(7)恭子と恭香
居酒屋「ピョンピョン」の開店前、スタッフルームの窓際近くで
マサルと店長が話をしている。
――店長、なんですか?用って…
――実は妻と子が家を出て行った。
――ええ?!どうして!
――君のせいだ。マサル…
――俺…?ですか?
――実は、僕は…僕は君を愛しているんだぁ。それが妻にばれたぁ。
――店長…俺も、店長が好きです!!
――マサル!
――店長ぉぉぉぉぉぉ~。
「・・・ちょっと富美ちゃん、ふ~み~ちゃ~ん」
雑誌を読んでいた美和が、マサルと店長をジーーッと見ている富美恵を揺すった。
「…ん?んぁ?美和ちゃん、なによ!今いいところなのに!」
富美恵は口を尖らした。
「あのさぁ、勝手に店長とマサルのアフレコすんのもいいんだけど、傍から見てると
やっぱすごく気味悪いよ…富美ちゃん。ブツブツ一人で言って…」
残念なことに美和は腐女子の気持ちをわかってくれない。
「あ~、やっぱいいわぁぁ、大人で、カッコイイ男同士…」
二人がテーブルでゴニョゴニョ言っているとマサルが戻ってきた。
「ねぇねぇ、店長となんの話ししてたのぉぉ?」
富美恵が目をギラギラさせて聞いてきた。
「な、なんだよ、富美ちゃん。気持ちわりーなぁ」
マサルは富美恵の目にビクついた。
「ねーねー、なんの話だった?愛の告白とか?店長の嫁さん家出したとか?」
富美恵は座っている椅子をズズーッと引きずりマサルに近寄った。
「ハァ?なんの話だよ、それ。店長にこれ貰ったんだよ」
マサルが見せたのは水族館のチケットだった。
「ええ?!店長と行くの?!ねーねー!」
「違うよ!彼女と行って来いって、くれたんだよ。なんで店長となんだよ…」
マサルは椅子を少しずらし富美恵から離れながら言った。
「なんだぁ、つまんな~い。マサルと女の人のツーショットなんてつまんな~い」
富美恵は椅子の背もたれに体を預けて頬を膨らましてマサルを睨んだ。
「なんで俺がおまえに睨まれなきゃなんねんだよ。ったく。醗酵体!」
「醗酵体じゃないっていってるでしょ!!腐よ!腐!!!」
プンプンしはじめた富美恵をほって置き、マサルは恭子にメールを入れた。
(次の休みいつ?水族館のただ券を貰った!)
丁度ロケ車の中にいた恭子はすぐに返信をし、
(日曜出勤だから15日の平日がお休みだけど、いい?)
二人は15日に水族館に行く約束をした。
メールを終えデートの日が決まり、ウキウキのマサルは美和の見ている雑誌を覗いた。
「女ってそういう雑誌好きだよなぁ、ファッション誌なぁ」
「マサルの彼女だって読んでるでしょ?こういうの」
美和は雑誌から目を離さずに言った。
「……えっ?!」
マサルはいきなり、美和の読んでいる雑誌を奪い取った。
「ちょ、ちょちーなにすんのよ、人が見てるのにぃ」
美和が取り返そうとしたが
「え、ええーーー!」
マサルが大きい声で雑誌を見ながら叫んだ。
「?」
「?」
美和と富美恵は顔を見合わせたあと、マサルを見た。
雑誌の中には坂井恭香の特集が組まれている。
「これ、これ…これって…」 マサルは眉間にしわを寄せ雑誌を見つづけた。
「ん?坂井恭香だよ?人気あんだよね、この女優さん」
「マサル知らないんでしょ?坂井恭香って」
美和と富美恵が言うと、
「美和、この雑誌、100円で売ってくれ!」
「ひゃ、100円って、これ500円もすんのよ!!やーよ。マサル自分で買いに行きなさいよ」
断られたが、
「じゃ!この雑誌、貸してくれ!」
「ぁあ?やーよ、さっき買ってきたばかりだもん」 また断られたが、
「じゃ、くれ!」 マサルは恭香の写真をみたまま言った。
「……」
美和はどっちみち貸しても返ってこないような気がして
「…ん、もぉーー。わかったわよ。あげるから!ちょっとだけ返してよ。
マサルが帰るとき持ってっていいからさぁー」
美和はそう言いマサルから雑誌を取り上げ、再び見始めた。
マサルが仕事を上がり、スタッフルームに戻るとテーブルの上には、先に仕事を
上がった美和から、
「付録の小冊子は持って帰るからね!これを見て少しはファッションのお勉強でも
してくれ! 美和」
と、メモ書きと共に雑誌が置いてあった。
マサルは美和に感謝しつつ雑誌を持って、いつも寄るコンビニでのエロ本の立ち読みもせず、真直ぐと急いでアパートに帰った。
部屋に入ると、上着も脱がず、コタツの上に雑誌をのせ、坂井恭香のページを開いた。
8ページの特集で「女優という仕事について」「恋愛について」などが書かれてあり、
「最近のマイブーム」の質問には、
(読書、ある人の小説を読んでいると、しあわせな気持ちになって、すぐに寝むれる…)
と書かれている。
マサルは恭子のプロフィールが簡単に書かれてあるところを読んだ。
「坂井恭香」「女優」そのあとに「主な出演作品」と「ネクスト・プロ所属」と
記されている。
本名は載っていなかった。が、間違いなく坂井恭子だ。
マサルは「ふっ」と笑い、「坂井恭香、女優、ネクスト・プロか…」と
一人言を呟くように言うと雑誌を閉じた。
「どうしよう…」
コタツに入ったまま寝転んで低い天井をずっと見続けた。




