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「番外編」入江部長の憂鬱・1

「タヌキな彼女」番外編です。

本編6話「癒しタヌキ この生活、まんざら悪くないかも」に出てくるヒロキの取引先のクレーム部長のお話です。少し続きます。毎日投稿するので、読んでいただけたら嬉しいです。^^

 今日も残業で遅くなってしまった。風呂に入って一杯やろう。

「ただいま…。」

玄関のドアを開けるといつものように真っ暗だ。返事も無い。ま、期待はしてないけど。

リビングのドアを開ける。灯かりが付いてテレビも付いている。妻がソファにトドの如く横になって韓国ドラマを見ている。高校生の娘と中学生の息子はスマホをいじっている。見慣れた光景だ。

「ただいま…。」

返事は無い。

分かりきってはいるが、毎日僅かばかりの期待はいつも裏切られる。自分の部屋に行き、スーツを脱いでネクタイを取る。着替えを持って風呂場へ行く。今日は少し肌寒い。ゆっくり暖まろう。風呂場のドアを開けると…すでに湯が抜かれた後だった。じわりと込み上げてくる怒りを取りあえず押えて、寒さに耐えながらシャワーを済ます。空腹で余計に腹が立つ。パジャマに着替えて再びリビングに行く。ダイニングテーブルの上を見ても、棚や冷蔵庫を見ても、どこにも夕食らしきものは無い。

「俺の夕飯はー?」

妻に問いかける。

「あら、いるのー?」

妻はソファに横たわったまま、振り向きもせず言った。

「一家の主人が帰ってきたというのに、風呂の湯は抜かれてるわ、飯は無いわ、どうなってるんだ!」

俺は怒りで震えながら言った。

妻がゆっくり起き上がり、俺を睨みつけた。

「あんた! 10時過ぎたらお湯は抜くって前から言ってあるでしょ! 長く溜めとくとカビが生えるのよ! 一体誰が掃除すると思ってんの! それに今晩私は子供たちとご飯食べ行くからあんたはどっかで食べてくるか買ってくるかしてって朝言ったよね!」

妻は吐き捨てるように言った。

「な…何なんだ、その態度は! 俺は毎日必死になってお前達の為に働いてるっていうのに!」

「偉そうな事言うんじゃないよ! 私だってフルタイムで働いてるでしょ!こっちだって疲れてんのに! うちは私の給料が無きゃ、あんただけの給料でやってけるわけないのよ! この家だって、私の親が援助してくれたから建てられたんでしょうがっ!」

怒りが込み上げて仕方が無いが、確かにその通りではあるので言い返せない。

妻は勝ち誇ったように俺を睨みつけ、再びソファに寝転び韓国ドラマを見ている。俺はしょうがなく、棚からカップラーメンを取り出し湯を沸かして注いで、冷蔵庫からビールを取り自分の部屋へ持っていった。後ろから妻が

「ビール私のよー! 勝手に持って行くなー!」

と叫んでいるが無視した。

家を建てたとき、自分の部屋を作っておいてほんとに良かった。これで妻と同じ部屋だったら、今頃ストレスで病気になっているだろう。命拾いしたと思う。

 カップラーメンをすすりながら、自分の人生を考えた。結婚する前の妻は可愛かった。何故あんなふてぶてしいモンスターになったのだろう? 子供たちはかわいいと思うが、妻にべったりで、俺には懐いていない。家で安らげないから疲れも取れないし、ストレスが溜まる一方なので、会社に行くと若い連中がやってることがいちいち癇に障る。本当に最近の若いやつは礼儀も知らないし、第一口の利き方もなっていない。飲み会には来ないわ、時間が来ると仕事ほったらかして帰るわ、ほんとあいつら何を考えてるのか! 嫌味を言っても嫌味と理解していないところがまたムカつく。どいつもこいつも気に入らないやつばかりだ! 

 カップラーメンを食べ終わり、ビールの缶を開けた。そういえば、今日来たデザイン事務所の男も気に食わないやつだった。まだ30そこそこで独立して事務所の社長なんて生意気だ! 俺なんて長年上役にさんざん気を使っておべっか使って、飲み会ではバカに徹して、血のにじむ思いでがんばってきたというのにこの地位で限界だ。そのうち出向かリストラも十分あり得るというのに! 今はやりの若手社長そのままという感じの、おしゃれな格好しやがって! 苦労知らずのノンキな顔で、あんなカッコいいデザイン画見せられたら、俺じゃなくても頭に来るだろ! 鉛筆ダコが破れて血まみれで、目の下真っ青の顔で来やがれ! 素晴らしい案だったが、世の中そんな簡単に仕事が上手くいくなんて思うほうが甘いんだよ! 俺がダメ出ししてやったことで、ヤツも社会ってものを知るだろう。ありがたいと思いやがれ!


 その夜俺は悪夢を見た。もしかすると現実なのかもしれないと思うほどリアルな夢だった。夢の中でも俺は寝ていて、頭に違和感を感じて目を覚ました。柔らかい猫の肉球のような物が俺の頭を撫でている。クリームのような物を塗っているような気持ちのいい感触だ。うっとりしながら薄っすら目を開けると、鬼のような形相をしたタヌキが俺を睨みつけながらクリームのような物を塗っていた!タヌキは頭のクリームを塗り終わると、今度は俺の真横に来て布団を剥ぎ、パジャマを脱がし始めた!俺は怖くなって、必死でタヌキを払いどけようとするのだが、金縛りにあって体は全く動かない。タヌキは掛け布団を剥がすと、俺のパジャマのボタンを外し、今度は別のクリームを胸の辺り全体に塗り始めた。肉球の感触は気持ち良いが、タヌキは怨念のこもった形相で俺を睨みつけていて怖すぎる! 一通り塗り終わると、タヌキは几帳面に俺のパジャマのボタンを元のように留めて、布団までかけてくれた。もちろん鬼のような形相は変わらずに。そしてタヌキは俺に向かってこう言った。

「悔い改めよ!」


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