(15)マサル実家に帰る
今日も居眠りをしつつマサルはコタツの中で原稿用紙に向っていた。
携帯が鳴り、画面を見ると「家」と表示されている。
出ると父・優三の声が聞こえた。
「もしもし、優か?父さんだ」
マサルは話すことなどないと思い、切ろうとしたが
「おい、切るな!母さんが入院した」 優三が言う。
「…はぁ?そんな古臭い手口で俺を引き戻そうとしてんのか?」
マサルは父を小バカにした。
「冗談で母さんを入院させたりしない。昨日、病院に運ばれた。
今は優治が付き添っている」
いつものように低い声だが、どことなく覇気のない優三の声だ。
マサルは、まさか…と疑いながら父の話をきいた。
母・由紀が昨日突然倒れ、病院に担ぎ込まれた。
意識はあり、命に別状はないが一週間ほどの検査入院をすることになった。
由紀は「優に心配を掛けたくないから言わないでくれ」
と、優三と優治に頼んでいたが、優三は「家族なのだから」とマサルに電話をした。
マサルは急いで病院に向った。
病室に入ると優治が、眠っている母の傍に座っている。
「兄貴…」
「おぅ、母さん、どうなんだ?」
マサルは心配そうな顔で母の顔を覗き、優治に聞いた。
「大丈夫だよ。大したことないって。もしかして父さんから連絡行ったの?」
「あぁ。大したことなくても俺に教えないわけにはいかないって…」
「そうかぁ…」 優治は少し嬉しそうにマサルを見た。
「優治、おまえ明日も仕事だろ?母さんは俺が見るから帰っていいぞ?」
マサルに言われ、優治は素直に従った。
優治が帰ったあと、マサルは恭子にメールを入れ、母親が入院したから当分アパートに
帰れないことを知らせた。
マサルは母・由紀が入院している間、ずっと付き添い、多くの見舞い客の相手をし、
忙しく日々を送った。
マサルは、時折アパートに戻ったりしていたが、恭子は映画の撮影に入っていたため
二人が会える時間はなかった。
一週間後、由紀は退院し、マサルは少しの間、母を見ながら実家で小説を書くことに
した。
「優が傍にいてくれる」 と、由紀のうれしそうな顔を見、優三は影ながら喜んでいた。
その日、マサルと由紀が二人で昼食をとっている時、由紀が言った。
「優?貴子ちゃんと結婚なんてする気ないんでしょう?」
母の言葉に驚いたマサルは苦笑いになる。
「ちゃんとお見通しよ、お母さんは!」 由紀は微笑む。
「ん?」
「お母さんは、優には好きなように生きてもらいたい。ずっとそう思っているの。
もちろん、心配なんだけど…ちゃんとご飯食べているのかとか病気してないかとか
ものすごく心配なんだけど、優が自分で選んだ道を歩いて行ってもらいたい。
あんな頑固おやじの言うことなんて聞かなくてもいいわよ~、ふふふ」
由紀はやさしくマサルを見た。
「ありがとう、母さん…」 マサルは鼻先で笑った。
「でも、まぁ売れない小説家のところに来てくれるお嫁さんなんて…いないわよねぇ
眠くなっちゃうよな小説書いてんですもの…」
鯖の味噌煮を食べながら由紀はボソボソと言った。
母もまた息子の小説を読もうと思い試みているが、眠気を催すため未だ一冊も読破していない。
マサルはこの悲しい事実を知らない…
―――なんだよ…なんかみんなして売れない小説家とか言ってるし…俺のこと。




