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新たな居場所、新たな役割(2)

 特に大きな問題も起きずに終わったのは運が良かったからなのか。それともちゃんと戦えるレベルへと成長していっているからなのか。私にはハッキリと分からない。


 けれど今まで頼りっぱなしだった彼のサポートを受けず、無傷で帰って来れた。

 サヤがいたからというのは勿論ある。でもそれを、確かな実感と合わせ嬉しく感じた。


(みんな驚くかなあ)


 私達は障壁系で5つ目の階(メインデッキ)までの道を作り、解体した魔物を台車に積むと、それを運んでいった。


 船内の通路を通れるよう切り分けられた、肉と肉と肉の塊。それがこの船で一番広いレストランに届けられる。入場した途端、待っていた客達の間でざわめきが広がった。


「こんなデカい鹿を狩るなんて、本当にあの人達がやったのか?」

「食えるのかこれ……いや食えるから狩ったんだろうが、ちょっと自信ないな」

「いらないんだったら俺にくれ。お前の分も俺が生きる」

「大きいねえ!」


 運ばれてきた肉塊に驚くばかりといった声や、食べ物として口に入れていいのか戸惑う客、涎を垂らしそうになって取り繕う客など、反応は様々。


「ヤバいってこれ……久々に美味しいお肉食べられるかも? 今日はご馳走かな?」

「まだ分からないよ。けどもしご馳走になったらどんな風に食べようか。僕はステーキとかが良いな」

「鹿肉にステーキっていけるの?」


 中にはカップルと思われる男女が、肉料理に思いを馳せて浮かれ出したりしている。そしてそれを調理するであろうコック姿の人達は、


「こんな大物を扱える日が来るなんてな、久々にやる気が燃えてきた」


 運ばれてきた肉を前にメラメラと心を燃やし腕をまくっていた。


(良かった……)


 困惑している雰囲気も残っているが、全体としては歓喜の色が多く占めているように窺え、私は一安心するとともに息を吐く。正直、魔化した動物を食べようだなんて初めての人には抵抗があるだろうから、こんなもの食えるかなんて流れになったら困るところだった。その懸念が外れてくれたのが幸い。


「浮かれちゃって……」


 お祭りのように盛り上がる人々にやれやれとするサヤだけど、その顔は明るい。

 私はサヤに「頑張った甲斐があったね」と笑いかけた。そうして良い空気に浸っていれば、ザガムと船長がこちらへやって来る。


「お疲れ様でした。ツカサさん達が一体捕まえられたことで、食料の備蓄は3日分ほど伸びたらしいですよ」


 おめでとうという雰囲気のザガム。

 私も食べ物の余裕が出来て嬉しい……が、ちょっと残念な言葉も聞こえた。


「あれで3日分かあ……」


 罠を張ってわりかし安全に仕留めたとはいえ、あの巨体を相手に対峙するのはずっと神経を張り詰めることだ。

 肉体的にはともかく精神的には中々に疲弊させられる。しかも獲物のサイズは7メートル級。

 それを狩って3日分……3日おきに狩らないといけない。そんな現実に思わず嘆きたくなる。

 そんな気持ちを声に出した私に、船長がはははと苦笑。


「なにぶん船に乗っている人数が多いから、皆さんに分け与えると猛烈な勢いで食べられてね。ですがお陰であと3日は追加で食べ物を出せますよ。二人には大変感謝しています」

「獲れた肉は余す所なく活用して欲しいです。その方が、私とツカサもやりがいがあるというものなので」

「ははは。この船のコックは優秀な方達ですから、きっと応えてくれますよ。それで、ものは相談になりますが……今日と同じように狩猟を頼む必要が出た時は今後もよろしいですかな?」


 どうやら今回の結果から、また肉が欲しい時にお願いしたいようだ。


(あー……)


 予想してたお願いだが、私はチラリとサヤの方を窺う。


 今回の狩りの成功は、『地面を底なし沼にする』サヤの魔法がハマったというのがある。

 そのせいで二体目以降には警戒されてしまったけれど、あれで確実に一体は狩れる。そう考えると今後もサヤと一緒の方が良い。


 船長もサヤの返事を窺うように目を向ける。


「……そうね」


 サヤは首を捻るような動きのあと、船長を見上げた。


「条件をつけさせてもらってもいいですか? やらないと大勢の命に関わるとはいえ、私達も命懸けでやっています。なあなあのボランティアは嫌ですから」


 危険な作業をやらされるのに良いように使われるのは嫌だからと。

 サヤに真剣な眼差しで見つめられた船長はふむと頷き、「なるほど」と言う。

 そしてゆったりとした姿勢で交渉に入る。


「こちらも出せるものは限られているので内容次第といったところですが、どんな条件を希望かな」

「では……私達が寝泊まりする客室を、今より良いところに変えてもらうことは可能ですか? 具体的には広くて、三人でも泊まれるようなスペースのあるところを」

「広い部屋だね。そうなるとムーンデッキにある部屋などが良いだろうけれど……あそこは既に決まった客が泊まってる部屋ばかりで、恐らく空いている部屋がほぼない」

 

 出来れば叶えたいんだけどと、船長は希望に応えられるかどうか難しそうな顔を浮かべる。


 とはいえサヤもそれは想定しているようで別段動揺はない。既に避難客が大勢いる船、しかも乗っている間のストレスを減らすよう工夫をするなら、良い部屋から優先して回すようなことをしているのも十分ありえた。


「では、他に広めの部屋はありますか? この際三人部屋でも広ければ構いません」

「ううむ……確か、ここから二つ上の階に三人部屋があったかな。だけどあそこも家族連れで避難しにきた方が利用していたはず。すまないが……」


 どうやらそちらにも先客がいるようで、要望を通すのも困難そうだ。

 サヤもちょっとがっかりして顔が無表情に寄っていった。


「じゃあ、先に空き室の状況を確認してもらえます? どの部屋が空いていてどこが使われているのかこの際全部見てしまいたいので」

「分かりました。少し時間をいただくことになると思うので、ここで待っていてください」


 そうして船長は一旦この場を去ったあと、客室の利用状態を見れるものとやらを持ってきた。

 彼から船内の概略図のある紙を手渡されると、それを確認することに。


(うわあ、いっぱいだ……)


 この船はデッキ7〜10までが客室のある階となっている。

 良い方の客室はデッキ10に集まっており、それ以外が普通の客室のデッキだ。

 私達が入っているのはデッキ8の部屋。

 そしてこちらの要望が叶えられそうな部屋のあるデッキ10だが、紙面上での確認だと満室状態だった。


「これじゃあいくら頼んだってダメそうね……」

「どうしようもないね……」


 私とサヤは実感をもって認識したことだろう。これ以上同じを要求しても他の人を困らせてしまうだけで、むしろ迷惑になってしまうと。要求の内容は振り出しに戻った。


(部屋を良くするのがダメなら、他に何か出来る頼みは……食べ物をちょっと多めに譲ってもらうとか? 食べ物事情が厳しい時にそれは嫌だなあ。なら、使っている部屋の番号を変えてもらう?)


 チラリとザガムの方を見て考える。もしザガムが私達の部屋の隣に移動して隣室になれれば、ラシェルかツェレンをそちらに移すこともしやすくなるだろう。二人部屋に四人も入っている状況が改善される他、イグノーツという知り合い同士の部屋になれることもメリットになるかもしれない。


(一度確認しよう)


『ねえザガムさん、ちょっと聞きたいことあるんだけど』


 私は心を読む魔法を発動して、ザガムに向かって心の声で話しかけてみた。しかし向こうからの反応がない。というか気づいてないように見える。


(うん……? あ、ミスった!)


 うっかりミスに気付いた私は心を読ませる魔法も発動する。

 あのリストバンドのせいですっかり忘れていた。心を読む魔法はお互いに使うまではただの覗き見でしかないのに。


『ザガムさん、ちょっと聞きたいことが……』

『なんでしょうか?』


 もう一度ザガムへ問いかけると、今度はきちんと反応が返ってきた。

 やはり単純に気付いていなかったようだ。


『ザガムさんはもう知ってるけれどさ、今こっちの部屋にはツェレンとラシェルさんがいるでしょ? 流石に四人も同じ部屋にいるのは物理的に狭いっていうか……それでザガムさんのところへ一人か二人移したいんだけど……寝る時とかいつもどうしてる? その、服って脱いだり外したり、着替えたりとか』

『ああ、それでしたらご心配には及びません。私達の体は本の機能で作られた特殊なものなので、着脱行為を挟まなくても違う服へ切り変えることが可能です。見られたくない特定の肌を見られる懸念はないでしょう』

『そ、そっか。なら良かった……かな』


 私の質問意図を汲んだ彼からの回答に、とりあえずの問題は一つ減ったと考える。


(いや別にザガムさんがそういう目で二人を見るとか思ってる訳じゃないけど、一応ね。うん)


 この人がそんなことをする性格には見えないし、紳士みたくそれとなく気遣うような気もするけれど。

 そもそもラシェルやツェレンの言葉から、イグノーツという集団は家族かそれに類する関係だと推測される。ザガムがそういった気持ちを抱く相手ではなさそうだ。


 逆に、ザガムがそういう俗な感情を表へ出すことはあるのだろうか。これまでの言動や仕草からあまり想像出来る光景ではないなと思った私は、妄想に耽る。


(ザガムさんって好きな人とかいるのかなあ。誰かを好きになったこととか、付き合ったりとか、そういう経験はどこまであるんだろう……)


『私の恋愛遍歴を想像する暇があるなら、考えた方が良いことがもっとあるのでは?』

『うわっ! ごめんなさい!』


 私が謝ると呆れ混じりの心でため息を吐く音が聞こえた。

 互いに心を読んで話している最中にこんなことを考えるべきではない。私はこれを教訓にした。


『ところで、先程の話のことで気になったのですが、ラシェルさん達は本の中へ戻れないので?』

『本の機能のことなら制限がかかっているから、そのせいで今は中に戻ることは出来ないって言ってたよ。聞いてないの?』

『はい。最近は戻る余裕もなかったもので。しかしそうですか、制限が……』


 特に気にすることもなさげにザガムは肯定する。

 どうやら情報共有がきちんとなされている訳ではないようだ。

 イグノーツ同士、死者同士、意識データ同士という共通点がある彼らだけど、お互いに知らないこともある様子である。私はふーんと頷き返す。


『でも私に本当の名前を教える余裕くらいはあったよね? 船に乗る前からずっと一緒にいたわけだし……ねえザガムさん?』

『そうですね。つい忘れていたというべきか、特にお互い困っている様子でもなかったのでまあいいかと放っておいたというべきか』

『地味にひどい理由。ザガムさんサイテー』

『ふふっ、その点については申し訳ありませんでした』


 ちょっと楽しそうな顔をしているのでムッと来るが、そんな私を気にも留めずにザガムは船長へ話しかける。


「金本船長、スイートルームは満席とのことですが……現状で何かお困りではございませんか? 例えば、宿泊客の態度が悪い、部屋の使い方が汚い、同じデッキの方から苦情が来るような方がいたり、など」


 そう尋ねられると船長はゆっくり顔を向けた。


「そのような話をどこかで聞いたのですか、ザガムさん」

「いえ。ただこの船には今、本来乗船を想定していた金払いの良い客とは別に、平時なら乗ってくる機会もなかった客もいるのでは、と思いましてね。その中にはたまに、人格面に問題を抱えておられる方も紛れているでしょう。どこにでもモラルの低い、価値観があまり褒められたものではない人というのはおります。そういう客でお困りであれば、助けになれるかと」

「…………難しい話ですね。私達としてはトラブルは出来るだけ避けたいものでありまして。例えそのような客がいたとしても、よほどの大事に発展しない限りは強く出れません」

「しかし、問題の芽があると認識しながらも放置しているように見える状況を維持するのも、ゆくゆくは収拾困難なトラブルへ発展するのではないでしょうか? それはいつかトラブルの回避や問題の最小化ではなく、先送りや日和見主義であると批判する声のきっかけになるやもしれません。客の問題を他の客へ我慢させたツケは、彼らの感情が爆発しそうになったときに我慢させる力を失うことです」


 これはあなたの避けたいトラブルにはなり得ませんか? と告げ、ザガムは船長を見やった。

 船長は言葉に詰まるかのごとく目線が下を向き始める。ザガムは一歩進んで隣に寄ると、その耳元へ顔を近づける。


「最悪の事態を想定したときのため、船長として求められるのは応急処置的な動きではなく、より長い目で見た場合の動きだと、私は考えています。もし何か思い出したことがあれば、いつでも仰ってくださいね。ひとまずはサヤさん達の要望は保留ということにして、この話題は棚上げにでも」

「……そうだな。分かった、すまないがサヤさんとツカサさん、それでいいかな?」


 了承を求められた私とサヤはその場で頷き合うと、それに合意を示した。

 船長がどこかへ去っていった後、その場に残ったザガムにサヤが話しかける。


「結構ダーティな交渉をするのね」

「そうですか? どちらかと言えば私はアダルティーな話し合いをしたつもりでしたが」

「やかましいわ。というかアレ大丈夫なの?」


 船長が歩き去った方をクイと首で指しながら問いかけるサヤに、ザガムはいつも通りの調子で返す。


「問題があることは認識しているようでしたので、遠からず対応には迫られたかと」


 結局は遅いか早いかの違いですよとザガムは語った。

 いずれやるべきことなら早い段階から腰を入れて考えた方が良いというのは大人な考え方。実際にやる側になると精神疲労が大きいから気は進まないだろうけれど。


「問題を取り除くのには賛成だけど、それでこっちを巻き込まないでよね」

「ええ勿論。ただ、船の中というある意味閉じた空間です。何かして飛び火することも、何もしなくても飛び火することも考えられますので、その点はご理解をいただければ」


 じーっと軽く睨むサヤにザガムは微笑んだ顔で答える。それをサヤは仕方なさそうに受け止めると、疲労感に満ちた顔をするのだった。

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