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本を手に取る

「なんだこれ」


 本を整理している時に見つけた、見たことのない本。



 それは私ことツカサが実家に帰省した時のことだ。

 祖父の訃報を知らされて、急ぎ家に帰ってくるように父から伝えられ、とにかく出来る限りの速い移動手段と経済性の良い乗りもので遥々戻ってきた私。


 祖父の遺品整理のためか家内は色々と騒がしく、私もその手伝いをさせられることになった。


「けどびっくりだよ。前に見た時は全然元気そうだったのに」

「前に見たのって5年前だろ。いつの話だよ」


 作業の傍ら、弟と一緒に部屋から品々を運び出すついでにこれまでの祖父との思い出を振り返る。

 でも大したことは覚えていない。長年の記憶の積み重ねの中に初期のものは薄れていき、ちょっとしたエピソード記憶すら形骸化していた。

 残っているのは、何かと気前の良い性格だったという点と、よく自然の怖さを語っていたということくらい。

 私が高校に進学してからは会っていなかったが、たまには戻ってこいよと最後に言っていた。


 それが今から5年前に聞いた言葉。


「よし、大分片付いたな。姉ちゃんは少し休んででよ」

「お、なんだなんだ。気を遣ってるつもりか弟よ? 私はまだ行けちゃうぞー」

「別に遣ってないよ。姉ちゃんあっち行く前と比べて体力落ちてるし、普通に疲れてるなって思った——」

「誰の体力が落ちてるって〜?」


 弟の生意気な言葉に私はまだまだ元気なところを見せつける。

 具体的には弟が荷物を下ろした直後に魔法で拘束をかけ、技をかけられたみたいなポーズをさせた。

 魔法陣的なやつから出た触手に袈裟固めをされていると言えば、大体伝わるだろう。


「あああああああ!? 魔力の話じゃなくて体力の話だって姉ちゃん!!」

「体力がないと魔力があっても魔法でバテるって知ってるでしょ? うふふ……」

「ああもう、分かったよ分かった!」


 納得して見せた弟は私の魔法を解き、いててと言いながら立ち上がる。


 弟も昔に比べて魔法の腕が上がったなあ。

 前なら解除するのに10秒くらい詠唱を掛けてたのに。


 久々に会って背も伸びているし、成長している姿をまざまざと見せつけられた私は、ほんのり寂しさを覚えた。


「高校での勉強は順調そうね」

「へへっ。魔法に関しては姉ちゃんが同じくらいの時より上だと思うよ」

「そう。でも生意気な口の治し方は勉強していないみたいね〜?」


 黒いオーラを出しながら弟に向かって微笑んだ。

 死と向かい合ってるような威圧感だと友達に言われたほどのオーラは、空想の魔物だろうと多分怯ませることが出来る私の使える魔法の一つで、本気で出した時は人に向かって使っちゃいけないレベルだと言われたこともある。

 今でこそこうして「人に向かっていいレベルに抑えて」使えるが、あまりの酷評に一時は結構落ち込み、努力して調整出来るようにしたのである。涙を流さずして語ることは出来ない時期だった。


「ね、姉ちゃん、向こうに行ってどんな魔法を覚えてきたのさ……」


 生まれたての子鹿の如くなっている弟を見て、回想に耽っていた意識が現実へと戻る。


「あーこれね、向こうに行ってからドス黒い感情の波に飲まれたことがあってちょっと……」

「“ちょっと”にちょっとを超える意味を含ませるなよ!?」

「あはは。でもこれで分かったでしょ?」


 私は黒いオーラをしまった。

 これ以上これを出しとく意味はないし、弟に己の考えを訂正させることに成功した以上、この魔法に用はない。

 実際、弟は反省した様子で謝ってきた。


「あー悪かったよ、ごめん姉ちゃん。でももうお姉ちゃんにやってもらうことないよ?」

「大分ってことはまだ一割くらいは残ってるんでしょ?」

「そうだけど、その一割は母さんがやる範囲だから」

「……母さんが?」


 私はそれを聞いた直後、弟のことを無視して駆け出した。


 祖父の部屋の前。


 既に使われていない祖父の部屋を掃除してしまいたいからと、母がそこから物を持ち出し、それを廊下の端に無造作に放り出すところと出くわす。

 見えるのは本の山。祖父が生前保管していた本達。


 ああやっぱり、やっぱりである。

 私は前にも似たような光景を見ていた。


 母は自分の興味のないものについては扱いが良くなく、それが誰のものか示されていないと1週間としないうちに家から消してしまう。


 誰かの所有物であるうちは大丈夫である。

 しかしそれが誰のものでもなくなると、新たな所有者が現れない限り全てのものはゴミとして処分されるのだ。

 それ自体は別に当たり前のことなのだろう。私も、要らなくなったものを捨てるなとは思わない。

 でも、それは私に取ってはいきなり捨てていいものではなかった。


 乱暴にドサっと置いたあと、母はふうと息を吐いて部屋の奥へ消える。

 長年積まれたまま動かされてなかったのか、辺りには本と一緒に埃も持ち出されていた。


「捨てるんならもらっても大丈夫、大丈夫だよね?」


 誰に聞いているのか、私は独り言のように繰り返し呟いた後、積まれた本の山を自分の部屋へと持っていった。


 祖父が部屋の中に仕舞っておいていた本。

 表面に残っている埃をパッパッと手で払い、内容を確認する。


「これは……保管決定。こっちはとりあえず保管。こっちは……私も持ってる本だからいいか」


 どうせ捨てられるなら、欲しい本だけは私の方で管理しよう。

 私の本好きな性格は祖父の影響といっても過言ではない。


 祖父は私以上に沢山の本を所蔵していて、多くは自分用に取っておいたまま誰の手にも触れさせてこなかった。


 気前の良い人柄だったし色々なわがままも大体は聞いてくれたほどの祖父であるが、その中で一度だけ、祖父の部屋にある本を読ませてという願いだけは、叶えてもらえなかった。

 当時の私がそこまで大切に扱えるほど大人でなかったせいかもしれない。ただ本が好きだったのには変わらなかったので、成長してからは祖父に頼らないで本を読んだり買ったりした。自分で手に入れたものなので自然と大切に扱うようにしていたが、それゆえに頼む事もなくなったから、言おうとも思わなくなっていた。


「あ、これ絶版のやつだ。別に読む気はないけど……ゴミとして捨てるのはなあ」


 欲しい人がいれば譲ってしまうのが一番だろう。

 でも私の交友関係の中にこういう絶版系が好きな人っていただろうか。


 とりあえず保留のスペースに本を置き、他の本を読みながら考えようかと、私は次のを手に取った。


 手に取ったのは一見して変哲のない本。

 しかし題名も書かれていなければ、中身も真っ白。


「……なんだこれ」


 瞬間感じた違和感。


 気のせいかと思った直後、私の中の魔力が本に吸われる感覚がして、本から火花が出た。


「っ! なに!?」


 ただの火花ではない。

 私から吸った魔力で生み出されたものだ。


 火花はバチリと走って、本の周りをグルグルと回り始める。

 すると本の表題がありそうなスペースに、細い線がいくつも現れ出す。


「異世……界……災害……収……集録?」


 そこまで文字が現れ、フッと火花が消えた。

 浮かび上がった文字を繋げて読む。

 異世界災害収集録。


「なにこれ……魔法でこうなっていたの?」


 本を開き直すと、さっき見た時は空白だったページに全て文章が入っており、鈍い光沢を放っていた。


 凄いと思うと同時に、文字がキラキラしてて読みにくい。

 読ませる気、ゼロだろ。しかもこの文字手書きじゃないか。

 今時活版印刷でない本は同人誌でさえ中々お目にかかれないが、字が踊っていて汚いものだから減点要素の方が優っている。


 加えて内容を示すタイトルがこれ。

 誰向けの本だよと突っ込みを入れたくなる。


 一体こんな本、祖父はどこで入手したのだ。


「……とりあえず、1ページくらい読んでみるか」


 興味本位だった。

 おそらく世界に二冊とないであろう本。

 くっそ読みにくいが、ここまでやられると逆に興味が湧く。


 手に取った本を持って机に向かい、椅子に腰掛ける。

 そして開いた本の文字に手を当てて、いざ読もうとした時——


「…………!?」


 私はどこか知らない、草原の中に立っていた。

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