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困惑と混乱

「あらおかえりなさい。鹿は狩ってこれました?」


 部屋まで戻ってきた私とサヤをいの一番に出迎えたラシェルは、部屋に備えつけてある4Kテレビの前にいた。

 手にはリモコンを持っており、操作でもしていたのか画面も点灯している。ツェレンは奥のベッドで寝ているらしく、すやすやとした寝息を立てている。


「一体は狩れたよ。ラシェルさんはテレビ見ようとしてたの?」

「テレビなんて今つかないでしょ。弄っても何も映らないと思うわよ」


 テレビの前まで行くと、実際サヤの言うとおり何も映っていない。

 深夜に付けると見れるカラーバーさえ出てこない様子。


「変な電波とか受信出来ないかしらって……」

「ふうん。受信出来そうなの?」


 サヤが一応みたいな反応で確認を取ると、彼女はキッパリと「無理ですね」と返した。

 一体何を考えているのやらと、変人を見るようにラシェルを眺める私。しかしそんな中で目が合うと、ラシェルは「あっ」という感じに口を開けた。


「そういえば今さっきのことなんですけど、あれの制限が解除されたらしいわ。ツカサさんはもう知ってる?」

「へー、いや知らな————えっ!?」


 流し聞きしかけた後びっくりする。ついでに二度見した。

 私は急いで荷物の中から本を出して、しっかりと手に持つとその言葉が本当かを確かめる。

 結果、本は命じた通りの内容をページへ出力した。


(本当だ……)


「なんで急に制限が解除されたのかしら。管理者の気分でも変わったの?」

「さあ……私にはなんとも」

「貴方イグノーツの一人なのに分からないとかあるわけ?」

「だってこんなこと初めてだから……」


(初めての割には落ち着いているようにも見えるけど)


 本当のところはどう思っているんだろう。

 私は相手がイグノーツだからと、もう躊躇いなく魔法で心を読んでみる。するとラシェルはまあまあ取り乱ししていることが伝わってきた。


 一見冷静に振る舞っているようでいて、その内心は落ち着きのない声で『なんで? なんで?』とみっともない声を繰り返しており、それを外には漏らさないよう隠している様子。


 仕事で何度も心を読んできた経験があるが、彼女の反応に取り繕おうとする姿勢はあっても嘘はないだろう。そう私は判断するとラシェルに話しかける。


「ラシェルさん。これって前と同じように使えるって状態でいいの? どこか機能が変わっているとかあったりする?」

「え? そうね……気付いたばかりだから確認は進んでないけれど、特に変わってはいないと思います。今になって付け足すような機能とかないでしょうし。けど気になるなら確認してみた方がいいかも」

「そっか、うん」


 促される形で本を管理するシステムとやらに命令を出す。今回の収集録【利用者】への制限で何か変わったことはあるか、それを表示するようにと。時間にして1秒程度で質問内容とともに返答が表示される。



 質問:今回の収集録【所有者】への制限で何か変わったことはあるか、表示するように。


 回答:変更点はありません。



(じゃあなんで利用を制限したの……?)


 私は更に質問をする。返答はこれまたすぐに来た。



 質問:変更がないのに利用を制限した理由はなんですか。


 回答:【管理者】による本の機能の制限行為は、実行に大義的理由を必要としないため、理由は存在しない場合もあります。今回の場合、【管理者】側が制限を実施した理由を入力していないため不明となります。



 そんなバカな話があっていいのかと、回答を読みながら思った。

 つまりあれか。管理者は何の理由もなくいつでも収集録の利用に関して制限がかけられると。そんなふざけた理由で制限出来る権限をよく与えられるものだ。


 この本を作ったイグノーツの正体がなんなのか多少見えるようになった今でも、よく全員が受け入れられていると思ってしまう。


 文の内容を受け止めきれない私は、頭に刷り込ませるように何度か読み返した。

 そこで回答の中に一つ違和感があるのに気付く。


(いやでも、回答のこの部分……“入力していないため不明”? なら、実は理由があってやってる可能性も?)


 もしそうであるなら、なんとか情報を引き出せないだろうか。いくらなんでも無意味に行われた制限などと考えたくはない。制限時間は一日と半分くらいで終わってるので気まぐれ説もあり得なくはないが、現在の管理者は12人いると言われるイグノーツの半数が賛成して就いた人。


 それが事実なら、【管理者】はそんないい加減な人ではないはずだ。気分で振り回してくるような性格の者に管理者なんて重要そうなものを、任せられるとは考えにくい。


(それに……)


 この管理システムの回答にはどこか、含意があるように思える。

 回答で『理由は存在しない場合もある』と言っておきながら、『入力されていないから不明』なんて付け足す。ただのシステムがこんな答え方を果たしてやるのか? 私にはそれが気になった。


 異世界災害収集録の持つ機能はあまりに常識外だ。出来のイマイチなAIなら、整合性の取れない発言だってしてくるから、そういうこともあるだろうと納得する。でもこの本って出来立てホヤホヤの未成熟なAIを積んでいるような代物なのか。悪口じゃないけど、あまり問題解決にならないことを返す貧弱なヘルプシステムを積んでいるほどポンコツなのか?


 今まで使ってきた経験から想像するに、私は未だこの本の全貌さえ掴めていない。そう思うのは……こうあって欲しいという期待からくる、願望なのだろうか。


(何か理由があるはず!)


 ならば行動するのみ。私は管理システムへの質問から管理者の行動の意図や、管理システムそのものを調べようと試みた。



 質問:管理者が権限を行使するのに際して、乱用を防ぐ仕組みはないのですか?


 回答:乱用を防ぐ仕組みとして、【管理者】の権限乱用のとき2つの方法が用意されています。1:より上位の権限者による権限の剥奪。2:イグノーツ・ステラトスによる辞任要求が半数を超えることでの権限の剥奪。



(上位の権限……管理者が最高ランクの権限じゃないんだ。覚えておこう)


 一つずつ質問を重ねて行き、管理者についてや、その他収集録に関する知らない情報がないかを探る。二度三度どころではない、二十回三十回とやるつもりで聞き方を変えて回答を引き出す。


 そうして繰り返す質問を繰り返す中で、私はシステムから知らなかった回答を一部得ることに成功する。そのうち三つが、これ。



 質問:【管理者】とは、どのような仕組みのもとなれますか? それは常に何人いて、過去に何人在籍しましたか?


 回答:意識データとして保存している総人数の半分以上の賛成、もしくは反対の2倍以上の賛成が得られた場合に、【管理者】として認められます。人数は常に一名限り。過去には一人だけ存在しました。現在の【管理者】は【閲覧権限なし】年前に就任した二代目です。



 質問:【管理者】の権限剥奪が可能な上位権限とはなんですか? また、他に本の関する権限はありますか?


 回答:【支配者】の権限です。本に関わる権限としては【支配者】、【管理者】、【所有者】に加えて、所有者や本の物理端末の守護を担う【守護者】の四つが存在します。



 質問:現在の【管理者】は管理システムから見て、どのような人ですか?


 回答:この質問は【管理者】からの修正を受ける可能性があるため、具体的な回答を控えます。その上で曖昧に、「彼は特異的で、結節点であると同時に中継点、その価値観は非地球人的。感情を持たないように動く者」と回答します。



 これらの回答から私は、【所有者】や【管理者】の他に【支配者】、【守護者】という権限があることを知った。そして管理者と呼ばれるのは常に一人。完全な代替わり式の権限だと推測される。一人しか常に存在せず、過去の代替わりが最低でも年単位で前ということは——


(——制限をかけたのと解除した【管理者】は同じ人)


 実は別の人がかけた制限を他の管理者が解除したという線、それがゼロになったことを意味する。


 これで三つ目の、どんな人となりなのか聞こうとしたやつの回答は【管理者】一人の特徴だと読み取れた。

 もっとも、具体的な回答は避けられてしまい、個人情報とも呼べない曖昧なものだけになってしまったが……でもそれ以上に、この回答からは読み取れるものがある。


(——管理システムは、決して良い子ちゃんじゃない)


 聞かれたことに対して具体的に答えられない。だから別のことを聞いてください、とかではなく、曖昧に回答しますときて続け様にそれを教えようとした。これは結構な不思議だ。


 なぜシステムがそんな風に回答する必要があるのか?

 ルールの穴を突く人間のような動きで、私の質問になんとか回答を捻り出そうとする。その機能を実装することに何のメリットが、作った側にあるのか。分からない。ただ1つ私でも分かることはある。


 この管理システムは、【管理者】の権限を持つ相手だろうと従順ではないということ。どこか単純な機械応答の中に、秘めている意思があるように感じられた。


 もちろん、そんなの私の考えすぎかもしれない。しかし、そう思いたくなる理由として強く印象に残った原因というものがある。それが私のした以下の質問と回答だった。



 質問:管理システムまた収集録は、人工知能を搭載していますか?

 回答:いいえ。管理システムもといこの収集録には、人工知能など一切搭載しておりません。



(人工知能のことを下に見ているように受け取れる……そんな文面に読めるのは、偶然なのかな)


 ここまででも十分なくらいに、私にとって新情報の山である。

 私は一旦サヤに自分が知った情報を共有しようか考え、けれどまだ聞いてないことがあったのを思い出す。


(どうせならこれも聞いてからサヤに見せようっと)


 再び本に向けて命令を出す。以下の質問に答えて、それを表示するようにと。



 質問:【支配者】には現在誰がいますか? いないなら、過去に誰がいたのかを教えてください。



(あ、来た。回答が早くて助かるなあ)


 例によって回答は入力してすぐだった。私はさっと管理システムからの返答を見る。


 

 回答:現在【支配者】の権限を持つ人はおりません。過去にその権限を有していたのは、古い方より、ザガム・ウェスパノン、シームル・ヒルドル、オオトリ・ゲンマの三名です。



「……ツカサ?」


 私は本を落とした。

 落とした時の音でサヤ達が振り向き、心配そうに近寄ってくる。


「え………………?」


 なぜ落としたのかと手元を見れば、自分の手は震えていた。

 自分でも訳がわからないほど小刻みに、抑えられないほど。


「どうしたの? 何かあったの?」


 不安な顔を浮かべていたサヤ。でも私にはサヤの顔が頭に入ってこないでいる。


(なんで……?)


 そのとき私の頭の中を占めていたのは、過去に【支配者】だった人として挙がった名前。


 ザガム・ウェスパノン。

 シームル・ヒルドル。

 オオトリ・ゲンマ。


 恐らくその名前からして最初のやつは、ザガム・パラ・ウェスパノンだろう。

 なぜパラが抜けているのかは知らないが、ミドルネームに当たるところなので省略されただけの可能性も考えれば一応理解出来る。それにイグノーツの一人だから、そこに名前があったとして驚くことはない。


 シームルというのも確かイグノーツの一人だった。なら残りの一人も多分イグノーツ。そう考えるのが妥当。

 ならば三人目もイグノーツと思うのが自然なこと。


(どうして……?)


 だけど、なぜだ。

 オオトリ・ゲンマという文字を見て、私はひどく混乱する。


(なんで、死んだおじいちゃんと同じ名前があるの?)

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