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健康診断

 魔力嵐に続く大規模災害より逃れ、海を進む船。その船の名は本月晶。2度の魔力災害から偶然を重ね無事である、幸運に恵まれた船だ。


 台風を超える巨大な嵐の接近を報され、安全な海域まで避難したこの船は、遠い海上で孤独に耐え抜いたあと、自らの帰るべき母港へと戻った。こうして1度目の災害を回避した船であるが、そこで待っていたのは、嵐によって廃墟のように変わり果ててしまった港と街と、人が殆どいなくなった陸地。


 碌な補給も受けることが出来ず、給油設備すら壊れてしまった港の中、本月晶は一月以上の時を過ごし、急速に成長する樹木や植物を見ながら係留され続けていた。このまま動くことも出来ず朽ちていくのかと思われた矢先、船を求めて私達がやってくる。


 傷らしい傷はないが燃料不足で動けない。そんな船を動かすべく、用意した魔法具をイグノーツが取り付けた。こうして再び海へと出ることが可能になった船は、2度目の災害をも回避する。そして今、2度の災害から逃れた船は沿岸を遠くからなぞるように移動していた。


 もしかしたらいるかもしれない生存者を探すために。

 まだ機能しているかもしれない街や施設を見つけるために。


「しばらくは船の上で過ごす生活になりそうね」


 船の一室の中。窓より見える景色に目をやり、呟くのはサヤ。窓の向こうには、百メートル以上の巨大樹がどこまでも乱立する陸がある。その下には僅かに残る文明の跡。一軒家と同等の大きさの雑草がところ狭しと地面を覆う。何も知らずに見れば、まるで私たちが小さくなってしまったかのように思っただろう。そう感じさせるほど非現実的なものが広がっていた。当然ながら、そんなところに人の姿は見当たらない。


(無事な人、いるかな……)


 災害再現機能で体験した身にとって、あれを生き延びるにはどれほどの幸運があれば可能なのか。体験した上でなお具体的には分からない。全滅していないことを祈りつつ、同じ窓より外を見ながら口を開いた。


「これからどこに行くんだろう……私達」

「船の進路については、時計回りに日本を回って行くらしいわ。ここから一度東京へ行って中部、近畿、四国、九州、中国地方って感じで、最終的に函館あたりを目指すみたい。各地で可能な限り情報を集めて、状況の把握をするつもりなんでしょう」

「生存者がいたら、何か聞けるかもしれないね」

「…………そうね」


 分かっている。あれを生き延びている可能性は低いことなど。本当は理解している。でも、そうでない可能性もあるはずだ。だからサヤが頷いてくれたとき心のどこかでホッとした。


 私は窓から離れてベッドに座り、ぐるっと室内を見回す。12個あるうち上から6つ目にあたる階層(デッキ)の、二人用の客室。乗船することになった私達が正式に許可を得たあと寝泊まりすることに決めた場所は、二人だと少し狭く感じられる。ツインベッドが結構な広さを占有しているのと、部屋が細長いの、そして入り口あたりに水回りの設備が付いていてそこがドアと壁で仕切られているからか。


(もっといい部屋にしとけば良かったかなあ)


 豪華客船と言っても差し支えないこの船には客室が7種ある。その内私達が泊まっているのは一番普通なところで、ビジネスホテルの一室に近く、広さでランク付けするなら一番下だ。2つ上の階にはここより倍以上、4倍の面積もある客室だってある。まあそれは一番良い部屋だから例外みたいなものだけど。


「ツカサ、落ち着かないなら良い部屋に変えてもらう? 一番とかそれくらい良い部屋は無理でも、真ん中くらいなら話せば通ると思うわよ」


 私が室内を見回しているのでここだとリラックス出来ないのではと思ったのか、部屋を変えないかとサヤは提案する。しかし私は首を横に振った。


「あんまり良い部屋でも慣れたらあとが大変だと思うから、ここで良いよ。それに、少し前までに比べれば全然マシでしょ。だから大丈夫」

「……無理してない?」


 ちょっと前の、つい昨日までに比べれば。私が口にした言葉を聞いたサヤは心配するような声で尋ねる。


「心配し過ぎだよ。なんとか助けられたらって思ってはいたけど、どうしようもなかったし。サヤも言ってたじゃん、仕方ないって。ね?」

「……? 私は言って………………そうね。そう言ったわ」


 サヤは口篭ったかと思えば、改めて頷いて見せた。そんな動きに妙だなと思う私であるが、それについて考えようとする直前、全身が重い感じの疲れた感覚に襲われた。


(なんか、頭が働かない……)


 疲れているのだと考えるのが自然であるが、現在の時刻は10時かそこら。起きてまだそれほど経過してない、夕方にすらなってないのに、丸一日働いて家に帰ったあとのような疲労感。なぜだろうと私は不思議に思うけれど、上体を起こすのも面倒に感じ始めるとベッドに横になる。すると全身を支える力が抜け、自然と瞼が下がり出した。ああ、眠い。


「……ごめんサヤ、ちょっと寝るね。なんだか眠たい」

「え、まだ午前よ?」


 眠気を感じるには早すぎると困惑している様子。それには私も同じ意見であったが、体は起きているのがしんどいと言っており、私の意識すら奪いにかかる。抵抗する気力も出ない。こうして私は昼を迎える前だというのに、夢の中に沈んでいった。


 結論から述べると、私は体調を崩したらしい。

 避難生活が長期化していることによる精神への負担。自分よりも何倍も体躯のある魔物を相手に何度も命懸けの戦いをしたこと。それらによって受けていたストレスが蓄積し、睡眠をとっても解消しきれない疲労が肉体へ溜まって、症状して感じるほどになった。私はそれをこのあと、白衣を着た女性より聞かされる。


「あ、起きましたね」


 ベッドの上。眠った時と同じ場所で目を覚ました私は、知らない声を耳にした。ベッドの横から聞こえたので顔を向けると、20代半ば程と思われる女性が立ち、こちらを見ている。


(医者……?)


 声を知らなければ顔も知らない人だったが、真っ白で清潔感のある白いコートを羽織り、聴診器を首にかけていたことから、医者だろうと予想する。なぜ医者がこんなところに。そういった疑問を感じつつも、私は尋ねることにした。


「えっと、貴方は……?」

「医者のラシェルです。貴方の知り合いに診てほしいと頼まれ診察をしました」


(ラシェル?)


 後ろへ一房に束ねられた髪を揺らし、その相手を示唆するようにラシェルが振り向く。その視線の先には見守るようにサヤが立っていた。


「勝手なことをしてごめん。でも、気になったから」


 私と目が合ったサヤは、こちらから聞く前に自分がこの人を招いたのだと伝えてきた。このお医者さんは急に眠った私の様子を診てもらうため、わざわざ連れてきたのか。なるほどとここにいる理由に納得する反面、心配するほどのことではないのにと少し呆れる。


「すみません。診てもらうためにわざわざ部屋まで来てもらうなんて……」

「気にしなくて大丈夫ですよ。それに貴方のことは色々と少し気になってましたし」

「私のこと?」

「ええ。さて…………」


 ラシェルは机の方に歩いて行くと、そこに置いてあるクリップボードを手に持ち、私の横に立った。


「診させてもらった結果を伝えますが、良いですか」

「あ、はい。どうぞ……」

「ではまず、検査した結果から伝えましょう。ツカサさんの体にこれといった問題は確認されませんでした。脳波、血圧、脈拍、心拍数などの数値は全て正常。骨にも骨折やひび割れなどは見られず、内臓も健康そのものですね。何かの病気が潜んでいたとか、そういう心配はありません」


 これだけ若ければそうそうないと思うけれど。そうラシェルは言い終え、にこりと笑う。こちらを自然と微笑ませるような笑顔で。私は笑顔を作って返したが、寝起きだしいきなりだしで頭が追いついていない。


「で、急に眠くなった原因についてですが、考えられる原因としては……過労ですね」

「過労、ですか? あの私、そんなになるまで無茶した覚えはないんですけど……」


 これでも4年くらいは一人で体調管理をしてきた自負があるため、自分の肉体が過労状態に陥っているなど思いもしない。ましてそう言われたところでピンと来なかったので思わず聞き返すと、そうよとラシェルは首を縦に振った。


「徹夜を繰り返したり倒れるまで働き続けると過労ってイメージがあるかもしれませんが、健康を維持出来ないほど心身を使うことは十分に過労と言えます。ここ数日間どんな風に生活していたか覚えてますか?」

「それはまあ…………。でも、本当に過労なんですか? 私がしていたことって魔法を使っての作業ばかりで、1日の間動いていた時間も半日は行かないと思うんです。なのにですか?」


 していたことの内訳は魔物退治、異常成長する植物の除去、魔法具の故障への対応などなど。合間合間にきちんと休憩も取っていたし、毎日夜はしっかり眠っていた。にわかには信じられない。そういう意見を表に出す。


「それに、こういうのを言うのはなんですけど……こちらに来たもらったということは診察はこの部屋の中でしたんですよね? 骨とか内臓って普通、診察するための専用の設備とかがないと厳しいんじゃ……」


 普通に考えて、骨が折れてるかどうかを確認するにはレントゲン撮影が必要になるはずだ。それに内臓のことを隈なく検査するならCT検査。血液を調べるのだって採血が必要になる。だが私がいる室内にはそれらしい設備も道具も見当たらない。どうやって検査したのか疑問を感じる私。するとラシェルは少し間を置いてから「そうですね」と頷いた。


「疑問に思うのも当然ですね。ここには病院に置かれてあるような大きな機械はありませんし、血液検査はともかくレントゲンや内臓のことなどを調べるには難しい。あなたの考えていることはそういうことだと思います。ただ、何事にも例外というのはあります。貴方のように異世界の人と関わりを持つのなら尚のこと、例外が答えになることもあるんですよ」


 ラシェルは、私から出た言葉の一つ一つを肯定しながら、しかし淀むことのない声で全ての疑問に答えていく。そして段々と私に対し、その正体を明かしていく。


「それって…………じゃあ、貴方は!」


 彼女の言葉を受け、少しずつ強まっていく想像に、ラシェルはまたにこりと微笑むと、全てを言う。


「改めて自己紹介します。私はラシェル。ラシェル(Rachel)セレ(Sele)ドローネー(Delaunay)。あの本に保存されている意識データの一人よ」

「イグノーツの……!」


 上半身を起こしながら、食い入るような目で見つめる。そうだ思い出した。ラシェルという名前を聞いてどこか引っ掛かるものを覚えていたけれど、ツェレンが言っていたもう一つの家族、その中の一人がラシェルという名前だった。つまりこの人はツェレンやアーノルドと知り合いであり、イグノーツの一人。


「貴方の身体については医療用に使える魔法や魔法具、それと収集録(これ)の機能を使って身体の隅々までデータを取らせてもらいました。機械を使ったものも出来るけれど、この船にはそこまでの設備はないみたいだから、だったらそうするしかないということで。納得してもらえたかしら?」

「は、はい。それは勿論」


 彼女が右手の方に浮かせている本、それに加えてラシェルがイグノーツであるという点から、嬉しくない慣れだが納得するしかなかった。でもなぜ機能しているのだろう。今は所有者が使える状態ではないはずなのに。

 そんな思考をこちらが巡らしている最中、ラシェルは私との相互理解が得られたと思い満足だったのか、機嫌を良くした風に微笑みを浮かべた。


「でもそれだとなんで過労と診断したのかまでは頷けないわよね。これについては今から説明するけど、過労の原因はツカサさんの魔力状態にあります」

「私の魔力に……原因が?」

「これを見ながら話しましょう」


 手渡されたクリップボードに留められた紙を見つめる。そこには私の診察時に取られたであろうデータが各欄に記入されていて、具体的には何を指すか分からない項目・数値も載ってあった。どこを見ればいいのやら。そう思っているとラシェルが「そこの体内魔力の項目を見て」と言い、見るべき項目を教えてくれる。


「ツカサさんの体内魔力は殆どがM系魔力(マナ)とそれを変換して作られたO系魔力(オド)の2種類で構成されているけど、M系魔力の方が活性率81、O系魔力の方が64まで低下しているの。普通の人はここの数値が80から100の間にあるのだけど、それが下がっているようね」

「どうして下がっているんですか?」

「一般的には、短期間における魔法の使い過ぎなどで魔力の消耗が回復を上回ったり、回復に必要な魔力を補充出来ない環境に居続けると下がると言われています。ツカサさんの場合は魔力が消耗を回復する速度より使用する速度が上回って、一時的に活性率が下がったのでしょう。人に置き換えるなら魔力が過労で倒れかけている状態ね」


 過労で倒れかける魔力とはなんだ。魔力に過労なんて概念があるのか?

 というか魔力の過労状態がなぜ私の過労に繋がる。私はその言葉を聞いたときポカンとし、けれど話を聞くため脇に置いておく。


「どうしてそうなるのか分からないって顔ね。それはね、貴方の身体が存分にオドの恩恵を受けているからよ」


 それからラシェルが言ったことを、私は頭の中でまとめた。


 オドは自分を生み出した生物の意思に従う性質があって、自分の主人の体を強く、健やかでいられるよう努めてくれる。筋肉を強く太くしたり、全身に溜まる疲労を抜けやすくしたり、色んな病気の源を体内で分解や退治してくれたり。頭を良くする効果もあるらしい。まるでマジックネイティブの特徴だ。


 そんな恩恵を与えるオドだが、様々な理由によって活性率が低下……力を発揮出来なくなると、恩恵に慣れきった体が問題を起こす。いつもの調子で体を動かし、いつもの調子で疲れを溜めてしまうのだ。オドの支えありで成り立っていた生活が、オドなしでやろうとすればどうなるか、想像するのは難しくない。体調の変化に気付ければ休むだろうが、そうでなければ倒れるまで動いてしまうだろう。


 そこでオドは、自身の主人の健康を守るため、活性率が普段と同じくらいに戻るまで、無理させないようにと強烈な眠気を感じさせることで、休息と睡眠を促すのだ。その結果、倒れるように眠る。私の体に起こったのはそういうことだと、ラシェルは言った。


 ラシェルの説明を受けた私は、その内容に理解が追いつかず、口を半開きにしたまま思考の世界に耽ってしまう。嘘だと断じればそれまでな説明。でも私には過去の経験で身に覚えのある体験がいくつかあり、どうしても気になる。


(魔法士になる前、合格基準に届くために何度も魔法の練習をしていた頃、急な眠気に練習を中断しなくちゃならなかった日が数回あった。魔法の発動し過ぎで疲れたにしても不思議だなって思ってたけど……)


「その、ラシェルさん。もしオドの活性率が低下したら、回復を待つしかないんですか? 私の方でも出来ることとかは何かないんでしょうか?」

「オドの回復を手助けする方法? 悪いけれど聞いたことはないかな。オドの活性率を下げないようにするには疲れさせない、具体的には魔法を使わないことが一番効果があるの。特定の食べ物を摂れば回復が早まるとか月の光を浴びると良いみたいな民間療法もあるけど、それにはちゃんとしたデータはないし。あ、でも適度な食事に運動や睡眠を取るのは大事よ。体が健全なほどオドにとって少ない負担で健康を守れるわけだからね」


 健康であることがオドにとって一番いいからとラシェルに言われ、今出来そうなのは適切な運動と睡眠くらいか、と考える。食事は贅沢に選べるような状況が過去であるし、栄養が満足に摂れなくても諦めるしかない。必須栄養素とか生きるのに欠かせないものを取れていれば問題ないと思うしかなかった。


 当面においてオドの活性率を回復すべく出来ることを確認した私は、ラシェルの方とサヤの方を交互に見ると、ラシェルに一つ頼みをする。


「あの、良かったらサヤとケイスケさんのことも診てもらえませんか。私のことは大丈夫だと分かりましたけど、2人のことが大丈夫かも気になるので。ところで診察の費用とかって……」

「私はもう死んでるし、費用は別にいらないわ。でもやり方の都合上信じてもらいにくいかもしれないわよ。それと訴えられても困るかしら」

「大丈夫です。サヤとケイスケさんはイグノーツのことをある程度知ってますし、そういったことをしたりしません。ね、サヤ?」

「ええ、もちろん。兄さんもこの状況でそんなことをする人じゃないわ」


 確認を求められ、同意を示すサヤ。それにラシェルは考える素振りを挟んだ後、ならいいかと私の方へ向き直る。


「なら大丈夫そうね。本音を言うと私の素性を聞かれたら内緒に出来る人が理想なんだけど、その点でも信用していいのかしら?」

「サヤは私の親友です。どうかそれで信じてください」

「ふふ、何かあったら貴方が責任を取るってことね」


 私の顔を見て妖艶な表情を浮かべたラシェルは、そっと指を伸ばし私の頬を撫でる。

 するとさっきまで様子を見るだけだったサヤが目を見開き、早足で私達の間に入ってきて、その手を払った。


「私がやらかしたことの責任は私が取ります。だからツカサを巻き込まないで」

「安心しなさい、確認しただけだから。貴方達がどういった関係なのか、お互いをどう思っているかをね」


 目に力を込めて見つめるサヤ。余裕すら感じられる落ち着きでサヤを見返すラシェル。2人は暫くお互いを見つめ合い、やがて空気を変えようとしたラシェルが口を開く。


「そもそもサヤさんがどう思っているかなんて最初の行動で示していた訳だし、確認したかったのはツカサさんの方だったから、これで十分知りたいことは知られた。さて、サヤさんの診察をしましょうか」

「…………一体、何のために確認を?」


 なぜそんな確認をしたのか。そういう意味で私が質問すると、


「強いて言えば、あの病から彼女を救ったのがどんな子か、直接知りたくなったから」


 などと意味不明なことを答え、ラシェルはサヤの診察を始めた。

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