緑の目
学園からの帰り道。雨あがりの水たまりの中に、キラっと光るビー玉を見つけた。
いつもなら、友達と話していて気付かなかっただろうけど。でも今日は皆たまたま用事があり、一人でのんびり帰宅途中だった。
キレイだなっと思ってよく見ると、なんだかビー玉より大きい。大きめの飴玉くらいの球体に、青味がかった虹色が輝く。すごくキレイな…石?
そこに野良猫が寄ってきた。グレーの毛並。薄汚れてヨロヨロしている。でもなんか可愛い。特に目が。潤んだ緑の目でじっと見つめてくる。もの欲しそうに。
ーーにゃーんにゃーんにゃーん。うなおーん。
めっちゃもの欲しそう。何?この子は何を求めているの?かわいい。ナデナデナデ。
ゴロゴロゴロ…と気持ち良さそうに頭をすり寄せてくる。可愛いすぎて、もう我慢できません。制服が汚れるのも構わず、抱き上げて、むぎゅーとする。
いや、本当はこれをすると大抵の猫は嫌がって逃げてしまうんだが。でもでも、あまりの可愛さに愛があふれ出てしまったのよ。
ダッシュで逃げられる前に、しっかりむぎゅーを堪能する。ホワホワ。あったかい。それでもそろそろ解放してあげようと腕を緩めるが、意外と逃げない。それどころか、もっと撫でてと頭をすりすりしてくる。
おおー。超人懐こい野良猫。ういやつじゃ。
「ミオ、何してんだ?」
通りかかった学生が声を掛けてきた。ジルだ。お隣りさんの同級生だ。コイツは何かとからかってきたり、イタズラをしてくるので、ちょっと面倒くさい。小さい頃からヤンチャだったけど、それでももっと素直で可愛いかったのに。
さっきも、赤ペン貸してと言うので貸してあげたら、授業が終わっても返してくれないのだ。返して!と言えば言う程楽しそうに逃げて行く。ムカつく。
そんな訳でかけられた言葉を無視していると、ゴメンゴメンとか言ってカバンを下ろし、赤ペンを探し出して、「ん。」とか言って返してくる。
もっと早く返せバカーと思うが、しょうがないので片手で受け取る。
「野良猫?」
「ぽいね」
「おー。可愛いじゃん。オレにも抱かせて」
コイツも、別に悪いヤツじゃないのだ。動物にも優しい。子どもの頃ヘビは振り回していたが。
グレーの猫をジルに抱かせようと立ち上がる。近くに寄って、手渡そうとすると肩があたる。動物好きなのにジルがちょっと焦ったような顔をする。
「大丈夫、大人しいし、すんごく人懐っこいよ」
―でもなぜか猫は差し出されたジルの手を引っ掻き、スルリと着地した。
「!痛ってー。…コイツ、ぜってーオスだな…」
と、一応痛がってはいるが、多分どうって事はないと思う。
ジルは、騎士になるのだ。学園を3年終えたら、騎士学校に行くんだって。今も、身体は鍛えているし、結構強い。でも、ヘビを振り回してたヤツがって思うとちょっと笑える。ぷぷー。
猫は水たまりの前まで歩いて行くと、ナオーと鳴いた。じっと見つめてくる。それから、水たまりの中をじっと見る。そこにはさっきのビー玉があった。
「ニャーニャーニャー、ナオーン。」
そしてまたもの欲しそうにこちらをじっと見てきた。
私は、水たまりの中で光るビー玉を拾おうと、その辺に落ちている棒を拾って、水たまりから出そうとガシガシする。うーんなかなか取れない。
横から、ジルが汚れるのも構わずバシャと水たまりの中に手を突っ込んだ。何でもないというようにヒョイと拾い上げてくれたそれは、光を透かせて反射する、虹色のとても綺麗な球体だった。ジルは、制服の脇の辺りで適当にゴシゴシと拭いて、
「ほら。」
と気軽な感じで手渡してくれる。
くっ。だから本気で怒れないのだ。
しかし、振り回したヘビを私にくっつけようと迫ってきて、泥だらけの畑に落とした事は忘れてやらない。
ありがたく、綺麗なビー玉を受け取る。ビー玉なのかわからないが。すると、手に持った途端、グレーの猫が突進してきた。今までじっとこちらを見ていた猫は、ぴくりとも動かずにいたのに、突然ぶつかってきたのだ。
右足をとられ、よろめく。私の手からさっきのビー玉が離れ、落ちて行く。グレーの猫が体をしならせて飛び上がり、ビー玉を空中で咥えた…。
転びそうになってぎゅっと目を閉じた私を、誰かが後ろから抱きとめてくれた。セーフ。痛い目に合わずにすんだ。
「ありがとうジル。」
と、目を開けると、ジルは目の前で目をパチクリしていた。その手は空間に伸ばされたまま停止している。
え!?ジルが助けてくれたんじゃないの?
恐る恐る後を振り向く。
そこには、満面の笑みを浮かべたまさに王子様の様な人がいた。私を抱きとめてくれたまま目が合う。緑の奇麗な色。…ええっ?ていうか誰?王子っぽい姿形、優しげな表情。女の子みたいな綺麗な顔に意思のしっかりした目。
「あの、どなたか存じませんが助けていただきありがとうございました。」
と、身を引っ込めようとすると、腕に力が入り、ぎゅーと抱きしめられた。びっくりしてわたわたしていると、
「さっきこうやって抱きしめてくれたじゃないか。」と嬉しそうに言う。
ええー?変態?あわわわ。ジル、見てないで助けてよ!
やっと正気に戻ったジルが、私の手を引く。私を背中に隠し、でも、動揺を隠せないまま、
「おまっ!何を!ていうか猫か!猫なのに、…猫じゃなかった!」
とか支離滅裂な事を言っている。
「そうです。僕はやっと猫の姿から人間にもどれた。」
とその人は言う。ジルの背中からひょこっと顔を出して見ると、確かに緑の目だけはさっきの猫の目と同じだ。髪もグレーで、あの優しい手触りを思い出す。
「ありがとう。愛しい人。君は魔女の呪いから僕を救ってくれた。魔女に飛ばされた僕の魂を見つけて、その手から飲ませてくれた。僕に愛を捧げてくれる人が魂を飲ませてくれる事が条件だったんだ。君は僕にぎゅうぎゅうしながら2476ポイントの愛情をくれた!これは凄いんだ。魔女の条件は1000ポイントだった。普通は頑張っても500位だからね。」
ちょっと何言ってるかわかんない。愛情って測れるんだっけ。
「僕も君を愛してるよ。今日から僕達は婚約者だ。」
だめだ、色々ついていけない。ジルはめっちゃ睨んでいる。
「そもそも、あなたは…誰?」
「失礼、まだ名乗ってなかったね。僕は、隣の、ケルリア国の第3王子。クリストファーだ。これから、よろしくね。」
王子は、私の前に跪く。私の手を取ると、そっと口付けた。




