観葉植物とコーヒーと、お気に入りの音楽があればいい(内田) 内田の生活
父親の退職と共に、両親揃ってしばらくマレーシアへ移住するなんて言うもんだから、俺は実家に戻ることにした。誰も住まなくなると家は急激に傷みやすくなるし、かと言って得たいの知れない他人に貸すなどもってのほかだ。姉は結婚してシンガポールに住んでいるので、残された俺が実家に住むことにした。
勤めていた隣県の会社は辞めることにして、早々に退職願いを出した。消化し切れなかった有給をまとめて取ったので、その間に次の職場を探そう。住んでいたマンションも、更新時期が近づいていたのでタイミング的にも良かった。まるで家が俺に帰って来いと言っているような気がした。
実家は都心部から少し離れたベッドタウンにあり、バブルの始まりの頃に開発された街というせいもあってか、高級感が漂っていて雰囲気がいい。クリスマス時期になると、駅前に大きなクリスマスツリーが飾られて、外国の町並みのようになる。
学生時代は、その当時の彼女と手をつないで、よくツリーを見に行ったものだ。毎年見に行く彼女が違っていたが、それぞれいい思い出だ。たまに同じ年で何人か違う彼女と行ったこともあったがそれもまた一興。イマカノの前でモトカノに頬をぶちまわされたこともあったが…、フッ…今となっては懐かしい思い出だ。
しかし何故女の子たちは怒るのだろう?
何故俺はぶちまわされるのだろう?
と、いろいろ考えたら、原因と対策がわかってきた。
俺の出会った女の子たちは、行間の気持ちを汲み取ってほしい気持ちが強いらしい。しかし「嫌い」と言われれば、言葉通りに嫌われているんだろうなと思うし、「もうかまわないで!」と言われれば、希望通りにそっとしておいてあげたくなる。俺なりの気遣いなんだけど、向こうにとっては「そのまんまとってんじゃねーよクソ野郎!」となるらしい。俺はそんな気持ちがわかるような超能力は残念ながら持ち合わせていない。
かまって欲しいなら「かまってくれよ!」ラインの返信すぐ欲しいなら「この文章を見たら1分以内に反応しやがれ!」と、ハッキリ気持ちを言ってくれた方がわかりやすくていい。その通りにはしないかもしれないけど…。
外国の女性は、自分の気持ちをハッキリ言う傾向にあるので、そうか俺は外国の女の子と付き合えばいいのだ!と思い、即実行した。
結果?
…結局ぶちまわされた…。
久しぶりに地元の駅に降り立って、家の方角に向かって大通りを歩いていると、町並みが微妙に違っていることに気付いた。昔あったレストランが美容院になっていたり、あったビルが壊されて駐車場になっているかと思えば、昔駐車場だったところに新しいビルがたっていたり。盆や正月に帰って来る時は気付かなかったけど、いざ住むと決めて歩くといろんな変化がわかる。
駅からすぐの通り沿いのビルの2階に、感じのいいオフィスを見かけた。道沿い一面ガラス張りでその中には観葉植物がたくさん茂っている。中の壁は真っ白でデスクの板はアンティークの木材、足は近代的な金属。
…好きかも…。
しばらく眺めていたら、窓の方にいかにも人の良さそうな少しマヌケそうな男が背伸びしながらやってきた。そして、ウンベラータの葉に頬をスリスリしたかと思ったら、不思議な踊りを始めた。踊りと思ったらストレッチ運動だったようだ。
男は股を開いてしゃがみこみ、両手を胸の前で合わす、ヨガの花輪のポーズ?を決めた。気合が入っているのか鼻の穴が全開だ。その時、目が合った!
「!」
「!」
向こうはものすごく恥ずかしかったようだが、こちらも同じくらい気まずい。
見つめ合っててもしょうがないので、軽く会釈をしてその場を去った。
男も花輪のポーズのまま会釈をした。
「HR DESIGN OFFICE デザイナー急募 経験者優遇」
ビルの張り紙がチラっと目に入った。