初めて見る」
「じゃあ……」
「ええ。認めるわ」
サヤは私の話していることが本当のことだと理解し頷いてくれた。私はそれが嬉しくて思わず抱きつきそうになったが、前に近寄ったら弟バカが感染ると言われて悲しかったので堪える。
「これがあればその魔力嵐というものに耐えられるの?」
「イグノーツが言うにはそう。けど、まだ試しに使ってはないから詳しいところは不明で……」
「だったら、まずは確認からね」
そう言ってサヤは魔法紋の紙をくるりと曲げ、輪を作るように手で繋いだ。通常、魔法紋は輪の形状になるよう作られ、その輪によって外より『隔離』した領域を定義し、領域内の魔力圧を『変動』させないようにする。そうやって魔力の不安定化を引き起こしながら、魔力に一定の圧力をかけ続けて魔法紋で望んだ効果に調整・維持し、魔法を持続させるのである。
ゆえに花瓶のように、模様を輪の形で配置出来るものが魔法具として好まれた。板切れやテーブルの上に模様を描いてそれを機能させることも可能だが、物理的に閉ざされた空間や流れの停滞した空間である方が効果が高まるので、出来ればそっちの方がいいという。
何はともあれ、『シェルター』の魔法紋は彼女の手によって最低限有効な形となり、その効果を発揮し始めた。
最初に私達の周りを障壁のようなものが覆うと、障壁は直径10メートルくらいの球状にまで広がり、途端に周囲の音や風が止んで静かになる。
「これは……遮断? いえ、隔離しているの?」
「サヤ、地面が!」
「っ!」
突然球体が地面に沈み出し、私達はそれに合わせて地面に沈み出した。物体同士の抵抗とか反発なんてものはなく、透過するようにゆっくりと。
「何が起こっているのかしら。地面に潜っているように見えるけど」
「分からない! けど……」
地面の下に潜ると、周囲は真っ暗になって、シェルターの魔法が放つ青い光だけが辺りを照らし出す。それでも、大したものは見えない。困惑と混乱の最中にいた私達だが、それを見計らっていたように聞き覚えのある声がした。
『心配しなくていいですよ。シェルターの魔法はこういう風に発動するものです』
イグノーツ・ステラトス。その人の声が頭の中に響いてきた。
ハッとなって鞄の中に入れてきた『異世界災害収集録』を掴み、目の前に出す。直後、本の表紙から抜けるように何かがスゥーっと出てくる。イグノーツだった。きもい。
「という訳でこんにちは」
「もっとマシな方法で出て来れない?」
「開口一番にキツい言葉を浴びせてきますね。私にも早々慣れてもらいましたか」
別に慣れていませんが? 貴方との面識は今日出来たばっかりなのに慣れるわけがないだろ。どうせ今も心の中を読んでいるんで「はい」、やっぱりか。油断も隙もないな。
こちらが内心でそう思っている時、目の前に現れた男性を見てポカンとしていたサヤが、イグノーツの方を深く観察し出す。その視線に気付いてかイグノーツも、私から目線を外してサヤの方へ振り向き、二人の視線が合った。
「貴方がイグノーツさん? はじめまして、私はサヤと言います」
「サヤさんですか、こちらこそ初めまして。既にご存知のようですが私がイグノーツ・ステラトスです。しかしふむ……最初に挨拶が出来るとはなかなか礼儀正しい方ですね」
「あら、そう言うそちらも意外と紳士的な方なのね。聞いていた話では随分と個性的な人だと伺っていたのだけど」
「人を跨いで聞く話とは、得てして実体と細部が異なっているものです。さながらモザイクをかけて覗くように。話し手がどう伝えたのかは知りませんが、どうです? 実際に会って話してみた印象は」
「そうねえ。少なくとも、会ったその日に話し飽きてしまいそうな方ではなさそう」
二人はふふふと一緒に笑い出した。性格でもあったのか意気投合したような雰囲気を感じる。
まさかこの二人波長が合うタイプなのか? いかんと思ったが、一足遅かった。
「この魔法は貴方が発見したのかしら?」
「いいえ、これはリンネという世界で発見されたものです。原型は私が生まれてくる600年以上前にまで遡れ、そこからより有用な同族魔法の発見を重ねており——」
「そんなに前からあるのね」
ああ、なんだか楽しそうに話し出している……。もう二人の会話が終わるまで大人しくしていようかな。この障壁の向こうってどうなっているんだろう。空間的には何が起こっているのかな。
「ところでイグノーツさんは、名前がイグノーツで、苗字がステラトスなのかしら?」
「ええ。その認識で間違いありません。それがどうしましたか」
「苗字のステラトスって、ストラトスのこと? 聞き覚えがある単語に近いもので、名前を聞いた時から気になっているのよ」
あ、それは私もちょっと気になってた。ステラトスなんて聞いたことないし、どこの名前? って。
「なんでしょうねえ。私も正直分からなくて」
「は?」
思わず会話に口を挟んでしまった。
「イグノーツさんの名前でしょ、普通意味くらい知らない?」
「ははは。そう言われても知らないものは知りませんとしか言えませんし。でも良い響きでしょう? ステラトス……キラキラしていて」
「頭の中がキラキラしていそうね」
冷静にサヤが突っ込みを入れた。でも、それは流石に言い過ぎじゃない? 私でも言うかどうか躊躇うよそれ。
けれどそういう心配はこの男、イグノーツにとってはあまり要らないことだった。なにせこの人は、
「死んでお星様になってしまった身ですので」
こういうよく分からんメンタルをしているから。イグノーツさん、今のは多分皮肉を籠めていた言葉ですよ。気付いてます? もしもし聞こえていますかー?
「あのさ、いい加減なんで出てきたのか聞いてもいい? まさか用もなく現れた訳じゃないんでしょう?」
「おっと、話すのが楽しくてつい忘れていました。私が出てきた理由は、この場において説明役がいた方が話が円滑に進むと思ったからです」
どうもこちらの様子は本の中から確認していたようだ。シェルターの魔法を試そうとするところまでは静観していたらしいが、発動後の動揺を見てちょっと不安になったから落ち着かせるために出てきて、あわよくばそのままサヤとも知己の関係になろうとしたらしい。
そんなことを本人の目の前でつらつらと説明して大丈夫なのか。いやでも、サヤだからなあ。逆にそういうタイプの人を珍しがって気にいるかもしれない。第一印象もあまり悪くなさそうに感じていたようだし。
「要するに、私と友達になりたいってこと?」
「理由や言い訳はいくらでも用意できますが、つまるところそれに帰結します。どうでしょう、お願い出来ませんか?」
「ふうん。ツカサだけじゃ満足出来ないって?」
「はい」
おい! 何を聞いているんだサヤ!
そしてイグノーツも頷くな!! 第一いつ友人になったよ貴方と!
「……良いわよ。ただし、私は本来友達は一人で十分なタイプなの。貴方は永遠の二番。それでもいいなら友達になってあげるわ」
「構いません。どうぞそれで宜しくお願いします、サヤさん」
高圧的で見下すような視線を交えられながらも、全く怯む様子もなく条件を呑んだイグノーツ。それに満足したのか、サヤは冷たい表情から一転して笑みを浮かべて接した。
「いいでしょう。これから宜しくね」
こうして二人は友達とお互いが認める関係になった。あれ、友達ってこうやってなるものだっけ……。