(17)お互いの道
マサルは父・優三に電話を入れた。
「明日のパーティーは6時ごろに貴子と一緒に行くから。ちゃんと出席するから」
優三は、自分の還暦祝いの日に、「次期社長の優」と「優の婚約発表」をゲストに紹介できることに大喜びだった。
「明日は俺の夢が叶う日だ!」 と夕食の時にウキウキ気分で晩酌をしていた。
優三・還暦パーティの当日。
そんなウキウキおやじがまだ眠りについている早朝の成田空港に、マサルと貴子は
立っていた。
貴子の荷物はスーツケースではなくボストンバック一つとPCだけだ。
貴子は前の晩「マサルのアパートに泊まる」と両親に嘘をいい、都内のホテルに
一人泊まった。
マサルは優治から借りた車で、貴子をホテルまで迎えに行き、空港に見送りに
来ていた。
「気をつけて行けよ」
マサルは出発ロビーで貴子に言った。
「うん、いろいろありがとう。マサルも恭香さん…じゃなくて、恭子さんを、
ちゃんと捕まえるんだよ!」
「おぅ!がんばります!おまえも出戻ってくんじゃねーぞ」
「いや~ねぇ。出戻るわけないじゃなーい」
マサルと貴子の顔はうれしそうに笑いあう。
「じゃぁ」 貴子は手を出した。
「がんばれよ」 マサルと貴子は握手をし、貴子は出国審査口に入って行った。
一度振り向いた貴子は固い決意を感じる微笑を見せた。
貴子の姿が見えなくなるまでマサルは見送り、
「夕方まで一眠りするかなぁ」
と、空港で一人伸びをし、そのまま自分のアパートに戻った。
*********
一週間前、マサルと貴子は二人でレストランの個室で食事をした。
貴子は食前酒を一気に飲み干し、宣言をするかのようにマサルに言った。
「マサル、私決めました!!」
「何を~?」 マサルはのん気に聞く。
「行く事に決めた。行く!」
「イク?」
「あのね、カタカナで言うの止めてくれる?漢字の「行く」なんだから!」
くだらない事を言いつつ、貴子は続けた。
「やっぱり、彼のところに行くわ。日本に未練も何もない。私には彼が必要だから!」
貴子の目は力強い。
「おお!やっと決めたか!」 マサルは貴子に拍手を送った。
「はい!貴子!彼の元へ飛び立ちます!!」
「いよっ!貴子ちゃ~ん、目が燃えてるぜ!!」 マサルはまた拍手をした。
貴子には恋人がいる。
大学の卒業旅行の旅先で出会ったモロッコの人と恋に落ちた。
卒業旅行から帰って来て、まっさきに「好きな人ができた」とマサルに報告した。
それから7年の間、親に内緒で貴子は幾度も彼の元に通い、マサルも応援してきた。
今回、貴子がモロッコに移住することを彼に報告すると、彼はきちんと日本に来て
貴子の両親に挨拶をすると言ってくれたが、マサルがしっかりと恭子をつかまえるまで
待ってもらうことにしていた。
そして貴子はマサルだけに見送られて日本を旅立って行った。
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午後6時過ぎ、マサルは優治に買ってもらった新しいスーツに身を包み、
―――このスーツは質屋にいれたらいくらだろう。
などと考えながら、約束通り優三の還暦パーティに現れた。
7時から始まるパーティは、都内のホテルで行われ、ネクスト・プロの芸能人、
スタッフはもちろん、いろいろな業界から沢山の人が出席する。
すでに多くの人が集まってきている。
一個人の還暦祝いとしては盛大過ぎるが、優三の顔の広さがうかがえた。
「貴子ちゃんはどうした?」 優三に聞かれたが
「あぁ、ロビーで知り合いと会って、少しお茶をしてから来るって」
マサルは白々しく言った。
貴子の両親もすでに来ていたが、娘はマサルと一緒に来ていると思い込んでいる。
マサルは優治を探し、耳打ちをした。
優治はうなずき、笑った。




