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イグノーツ・ステラトス

「はい。私の名前はイグノーツ・ステラトス。異世界災害収集録の著者であり、貴方が最近手に取った本の本来の持ち主です。はじめまして、ツカサさん」


 にこやかに笑いながら自己紹介を交えると、その男……イグノーツ・ステラトスは改めて私のことをじっと見た。

 ……私、名乗ったっけ? いや、そんなことは記憶にないと身構える。


「一体何の用? まさか本を返してくれって?」

「いえ、本は貴方に差し上げますよ。元よりそのつもりで書いたので」

「いらないんだけど!?」


 あの本何度捨てても戻ってくるし、傷つかないしで破棄も破壊も出来ない。保存媒体としては極めて優れているが、ここまで捨てられないのはどうなんだ。作った人が目の前にいるというのなら、この際聞いてみるか。


「というかあれ、何で手放すことが出来ないの!? 誰かに譲ることも出来ないなら捨てることも失くすことも出来ないし!」

「大事なものですからね。簡単に失われてしまっては大変でしょう? どれだけ杜撰に扱われようと質が落ちない、落とせない。そういうものを目指して作りましたので」


 なんていらない気遣いだ。これが普通の本なら有り難かったかもだが、普通どころか異常なので逆に困る代物と化しているのに。

 イグノーツが愛を語るように本の制作逸話を語ったので、思わずうげえとなった。


「私の本は如何でしたか?」

「星1です」

「1等星並みとは、高い評価ありがとうございます」

「ダメ出ししてるのよ!!」


 私がそう告げると、イグノーツはしょぼくれた顔をした。なんで残念そうなんだ。技術点は認めるけどあんなの総合評価で減点だよ。客観的に見てみなさいって。


「というか、イグノーツさん。貴方生きているの?」

「いえ、私はとっくに亡くなっていますよ。今ツカサさんの前にいるのは、本の中に収めている複製意識です」


 イグノーツが言うには、この本を完成させるまでに様々な機能が付け足しており、その中の一つにある人格の記憶保存を使って自分の思考を残しているらしい。つまりあれか、自我のある本。


「どちらかと言うと自我を保存している本ですね。本そのものに主体的な意識はありませんが、本の中には一定の主体性を持つ意識が保存されている、という」


 はい、そういうことだそうです。心を読んでくれるから聞くまでもないって便利だなー、ベンリダナー。はーい皆さん拍手ー。わーパチパチー……。


 ……などと思っていれば流石にバカにしているのが伝わっただろうけど、


「本は返してもらわなくて結構ですよ」


 このくらいのことじゃあ考え直してもらうのは無理か、チッ。


「話は変わりますが、外では魔力嵐が近づいてきているようですね。大丈夫ですか?」

「知ってるのね……でもやっぱり、あれは魔力嵐なの」

「どこからどう見ても魔力嵐です。寧ろ他の何なら説明が可能だと思いますか?」


 どういう方法かは知らないが、このイグノーツ・ステラトスの複製された意識は本の外のことを知っている様子。さっき言っていた本に付け足した機能を使っているのだろう。私の名前もどこかで聞いたのかも。


 しかし、魔力嵐であるかもしれないという可能性が、イグノーツの言葉によって魔力嵐だとほぼ確定したのは大きな変化だ。私はあくまで魔力嵐という現象を本の力で見せられただけで、実物を見た訳ではない。例え本物だったとしても、あれがそうだと断言するには経験が足りなかったから、より詳しい人が保証してくれると、すんなり受け入れやすい。


 まあ、イグノーツが適当なことを言っている可能性もなくはないけど、その可能性は今は置いとく。


「一応停電とか万一の時に備えて買い物はしといたから。水と食料には当分困らないわ」

「水と食料は大事ですね。人が生きていく上で必要不可欠なものですから。他には何か対策をしていますか」

「自家用発電機とか、医療用キットとか、あと緊急時の現金に、色々……」

「それだけで魔力嵐に対応するつもりと?」


 どうやらイグノーツは私のしている対処に不服があるようだ。

 何がいけない、と言われてもこれが今出来る範囲のことなんだけど。これ以上どうしろと言うの?


「これ以上出来ることがないと言いたいのでしょう? けれど魔力嵐の規模は台風と同等かそれ以上のものであり、その風速はカテゴリー5の一番上を取れますよ」

「か、カテゴリー5……ってそれハリケーンの区分でしょ。ここは日本なんだから台風で言ってよ!」

「しょうがないですね……一番強い台風の中でも抜きん出て強い台風以上になります」


 こんがらがりそうな説明の仕方だな……。


「要するに、台風よりもずっと強いってこと? でもそんなことあり得るの? 魔力嵐が気圧じゃなくて魔力圧の影響を受けているのだとしても、気圧とか気流の影響がないなんてことはないでしょうに」

「その程度では全開の魔力嵐には大した影響を与えません」


 イグノーツはそう言って、私と自身の間に体の半分くらいある大きさの球体を出した。

 なんだこれ、と宙に浮くそれを眺めると、球体上に細かい凸凹が出てきて、私のよく知る地球の形へ変わった。


「え?」


 見ていてください、とイグノーツが喋った直後、球体の中に激しく流れるものと、そこから噴出するように外へ伸びていく光の飛沫が目に映った。


「これは『地殻嵐』という現象です。地下の地下、星の深奥で発生している魔力の奔流で、常にここでは魔力が撹乱されて圧力変動を繰り返し、途切れることはまずありません。しかし時折それが収まり、一時的に魔力圧が変動しない領域が発生することがあります。そういうのはまず起こりませんし、起こってもすぐに潰れてなくなるのですが、それがたまに地表まで逃げてくると『魔力嵐』になるのです」


 私の目の前で、そのシミュレーションのようなものが実演される。地殻深くで発生した黒いスポット——魔力圧の変動しない領域と思われる場所——が生まれると、それが地殻より追い出されるように上へ上へと昇っていく。そうして地表まで来ると、イグノーツがその部分を手でズームしてくれた。


 地表まで追い出された黒いスポットは魔力圧がほとんど変わらない。魔力には周囲の魔力圧が変わらないとそれを変えようとエネルギーを発生させる作用がある。


「地下にある時はM系魔力も高密度で圧力が丁度いいのか大きくなっても意外と平気なんですけどね。地表まで来ると解放されて反応が一気に進むんですよ」


 すぐに潰れてなくなるのか意外と平気なのかどっちだ。どうも複雑怪奇な仕組みが地殻の中で起こっているようだが私にはわからない。

 地表に現れたそれは、一気に大量のエネルギーを放つ暴風源へと変わった。


「前兆として海流にも影響があったはずです。こうなると魔力にとって安定した状態になるまでエネルギーを消費し続け、一定以下になるまで収まりません。原理が台風と違いますから地上に上陸しようと発達を続けますし、それまでは地表を陸海問わずに洗うでしょうねえ」


 そうして黒いスポットは暴風を伴いながら、球体の表面を動き出す。今世界を騒がせている魔力嵐と同じルートなのはわざとだろう。しかもまだ通過していない日本をキッチリ通っていくとこまでやっている。


 しかし、これだけ変動のない魔力の塊があるというのに、魔法が起こらないものなのだろうか? いや、魔力嵐自体が一種の魔法でそれが起きている最中なのかな? 結局どっちだろう。


「……どうすればいいの?」

「魔力嵐の原因である領域がなくなれば、気流に揉まれてなくなります。地下シェルターがあればそこへ逃げてください」

「日本に地下シェルターなんて殆どないわよ! 普通の家じゃダメなの!?」

「無駄ですね。相手は地殻から来た災害ですよ、噴火を相手にするくらいのつもりで逃げないと、命はありません。お分かりですか?」


 凄むように言い放つイグノーツの姿勢。それに口淀んで、言い返すことが出来ない私。

 これがただの嘘つきの言葉ならまだ良かった。そっちの方が希望が持てた。イグノーツのことだ、自分を疑うくらいならば自分の心を読めばいいと言ってくる気がする。この人は自分の思考を他人に見られることを前提に考えるべきと、平然と言い放つ人。


「疑うならば、どうぞ」


 だったら知っているはずだ。心を読むというのは、相手の感情も直接知覚するということを。嘘をついていれば内心の感情の膨らみ方で見抜くことが可能だと。

 どんなに上手く言動を偽装出来る人でも、自分の感情まで騙せる人はそうそういない。なぜならその行為をするとき、その中に必ず「騙す」という目的意識が混ざり込んで、上部と本心の間に溝が生まれるからだ。1級魔法士は限りなく高い精度でそれを感知出来る。ゆえに1級魔法士は恐ろしいとも、魔法士を知るものは語る。


 もし、イグノーツの心を見てそれを感じ取れなかったら?

 それはほぼ間違いなくイグノーツが本心から言っているのだということになる。私が彼の嘘を見抜けないか、彼が“そうそういない”側の人でもなければ。


 つまるところ、この人相手にやってもやらなくても信用出来るかどうかは大して変わらない。重要なのは、彼の話を聞いた上で今のままでいるか、より安全性の高い場所へ避難するべきか。

 その点で考えるなら、私はこうする以外ない。


「……本の機能に、シェルターの代わりになるようなものはない?」

「ありません。が、魔法でシェルターを作ることは出来ますよ」


 ()()()ではポピュラーな魔法でした、とイグノーツは語る。やはり、他所の世界のことについて並々ならぬ知識があるらしい。それでいてこの世界では知られていないような魔法も、当然の如く知っていると見るべき。


「それを教えてもらえる?」

「ええどうぞ。シェルターの魔法は隔壁の安定性を保つのに集中力が要りますから、出来るだけ魔力は大量に使って壁は厚めにした方がいいですよ。魔力が少ないと壁が薄く割れやすいので」


 丁寧に注意事項を述べてくれたあと、魔法発動のための模様である『魔法紋』をくれた。

 え、魔法紋までもらっていいの? これがあると魔法具に出来て魔法士でなくとも使えるようになるから凄く助かるんだけど。


 私がジッと目で問うと、イグノーツはニコッと微笑んだ。本当にいいのか。

 その後彼がスッと指を差した先に出口のような場所が現れる。ここから出るためのゲートみたい。意外と良い人?


「ありがとうイグノーツさん」

「いえいえ、それより急いだ方がいいですよ」


 急ぐ? まだ時間的には2日くらいは大丈夫だから、この魔法があれば大丈夫だと思うけど。


「魔力嵐はまだ中国の遥か上空ですが、それが力尽きるときは地表スレスレにまで落ちてくるので、()()()が一番キツいらしいですよ? 私の予測だと日本近海で落ちて地殻の中へ再度潜っていきそうなので、周囲はそれはもう酷いことに……」


 私は最後まで聞き終わる前に急いで出口へと向かった。


 そういうのはもっと早く言えーーっ!!

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