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(10)捨て猫

マサルは貴子をタクシーに乗せ、帰した。




―――恭子、どこに行ったんだろう…金も携帯も持ってないはずだから

    そんなに遠くには行けないはずだし…

マサルは、とりあえず恭子のマンションまで行き、部屋の明かりが点いているかどうか確認した。

―――点いてない…どこ行った…


マンションの回りも探してみたがいない。


マサルの吐く息は白く、12月の夜、こんな寒空の下、外で過ごすには耐えられない。

マサルは、どんどん不安になっていく。



―――なぜあの時、追いかけなかったんだろう…

探しながらずっと自分を責める。

恭子が出て行ったときに言った「ごめんなさい」の意味が最初わからなかった。

貴子に言われた「鈍い」の言葉。

恭子を探しながら考えた。


―――ほんと、俺、鈍い。ちゃんと言葉にしないと、だめだ。


駅の近くのコンビニやゲームセンターなどを探したがどこにもいなかった。

ずっと走りつづけて探した。


40分ほど探し回り、駅とは反対側の家から10分ほど歩いたところにある公園の近くに

来た。

住宅街の公園といえども、ここは夜になるとホームレスの人が寝泊りに使っている。

マサルは一応、公園の中に入ってみたが、ダンボールの家がいくつか並んでいるだけで

恭子の姿は見えなかった。


―――いるわけないよな…こんなとこ危ないし。

マサルが息を切らし、肩を落とし、別のところを探しに公園を出ようとした時、


「へっっくしゅん!!っとぁ~」

大胆なクシャミ。

女の声。


―――えっ?女?


少し先から聞こえてきたクシャミをした女のところに近づいてみた。

――― ……う、うそだろ…


大き目のダンボールの中にスッポリと入っている女を見下ろした。

マサルは目を疑いつつも頭を掻きながら声をかける。

「き、きょ、恭子…?」

「んぁ?」

その女は顔を上げた。


恭子はダンボールの中からマサルを見上げて、驚いたのかキョトンとしていた。

「マ、マサル…どうしたの…?!」

恭子だった。しかも手にはカッップ酒を持っている。



マサルは恭子の目線に合わせしゃがんだ。

―――やっと、見つけた。


マサルは安堵の表情になり、自分の顔を手で覆いホッとすると急に笑い出した。

「ぶっ、はははは~、なんか、違和感ない!」

「ええ?なにが?」  

コップ酒をズズズーーッと飲み干す恭子。


「箱の中、寒かっただろう?迎えに来たから…帰ろう」

マサルは恭子の頭をやさしくポンポンと叩いた。


「けっこうダンボールって暖かいんだよ。ほら、この子もいるし…」

恭子は白いイルカを袋から出して抱いていた。


「彼女…は?」  少し恭子は心配そうな顔で聞いた。

「帰ったよ…帰ってもらった」

マサルは微笑みながら言ったが、恭子の顔を見ると胸が絞られる思いがする。


「ほら」 恭子に手を差し伸べた。

マサルの手を握った恭子の手は、ものすごく冷たい。

―――ごめん…

マサルは心の中で謝った。



恭子は、朝になれば坪井がマンションまで迎えに来るので、それまでダンボールの中で

根性と気合とカップ酒で、イルカと共に過ごそうと思っていた。



「あっ、ちょっと待って」

恭子はダンボールをたたみ、近くにいたホームレスの人の所に持って行った。

「おじさん、ありがとう。ものすごく助かっちゃったよ、お酒もありがとう」

「おや、お嬢ちゃん、彼氏がお迎えに来てくれたのか?よかったなぁ」

「あっ、どうもお世話になりました。ありがとうございました」

マサルは、そのおじさんに頭を下げた。




二人はアパートに帰る道のり、白い息を吐きながら話す。

「公園のブランコに座ってたらね、ダンボール貸してくれて、

 温まるからってお酒も貰っちゃったんだ~、いいおじさんだったよ」

「そっかぁ、いい人でよかったな」

―――普通、女が、それも女優が一人でホームレスに紛れていくらなんでも

    あんなところにいねーよな。それに酒貰って飲んでるって…

マサルは恭子のタフさを愛しく思った。



「彼女…大丈夫なの?帰っちゃったんでしょ?」

―――おまえが心配するな。


「彼女じゃないよ…」

「え?違う…の?」  恭子はマサルの顔をうれしそうに見た。

「…うん、違うよ。彼女じゃないよ。……ぶっ、クククッ…」 

マサルは突然笑い出した。

「何よ、いきなり思い出し笑い?気持ち悪いわね!」


マサルはダンボールの中にいた恭子の姿を思い出していた。

「クククッ…」

「だからなんなのよ、気持ち悪いってばぁ」

「俺…なんか猫拾った気分!」  また笑いがこみ上げた。

「何?猫って」

「恭子…」

「私?」

「だってダンボールの中にいたんだぜ、おまえ。捨て猫だよ、捨て猫!」

「ひ、ひどーい。私捨てられてないもん!」  恭子は顔を膨らませた。


「…ごめん。俺のせい…捨て猫になっちゃったの。俺のせい…でも、俺が拾った」

「ふふふっ、拾われたんだ私!」 恭子も笑い出した。

「そう、俺が…拾った!」



寒空の下、マサルは恭子の右手を握りしめ、自分のダウンのポケットに入れ、

温めるようにアパートにもどった。





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