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影を追いかけて

 一時間半と少し経ち、私達の乗る船が東京湾へと入る。

 入り口の海峡である三浦水道を抜けた頃、進路右の方に湾内にかかるアクアブリッジらしき橋が、左の方に風の塔と呼ばれる島……『川崎人工島』が視認出来始めた。上層デッキの展望フロアを訪れていた私は、それに自然と目をもってかれる。


(東京湾ってこんなのあったんだ)


 円形の島に袈裟斬りにされたような円筒形の塔が二つ。それ以外には特に目立つもののない人工島。それが地下トンネルの換気用建造物であるという、ウィキ程度の知識すらなかった私は、なんだろうと思い携帯を取り出し調べようとするが。


(……もうネットは使えないんだった)


 それがもう出来ないことだと気付き、電源を入れることなく服のポケットにしまった。


 以前のようにインターネットであれこれ出来た日はもうこない。友人と通話したり、暇なときにSNSを眺めたり、好きな有名人の情報を追ったり、漫画や小説を読んだり、気になったものをECサイトで買ったり色々…………楽しかった、懐かしかった。嫌なことがあったり気分が悪くなるようなものを見たりもしたけど、結局やめることはなかったそれ。


 そんな思い出が私の脳裏に焼きついており、これを持っているとその日々を思い出してしまう。あの日々に戻りたいと。


 吹っ切れてないものを思い出すのは案外心に負担だった。私は意識の隅へ追いやるように外へ目をやる。


(けれどあの島、あまり植物の影響がなさそう。極大繁茂でどこも大森林みたいになってるのに)


 陸から離れた場所にあるため植物が根付けるところがなかったのか、あるいは植物の種自体がなかったのか。極大繁茂が起こったあとで大体の場所は森に飲まれてしまったが、その島には植物の影響がほぼ及んでいなかった。奥に見える東京が古代樹の森と見間違うほどの風景となっているだけに、より一層存在が浮いている。


「嘘だろ……これが、東京の景色なのか?」

「タワーはどこだ? スカイツリーは? まさかアレ……? 一体どうなっちまったんだ」


 同じデッキにいた人達も、変わり果てた首都を前にあんぐりと口を開けたり、


「ヤバいってこれ……アタシたち以外で生きている人いる? いるよね?」

「分からないって。ネットも繋がんないし電話も出来ない、確認しようがないんだから」

「これからどう暮らさないといけないのかな。家に帰ることも無理だと、ここでやっていくしかないの? もし世界で生き残っているのが私達だけだったらどうしよう」

「そうなったら僕らで、新時代のアダムとイブになるしかないよ」


 カップルと思われる男女が、終末世界に迷い込んでしまったかのように身を寄せ合ったり、現実と受け止めきれない反応を隠せないでいた。


 私自身、この現実を前に希望を抱き続けるのは心労が増えそうで、どこか諦めてしまった方が気が楽になりそうなような思いから、意図的に考えることをしないようにしている。


(……生存者がいる可能性は、限りなく低い)


 対岸に目をやった私は、森林の中を横切っていく大きな影を見つけた。四つ足の獣のように見えたそれは、十中八九魔物だと思われる。湾の真ん中を進む船には近づけないのか知らないが、陸の上からこちらを見て動かない。


(襲ってこない……)


 船はそのまま離れていき、魔物も船を追いかけようとはしなかった。なぜかは分からないが襲われないならそれに越したことはないので、少し緊張を解いた。そうしている内に段々と気を紛らわしたくなってくる。ずっと気持ちを引き締めていたからだろう。


 外で新鮮な空気でも浴びてこよう。そう思った私は屋上へはどこから行けたっけと、まだ覚えていない船内を案内マップを頼りに歩き、船の中を上っていく。エレベーターがあるのにメンテ中との理由で使えないので、階段を使って屋上へと向かう。


(突風?)


 一段一段上っていくにつれ、妙な音が聞こえるようになった。ビュオッという感じの激しい空気の流れる音が、散発的に続いては消える。どうにも自然に吹く風の音ではない。そう思って屋上に出てから様子を窺うと、同じ方向から誰かが話す声も聞こえてきた。


(あ、この声……)


 声を聞いた私は足を早め、船の前側にある細長いスペースで立ち話をしている二人の声に耳を澄ませると、思ったとおりイグノーツ……ザガムと、ケイスケさんがいた。何を話してるのかなと、会話を中断されないよう物陰から聞き耳を立てることにする。


「なるほど、自身も足を引っ張らない程度に戦えるようになりたいと」

「これまでの日々で痛感しました。俺は魔物とやり合うには弱く、最低限戦えるかどうかの力しかない。いつくるかも読めない襲撃に備え、足手纏いにならないためには、少しでも早く強くなりたいんです」

「ふむ……おっと、失礼」


(わっ!)


 その時、ザガムの言葉の直後にビュオッと突風が流れ、髪が持ち上がった。扉をしっかり閉めておいて良かった。音が出たらバレるところである。


「船へ近づこうとする魔物へ牽制を入れておきました」

「まさか……あそこのやつへ? あんなに離れた陸地にいるのに」


 どうやら私が見ていた方とは逆側の岸にも魔物がいたようで、船を追いかけるように岸を移動していたらしい。ザガムは魔法を撃つことでその魔物を追い払ったようだ。となると、今の風はそれだろう。


「私の世界では第2魔法戦という遠距離戦を想定したものがありましてね。離れた的にもよく命中させられる人は、兵士100人の中に5〜6人の比率でおりました。そこまで不可能な話ではありませんよ」

「……生前は狙撃手か狩人でも?」

「いいえ、商いをやっている家の者でした。兵役に就いたことも獣を自力で仕留めた経験もありません。今のは死んでから練習を初め出来るようになったことですね。遠くの的を狙い撃つ経験を積み重ねれば、ケイスケさんも出来るはずですよ。もちろんマジックネイティブと呼ばれるサヤさんやツカサさんにも」


(全く出来る気がしないんだけど!?)


 対岸まで何キロあるか分からないが、ざっと3キロ以上は絶対にある。そんな距離から陸地にいる魔物を見つけて狙い撃つなんて、自分に出来る姿など浮かぶわけない。それ以前に前提条件からして問題がある気もした。


 困った話である。マジックネイティブをなんでも出来る人の称号と思ってないだろうか。そんな魔法の言葉じゃないのだけれど。いくらなんでも限度があると思っていた私なのに、「二人になら出来るのか……」とケイスケさんはあっさり受け入れていた。


(そこは疑ってよ!! 信じないで疑ってよ!! 曲芸まで出来ると思われるのは嬉しいを通り越して泣く!)


「ふふ……まあ流石に誇張が入ったかもしれませんが、それほど人間離れした技ではありませんよ。それを理解してもらえれば、いずれは貴方にも出来るようになります。話を戻しまして……強くなりたいとのことでしたが、具体的にはどのようになりたいのでしょう」

「具体的には……?」

「そこはあまり考えていないのですね」


 ザガムはため息をつく。彼にしては珍しくあからさまな感情表現で驚いた。だがケイスケさんは少し前まで戦いとは無縁の日々を過ごしていたのに、それはちょっと酷な要求に思える。


 陰から聞きながらそう思っていると、ザガムもそのことに気付いたらしく、少しして訂正の言葉を入れた。


「いえ、戦いの経験のない方へいきなり具体的な方向性を考えろというのは無茶振りですか。申し訳ありません、私の浅慮でした。強くなりたいとのことでしたが、残念ながら一朝一夕で強くなれるものではありません。その点はご理解のほどを」

「……大丈夫です。それより、俺は現状から何をどうすれば戦えるようになりますか。魔法が上手く発動出来るよう練習は今もしているけれど、それが方法として間違っていたり、足りなかったりするのか俺だけだと分からないんです」


 あっという間にパワーアップは出来ない。前もってそれを説明しておくザガムに、ケイスケさんは想定済みだったという風に返す。覚悟の方は問題なさそうだとザガムが微笑んだ。


「現在は何の魔法を練習していますか?」

「衝撃吸収の魔法と、シェルターの魔法、それに壁を発生させる類の魔法を」


 ケイスケさんが練習中の魔法を聞き、なるほどと頷く。


 ケイスケさんはこれまで防御に使える魔法を中心に練習している。攻撃に使える魔法よりも身を守れる魔法の方が、私達が側にいないなどの万一の時、自力で命を守れるし戦える人が来るまでの時間を稼げるからだ。攻撃魔法なら敵に避けられたりするが、守るための魔法なら不発にならない限りは必ず盾となる。私もサヤもまず覚えるならコレと彼にオススメしてきた。


「障壁系、結界系、吸収系、いずれも守ることに優れた効果が多い族ですね。確かに、魔物を攻撃したり倒したりするのは難しいでしょう。攻撃には使()()()()()()()()()()ですし」

「見えない……まるで攻撃に使うことが実は出来るみたいに聞こえますが」

「そこは追々説明していくつもりですので、今は深く考える必要はないです」


 何か含みのある言い方にケイスケさんが質問するが、ザガムはそれを置いとき話を進める。


「ケイスケさんが魔物相手でも戦えるよう強くする……曖昧なことこの上ない表現ですが、そうですねえ。私の世界では、戦うために必要な力は3つあると言われています」

「3つ、ですか」

「ええ、3つです」


 復唱しながら、その3つとやらをザガムは説明する。


「1つ目は、敵に傷を負わせることが可能な力。一般的には武器などの殺傷性能を持つ道具、魔法などで得られる力です。これがないと戦いが起こせないくらいには重要ですね」


 恐らくケイスケさんが今一番求めているもので、私やザガムなどが使える攻撃に使える魔法のことだろう。いわゆる切断系とか放射系のたぐい。


 ザガムは彼が話を聞いているのを確認しつつ、言葉を続ける。


「2つ目は、敵の攻撃から身を守ることが可能な力。攻撃を受けても威力を殺す、受け流す、攻撃自体を届かせないなどのことが可能なものです。分かりやすいものでいえば鎧や盾、砦やシェルターなどの頑強なものですね」


 これはまあ、さっきザガムが言った通り。障壁系(1族)結界系(6族)吸収系(7族)などが該当。あくまでもそういうのが発見されやすいだけで全部という訳じゃないらしいが、基本的にはこの3つが防御として向いている族らしい。今より前、避難先の学校にいた頃にザガムから授業で教わった。


 私が使えるやつだと衝撃吸収の魔法、透明な障壁の魔法、物質増加の壁の魔法なんかがそれである。特に衝撃吸収の魔法は特殊な効果を持つものなので重宝している。なにせ相対速度が大きいほど、ぶつかったエネルギーを容易に吸収するという変わった効果により、高いところから落下しても軽傷から無傷(2階より4階から飛び降りた方がノーダメ)で済み、身体を痛めることさえほとんどない。


 体感している限りだと慣性エネルギーにもこの効果は乗る。この魔法が使えればどんなに高いところから落ちても、下がマグマでもない限り助かるのだ。これはもう反則気味。これを使えるようになってなかったら、私はとっくに死んでいただろう。


「鎧とかはともかく、シェルターを力っていうのはなんか合わない言い方な気もするけれど……いやいい。それで3つ目は?」


 細かいことは流すことにし、ケイスケさんは続きを催促する。どうせ物の例えなのでいちいち突っ込んでいたらキリがない。正しい判断だと思う。


(ザガムさんのことだからわざと間違った言い方をして揶揄(からか)うくらい出来そうだけど)


 そんなことは後にしよう。私は下らないことを考えるより彼が次に発する言葉に耳を傾けた。


「…………あの、3つ目は?」


 しかし待っていても、彼の口から続きは発せられない。どうしたのかとケイスケさんが再度聞いたところ、ザガムはちょっとおかしなことを言った。


「考えてみてください」


 教えられる流れだと思っていた私とケイスケさんは当然、その言葉に困惑する。一瞬意地悪か? と思ったけれどどうやらそうする理由があるようで、釈明してくる。


「3つ目の力は、出来れば自分で気付くべき力だと言われています。なので一回は質問にして聞いてから、答え合わせをするのです。面倒かもしれませんが考えてみてください」

「えええ……?」


 戸惑うケイスケさんだが、待っていても意味がないと判断したようだ。ケイスケさんはすぐに気持ちを切り替えて、答えを導き出そうと思考の中に潜っていった。


「思いつきましたか?」


 体感数分程度経った頃、確認のためザガムが口を開いた。それでケイスケさんも頭を上げる。


「……正直、合っているかどうか自信はあまりないけれど」

「間違えることを恐れる必要はないですよ。この問いの答えを間違えたとしても誰かが死ぬ訳ではありませんし、取り返しのつかない結果になる訳でもない。ただ私が正解を教えるだけです。さあ、どうぞ」


(3つ目の力…………攻撃、防御に続くものって、ゲーム的には敏捷とかだけど。あとはHP? いやこの場合はMP……魔力とか? 魔法が使えないと意味がないなら欠かせないしなあ。でもそんなすぐ思いつくようなのが答えなのかなあ。ゲーム脳的な答えじゃ不正解かも……。すぐ近くにあるヒントを見落としている気もするし。となると……なんだろう?)


 暇だったので私も物陰に隠れたまま答えを考えていたが、先に答え合わせが来たようだ。私が耳を傾けると、ケイスケさんは言った。


「……考える、力」

「正解です」


 私は「え?」と声を漏らしそうになる。彼の口から出た言葉が正解と聞いて、耳を疑っている。


「マジかよ。いや、本当に合ってたとは」


 答えを聞いたケイスケさんも半信半疑といった態度で驚いており、未だ納得しきれていなさそうだった。本当にそれが正解なの? そう思う私はなぜ正解なのかを知りたくて、耳を一層研ぎ澄ませる。


「魔力を挙げるかもしれないと私は考えていたんですけどね。さて、どうしてその答えに辿り着いたのかの経緯と、それを答えだと思った理由を聞かせてもらえますか?」

「えっと……まず魔力は割と考えました。でも1つ目の力の例として挙げられた武器。それが魔法とは別個の例みたく挙げられていたのと、2つ目では鎧や盾が例に挙がっていて…………だからもしかして魔力だと答えからは遠ざかるんじゃないかと。きっとそれは引っ掛けだろうなって。それで色々考え直したんだけど、そもそも3つ目の力だけ自分で気付くべきと言われて、急に考えるよう言われたのが引っ掛かり……」


 だから正解かは疑問だったけど、考える力……知力とか思考力みたいなのが必要だから気付け。そういうことだから、これが答えで理由だとケイスケさんは言った。そうして答えを導く過程を述べ切ったあと、ザガムはニコリと微笑む。


「なかなか良い思考でした。お見事と言わせてもらいます」


 あのザガムが両手を叩いてパチパチと褒め称える。

 そんなリアクションを取られると思わなかったらしきケイスケさんは、どう反応していいか分からずキョトンとし、だが反射的にお辞儀をしていた。私も彼が拍手して褒めるところを初めて見たので、嘘でしょ……と固まってしまっている。


(ええええええ! 考える力って……そういうこと? なんかしっくり……いや、分からなくもないけど……)


「敵を攻める力と身を守る力。それらを適切に扱う考える力。この3つの力が揃うことで、戦いを始めることも終わらせることも可能になる。ゆえにこの3つこそ必要であるという教えです。自らの運命を天に委ねることを良しとせぬなら、考え続けろという……ね。ケイスケさんは既に身を守るための力を、また考える力も備わっている様です。であるなら唯一欠けている攻める力。これを補った時、魔物と戦うことが出来るようになるでしょう」

「なら、俺は攻撃に使うための魔法を練習すればいいってことですか?」


 私が考え込んでいる間、自らに欠けているものが何かを掴んだケイスケさんが、ギュッと手を握りしめながら彼に確認した。対するザガムは首を縦に振る。


「そうですね。しかしそれは、身を守る力をしっかりと身に付けている場合の話です。時に、練習している魔法の成功率はそれぞれどのくらいです?」

「……シェルターと衝撃吸収のやつが50%くらいで、壁のやつが80%くらい」

「ふむ。ではシェルターと障壁系の魔法は一旦置いておき、衝撃吸収の魔法が100回中95回以上成功するように練習してください。攻撃用の魔法はそのあとです。……なんでとは言わせませんよ?」


 ザガムは手すりに手を添えながら、ケイスケさんの目を見つめる。


「仮に貴方の妹が、自分は大丈夫だから戦わせてくれとお願いしてきて、しかしその身を守るための魔法の成功率が良くて八割、低くて五割でした。万が一魔法が発動せず傷を負えば重傷以上。貴方はそんな実力の妹が戦うのを認められますか?」


 つまりは今のケイスケさんの立場にサヤがいたら戦わせられるかという問いかけ。

 私だったら認めないだろう。少なくとも避けられるのなら避けさせたいし、仕方なく戦う状況だとしても傍から離れたくない。一人でいるところを魔物に狙われてそこで防御魔法を発動し損ねたら……なんて、最悪のことを思い浮かべてしまう。そしてそれはケイスケさんも同じようだった。


「……認められない」

「でしょうね」


 サヤのことを気にかけているケイスケさんにしてみれば、そんな危ない真似認めることは出来ない。当然だろう。しかしそれによってケイスケさんは、自分は一人で戦うだけの水準に至ってないと認めることとなる。


 俯いてしまう彼の隣に立つと、ザガムはその肩へ手を乗せる。


「そんな実力の貴方が出られたところで、同じように思われるだけです。戦える実力のある方からすれば、防御すら満足でない今のケイスケさんより、サヤさん、ツカサさんの方が安定して戦える。そう考えるのは自然としたものですから」


 下手に前に出てもせいぜい味方の動きを制限、良くて完全に放置の遊軍扱いしか出来ないでしょうと、言外に今の彼では邪魔になると伝えながら、無理な理由を並べていた。


「…………」


 ケイスケさんが、堪えるように歯噛みし出す。私は彼の心を読もうとしなかったので、ケイスケさんが感情に飲まれないよう我慢し、腕から力んだ様子がなくなるまで堪えたことしか分からなかった。無力な自分を悔しく思ってか、それとも役立たないと言われたのに苛立ちを覚えてか。


「……どれくらいで、俺はそれをものに出来るでしょうか」

「それ一本を練習した上、私などに指導を受けながらで一週間。現状の見積もりではそれくらいかと」

「一週間、か」


 岸に見える魔物の方へ頭を向ける。そしてケイスケさんはザガムの方へ向き直り、頭を下げ懇願した。


「一日でも早く戦えるよう、俺に教えてください」

「……貴方が家族やその大切な方を守りたいと思う気持ちは理解していますが、サヤさんやツカサさんはマジックネイティブで、物を覚える早さに恵まれている。そのことは前にも説明したでしょう。無理に急ぐ必要は」

「それはもう、十分なくらい分かっています」


 言われるまでもないと食い気味に、けれど否定ではなく肯定する。


「昔からサヤ(あいつ)は俺より何でも要領よくやれていたし、何度も違いを感じてきた。俺が逆立ちしても勝てる部分はない。そんなの、もうとっくに分かってるんだ。嫌なほど、自分が嫌いになるくらいには」


(ケイスケさん……?)


 その時の彼の言っていることが、彼の表情に陰がかかっているように見えて、私の中で印象に残った。

 彼の気持ちが固いことを感じたザガムは、物思いに耽るように遠くの風景へ目を映す。


「いくら焦ったところで、今出来ること以上のことは出来ませんよ」

「………………分かっています」

「私に言われたことを守れないのなら、教えることはありません。いいですね?」

「構いません」

「では始めましょう。まずは体を痛めないよう準備運動から」


 そうして二人は、私がいることも知らないまま練習を始めた。デッキの上に立ち、ザガムが放つ魔法をケイスケさんが魔法で防御するのを繰り返す。私はそっと、邪魔にならないようその場を離れた。





 私は船の中に戻るとサヤを探す。寝る部屋にはいなかったので隈なく歩き回り、すれ違う人や残っていたスタッフにも聞いていって、色々移動している間にサヤは戻っていたらしく、とんだ無駄足だ。

 部屋でベッドに横になっていたサヤと再会すると、待っていれば良かったという気持ちが押し寄せてきた。


「ちょっと昼食取りに行ったり、船にいる人へ話を聞きに行ってただけよ。何か用があったの?」


 どこへ行ってたのと聞かれ答えたサヤは、体を起こしながら逆に何か聞きたいことがあったんじゃと聞き返す。なので私は躊躇いつつも口にしていく。


「……ちょっと、聞いてもいいか分からないんだけど。サヤってさ、ケイスケさんとは昔どんな感じだったの? その、仲が良い悪いとか」

「兄さんと? そうね、昔の仲は悪くなかったと思っているわよ。理不尽なことされたとか変に扱われたとかそんなことないし、プリンだってまるまる一個くれたこともあるもの」

「仲が良いの基準それでいいの……?」


 色々と突っ込みたい返答であったが、特別気にしているとか話したくないといった様子ではなさそうで、一つ安心する。サヤは高校の頃から自分の家庭のことをあまり話したがらなかった。なのでずっと気を遣い、自分から話そうとしない限りは聞かないつもりでいたから。だからこうして確認しつつ質問し、兄さんのことについては聞いても良さそうだと判断出来て私は話を進められる。


「まあいいや。その、ケイスケさんってさ、昔何かあったりしたのかな」

「何かって、例えば何?」

「えっと……」


 持っていきたい話への上手い持って行き方が思いつかず、四苦八苦考える。そういった私の様子から聞きたいことがあると察したサヤが目を細める。


「ツカサ。兄さんのこと知りたいっていうなら普通に教えてあげるから、素直にストレートに聞きなさい」

「ほ、ほんとに? いいの?」

「別にいいわよ。私だってツカサが学校でよく弟君の話をしていた時、聞きまくったでしょ? 何か兄さんのことで昔あったことが知りたいのよね」

「う、うん」


 そういえばそんなこともあったなと思い出したので、割とすんなり受け入れられた。そして今一度聞きたいことを整理し、私はサヤに尋ねる。


「サヤを探すまでの間、私は屋上にいたの。そこでケイスケさんとザガムさんが話をしてたんだ。その時に話していることを聞いてて……気になったことがあって。たまたま、耳にしただけなんだけど」


 私はそこで聞いていた会話の内容をサヤに伝え、そしてケイスケさんが口にした言葉で気になった部分を伝えた。内容を次第に理解してきたサヤは静かにこちらの話を聞いている。全てを聞き終えた時には、別の意味で静かになっていた。


「……まだ気にしているのね、あのこと」


 そしてサヤは、ケイスケさんがなぜ自分自身を嫌悪するような発言をしたのか、心当たりがあるように呟いた。

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