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新たな居場所、新たな役割

 船に乗ってから2日目の午前。

 東京湾の中に入り、変わり果てた首都の姿を見た私達はあの後、船の上から生存者が残っていないかを探し、魔物しか見つけられなかった。船長は生存者が残っている可能性は絶望的と判断し、日が変わると船を出発させて東京湾を後にすることを決める。残っていても危険なだけだからだろう。


 今日は太平洋沿いを西に移動しながら愛知のあたりを目指している。既に神奈川と静岡は通り過ぎ、横には渥美半島が眺められる。恐らく次の目的地は三河湾で次いで伊勢湾。そして名古屋から三重へと向かっていく流れだ。


「それじゃあツカサお姉ちゃん、私に合わせてやってみて」

「分かった」


 私の現在位置は寝泊まりしている客室の中。ここには私とサヤの二人が入室していることになっている。

 だが実際には、イグノーツの中の二人、ツェレンとラシェルもここにおり、実質四人が入室している状況。

 うん、人口密度が高い。人多すぎだ。


「いくよ?」


 そんな中で私はベッドに腰掛け、膝にツェレンを乗せてあることをしていた。

 ちょこんと足をくっつけているツェレンの声にタイミングを合わせ、両手で水を掬い上げるような動きを行う。そして意識を手のひらの上へと集中させていく。


 これはE系魔力(エーテル)を使って魔法を起こすための練習。それをツェレンの助けを受けながら行っている。使い慣れているM系魔力(マナ)と違い要求される精度が高めで、純粋に難易度の高いE系魔力の操作はやはりというべきか。その性質はどことなく氷のようだ。


 特定のポイントに留めようと力を込めると、滑って狙っていたとこ以上の魔力圧になり、戻そうと力をかけると逆方向へ移りすぎる。

 これがとにかく厄介だ。魔法を起こすためには常に変動する魔力圧を一定以上一定以下に変動させない必要があるのに、そうするためにかけた力で魔力圧が更に上下しようとする。抑えるどころか暴れかねない。適切な力加減を見極めないと実用ラインに届かなさそう。


「んーー…………」


 実戦で使う場合、魔法の発動は早ければ早いほどいい。

 発動までの隙が短くなるし、縮まった時間だけ出来ることが増え、それが相手への圧力にもなる。

 しかし今の私だとE系魔力での発動には20秒近くかかる。これだとM系を使った方がマシだ。E系で1つ魔法を発動する間にM系なら13〜15回は発動出来る。


(威力は悪くないんだけど……)


 E系で発動したときの魔法はM系で発動したときより強力。もし同時に発動して同じ魔法をぶつけ合うなら余裕で打ち勝つほどのパワーがある。潜在力は高い、それは認めた。


 けれど発動にちんたら時間をかける状態なんて、実際に戦ってきた身から言わせてもらえば『使えない』の一言だ。全く使い道がないわけじゃないが、もっと早く発動出来ないと。


 『あのときE系魔力が使えていたら』。魔物の脅威が身近になった今、そう思う日を来させないためにも、出来ることは増やす。私は自分の命と、私の大切な人達を、私のために守りたいのだから。


「良い感じだよお姉ちゃん。もうちょっと緩やかに、角度をつける感じでやってみて」


 魔力の動きを教えてくれるツェレン。私はそのアドバイスに従って力を調節する。

 さも当たり前のように魔力を見てアドバイスしているように見えるだろう。だがそれはツェレンだから可能なことだ。


 イグノーツ達が言うには、魔力の動きというものは本来人間の目では視認出来ない。

 これは紫外線と赤外線が見えない理屈と同じで、人間の目にもともと備わっていない能力だから。通常、人間はどう足掻いても魔力を視認することは出来ない。


 けれどある条件を満たすと見えるようになるといい、それを満たした一例がツェレンらしい。


(すごい)


 こちらが制御の加減を間違えてしまって魔力圧が暴れても、それをさっと手際よく落ち着かせてくれる。幼いながらも大人に負けない制御力なのはこの能力があるからかもしれない。


「ツェレンみたいに魔力の動きが見える人って、異世界ではたまにいるの?」


 椅子に座りながらのサヤと、立ちながらのラシェル。

 二人とも私達の練習する様を見ており、そんな中でサヤはふと疑問に思ったかの如く、隣のラシェルへ問う。


「たまに……というほどじゃないけど、ゼロってことはないですね。ただ生まれつき見れるようは人はいないと思う。色々と条件が重なるから」

「後天的に得るタイプの能力ってこと? なら私とかでも可能なのかしら」


 興味を抱くサヤだったが、対するラシェルは否定的な表情を浮かべる。


「出来るかもしれない。けど、あまり考えなくていいですよ。本来、決して喜ぶような能力じゃないもの。得る過程で苦しむことが多いわ」

「むう、そうなの」


 獲得には色々な障害がありそうだと、残念そうにため息を吐くサヤ。

 使えれば便利そうだと思ったのかも。かくいう私も同じ気持ちだ。今までは特に気にしてこなかったが、魔力の動きが見える見えないは魔物との戦いで間違いなく影響するから。


「魔物が魔法を使うときの魔力が見えれば、それに対応しやすくなると思ったんだけれど、そう上手い話はないってことね」

「向こうだけズルいよねー……っと」


 サヤの言葉に同意しながら制御を続けていると、両手の上で少しずつ光が現れてきた。

 どうやら狙い通り放射系魔法が発動したようだ。効果の出具合も良い感じに抑えられている。初めに発動した時はE系のパワーで目がしばらく使い物にならないほどの閃光だったから、蛍光灯よりもやや暗いレベルの光まで調整出来ているのは成功である。


「どうかな、ツェレン」

「ちゃんと安定してるよ。お姉ちゃんすごい上手くなってる」

「そう? まだ時間かかってる方だけど良かった」


 ツェレンは私の膝から降りると振り返り、私の前に立ち褒めてくれた。

 子供に褒められるのは慣れてなくてなんだか照れくさい。


「今度は活性系に族を変えよう。魔力圧は320.5から320.6の間。許容範囲は0.1だよ」

「やってみるね………………」

「出来れば0.05くらいの幅まで変動を抑えてね」

「無茶言うな〜〜……」


 付いた注文の難易度に軽く困ってみせながらも、身につけていくしかない。私は自分をそう納得させて取り組み続けた。


 そんな風に練習を続けることしばらく。

 今日はここまで、とラシェルがストップをかけて制御練習から休憩タイムになる。

 部屋の中は相変わらず四人のまま。ベッドで横になるツェレンと、その傍に座っている私、椅子に座るサヤとラシェルで話を弾ませていた。


「しかし二人用の部屋にこの人数はきついわね。どうにかならないかしら」

「しょうがないでしょう、私は本来乗船してない客なの。船員の誰かに見られたら素性を怪しまれるから無闇に出歩けないのよ」

「半分くらいは自業自得よね、それ」


 じっと視線を向けてくるサヤにラシェルは言い訳のように説明したが、実際そうだ。

 ラシェルが現れたのは私達が船に乗ったあとなので、記録的には存在しない。もし乗客の顔を覚えている人や名簿などで管理している人に知られれば、面倒ごとになるのは確実だ。


 それを私とサヤも分かっているので彼女の言い分を理解している。健康診断をしてもらった恩もあるしイグノーツの一人だしで、色々放っておけない。


 まあそれはそうと長期的にはどうにかすべき問題である。私はうーんと頭を捻って考える。


「収集録の中に戻ってもらうのが早いと思うけれど……ダメなんですか?」

「そうしたいのは山々なのだけど……今は機能制限中で出てくることは出来ても戻ることは出来ないみたいなんです。全く、メンテナンスでもしている訳でもないのに」

「メンテナンスとかいるんだこの本……」

「いえ必要ないですよ。【管理者】が勝手かつ雑に制限しているだけです」

「え?」

「は?」


 まるで気分ででも決めているかのようなニュアンス。

 私達は信じられないという具合にぽかんとした。


「何のために制限しているのよ一体……まともな理由がないなら制限しないで欲しいわ。というかそんないい加減な理由で制限するのを管理者なんかに据えていて平気なの?」


 サヤは放心状態から戻ると頭を抱え、文句を言い出す。苦悩した表情が彼女の内心を語っていた。


「【管理者】は私達意識データとして保存されているイグノーツの合意で決められているから、現状は何とも出来ないでしょう。12人のうち半分が現【管理者】の就任に賛成、2人が反対となっているし」

「へえー…………残りの4人は『どちらでもない』ってとこ?」

「そんな感じですね。正確には『興味がないから反対も賛成もしない』という立場です」


 ラシェルはサヤの問いかけにそう答えた。

 どうやらイグノーツの中で今の管理者に反対しているのは2人だけ。

 管理者をどうこうしてもらうのは無理そうだと察した。


(そんな雑に決めちゃうんだ……この本の【管理者】になる人を)


 収集録の機能を制限出来る管理者へ大して興味もないというイグノーツが結構いるとは、意識データは管理者の影響をあまり受けないのだろうか。こうして戻ることが禁止されているというのに、それで大きく困った様子もなさそうに見えるのが正直驚き。


(それとも、その【管理者】のことをよほど信用しているのかな……)


 私は傍で寝転がっているツェレンへ話しかける。


「ツェレンも【管理者】の就任に賛成反対の権利を持ってるの?」

「持ってるよ。でも私はよく分からなかったから、みんなに言われて賛成も反対もしないに入れた」

「そうなんだ」


 子供だし管理者の就任というのにピンと来なかったんだろう。自分が何を決めたかも判然としていなさそうな返答をくれた。ラシェルの方はどうだろう。そちらへ振り向くと丁度サヤが聞いていた。


「ラシェルさんはどうしたの? 賛成したの、反対したの?」

「私は賛成していませんよ」

「じゃあ……」

「ええ。興味がないから反対も賛成もしませんでした」


 即座にラシェルはしばかれた。


「こうなってる原因あなたにもあるじゃない! 他人事みたいな面で空気吸ってんじゃないわよ!」

「私だけじゃないです! 私とツェレン以外にも二人! 二人います!」

「ツェレン以外まとめて吊るしてやるから呼び出しなさい、今すぐ!」

「殺される〜〜!」


 サヤにチョークスリーパーを決められているラシェルを他所に、私はここにいないイグノーツのことを考え出す。


(ザガムさんは反対したのかな、それとも賛成したのかな。アーノルドさんは……どれでもあり得そうで逆に分からないけど)


 視界の端でなんか助けを求めてきている人がいる気がするが、気のせいだろう。

 そんな風に頭の中のことへ意識が飛んでいると、ベルのような電子音が室内に響いた。それでみんな一時的にそちらへ注意が向かう。


「何の音?」


 聞き慣れない音だったのかツェレンが興奮して周りを見回す。


「インターホンを鳴らした人がいるんじゃない? 私見てくるわ」


 そこでサヤが入り口のところまで行きインターホンから部屋の前に誰か立っていないか確認すると、すぐにドアを開けた。それで私も扉の前にいた人がハッキリと見えた。ザガムだ。


「賑やかなところをお邪魔してすみません。ツカサさん達に用事があって来ました。おや……」


 ドアの前で立ったまま挨拶すると、ザガムは部屋の中に意外な人物がいるようにラシェルを見る。目が合ったラシェルはニコニコと手を振り応えた。


「全くお邪魔ですよ、ザガム。女同士で楽しく話しているところへ水を差すなんて、もう少し待てなかったんですか?」

「こんにちはラシェルさん。私も楽しい雰囲気を壊したくなかったのですが、急ぎの用が出来まして。外に出て来られたということは、元気になられたのですね」

「ずっと眠っていましたけれど、少しだけ良くなりましたよ。アーノルドはどこにいるかご存知? 気になっているのだけど」

「彼なら今は遠くに出掛けておりますよ。そのうち戻ってくるかと」

「…………そうですか」


 嬉しくなさそうな声と仏頂面を見せるラシェル。

 彼女にとってあまり関わりたい相手ではない感じの反応だった。


 無理もない。私自身彼にされたことを思えば好きでないし、今でも記憶に蓋をしたい。

 幻覚とはいえ人に言いにくいことをされたのである。許せない方が当然ではないか。

 思い出すと恥ずかしくなると同時に腹が立ちそう。


(過去形にしたい人ナンバーワンかも……)


 あの時感じた羞恥が裏返り、物騒な思考が一瞬頭を過ぎる。けれどその考えにハッとなりすぐ振り払う。

 なんであんなののために関わりに行かなくてはならないのだ。どちらかと言うと私は嫌な人とは最初から距離を取っておくタイプ。あれを殴りにいくよりは、一緒にいて楽しい人と時間を過ごしたい。自己評価だが概ね間違ってはいないはず。


 というか……私が怒髪天になることがあるなら、その前に怒り出しそうな友人を抑える側に回りそうだけど。アーノルドが戻ってくると聞いてみるみる不機嫌になるサヤの姿に少し冷静にもなる。


(よし、忘れよう!)


 嫌なことなんて忘却の彼方へシュート。そう強く思うと、本当に忘れられる気がした。


「ところでザガムさん。さっき用事があるって言っていたけれど」


 私は気分を戻すと、ここに来た理由をザガムに尋ねる。


「そうです。ツカサさんと、可能ならサヤさんにも来てもらいたいことです」

「私にも? どんな用よ」

「狩猟です」


 そこからのザガム曰く、食料の調達として魔物を狩ってきてほしいとのことだ。以前船長が言っていた二つの問題のうち、残していた食料の問題へ対処する時が来たのであろう。船長から急遽なんとかしてほしいとお願いが来たようだ。さっき急ぎだと言っていたことからも恐らくは船の備蓄が危ない。


「陸にいる鹿の魔物を一体か二体、余裕があれば三体狩ってきて欲しいのです。お二人なら気をつけて戦えば十分に可能だと思いまして。どうでしょう、私の代わりに頼めますか?」

「……まあ、別にいいけれど」

「私も問題はないよ」


 サヤと私はお互いを見合い、戦うことへの迷いがないことを読み取ると、それを了承する。

 その反応に対してザガムは良かったという風に微笑んだ。断られなくて安心したように見える。しかし私達に頼まなくてもやれそうな内容なのに、わざわざ頼むことだろうか。既に了承しておきながら不思議に思った私は理由を尋ねることに。


「ザガムさんは狩りに行かないの? 私達よりもそういう経験がずっとありそうなのに」

「実は船に取り付けた推進器型魔法具のことで問題が発生しまして。そちらへの対処を行わないとならない状況になったのです」

「え! 大丈夫なのそれ!?」


 なんかすごく大問題に聞こえる話が飛び出てきたのでびっくりとするが、ザガムは相変わらず落ち着いていた。


「ご心配なく。まだ十分に間に合う段階とのことなのでこれから魔法で臨時ドックを作り、全体的な解決と改善を実施します。私の方も船に詳しい方を呼ぶつもりなので今日中には終わらせるつもりです。ただそれだと私が狩りに出られる余裕がなくなってしまうため……」


 すみませんと頭を下げ謝罪されてしまう。

 そうか、確かに船への取り付けはぶっつけ本番で行ったことなので問題が出てきてもしょうがないのか。いくらイグノーツのザガムでも、船の専門家でなければいきなり完璧な仕事など出来っこない。こうなるのはある意味自然だったのかもしれない。そう思う私の近くでサヤが追って確認する。


「船が沈みかけているなんて状況じゃないのね?」

「船全体へ本来想定されなかった負荷がかかっているだけです。浸水は発生していませんよ」

「どうしてそうなっているのよ……」

「推進用のエネルギー分散魔法の影響ですね。では狩りの方はお願いします」

「出来るだけ早く直しておきなさいよ」

「行ってきまーす」


 専門外のことで何も出来そうにないからと、自分の仕事を果たしに行くサヤと私なのであった。




 私達は陸地に飛び降り、地上を席巻する巨木たちを切り倒して開けたスペースを作ると、そこに魔物を嵌めるための底なし沼を作成。待ち構えた。そうしてつつがなく鹿の魔物を一体狩ることに成功し、捕獲した魔物を見張りながら船から人が来るのを待つことに。


 ちなみに当初の予定ではさっさと仕留める気でいた。

 生け捕りを選んだのは私達だけでこの獲物を船に持っていくには解体して運ぶ以外の方法はなく、この量を運ぶにも魔法も使わねばならないから。流石にこのサイズを私達だけでは無理。周りを囲めるだけの大人がいる。


 そして私達には獲物を解体するための知識がない。前にザガムが解体していた様子を見ていたことはあるが遠目だったし、素材を損なわないようバラす方がおよそ難しいと思われ、だったら上手くバラせる人が来るのを待って任せてしまおうということに。

 

 そうなると暫く生かしておいた方が肉の鮮度が落ちずに済むと生け取りにすることになった。魔物は今も元気にもがいています。沼から出られる気配は一向にないけど。


「早く来ないかしら」


 底なし沼を作ったサヤのため息がこぼれる。やることをやり終わりもうやることがないものの、離れるわけにもいかない状況から若干つまらなさそうに見える。


「テレビで見たんだけど、動物の肉の味って逃げようと必死に暴れたあとだと落ちるらしいよ。眠らせた方が良くないかな?」

「このサイズの生き物を眠らせるような魔法なんて知らないから、現状これしかないのよ。意識なくすと沈んで溺れるし。肉の味が落ちるのはもう仕方ないとしか言えないわ」


 食べ物が残り少ないという中でそこまでする余裕はない。取ってこれるだけマシだというのは、恐らくその通りだろう。サヤは泥まみれになっている魔物をチラ見し、前脚がまだ沈んでいないのを確認して視線を外す。


「周囲の警戒忘れないでね。まだ近くに魔物がいるだろうし、気を抜きすぎたら危ないよ」

「気をつけるわ」


 そうして私達は一体だけ獲れた分を守り通し、後から来た大人達と協力して運ぶのだった。

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