いつか王子さまが(ミオ)2
「ミオ、もう時間よ!急ぎなさい!」
私は慌てて朝食を飲み込むと、身支度をダッシュで済ませる。左の髪がうまくまとまると右の髪がはねてしまうが、今日は諦めた!遅刻はまぬがれたい。
さっきから私を急かしている母親は、忙しなく朝食の片付けをしながらも弟や最近ちょっと悪ぶっている兄にも声をかけている。
私の家は、この国ではごく一般的な家庭である。
ヤマトイ国は、あまり貧富の差がなく、学園に行っても友達はみんなこんな感じだ。大抵の家は中級家庭と言って良いと思う。もちろん、それぞれの家庭の事情はあるけれど。
だから、階級の差や、まして貴族だの王子だのは、この国でもごくごく一部の限られた存在で遠い物であり、外国の王子など夢物語の中にしかでてこない。
家の玄関の外では、ユーノが待っていてくれた。ユーノは、家が近く気も合ったので、小さい頃からずっと一緒に育った仲良しの友達である。
小柄で元気いっぱいの彼女は、のんびりしている私にはいつもちょっと眩しい。全力で笑ったり怒ったり、そしていつもくだらない話をして盛り上がるのだ。
今朝も、昨日の帰りに会った猫と自称王子の話で盛り上がりつつ学園へ向かう。
「ミオは小さい時、絵本の王子様と結婚するのが夢だったもんね。」
「よく覚えてるね!そんな昔の事。」
「だってクラスで先生に夢を聞かれて、皆が花屋さんとか先生とかお母さんとかになりたいって言ってた時!ミオは一人だけ、お姫様になって王子様と結婚するのが夢ですとかって言って…意表をついた答えが衝撃的で、ぷくくっ。」
「あー!!もうーっ、忘れて!」
「昨日の彼、意外と本物だったりしてー?」
「まさか!」
ユーノは屈託なく笑う。私もつられて笑う。
―そうだった。私は小さい頃、王子様に会えるって本気で思ってたんだよね。
今は流石に、そんな事ないって解ってるけど。
それでも何処かに、私だけを大事にしてくれる王子様がいてくれるんじゃないかなって思ってる。
それは、本物の王子様と言うより、いつか会える運命の人という憧れに変わってきている。
ユーノには、夢見がちと言われそうだけど。
クラスに入ると、もう何人もの友達が来ていた。男子が集まってくだらない話で盛り上がっている。
その中にいたジルが、振り返ってこちらに気がつくと、近くにやって来た。
「おい、ミオ!」
なんか怒ってるっぽい言い方だけど、標準仕様です。女子に話しかけようとする時のテレがあるのか男子には普通なのに、残念なヤツ。だから怖がられるんだよ。
「んー?おはよー。」
慣れてるので普通に返事をする。
「今朝は変なヤツに会わなかったか?」
お、心配してくれるのか。優しい所あるんだけどね。
「大丈夫だよ。ユーノと来たし。」
「帰り一緒に帰るヤツいる?」
「んー。多分。」
多分、ユーノと一緒に帰れると思うんだ。今ユーノは係の仕事に行っちゃったから確認できないけど。
「んじゃいいけど。」
ジル。暴れん坊で怖がられるけど、いいヤツ決定。
しかもイマイチ周りに理解されない。残念。
今も、他の女子が来て、
「なんかジル、怒ってたけど、大丈夫?いつもミオ普通にしてるけど怖くないの?」
と小声で聞かれた。めっちゃ否定してフォローしておいてやった。感謝してほしい。
朝のホームルームが始まる。
担任のウエノ先生は、熱心な新卒の先生だ。
「大ニュースがあります!突然ですが今日は転入生がいます。どうぞ入って!」
転入生は、教室の前のドアから入って来る。
少し、はにかんだ様にそれでも爽やかな笑顔で。グレーの髪が光に当たり輝く。緑の目を優しげに細めている。女子にも間違われそうな綺麗な顔だけれど、どこか凛々しさも感じさせられる。
女子の誰かがはぁぁぁーとか変な声を出している。
私は…驚きすぎて声が出ない。え?まさか…。
「こんにちは。クリストファー・シルヴァディ・ケルリアです。」
ク、ク、クリストファーって!!やっぱり昨日の!
チラッとジルを見ると目をまん丸にしている。
「あー、クリストファー君は、ケルリア国の第三王子であるのだが、ヤマトイ国の一般的な学園で学び、この国の理解を深めたいという事で急に転入が決まった。
なので、特別扱いは一切不要、言葉使いもこの国の一般的なもので普通に接してほしいそうだ。
こんな機会はなかなかないので、皆お互いを知り合って仲良くしてほしい!」
ウエノ先生の紹介が終わると、クリストファー王子は輝くような笑顔で言った。
「これからよろしくお願いします。」
それから、ぐるっと教室を見回すと、ハッとこちらを見る。
「ミオ!」
私の席の前まで真っ直ぐ来る。
「約束通り、会いにきたよ。」
それまで王子の雰囲気に息を飲んでいた教室は、キャーとかギャーとか、うわぁーとかヒューとか、爆音に包まれた。
ええー。本物。大混乱…。