(19)五年後~最終話
―――五年後
恭子の部屋は、今日もオレンジのアロマオイルのいい香りがしている。
チャイムが鳴り、リビングにマネージャーの坪井が入って来た。
「恭ちゃん、ちゃんと台詞覚えた?今日からクランクインだからね、ビシッとね。
なんってったって、久しぶりの映画で主演だからね!頑張っていこう!!」
坪井が張り切った大きな声を出した。
「ふ、ふ、ふぎゃーーーーーーーーー」
「ったく、坪井ちゃん!デケー声だすなよ!」 マサルが坪井を睨んだ。
「あっ、すまんすまん、あ~、ごめんよ~、お~よしよし」
坪井はマサルの背中におんぶされた赤ん坊をあやした。
「優由、ママちょっとお仕事行ってきますからねぇ、
パパの言うことちゃんと聞いて待っててね」
恭子があやすと赤ん坊・優由が大人しくなった。
5年前、パーティー会場から逃げた二人は、副都心の高架橋の上でマサルのプロポーズをもってお互いの気持ちを確かめあったが、あの後、二人とも、財布も何もかもホテルの
クロークに預けてあることに気づき、パーティ終了後を見計らい、間抜けながら
ホテルに戻った。
父・優三は、マサルをあきらめ優治に後を継がせた。
ネクストが坂井恭香を手放すわけがなく、恭子はそのまま女優を続けている。
貴子はモロッコで二児の母親になり、親子四人、盆と正月に日本に戻ってきては
山のような日本食のレトルトを買ってモロッコに帰っていく。
マサルと恭子は3年前に結婚をし、恭子は8ヶ月前に男の子を出産した。
子供の名は、優三の「優」と母・由紀の「由」を取り「優由」とした。
優三はえらく感激し、孫にこれでもかというくらいおもちゃを買い与えているが
マサルにしてみれば優由の「優」の字は、自分の「優」の字であると考えている。
が、おもちゃはありがたくいただいている。
恭子は、2年間休業していた女優の仕事に、先月復帰宣言をした。
復帰第一弾の仕事は現代映画の主演だ。
結婚、妊娠、出産をしても彼女はファンの人たちから指示されている。
マサルは家事・育児と主夫をしながら、恭子曰く、「不眠症の方必読の純愛小説」を
書き続け、「坂井恭香のだんなさま」ということを売りに息子・優由のミルク代とおむつ代くらいは稼いでいる。
マサルは広いリビングの真ん中に小さいちゃぶ台を置き、そこで一生懸命小説を
書いている。
冬になるとそのちゃぶ台はコタツになる。
コタツはアパートの時のものより、少し大きくなった。
恭子は、小説を楽しそうに書いているマサルの背中が大好きだ。
あの頃と変わらない、いつもの背中。
ただ変わったことは、広く大きいマサルの背中が少し見えなくなってしまった。
今はまだ小さな家族がマサルの背中を独占している。
―――少しの間だけ、優由に貸してあげるからね…
「じゃ、いってきます!」
「いってらっしゃい。今日も頑張れよ!」
恭子はマサルと優由の頬っぺたにキスをし、仕事場に向った。
洗濯機から洗濯終了のメロディーが鳴り、
「おっと!お洗濯終わりかー?」
マサルは、ちゃぶ台の前から立ち上がる。
今日もベランダでは、三人分の洗濯ものと共に、少しグレーになった白いイルカの
ぬいぐるみが干され、気持ちよさそうに太陽を浴びている。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
拙い文章の上、ありきたりな流れの物語になってしまいました。日々精進いたします。




