(番外編)星の物語ーりんごパイとシルバ
僕は、シルバ。ミオは銀ちゃんってよぶんだ。小さく白い毛玉みたいな体に銀色の羽が生えている。羽を畳んでミオの手のひらに乗るのがお気に入りだ。好きな物はりんごパイ。食べたらとっても美味しくて胸がキュッとなるんだ。
この体は僕にとってはちょっと可愛すぎるんだけど、ミオが嬉しそうに撫でたり抱きしめたり愛情爆発させたりして喜んでくれるから、まあ、このままでいてあげてるんだ。
実は本当の僕は凄いんだぜ。頑張れば魔王になれる位の魔力は隠し持ってるんだ。ま、本気出してないだけっていうか。星一つくらい消せるっていうか。
えへへん。と、悪い顔をしてみたが、ジーヤにポコンとデコピンされる。
痛いから!くっそー!
ちょびっと魔力を込めるなんてズルいぞ!俺様が本気出せば、ジーヤなんか……。うう。
「何か悪い事考えてましたね?悪い顔しても可愛いだけですからね?」
「考えただけだよ!ふん!」
ぷんすかしてみせるが、ジーヤとミオには逆らえる気がしない。いや僕の潜在魔力は遥かに大きいけど皆を脅かすような事はしたくないんだ。僕の色々な事をジーヤも解っていてそれでも救ってくれた。
そして、一緒に、生きていてくれる。
それが泣ける程嬉しいなんて、教えてやらないんだからな!
……だけど、みんな、解ってますよみたいな優しい目をするんだ。ミオもジーヤもクリストファー王子も、僕を観察して何か書きまくっているユーノも、たまに来るムサシやばあちゃんや、天龍まで!…いや、いいんだよ別に。それがくすぐったくて、嫌じゃないんだ。
ーーー僕は、最初、宇宙を漂うチリみたいな物だった。いや、最初じゃなくて最後だったのかも知れない。何者かの終わった後の残骸が、チリのように散らばっていたのかもしれない。でももうそれはわからない。散り散りの無機物の様に実態も意識もなくただ星の間を漂っていたのだ。
しかしある時、ふと小さな星のカケラに引っかかって、そのまま一緒に地上に落ちてしまったらしい。落ちた衝撃と共に反射的に四方八方の物質を取り込み、気がついたら僕は、僕だった。
銀色の満月が、綺麗な晩だった。
突然の自我と、制御できない自分の魔力と、取り込んだ様々な物質のパワーに混乱し、自分の中の雑多なうねりに圧倒されながら、僕は様々な形をとった。花や、草木や、鳥や、子供。それから醜悪な男。
醜悪な男は言った。求めていた力が手に入った。これは俺の物だ。俺の魔力だ。俺の体だ。これで全てを支配できる。
違う。違う。僕は僕だ。お前なんかじゃない。僕の力は僕が使う。支配されない。僕はまだ信じる物が何なのかわからない。でもそれは違う。僕がチリになる前の記憶。大昔きっと僕だった物も醜悪だった。繰り返さない。繰り返さない。
それでも醜悪な男は言う。
俺が魔王になりこの地に君臨しよう。この魔力なら容易いだろう。黒い霧で世界を満たし、悪意と猜疑心を駆り立て、争いの世を支配するのだ。
させない。させない。
僕は、今度は、ありたい自分でいたいんだ。信じる。愛する。助ける。許す。
そうでありたい。
そうでありたいと思う自分でいたいんだ。
でも誰が僕を許してくれるだろう。誰が助けてくれる?一緒になんていてくれるだろうか。
いや違う。誰も僕を許してくれなくても、誰かを許せる僕になりたい。誰かを助ける僕でありたい。
そして。
一緒に、誰かと、笑いたい。
一緒に、いたいんだ。
僕の中に取り込んでしまった強烈な悪意は、ビルト国の王そのものだった。
僕は、僕の中のビルト国の王が僕の魔力を操り始めたのを感じて、まだ不安定なままのありったけの力でそれを体の中に押し込めた。
そして、走った。地を、空を。
一つの、気配に向かって。
それは、同属の気配。かつて宇宙のチリだった物。僕であり僕でない気配。もしかしたら、チリよりもずっとずっと昔、僕らは同じ物だったかもしれない。それは解らないけれど。
でも、ここで、生きているなら。
僕と同じ様に、落ちてきたのなら。
同じ様な、願いを持っているのなら。
僕であり僕でない何かの気配に引きずられる様に、必死に走り、その日の内に王城に辿り着いた。
他人から見えないようにシールドを張り、するりと城の中に入る。
気配を辿って一つの部屋を探しあて、ようやく着いたそこには、空っぽのベッドがあるだけだった。そして、赤い羽根が、一本、落ちていた…。
ここに気配が濃いのは、長年暮らしていたからだろうか。今は留守にしているようだ。ああ、ここからまた居場所を辿らないと、と思うのと、体から黒い霧が噴き出すのが同時だった。
まずい、と思った。
ビルト国の王は、ずっと機会を待っていたのだ。負の心に引きずり込み、魔力を操り、意のままにするのを。
お前を、助ける人はいない。
お前は、一人ぼっちだ。
お前は、何もできない。
僕はあっと言う間に黒い霧に囲まれて締め付けられる。ベッドに倒れ込み、思わず掴んだ赤い羽根を握りしめた。そして、出来得る限りで黒い魔力を押し込める。
それでも徐々に溢れ出てきて勢いを増す黒い霧に必死に抵抗し、部屋に魔法で保護膜を張ると外に漏れ出ないようにした。そして同時に、王城それ自体も外の世界から切り離した。
これで外の世界は守れた。
ーーそう思ったのだが。日が経つにつれ力を増すビルト国の王に反し、僕は徐々に魔力を吸い取られ、力尽きようとしていた。
ビルト国の王は僕がせっかく切り離した城の外にいくつかの魔力の塊を感知し、黒い霧の噴出口にしてしまった。その頃には僕は絶望に飲み込まれ、力を失いつつあった。黒い霧はビルト国の王の邪悪な欲望で外の世界を覆い尽くそうと、一気に広がり始めた。
僕には、抗う力があるだろうか。どうせ無駄なんじゃないか。諦め。絶望。無力。孤独。無気力。悲しい。寂しい。苦しい。ーーーひとりぼっちだ。
切望。僕は、どう、したいんだろう。
僕は、僕でありたい。ありたい僕になりたいんだ。
何も、見返りがなくても。
誰も、認めてくれなくても。
これで、終わっても。
僕の事は、僕が見ている。
僕は、最後の力を振り絞り、黒い霧が王城から離れ広がっていくのを押し留める。
少しずつ、意識が遠ざかっていった。
ーーー
ーーーずっと、ひとりで頑張っていたんだね。
遠くから声が聞こえる。
暖かい光が僕を包む。
壊れて砕け散っていきかけていた僕の意識が少しずつ戻ってくる。
ーーーこの子が助かりますように。
僕の、ために、祈ってくれてるのか。
一気に意識を取り戻し、自分の状態に気づく。
僕は初めて会った少女ーミオーに抱きしめられ、何もない空間で光輝いていた。ミオの力と光と温度が、優しく僕を温め、爆発的な愛情で、渇いた場所が満たされていく。
僕は、ここで、生きていっていいの?
ーーーもちろんよ。一緒に、りんごパイを食べようよ。
僕の切望へのなんだか気の抜けた返事に、一気に脱力する。りんごパイ。なんだそれ。ふふっと笑う。笑うなんて初めてかもしれない。自分の反応に自分で驚いて、今度は何故か何かが頬を伝う。笑い泣きしながら、嬉しいという感情を理解する。そして、何度も心の中で繰り返す。
りんごパイ。りんごパイ。りんごパイ。一緒に食べよう。
ありがとう。ミオ。
僕の体は銀色に輝き出す。今は、自分の魔力をちゃんとコントロール出来る。
僕の中に微かに残るビルト国の王のカケラから、黒い霧の中で起こった今までの事を総て理解した。黒い霧の中での戦い。皆が、城を守る為にここまで来た事を。
僕の中の邪悪なカケラは、粒の様に小さくなってもまだ蠢いている。
どうしたらいい。
「その為に来たんだろう」
僕が握りしめていた赤い羽根の、その持ち主が、そこに来ていた。
彼は、僕だ。僕であって僕でない。僕と同じ匂いのする、でも今は別の人。
ジーヤは、鳥の姿で、僕を抱き込み再生の焔で二人を焼く。僕達の二人の魔力は、この星を何回も滅ぼせる程の物だ。多分ジーヤが魔王として君臨していたなら、どちらかは戦いの末淘汰されただろう。人も地も荒れ果て。
それを解っていて尚、僕を助けるジーヤは、きっと、こうであろうと選択してここまできたんだろう。……僕も。…僕も。
僕達は、7日間、焔に焼かれ、
無になり、新しく再生した。
ーーー目が覚めると、僕は、小さなフワフワした鳥の姿だった。銀の羽は気に入っている。唯一カッコイイ所だ。姿は好きに変えられるが、あえてしばらくはこのままでいる事にした。
そして、今、僕はここに、ーーミオとクリストファー王子のいるこの城に、いるんだ。
僕はここを棲家にして大人しくしている。この城のある小さな島に、ジーヤと僕とドラゴン達がいるんだ。最強だろ。
この島の人間は皆優しい。解ってるよって、言われてる様な感じだ……鈍感なのはジルくらいだな。ジルとはこの前最後の一個のりんごパイを取り合って、ジャンケンで僕が勝ってやった。目の前でうまそーに食べたらめっちゃ悔しがってたんだ。ぷぷ。
いつもジルの近くにいるドラゴン達は、野生の勘か本能か、黒い霧の記憶か分からないけど僕にはびびりまくって近づかない。
あいつらかなり強いんだけどな。
赤と白と青と黄と緑。あの戦いからずっと、ジルについて回っている。忠誠を誓うレベルで懐かれてるようだ。僕は勝手にドラゴン戦隊と呼んでいる。
ピンクのドラゴンが欲しいところだ。
王子達が解放した金のドラゴンは、ドラゴンの中では最強で、圧倒的な力を持っていた。
クリストファー王子に懐いたそいつは、王子達に頼まれて、ケルリア国の王城を守っている。王城の屋根の上で昼寝したり睨みを効かせたりしているらしい。
ケルリア国は、第一王子だったレオナルド王子が今現在王位を継ぎ、安定した治世をしている。アカリナは王宮の魔女として、王城で暮らしているが、こっちの島までヒョイと飛んで遊びに来ては、僕をギュウギュウ抱きしめていく。
ジーヤの解放した銀のドラゴンは、ジーヤの言いつけ通りにこの城の屋根を守っている。
と、まあそんな訳で、この島は最強の警備を誇る。安心だ。
それに、万が一何かがあっても、僕がミオを守る。そして皆を。
「銀ちゃん、おやつ、一緒に食べよう。」
ミオが僕を呼ぶ。
すぐに飛んで行って、ミオの手の平に残る。ミオの手にすりすりして甘えると、ミオは頬を近づけて頬ずりしてくる。ミオにキスをする。ミオの愛情をもれなく吸収して今日も元気いっぱいだ。
急に、ベリっとミオから引き離されるのもいつもの事だ。クリストファー王子。ヤキモチ焼きめ。
「もうその位で充分でしょ?」
と笑顔で言っているが目が本気だ。
こんな可愛い小鳥ちゃんに、大人げないヤツだ。
フフンと膨れると、ジーヤに横目で睨まれて、大人しくする。何たってこれからおやつタイムだからな!ウキウキ。
昨日は、赤いベリーの蜂蜜タルト。ミオのお気に入りだ。その前は、樹蜜のパンケーキ。ええとその前は、確か苺のジェリー。
そうして、今日は、りんごパイだ。




