(2)また会えた
暑かった夏は少し和らぎ、朝夕は涼しくなっていた9月後半。
マサルはバイト先の居酒屋「ピョンピョン」のスタッフルームで休憩に入っていた。
同じバイト仲間で短大に通っている富美恵と専門学生の美和と三人で賄いを食べながら
話していた。
「ねぇねぇ!ぶっちゃけ聞いちゃうけどさぁ!マサルと店長って、出来てたり
しちゃうわけ?!」
富美恵はなぜか興奮状態で目を輝かせてマサルに聞いた。
「…あ”あ”?!なんだよ、それ」
まったく意味の分からないマサルである。
店長は、体の線が細く年齢33歳にしては若く見え、顔もかわいらしい感じで、
少し弱弱しく見えるが心が強く、見かけによらずリーダータイプなのでスタッフを
引っ張っていき頼りがいがある。
が、店長は男だ。
富美恵がニタニタしながら言った。
「ぐふふふ…マサルと店長お似合いなんだもんなぁ~、きょほほほ」
「…?」 マサルは言葉を失った。
「富美ちゃんさぁ~想像力抜群で、腐女子なのよね」 美和が言うと
「はぁ?ふじょしって何?」 マサルが聞いた。
「腐った女子って書くのよ、腐女子。いわゆる…」
美和がマサルに説明を始めた。
「へー、そうなんだ。富美ちゃん、醗酵体なんだ…」
「・・・いや、私醗酵じゃなくて」
「あ~、ごめんごめん、腐ってんだっけ…おまえ」
「・・・うっ…もう、いいですよ…」
富美恵は意味を理解しないマサルにガックリ肩を落した。
―――でも、この先も店長とマサルの二人の行動を監視するぞ!っと!
富美恵は腐女子であるがゆえ、いい男二人のツーショットにはいつもアンテナを
はっているが、店長にはちゃんと女の恋人がいる。マサルも女が好きだ。
残念ながら富美恵の期待には応えられない。
「あっ、年末に関谷純の映画公開されんだよねぇ」 美和が富美恵に言った。
「そうそう、相手役・坂井恭香でしょ?あの人かわいいよね~」
―――坂井恭香?どっかで聞いたことあんなぁ。
マサルが考えていると、
「マサル、坂井恭香ってタイプ?」 美和に聞かれた。
「…んーーー、誰、それ」
「・・・」「・・・」 美和と富美恵は
「でさぁ、富美ちゃん~」 二人で別の話を始めた。
テレビも何も見ないマサルには、芸能人の名前など分かるはずがなかった。
―――坂井恭香…んーーやっぱどっかで聞いたような名前だ。どこでだっけなぁ?
居酒屋「ピョンピョン」は、地元の駅にあるのでマサルは歩いて通っている。
深夜1時に仕事が上がり、帰宅途中にコンビニ入り、雑誌コーナーで立ち読みをしていた。
「坪井さん、ごめん~、コンビニ寄ってもらっていい?」
車の中で坂井恭香がマネージャーの坪井に言い、車がコンビニの前で止まった。
「じゃ、ちょっと待っててね」
恭香は車を降りコンビニに入っていった。
―――あっ、あったあった。
ジャンボプリンを二つ両手に持ち、雑誌コーナーの前に来た。
――― ……あれ?
雑誌をジーーーーーーーっと食い入るように見ている背の高い男が視野に入った。
―――この人…スガノマ サル!スガノマサルさん?!
恭香こと、恭子は少しだけ近づいて、チラッとマサルの横顔を見た。
そしてマサルと確認して更に近づいた。
「マサル…さん?」 声をかけるとマサルは
「ん?なに?」 雑誌に目を落したまま返事をした。
―――ええ?誰が呼んだか確認なしで返事してる…
「えっと…えっと…」
恭子は、困ってしまいマサルと雑誌の間に顔を突っ込んでマサルの顔を見た。
「う、うわっ、なにすんだよ、いきなり…」 マサルは驚いて一歩後ろに下がった。
「マ、マサルさん?」
「誰だよ、おまえ…」 マサルは怪訝な顔で恭子を見た。
恭子はロケ帰りだったので、化粧をしていて髪型も違っているため、マサルは誰だか
わからなかった。
「…えっ、恭子です…先月、助けてもらって…」
「ぁあ?あぁ、あん時のみかんか!なんだ今日は雰囲気が違うからわかんなかった」
「その節はありがとうございました」 恭子は丁寧にお礼を言った。
「いいって~、別に。こっちも肉食わせてもらったしな、チャラにしよーぜ」
二人は笑顔で会話していたが、恭子の顔がマサルの持っていた雑誌を見て赤くなった。
「…」
「あっ、これエロ本!買う金ないから立ち読みしてんだぁ~。スッゲーぜ。
このねーちゃんの胸!」
そう言うとマサルは、そのおねーちゃんの胸を見てから恭子の胸に視線を落した。
「え”え”?」
恭子は思わず胸を押さえたが、両手にジャンボプリンを持っていたため丁度胸にプリンが
二つ並んだ。
「恭子の胸よりプリンの方がデカイんじゃん。あははは~」
―――ほ、本物みたことないくせに…うっ…
マサルに笑われ恭子は落ち込んだ。
「おまえも見る?ほら!」 マサルは恭子に雑誌を見せた。
「け、け、結構です…」
恭子は真っ赤になった。
「あははっ、おまえ色白いから赤くなるとおもしれーな」
「・・・」
コンビニの自動ドアが開いた。
「恭ちゃん?どうした?その人…」
恭子と男が話している様子を車の中で見ていて心配になった坪井が恭子を呼びに来た。
「あっ、いえ何でもないです」
恭子が坪井に言うと 「明日も朝早いんだから、早く買って帰ろう」
坪井が恭子を促しレジに向った。
「じゃ、また…」 店を出るとき恭子はマサルに声をかけ会釈をして出て行った。
マサルも軽く首を動かし会釈をした。
―――ふ~ん、男とこんな時間までデートか…っつーか、オヤジ好き?
まっ、かわいい顔してっから男なんて選び放題か?
マサルは恭子の乗った車をガラス越しに見送り、またエロ本に目を落した。
―――うぉーーー、このねーちゃんは、いいケツしてんなぁ~。
恭子は坪井に言われた。
「恭ちゃん、さっきの人ファンかなにかだった?危ないから話しかけられても
あんまりやさしくしちゃダメだよ。恭ちゃん親切だから」
「いえ、あの人は…」
「ん?」
「いえ、気をつけます…」
恭子が道端で貧血を起こした事は、心配をかけないように坪井には話していなかった。
―――マサルさん、ちゃんと食事してるのかな?
車の中でマサルのところの冷蔵庫を思い出し心配し、コンビニで真剣な顔で立ち読み
していたマサルを思い出し、エロ本を思い出し、恭子は一人百面相をしていた。
「恭ちゃん、表情の練習してるの?エライねぇ~」
坪井に言われ恭子は我に返り俯いたが、またマサルを思い出していた。




