チート能力があれば、救世主になれたのに 下
夢を見た。昔、日本にいたときよく見た夢だ。いつも見ていた夢だ。昼も、夜も、絶え間なく見続けた夢だ。
何の夢だっただろうか。ずっと見ていた夢だ。なのにもう、思い出せない。もう思い出せない。
もう思い出すことは無いだろう。
だが、夢を見た、ということはつまり、―見たのが走馬灯では無いのだから―死ななかったということなのだろう。生き延びたということだ。
何故生き延びたのだろうか。もう二度と戦えないというのに。戦士は血だらけになったというのに。
だがもう考える時間は残されていないことは分かっていた。ふつふつと意識がかき乱されはじめる。もうすぐ、目が覚める。最悪の目覚めが待っている。
覚醒の目前、薄れゆく意識の中、確かなことは、もう戦えないということだけだ。
§
「アイトさん!目覚めましたか!!」
「ああ、ミシェルさん…」
傭兵所の医務室だ。
「良かった…ご無事で…!」
「ミシェルさん……ありがとうございます。でも、なんで、あそこに…?」
「そういう可能性もありうると考えていましたので…正直可能性は低いと思っていましたが…あなたたちを失えば、勝機は潰えますから」
「いや、…いえ、何でもないです。」
それも聞きたかったが…聞きたいことはそれじゃなかった。だが、もういい。それよりも、聞こえてほしい声が聞こえない。そして、聞こえてほしくない音が聞こえる。
「ミシェルさん…ワンコは…?」
そう、ワンコの声が、聞こえない。何故、あの時のように飛び込んでこないのか。飛び込んできたワンコにこっちは病人だぞ!って言うのがお約束だろう?
「…戦ってます。ザダイが、攻めてきています。」
そうだ。答えは知っていた。目覚めてすぐに気づいた。戦いの音が、聞こえる。
「…俺は、三日も眠っていたのですか。」
「いえ、一日だけです。恐らくワンコさんと、アイトさんが重症で、好機と捉えたのでしょう。」
「私は前線に戻ります。」
「………勝機はあるのですか…」
「正直厳しいです…それでも想定よりはましなのですが…」
「…………」
「アイトさんも、準備が整ったら、お願いします。」
――――ごめんなさい。ミシェルさん、俺、もう、戦えません。
§
意識は、鮮明だ。
ここは戦地の医務室。街を、愛するものを守るため、戦う者が運び込まれる場所。そこでこうして戦う前から運び込まれている俺は一体何なんだろうか。
そういえば、地球では、兵士の精神の衛生管理は戦争において重要なファクターであると聞いたことがある。それが今の自分の状況と関係があるのかないのか、皆目見当もつかないが。
逃避するかのようにそのようなことを考えるが、現実から逃れられるはずがない。
戦いの音が聞こえる。炎の音が聞こえる。血の音が、聞こえる。
俺が行けば、事態は少しでも好転するだろうか?
今行ったところで、敵の前に立ったところで、魔法が使えるだろうか?
答えは歴然だ。
死にたくない。傷つくのが、怖い。そして、それを恐れない戦士が、挙句には俺のことを庇った彼が、怖い。
彼は何故、戦えるのだろう。
彼も俺と同じように傷を負ったはずだ。俺はこうしてベッドの中で震えているというのに何故彼は恐れていないのだろう。死が、死が怖くないのか。
感謝してもしきれないのにそこに残っているのは恐怖だった。
何故、恐怖するのだろう。何故、動けないのだろう。何故、こんなにも勝利を求めていたのだろう。
どうして、こんなにも、勝ちたかったのだろうか。どうして、一度死んだのに、生き返り、わざわざ異世界に来たのだったろうか。ほんの少し前まで、煮えたぎるように、胸にいだいていたはずだ。
意識ははっきりしている。鮮明だ。余りにも鮮明だ。
だから鮮明に思い出せる。俺の夢が何だったのか。
――――ああ、俺の夢は、救世主になることだった。
そして、二度と、見ない夢だ。
「まだだ!いくぞ!!!」
轟音とどろく戦場を天を射るような声が貫く。ワンコの声だ。仲間の傭兵たちに呼びかけている。彼が先導して戦っているのだろう。
「ここを凌げば!勝利は見えてくる!!絶対勝つぞ!!!」
「「おう!!!」」
その声はきっと、負けることなど一切考えていない。どうしようもない局面だというのに、そんなことは彼自身が一番わかっているはずなのに、その戦意に一切の陰りは見えない。彼の生き方ではきっと命がいくつあっても足りない。足りるはずがない。
ああ、余りにも理解しがたい。余りにも、余りにも愚かだ。そんな振る舞いで、救世主になろうなど…………
いや、もはやそんなことどうでもいい。もうこの戦いに勝ち目はない。この世界を救って救世主になるどころかこの街すら救えない。
俺も、ワンコも諦めるしかないのだ。
「まだだぁぁぁぁ!!!あきらめなるなぁぁぁ!!!!」
( !? )
心臓がドクリとなる。ワンコの声だ。きっと仲間鼓舞しているのだろう。それなのに何故、俺の心臓が震えたのだろう。
「まだだ、まだあきらめねえぞぉぉぉ!!!!」
何故、俺の心臓が震えるのだろう。
その声はまるで、自身に呼びかけているように聞こえてならなかった。
心臓が震えてやまない。
その震えは戦いへの恐怖だ。その震えは血への恐怖だ。その震えは無謀への恐怖だ。あるいは、怒り、かも知れない。
心臓が震える。
その震えは決して再起の証ではない。その震えは、葛藤だ。恐怖だ。罪悪感だ。
何故だ!!何故諦めない!!何がお前を動かしているんだ!!
心臓が震える。
なんで俺に押し付けてくる!!ほっておいてくれ!!俺はもう!!もう戦えないんだ!!
心臓が震える。
諦めなかったところで、勝てないじゃないか!!俺も!!お前も!!頼むから!!もう、
諦めてくれ!!!
「くらええええ!!!」
「はあ、はあ、はあ、ははっ。」
なんで諦めないんだ。ここまでくると笑えてくる。才能がないんだからとっとと諦めればいいのに。
いや、流石にここまで言ったら悪口か。別に悪口が言いたいわけじゃない。いったん落ち着こう。
呼吸を整える。
そこである一つの考えが浮かんでいることに気づいた。
ワンコが何故、こんなにも絶望的な状況で諦めないのか、死を恐れず立ち向かえるのか。なぜそこまで無謀でいられるのか。その理由は分からない。むしろ無謀で愚かだとしか思えない。
でも一つだけ分かったことがあった。
その荒唐無稽な思い付きが正しいかどうか哀人には分からなかったし、そして受け入れがたい物だったが、すっと心の中に入ってきた。
前世では才能が無かった。何をやっても上手くいかなかった。どれだけ努力しても見え透いた壁に阻まれた。それはきっと才能が無かったからだと思っていた。成功するには、救世主になるには、才能が足りないと思っていた。才能さえあれば成功できる、救世主にさえなれると、そう思っていた。
それは間違っていない、今でも確信を持って言える。
でも、それは半分正解で半分不正解だったのだ。
ゆっくりと窓の外に目をやる。
勿論救世主になるには才能は必要不可欠だろう。だけど、救世主になるにはもう一つ必要だったのだ。
そしてきっと…
そのもう一つは、ワンコが、持っている。
(俺じゃない。ワンコが、この世界の救世主になるはずだったんだ…。でも……)
ワンコが、彼が救世主になれるといっているのかというとそうではない。それどころかきっと彼はこの戦いにすら勝てない。彼には才能が――――無い。
(この能力、ワンコにあればよかったのに―――)
「………あ、そうだ。」
一つの可能性がよぎる。そうだ。その手がある。うまくいくかは分からないが―――
そしてそれが上手くいくとしてもこの戦いだけは、このまま、乗り越えなければならない―――
いや、この戦いだけならば、何とかなるかも知れない、ワンコが諦めていなければまだ勝機はある。俺に戦えといった責任を取らせてやろう。
もう救世主にはなれなかったとしても、手足が恐怖で動かなかったとしても、この戦いだけはケリをつけなきゃいけないらしい。
一人の戦士が医務室を飛び出した。
§
血を血で洗う戦場。傭兵所を飛び出した哀人の目に映った光景は正にその言葉通りのものだった。
昨日までのどんよりとしながらも静寂が守られていた街の面影はどこにもない、少なくない家屋が破壊され、残骸は戦場の一部と化している。
人的被害はさほど多くないだろう。住民の避難は戦争の可能性がある時点で進めていたし、避難所は最終防衛ラインの一つだ。だが、この燃え盛る光景、そこら中で血を流す、敵、味方、数日とはいえ傭兵所で見知った顔も少なくない、何も感じずにいられるはずがない。
俺がしっかり戦えたなら、もう少し早く駆け付けられたなら、―――――自責の念に駆られないといえば嘘になるが、今すべきことは別にある。戦場をかき分け見知った顔を探す。
戦いの匂いが濃くなる。前線まで近づいたようだ。
「あ!ミシェルさん!!」
「アイトさん!来てくださったのですね!!傷はもう大丈夫ですか?」
「まだ完全では無いですが…それよりミシェルさんこそ大丈夫ですか?」
「なに、これくらいどうってことないですよ!」
目的通りミシェルさんと合流する。ミシェルさんは右腕はじめ少なくない傷を負っていた。戦闘職ではない(薬師だそうだ)とはいえ傭兵所の長であり、この街での最高レベルだ。恐らくこの戦いでも少なくない戦闘を経ているのだろう。
「ミシェルさん、ワンコはどこにいますか?ここよりもっと最前線ですか?」
「…………アイトさん、こちらへ。」
§
ミシェルさんに少し離れた場所に設置されたテントへ案内される。
「ワンコ!!!」
そこには倒れ伏し、治療を受けるワンコがいた。
「ワンコーさんはそもそも万全ではありませんでした。そんな中相当の敵を倒してくださいましたが…」
「ワンコ!!大丈夫か!!??」
息はしている。生きてはいるようだ。だがその姿は生きているのが信じられないくらいボロボロだった。咄嗟にステータスを確認する。
ワンコー Lv10
HP 4/72
攻撃 59
魔法攻撃 39
防御 45
魔法防御 44
移動速度 51
残りHP4。恐らく治療で回復してこの体力なのだろう。…それにレベルが上がっている。この戦いにどれだけ死力を尽くしたのだろうか。どれだけ敵を倒したのだろうか。
「アイト…」
「ワンコ…!!」
ワンコが薄く目を開く。
「アイト、後は任せたぞ…」
「おい、ワンコ!まだ諦めねえって言ってたじゃねえかよ!!おめえが倒れてどうすんだよ!!!」
「…………………」
ワンコが再び目を閉じる。最早再び戦う体力は残っていないだろう。
「……くそっ」
想定以上にまずい事態だ。ザダイを倒せる可能性があるとしたら、それは俺一人では絶対に無理だ。きっとザダイに殺意を向けられれば、こんな状況でも俺の体は動かない。動いたとしても一撃を当てることは不能だろう。ワンコが多少傷を負っていてもまだ戦えたなら勝算が無いわけだは無かったが…
「……アイトさん、もしかして策があるのですか………?」
ミシェルさんが声を掛ける。
「ええ、ザダイだけですが…ですが、…ワンコがこの様子だと…」
少しの沈黙のあとミシェルさんが口を開く。
「………………………分かりました。ならば私も、これを使いましょう。」
ミシェルさんが懐から一本のアンプルを取り出す。そのアンプルの中の液体は深い、深い青だった。
ミシェルさんはその深い青をワンコに静かに飲ませる。
「…それは?」
「これは……そうですね、私の、私たち傭兵所の、いうなれば『切り札』です。」
飲ませ終えたミシェルさんがワンコのもとを離れる。
その液体を飲んだワンコの変化は劇的だった。
「ワンコ!!」
「アイト!?ヘンだ、何にも痛くねえ!!」
さっきまで倒れ伏していたワンコが飛び上がる。その場で何度かぴょんぴょん跳ねる。全ての傷が塞がったわけではないようだが、もう血は流れていなし、骨のつながりも正常なものになっている。
ステータスを確認する。ほとんど全快だ。それどころか、他のステータスにも少し補正が乗っている。正に切り札に相応しい、凄まじい効能だ。
「良かった…ワンコーさん、アイトさん、私の薬師としての集大成、それが最初で最後の一本、です。あなたたちにこの街の命運、託します。」
「ミシェルさん…!」
「あちらの軍の要はザダイです。戦力においても指揮系統においても、彼がその大半を握っています。彼さえ落とせれば後はこの結界内なら倒せます。任せましたよ、ワンコさん、アイトさん…!」
「ミシェルさん、ありがとな!!」
「ええ、ワンコーさん、アイトさん、よろしくお願いしますね…!」
「よっし!行くか!アイト!」
「ああ。絶対勝つぞ…!」
§
戦闘の最前線を避け、裏路地を進む。無駄な戦闘をする時間は無いので、街の地理を把握しているワンコが進路をとる。その進路のとり方は非常に無駄のない物だった。地の利はこちらにあるということだろう。
それにしてもさっきの薬、明らかに普通の薬の域を逸脱している。いうなれば『万能』薬だ。人の技とは思えない神秘の域に達している。俺のもらったスキルでさえ、『万能』で無かったというのにあのようなものがあっさりと出されるとは。
忘れかけていたがミシェルさんは傭兵所の長、そしてこの街の最高レベルだ。少し侮っていたのかも知れない。
「ごめんなアイト、アイトが動けねえの俺には全然わかんなくて」
「いいんだよ、むしろ俺が謝りたいぐらいだ。そのせいでやられちまって…」
「そんなのいいって!それより、ホントにいいのか?その作戦で…」
このザダイ戦に備え、ワンコにはその作戦と、俺がザダイの殺気で動けなくなることを伝えた。動けなくなる理由も伝えた(・・・)がきっと伝わって(・・・・)いない。だが、それでいいのだ。俺がワンコを理解できないようにワンコには俺のことを理解できない。
「……ああ。それよりワンコ。頼んだぞ。」
「おう!!………アイト!!」
「 !? 」
俺とワンコの合間を一本の槍が駆け抜ける。
投擲され突き刺さった槍が大地にのめりこんでいる。その槍の鋭さを出せる者は一人しかいない。
一気に血の気が引く。恐怖が全身を駆け抜ける。殺気を当てられた体は最早いうことを聞かない。
それでもやらねばならんのだ。やらねば、ならんのだ。
「…外したか。」
「ザダイッ!!」
「まさかもう回復しているとはな…だがまさか!!まさか!!またそのお荷物を連れてくるかっ!!あまりに愚か…すでに腕が震えているではないか…」
「とはいえ、それでも戦場に現れるとは…その度胸だけは認めねばならんな。……よかろう。全力で殺してくれるッッ!!!」
「いくぞ!!ザダイッッ!!」
最高速で突っ込む両者。そして――――
轟音。
ザダイの槍とワンコの拳が激突する。
衝撃に両者の顔が歪む。すぐさま態勢を整えたワンコが、ザダイが、猛攻を始める。
槍を躱し、拳をぶち込む。強靭な肉体が渾身の一撃を弾き、槍を突き刺す。槍がかすめた腹を気にも留めず次の拳が放たれる。
目にもとまらぬ攻防は今までで最も熾烈を極めている。
「腕を上げたな、貴様ッ!あの雑魚がまともなら勝てたかも知れんぞッ!!だがッッ!!」
「がわあっっ!!」
槍の薙ぎ払いがワンコの胴体を捕える。ゼロ距離から放たれた一撃をまともに受けたワンコが吹き飛ばされる。
「残念だが、それでも、私には届かん。」
「まだまだあっ!!」
すぐさま態勢を整えたワンコが正拳突き。
構えその拳を受けながすザダイ。槍による反撃―――
それをするりとすり抜け躱したワンコの拳。その軌道は今までとは明らかに異なっていた。
「なにッッ!!!」
(目だとッッ!!)
奇襲に咄嗟に後退したザダイ。それまで愚直な戦法を取り続けていたワンコの突然の一撃に一瞬の隙ができる。
その隙をワンコが、逃さない。
追撃、追撃、追撃。突き上げられる連撃の嵐がザダイを襲う。正拳突き、掌底、三日月蹴り、目突き―――全弾がザダイを正確に打ち抜く。ワンコが一歩また一歩と強気に踏み込む。その連撃にザダイの守りが初めて崩れる。
―――だが、それも長くは続かない。
「はああッッ!!」
ワンコの体が槍に弾かれる。連撃が止み両者が距離をとり睨みあう。
「はあっ、はあっ。」
ワンコの息が上がっている。レベルの差を、ステータスの差を気迫で押し返してきた代償だ。
「まさか、貴様がこのような搦手を…。そうか、そこで震えている者の策だな。」
「ッッ!」
「その顔、図星のようだな。成程その臆病者も捨てたものでは無いということか。ならば、私も搦手といこうか。ワンコ、貴様は奴を守りながら戦えるか?」
「!!」
ザダイの冷たい瞳が哀人を捉える。殺意が収束する。
「させるかああぁ!!」
駆け出すザダイ。それを止めようとするワンコ。しかしワンコの体は本人の想像以上に消耗していた。
「ふんッッ!!」
「あっ」
打ち合ったワンコがあっさりと態勢を崩す。ミシェルの薬により回復していたとはいえ、その体は酷使されすぎていた。
ザダイが震えるアイトの眼前、大きく踏み込む。一撃で、その体を貫くために。
「死ぬがいいッ!!」
そして、哀人の体が、あっさりと、何の抵抗もなく、貫かれる――――
「ザダイッッ!!!!これで!終わりだッッ!!」
「なッ!!??」
哀人の体を貫いたザダイの目の前には、もう一人の哀人が居た。
(ほんとうに、これで、最後だ――――)
ザダイ Lv15
HP 187/206
攻撃 87
魔法攻撃 70
防御 68
魔法防御 66
移動速度 57
哀人 雷閃 (雷系魔法 極大 Lv1/10) → ザダイ 推定ダメージ 188
「雷ッ閃ッッ!!!!」
「うがあああああぁぁぁあぁああ!!!」
光が、雷が、大地を掛ける。閃光は一体の影を飲み込み渦となる。魔法を奇跡と呼ぶ者がいるのは、このような光景を目にしたからなのかもしれない。
たった、一撃当てれば、十分だ。だがその一撃が果てしなく遠かった。
殺意を避ける必要があった。だからワンコは決死の猛攻を仕掛けた。ザダイに悟られぬよう、詠唱の構えをする必要があった。だからアイテムメイクで等身大哀人人形を作り、それに気配が重なるよう隠れた。さらに、それをバレずに作る隙が必要だった。だからワンコが敢えて『目』を狙った。急所への奇襲は嫌でもそちらに意識を収束させる。そして、人形のもう一つの目的。人形を破壊したザダイは目の前で、完全に、無防備だった。
「はあ、はあ、はぁ、今度こそ終わった…」
光が収束していく。戦いの終わりを告げるかのように小さくなっていく。
ワンコは、無事、だろうか?相当無理をさせてしまった。
「おのれえええええぇぇぇ!!!!!貴様だけでも!道連れにしてくれる!!!」
「…なッ…………!!!」
ザダイ Lv15
HP 2/206
攻撃 87
魔法攻撃 70
防御 68
魔法防御 66
移動速度 57
(そんな…よけな……!!)
一瞬で、体が凍り付く。恐怖を刷り込まれた哀人の体は最早使い物にならなくなっていた。もう逃げる術は残されていない。
「させるかあああああぁぁぁぁぁ!!!!」
「があっ!!??」
「ワン、コ…!?」
ワンコの拳がザダイの体を貫く。
ザダイの一撃が哀人に届く寸前、その体は地に墜ちた。
長い戦いが、ようやく終わりを告げた。
ザダイ Lv15
HP 0/206
攻撃 87
魔法攻撃 70
防御 68
魔法防御 66
移動速度 57
「はあ、はあ、ほんとに、ほんとに終わった。」
緊張から放たれ、その疲労に、その解放感に、ワンコが、アイトが、倒れるように座り込む。
「ありがとな、ワンコ。」
「アイトも、ありがとな。」
ワンコが拳を突き出す。
「ああ。」
俺はゆっくりと拳を合わせた。
§
―1か月後 傭兵所―
「お、いたいた、ワンコ!」
「おう!アイト!どうした?」
あれから1か月。魚人たちとの戦争が終結し、その復興に慌ただしかった傭兵所も少し落着きを取り戻していた。今日の復興作業を終えたワンコをロビーで見つける。俺は他にやることがあったので作業に毎日は参加していなかったが、ワンコは毎日参加していたそうだ。
あの日、ザダイを討伐した後、ダメージと疲労で動けなかったワンコを抱えミシェルさんのもとに戻った。ワンコを送り届けた後、戦闘の援護を覚悟していたのだが、その時点で趨勢は決していた。
既に敵の布陣は決壊しており、残された敵もその多くが分断されていた。流石に中級マーマンは荷が重かったようでその討伐の支援は行ったが。(ザダイほどの実力者でなければ殺意を当てられてもそこそこは動ける。それでもかなりの距離を取る必要はあったが。)
後から聞いた話だがミシェルさんを中心に、かなり有利な条件を揃えてこの戦争に臨んだそうだ。詳細は省くが、例えば、俺たちのレベリングも作戦に組みこまれていたらしい。(つまり間引きになっていたのだ。)
「ちょっとリンゴでもいるか?」
「お!くれるのか?ありがとな!」
投げ渡したリンゴをキャッチしワンコが夢中でむさぼる。こうしてみるとほんと犬だよな…
「で、ワンコ、あの話なんだが…」
「お、決めてくれたか?」
あの戦いを終えて少したってから、ある誘いを受けていた。本当はその時から答えは決めていたのだが、どうしても時間が必要だったのだ。
「ごめん、やっぱ一緒には行けないわ」
「え、なんでさ!?」
ワンコはこの街の傭兵だが、ザダイを倒したのち、旅に出るつもりだったのだ。理由は言うまでもない。この世界を救うためだ。その旅に一緒に来ないかと誘われたのだ。
今までなら、断る理由など無かった。だが俺はもう救世主にはなれない。雑魚と戦う分には多少力になれるかもしれないが、強者との闘いできっと足を引っ張ってしまう。それはいつかきっとワンコにとっても致命傷になり得るだろう。
そして、これ以上、あの恐怖を味わいたくない。死の恐怖に自ら飛び込むなどまっぴらごめんだ。そしてこれがほんとの理由だ。全く情けない話である。
でもきっとワンコはそれじゃ納得してくれない。
それに、きっとワンコがこのまま旅をしても無駄死にだ。彼には致命的に才能が欠けている。この世界一般に見れば才能があるのかも知れない。だが、彼の持つもので魔王軍に対抗できないのは確かだ。
「実は、俺、スキルほぼ全部、使えなくなったんだ。」
「えっ!?」
これは嘘ではない。本当だ。レベルこそ変わってないが、もうステータスに補正はほぼ無いし、雷も顕在できないし、人のステータスもほんの一部しか見れない。
そして、その代わり…
「なあ、ワンコ、そのリンゴ食べて、力が湧いてきたりとか、しないか?」
「 !? そういや、体がむずむずするような……ってそうじゃなくてスキル使えないって病気か?大丈夫か!?アイト!?」
俺はもう能力をなくしてしまったが、そのほんの一部がワンコの体に宿り始めている。
アイテムメイクの、能力だ。字面に騙されて気づけなかったが、この能力の本質は2つあったのだ。一つはこの文字通り、実際に物を作る能力だ。俺がワンコや俺自身の人形を作ったのがこれに当たる。
そしてこの能力にはもう一つの効果があった。思い返してみると少なからず違和感があったのだ。作った人形に火を吹かした時、その火の量は大幅に減っていた。これは取り込んだ火を少しずつふいているのとばかり思っていたのだが、それだとワンコが声を掛けた人形が喋っていたのは辻褄が合わない。“声“はためるだとかそういう性質の物ではないはずだ。
これを辻褄を合わせるように説明するとしたら一つのアイデアが浮かぶ。それは実体のある“コスト”を支払うことでその“能力”を付加するつまり、“性質を得たモノを作る”という意味でのアイテムメイクだ。この場合なら、“火”をコストとして、“火をふく”能力を付加する、“言葉”をコストとして“その言葉を喋る”能力を付加するということだ。
つまるところ、この能力の本質の一部は『付加』にあるのだ。
少し飛躍した発想かとも思っていたが、後でいくつかのことを試し、アイテムメイクの実態が上記の内容にほとんど近いことが分かった。
そしてそれなら、それならば『スキル』を消費すれば、『スキルの付加』ができるのではないか。
つまりこの場合スキルが付加されたリンゴを作ったのだ。そしてその能力が食べた者に付加されることも確認済みだ。
ある意味でこれがアイテムメイクの裏技なのだろう。この『付加』というのはアイテムメイクの特性の一部なのだろうが、それだけを取り出して悪用してやろうというのがなんとも裏技らしい。
まあ、スキルを消費する感覚なんてさっぱりわからなかったし、少しのスキルを付与するためだけにも大量のスキルが必要だったりしたので、ほとんどのスキルが犠牲になってしまったのは誤算だったが、一番大事な能力を付加することができたので十分だ。
ちなみにリンゴに付加してる最中、これってあの食べるとカナヅチになるあれみたいじゃん!と思って一人でニヤニヤしていたのは余談である。俺は〇魔の実を作った男じゃあぁ!
「病気じゃないし、俺は大丈夫さ。能力無いし俺は、ついてけないけど、今のワンコなら、きっと世界を救えるぜ。」
「待てよ!!それでも―――」
「じゃあな。」
ワンコが何か言っているが聞かない。きっとワンコも時間をおいて考えれば納得してくれるはずだ。
ワンコの食べたリンゴに付与した能力は「成長 特大++」だ。超成長からは若干弱体化したようだし、他の能力はつけられなかったが、それで十分だ。ワンコに足りないのは成長速度だ。それだけだ。そして、あの能力はそれを補ってくれる。
宿の自室に戻る。俺はこの街でそれなりの生活をしていければいい。幸いレベルだけは無駄に高いし何とかなるはずだ。
正直な話、救世主になれないのは少し残念だが、これでいい。俺にはどうやってもそこには届かないのだ。俺はワンコの持つ異常さは持ち合わせていない。手に入れたいとも思えない。
それに、俺は何も陰鬱な気分でいるわけではない。むしろある種の充足感さえ得ている。ワンコのお陰で、俺とワンコはこの街を救うことができたのだ。その事実だけでももったいないくらい幸せだ。
そうだ。ワンコならきっと、きっと、救世主になれるはずだ。
自室から街を見下ろす。青空に平和が戻りかかった街が映る。見える景色の全てがあの日より鮮やかなのは、俺の、ワンコの誇りになるはずだ。
チート能力があれば、救世主になれたのに
「お、アイト!見つけたぞ!」
「 !? ワンコ!?てか、窓から入ってくんな!!」
「おう、わりぃ?それより、さっさと行くぞ!」
「行くってどこに?」
「どこって、旅にきまってんじゃん!」
「今日!?てか行かねえっていったじゃねえか!だってもうスキル使えないんだぜ?」
「アイト、スキルなんてどうでもいいんだ!俺はアイトと行きたいんだ!旅は仲間と行った方が、楽しいだろ!?」
「え…てか、抱えるな!やめ、窓から…あっ!」
「よし!行くぞ!!!」
「分かった。分かったから、一緒に行くから、降ろしてくれえええええ!!!」
「お!一緒に来てくれるのか?よっしゃああーー!!」
「なっ、嵌められたあああああああぁぁぁぁーー!!」
こうして一人と一匹の世界を救う(?)大冒険が始まるのだが、それはまた、別のおはなし。
これにて完結となります。
ここまでお読みくださりありがとうございます!
また、評価、ブクマ等してくださった方ありがとうございます。とても励みとなります。
個人的には書きたいものを書けて満足しております。あまり王道でないですしタイトルがタイトルなのでどうかな?と思ってたところではあるのですが、手に取っていただけてありがたい限りです。これからもこんな感じでちょいちょい書いていこうかと思いますのでその時はよろしければ是非!