野生のジーンズを捕まえろ
1
十四歳になる娘が、ファッション雑誌から手を離さない。
「食事のときぐらい閉じたらどうだ」
「うん」
「まえにチャーハンをこぼして泣いていただろう」
返事はなかったが、ずいぶんと上品に味噌汁を味わい、ていねいに器を置いて、ゆっくりと雑誌を閉じた。
忘れてはいなかったらしい。
パパも覚えている。秘かに動画も残してある。大切なメモリーだ。
娘はテレビのリモコンを手にして電源をいれた。
「パパ、なにか観たい番組はある?」
「とくにないな」
娘は番組表をながめ、パパは置かれた雑誌に目をやる。
どうやら娘は、表紙を飾る女性モデルに憧れているらしい。CMにも頻繁に起用されている人気モデルだ。パパでも知っている。テレビに映る彼女のファッション、その着こなしを完璧に模倣していれば、さすがに気づく。
「……かっこいい」
憧れの人気モデルが、新しいCMに出ていた。
美しい女性である。
彼女が着こなせば、どんな衣装でも素敵にみえてしまう。
傷だらけのジーンズでさえ、彼女の魅力を高めているようだ。
「たしかに、かっこいいな」
「あっ、パパでもわかるんだ」
「ああ、このところジーンズばかりだった理由が、ようやくわかった」
パジャマと制服とジーンズを、一日のサイクルでお目にかかる。
「あれ、手に入らないんだよね」
「なにが?」
「あのジーンズ」
娘はふたたび雑誌を開き、パパに見せた。
CMでは気づかなかったが、傷だらけのわりには、色が鮮やかである。
「このジーンズ、天然ものなんだって」
「ああ、なるほど」
「数が少ないうえに人気があるから、オークションじゃないと手に入らない。参加はできるけど、貯金をつかっても絶対に無理」
本来の価格ですら高額であるうえ、数十倍に跳ね上がっているという。
「詐欺も増えてるらしいよ」
「簡単に手に入るものは、まず間違いなく偽物だろうな」
「牧場で育てたジーンズを傷つけて、天然ものに偽装する業者もいるみたい」
「おいおい、完全な虐待じゃないか。なんて悪質な連中だ」
すでに行政機関が動いており、悪質業者や密猟者の排除が進んでいるらしい。
管理体制は強化され、制約が増え、手続きは複雑化。
流通はさらに厳しくなる。
「だから、あきらめてはいるんだけどね。いまのジーンズも気に入ってるから、使いこんで、かっこよく育てるよ」
「さすがはパパの娘、よい心がけだ」
衣類は大切に扱わなければならない。
誠意をもって接することにより、満足して役割を果たしてくれる。
タンスの肥やしとなっては気の毒だ。
「まあ、それはそれとして」
電話をかける。
食事の最中ではあるが、善は急げともいう。
いぶかしむ娘に、「やれることはやってみよう」とパパは答えた。
「……ああ、もしもし、義兄さん? はい、そうです。ご無沙汰しております。ご相談したいことがあるのですが、いまお時間はよろしいでしょうか?」
2
亡き妻の兄は、義弟とは違う。
一般的な生活には不向きな人だが、それ以外の面では心強い人であった。
「天然もののジーンズ? 入手できない? 人気がすごい? なるほど、絶対に儲かるな。オーケー、俺たちで狩ろうや」
義兄さんは、すばらしい情熱と人脈により、段取りをつけてくれた。どういう手段を用いたのか、プロハンターの補助という形で許可がおりたのだ。狩りの結果によっては、分け前も十分にいただけるという。
「こちらとしては、娘のジーンズが手に入ればよいのですが」
「まあまあ、とりあえず資料を送ったから、頭に詰めこんでおいてくれ」
有給に問題なし。
資料をもとに準備を整える。
そしてはじまる、二泊三日の弾丸ハンティング。
狩り場は、多くの野生衣類が生息するという、東北の山岳地帯である。
目的地を目指して、ひとり、電車に揺られた。
娘は家で留守番だ。
友だちを呼んで楽しむという。
義兄さんは、過去のトラブルが発覚したとかで、許可を取り消されたらしい。
べつの儲け話があるとかで、南極に行くそうだ。
ひとり電車に揺られながら、ときおり娘にメッセージをおくった。
お土産リストがおくられてくる。友だちに配りたいのか、ジーンズが手に入らなくても気にするなと伝えたいのか。
とにかく、元気そうでなによりだ。
3
民宿で待ち受けていたのは、プロハンター島村さんによる歓待であった。明日のため、地酒は一杯だけいただき、食事もひかえめにした。
節制に努める態度に好感を抱いてもらったらしい。
島村さんとの会話が弾んだ。
島村さんも、人気モデルのことはご存じであった。
「娘さんのためとはいえ、ご苦労なこったねえ」
「たしかに費用はかかっていますが、オークションで競り落とす金額に比べれば、些細なものです。ずいぶんと節約になりますよ。まあ、うまく手に入ればですが」
「おうおう、それじゃなんとしても、明日の狩りは成功させねえとな」
決意をあらたにするため、撮りためた娘の写真をながめる。
島村さんは地酒をあおった。
成功率が下がりそうな勢いだが、口のほうは滑らかである。
「この地方ではまだ、信仰が残っとる。入山は厳しく制限されておるから、野生の衣類も数多く残っておるんよ」
この国では、山そのものを御神体として崇めてきた。信仰の対象そのものであり、むやみに立ち入ってはならなかった。敬う精神なくして山に登ることは、神さまを軽く扱う行為であり、神さまを拒絶する行為であり、その地を治める神さまの力を弱める結果になるという。
「御山の噴火、地震……自然災害いうもんは、人の業がもたらすのよ」
「そんなことより、あのモデルの着こなしを完璧にコピーできてしまうとか、うちの娘、すごくないですか?」
娘の写真をみせると、「かわいい娘さんだわ」と愉快に笑っておられた。
一段とやる気が湧いたらしく、島村さんは地酒をあおった。
4
プロハンター島村さんに先導されて、山道を登る。荷物を背負っての山歩きは、なかなかにハードだ。節制に努めているとはいえ、歩き方にも技術が必要であるらしく、プロと素人の差は大きい。ついてはいけるが、すでに汗がひどい。塩を舐めて、水分を補給しつつ、島村さんの背中を追った。
「ほれ、あそこにおるよ」
島村さんは沢の方向を指さした。
岩の近くに、傷だらけのジーンズがいた。やや色が薄い。
「ストーンウォッシュでしょうか? 岩場を好むと、資料にはありましたが」
「よく勉強しとるね。まさにそれよ」
捕獲作戦がはじまる。
シンプルに、二手に分かれて挟み撃ち。
一応ナイフは所持しているが、刃物は厳禁となる。
傷つけて捕獲した衣類は、寿命が短い。
捕獲は素手が原則だ。
島村さんは上流から近づくため、下流から近づくことになる。
ゆっくり忍んで歩いたはずだが、やはり素人なのだろう。
気づかれた。
逃げられる、などという愚かな考えは一瞬でくつがえる。
こちらに襲いかかってくる。
身体が固まる。
それを見逃すほど、野生のジーンズは甘くはなかった。
美しいスウィング。
遠心力のかかった一撃が、バシィーッと頬を打った。
「!? いっつ!? ちょっ、痛いって! 痛いんですけど!!」
死にはしないが、強烈に痛い。
硬直が解けて、とにかく距離をとった。
ジーンズは警戒を緩めることなく、いつでも打ちすえるぞ、と言わんばかりに揺らいでいる。そこへ──、
「はい、捕獲」
ジーンズの背後から島村さんがあらわれる。
島村さんはジーンズを縦に折りたたんだ。こうなると動きはとれない。そのままていねいに畳まれた。大人しくなったジーンズは、防虫剤入りの箱に収納される。これで完全に捕獲は完了となる。
「いいもんもらっとったね。けっこう痛いじゃろ?」
「ええ、なかなか強烈でした」
うまく動けなかった自分の責任である。
「最初はみんなそんなもんよ。とにかく体を張って、痛いのを耐えて、押さえつける感じで折りたたんでいかんとな。ところで、いまのジーンズはどうする? 娘さんのにするか?」
「いえ、いまのやつは、娘には大きすぎたと思います。それに……」
「それに?」
「せっかくですから、自分で捕獲したものを贈りたいなと」
その意気はよし。
と、島村さんは笑っておられた。
「それじゃあ、もっと奥のほうへ行こうかい」
我々は、衣類の暮らす、奥深き山中を歩いた。
5
プロハンターと素人ハンターの違いはなんだろうか?
「大丈夫かいな?」
「……ええ、なんとか」
島村さんの後ろを歩いているはずなのに、いきなり空から降ってきたスカートに視界を奪われ、木にぶら下がっていたネクタイに首を絞められ、繁みに潜んでいたボクサーパンツに、いいボディブローをもらってしまった。
「振り返ればサンドバッグとか、なかなか衝撃的な絵面じゃったよ」
「……このあたりの衣類は、連携技が得意なんでしょうか?」
「あまり聞いたことないんじゃけど、ないこともないね。それより、ほれ、あっちに」
姿勢を低くして、様子をうかがう。
「おお、ホワイトソックスの群れですか。野生でもいるんですね」
「牧場で生まれた品種じゃから、どっかから逃げ出したもんが野生化したんよ。そっちじゃなくて、あっちのほうな」
樹齢の高そうな木々に囲まれて、太陽の光は届きにくい。
緩やかな勾配となった場所。
そこにいた。
「すごい」
何十着ものジーンズが、群れをつくっていた。
「さすがに、あれを全部捕獲するのは無理よ」
「ええ、しかし、あれだけの数がいれば……」
「娘さんにちょうどよいジーンズもいるじゃろうね」
「ええ」
我々はこそこそと距離をつめた。
「あれなんかどうよ?」
「どれです? ……あれは、ダメですね」
「なんでよ?」
「ローライズが過ぎますので」
「……たしかに、ちょっと下着が見えそうな感じかね」
「でしょう? うちの娘には早すぎます」
その後も島村さんと観察を続けつつ、娘にぴったりのジーンズを絞りこんだ。
「あれを狙います」
「それじゃあ、健闘を祈っとるよ」
島村さんとは別行動となる。
彼にはプロとしての仕事があり、効率よくジーンズを捕獲するだろう。
こちらの私用に付き合ってもらう暇はない。
なにより──。
「娘のジーンズを捕えるのは、パパの使命だ」
標的は、群れの外側にいる。
作戦はシンプルだ。突っこんでゆき、体当たりで捕まえ、折りたたむ。
相手は多数であり、おそらく逃げない。
むしろ打ちすえてくるだろう。
囲まれて、多方向から打ちすえられる中、標的を折りたたまねばならない。
覚悟が必要だ。
「パパの気合いを、甘くみるなよ!」
繁みから飛び出る。
自然と叫び声をあげながら走っていた。
相手の意表をつけたらしい。
その隙に標的までの距離をつめる。
群れが動いた。
逃げることなく向かってくる。
標的は動かない。
一直線に走りぬく。
最初の一着が顔面をねらって打ちすえる。
姿勢を低くして避け、スピードを落とすことなく進んだ。
別のジーンズが腹を狙ってきた。
まともに喰らったが、気合いで耐える。
その程度で、パパの勢いは止められない。
止まらない。
勢いのまま、標的のジーンズに跳びついた。
「よっしゃー!!」
暴れるジーンズを縦に折りたたむ。少し大人しくなった、と油断したところへ、顎に一撃を喰らった。そばにいたジーンズが顔面を打ちすえた。頭上から一撃。後頭部にも強烈な一撃をもらい、くらりと脳が揺れた。
だが、耐える。
亀の体勢となって攻撃を受けつづける。
折りたたむことはできないが、捕えたジーンズは、決して手放さない。
耐える。
いまはただ、ひたすらに耐える。
耐えつづける。
「ようがんばったね。もう大丈夫よ」
気がつけば、周りにジーンズはおらず、島村さんが立っていた。
島村さんは、折りたたんだジーンズを五着ほど、脇にかかえていた。
「ははっ、さすがですね」
「いうても、これで飯を食っとるからね」
島村さんは、ていねいに畳みなおして、防虫剤入りの箱に納めていった。手際のよい作業をしばし眺めたあと、ずいぶん大人しくなっていた、標的のジーンズを観察する。
適度に傷のついた、天然もののジーンズ。
色合いもいい。
艶もある。
娘の魅力を引き出してくれる、最高のジーンズだ。
「やったぞ……パパは、やったぞ」
もう一度最初から、ていねいにていねいに畳んでいった。
背負ってきた、防虫剤入りの箱のなかに収納する。
「捕獲、完了」
目的は達成した。
あとはこれを、娘のもとに届けるだけだ。
山を下りたいところだが、島村さんの仕事はどうだろうか?
彼の協力なくして山を下りることはできない。
ここまで助けてもらった分、少しでも補助ができればよいとも思う。
「島村さん、これからどうします?」
「そうね。そろそろ時間もきとるし、帰るつもりだったんじゃが……」
様子がおかしい。
島村さんの表情が硬い。
「なんか、おもいっきり囲まれとるんよね」
周りを見わたせば、ジーンズの群れに囲まれている。
いや、ジーンズだけではない。地には多種多様なソックスの群れがおり、パジャマやワンピース、パンツやショーツがちらちらと隠れており、ジャージやスーツの姿も見える。蝶ネクタイがとまる木の上、高いところにはネクタイや帽子がいる。
衣類の群れが、我々を完全に包囲していた。
「これ、間違いなくいるね」
「いる? なにがですか?」
島村さんは正面を見据えている。
「いったい、なにが……?」
我々の視線の先に、それは現われた。
繊細かつ美しい形状。
創造主は、どのような意図をもって創られたのだろうか。
しかし、天然もの?
聞いたことはないが。
「あれも、野生化したものですか?」
「いいや。状況から察するに、あれは生まれも育ちも天然ものじゃろうよ」
「状況といいますと?」
「衣類を統率する能力よ。牧場で育った奴に、そんな能力はないからね」
様々な衣類をまとめてコロニーをつくり、統率する支配者。
「……おとぎ話なのでは?」
「圧倒的に数が少ないから、そうなっとるだけよ」
島村さんの眼光が鋭さをみせた。
「希少種のなかでも希少な存在……女王種。天然ものの、野生の網タイツよ」
網タイツは、衣類たちを従えて、毅然としてそこにいた。
支配者の風格に、我々は気圧されていた。
6
包囲は徐々に狭まってくる。
島村さんは、禁じ手である刃物を取り出していた。
「彼女たちの要求はなんでしょうか?」
「仲間の解放じゃろうね」
「……くそっ」
それはできない。
あのジーンズを手放すわけにはいかない。
娘のために、パパがあきらめるわけにはいかないのだ。
慣れていないと危険だが、そうもいっていられない。
腰のホルダーからナイフを取り出した。
「あっ!?」
上から何かが落ちてきて視界が塞がれた。おそらくスカートだとおもわれる。二度も同じ手にひっかかるとは、なんという愚かさか。しかし、それもここまでだ。
スカートをそのままに腹筋を固める。
そして、ボディを狙ってきたボクサーパンツを──。
「捕えた!!」
暴れるボクサーパンツを片手で取り押さえ、ナイフをあてる。
「これを見ろ! 全員、動くな!!」
視界を塞いでいたスカートが、ふわりと舞いあがる。
やはり仲間を傷つけたくはないのだろう。
包囲網は動かない。
「ようやってくれたね。これでまあ、五分五分よ」
「ええ」
仲間は傷つけたくない。
しかし、覚悟はあるかもしれない。
傷つく覚悟。
失う覚悟。
女王が覚悟を決めたなら、我々はふたたび襲われることだろう。動きを封じられ、ネクタイで首を絞められたなら、命を落とすことになる。
「なんとか逃げる方法を──!?」
後方の繁みから、ガサガサと音がした。
衣類ではない。
これは人間、いや、獣の気配だ。
その方向にいた衣類たちが、ばらばらに散らばっていく。
「まずい!? イノシシよ!!」
島村さんの言葉どおり、一頭のイノシシが姿をあらわした。
衣類たちが散らばる。
衣類が動物に襲われることはまずないが、動物にくっついた虫が苦手なのだ。
「危ない!!」
「うぉ!?」
猪突猛進とはよくいう。
ぎりぎりで進路の外側に逃げられた。
動物は衣類を捕食しない。幼少期に興味本位で跳びかかることはあるが、反撃を受けて学習する。衣類が遠ざかっても、追いかけたりはしないものだ。
そう、イノシシは衣類を襲わない。
ただし、興奮していなければ。
人間に突進してきたイノシシは、勢いのままに、衣類たちに突っこんでいった。
「いまのうちよ!」
「ええ、ですが……」
散らばり逃げまどう衣類たちが、気の毒でならない。
なにか手はないのか?
捕まえたままだったボクサーパンツを解放し、ナイフをホルダーにしまい、イノシシの注意をそらせるような何かを探す。
「えいぁー!!」
とりあえず投げた。
塩が入った小さなビニール袋。
命中して、塩が散らばり、うっすらと地面が白くなる。
イノシシがこちらに気づいた。
「あれ?」
猪突猛進してくるかと思いきや、地面を、塩を舐めている。
ミネラル不足?
「ちょっと落ち着いてきたね」
「ええ……えっ?」
いつの間にか離れたところにいた島村さんが、荷物からイノシシ撃退グッズなるものを取り出しているらしい。落ち着いてきたというのは、イノシシではなく島村さん自身のことだったのだろうか?
島村さんは小袋入り防虫剤を地面に置いた。
「なぜ?」
「イノシシの好かん臭いがするんよ」
イノシシが塩を舐めつくした。島村さんはイノシシに見せつけるようにして、塩の入った小袋を遠くへ投げた。イノシシはそれを追いかけて去っていった。
残ったのは人間二名と、数着となった衣類たち。
そして女王種、網タイツ。
衣類たちが散らばっても、支配者たる風格に揺らぎはない。
「どうするね?」
「なにがですか?」
「希少種のなかでも希少な存在よ。当然、相当な金額で取引される。一生遊んで暮らせるかもしれんね」
「プロハンターのご意見は?」
「あんな希少種、捕獲していいような存在ではないね」
「ならば、そうしましょう」
「いいのかい?」
「網タイツなど、うちの娘には早すぎますので」
「天然ものの網タイツを身につけた女性は、何ダースもの男を従えるというけどね」
「それを聞いて安心しました。うちの娘には、未来永劫、縁のない衣類です」
娘に従う男など一人でいい。
いや、パパがいるのだから、ゼロでもいい。
「うちの娘ならば、ジーンズだけで十分ですよ。考えるべきは、どうやって男を追い払うか。それだけですね」
我々は、網タイツに敬意を払い、余分な防虫剤を進呈した。
山を下りる。
衣類たちの攻撃はなく、獣の襲撃もない。
我々は目的を果たし、五体満足で宿泊地に帰還することができた。
風呂に入って汚れを落とした。
祝杯をあげた。
島村さんは地酒をあおった。
パパもまた地酒を楽しんだ。
娘にメッセージをおくった。
素敵なジーンズを手にいれたと。
結果だけ伝える。
苦労話など必要ない。
パパはただ、娘が喜んでくれたらそれでよいのだ。
7
筋肉痛の身体をひきずって土産物を買い求めた。
島村さんに見送られて電車に乗った。
予定どおりに帰宅できた。
天然もののジーンズを手にした娘は、泣くほど喜んでくれた。あれほどまっすぐに、喜びと感謝の言葉を伝えられたのは、いつぶりだろうか。撮影にも成功した。大切なメモリーだ。
娘は天然もののジーンズと持っていたジーンズを使いわけて着用している。
どちらも大切に扱っているようだ。
さすがはパパの娘だと、島村さんにもメッセージを送っておいた。
もしかすると、娘は本気でモデルを目指しているのかもしれない。素質も努力も認めるが、食事中でもファッション雑誌から手を離そうとしないのは、悪い癖といわざるをえない。
「食事のときぐらい閉じたらどうだ」
「うん」
「カレーライスは、悲惨なことになるぞ」
娘は素直にうなずき、雑誌を閉じてテレビをつけた。
CMが流れている。
娘が憧れている人気モデルが、ジーンズに白いTシャツ姿で映っている。
「かっこいいよね」
「ああ、しかし、まだジーンズなんだな」
「企業が潤ってるらしいよ」
「なるほど」
天然ものジーンズの需要は衰えをみせない。
島村さんもいい稼ぎになっているだろう。
「それよりさ、さっきの白いTシャツ、知ってる?」
「いや? そろそろ季節的におかしいとはおもうが」
娘は雑誌をめくり、特集記事をパパにみせた。
「……幻の、ヒート種?」
冬でも暖かい、純白の衣類。
極寒の地、南極大陸でのみ生息する希少種。
天然ものしか存在しない。
「絶対数が少ないから、ジーンズ以上に入手は困難なんだって。南極で牧場をつくる計画はあるらしいけど、いまはまだ、夢の衣類ってやつだよ」
娘は健気にも笑っていたが、隠された落胆を見逃すようなパパではない。
たしかに、無理なものは無理だろう。
なんでもかんでも簡単に手に入るようでは、ろくな大人にならないだろう。
「まあ、それはそれとして」
パパは電話をかける。