怖い話(パート2) トカゲ君のストーリー
呪われた一族の子孫に、その男は産まれた。
男は、とても優しく おとなしく いつも回りを気遣いすぎるくらい人の気持ちをくみとる少年だった。少年はトカゲ君と呼ばれていた。爬虫類が大好きで、特にトカゲが大好きだったから、いつの頃からかそう呼ばれるようになった。
トカゲ君の父親は、いわゆるDV男で、母親に毎日のように暴力を振るった。常に母親を貶めて浮気ばかり繰り返していた。トカゲ君は、夜になるのが怖かった。夜になると父親が帰ってくる。夜にならなければいいのに、と毎日思っていた。父親が暴力を奮いだすと、トカゲ君は母親をかばい、自分も殴る蹴るの暴行を受ける毎日だった。母親は、トカゲ君に父親の悪口を言い続けていた。自分の中のヘドロのように溜まった憎しみや恨みをトカゲ君に向けて、下水に流すかのごとく吐き出し続けていた。その悪感情は、トカゲ君の心の奥に溜まり続けた。
ある日母親は、トカゲ君が父親から暴行を受けだすと、自分に暴力が向けられてこない事に気付いた。母親は、もうすでに壊れていた。彼女は、あろうことか自分の身代わりにトカゲ君が暴力を奮われるように、トカゲ君にわざと父親の前で失敗させたり、怒りを買うような言動をさせるよう仕向けた。母親自身もトカゲ君を怒鳴り散らしたり、手をあげるようになっていった。何かするたびにトカゲ君は殴られた。怖くて何も出来なくなった。人と話をすることすら出来なくなった。
自分を守るため、トカゲ君はいつの間にか防御策を身につけるようになった。
酷い言葉や身体的暴力を受けているのは、僕の外側の体だ。
体の中深くに入り込んでしまえば、恐ろしい言葉を聴いたり痛い目にあったりはしない。トカゲ君は、自分の意識を体の中へ中へ潜り込ませるようにした。初めは体の表面のすぐ下にしか意識は行かなかった。しかし自分のすぐ外に膜が一枚あると、シールドで守られているような感じがして、今までに味わったことの無いような安心感があった。それから意識をどんどん奥に持っていけるようになり、いつしかほんとに何も聞こえなくなり、感じなくなるようになっていった。遠くで誰かが大声を出している。遠くで誰かがドアを蹴っている。そんな感覚になっていた。
その頃だった。自分を守ってくれる守護霊様たちと会ったのは。
トカゲ君はそう思っていた。
トカゲ君の意識が体の奥底に入っていくと、声が聞こえた。
「待っていたよ。入っていいかい?」
トカゲ君はそこにドアがあるのに気付いた。
声は暖かい感じがした。トカゲ君はドアを開けた。ドアが開くと、生暖かい空気に包まれて、人型の影のようなものが入ってきた。影は大きくなったり小さくなったり、所々形を変えたりしていた。
「あなたは、どなたですか?」
トカゲ君は聞いた。
「私は、そうですねぇ…名前はありません。あったようにも思えますが、もう思い出すこともできません。」
影は言った。
「あなたはとても傷ついていますね。心がボロボロになっています。ここには私とあなただけです。あなたを傷つける者は誰もいません。あなたの苦しみを吐き出してみませんか?楽になりますよ。」
影はトカゲ君の肩を抱いて言った。
トカゲ君は今まで誰かに相談したり、本心を打ち明けたことなど無かった。打ち明けられる相手もいなかった。ずっと一人で耐えてきた。トカゲ君の目から涙がこぼれた。
「苦しかったでしょう。辛かったでしょう。よく一人で耐えました。あなたはこの不幸な境遇を、もしかして自分のせいだと思っていませんか?」
影が聞くと、トカゲ君の目からますます涙がこぼれた。
「そう思っていたのですね。かわいそうに。あなたのせいではありません。全て回りの人間のせいです。まず、あなたの父親は、あなたの体を傷つけた。そして母親に暴力を奮うことによって、あなたの心まで痛めつけた。母親は、自分が楽になりたいばかりにあなたに嫌な感情を吐き出して、あなたのエネルギーを奪っていた。自分のエネルギーはすでに使い果たしていた母親が、今まで生き延びられてこられたのは、あなたのエネルギーを奪っていたからなのですよ。そして父親もあなたからエネルギーを吸い取っていました。あなたにはもう、エネルギーがほとんど残っていない。生きているのが不思議なくらいです。」
影はいたわるように言った。
「エネルギーが無くなるという事は、僕はもう死ぬという事ですか?」
トカゲ君は聞いた。
「このままでは残念ながら死んでしまうでしょう。しかし、助かる道があります。どうでしょう、私にまかせてみませんか?悪いようにはしません。誰もあなたを傷つけたりさせません。私はあなたが哀れでならないのです。」
影は言った。
「あなたにまかせるって、何をです? 僕はどうしたらいいのでしょう?」
トカゲ君は影に聞いた。
影は優しくささやくように言った。
「全てを私が導きます。いいえ、難しいことはありません。私が全て教えるから、あなたはその通りに従えばいいのです。」
影はトカゲ君を抱きしめた。
「そうすれば僕は死にませんか?今のような苦しみから逃れられますか?」
「死にません。もう、苦しみもないでしょう。」
影はトカゲ君の口を手で大きく開けて、そこからスルスルとトカゲ君の体の中に入っていった。影がトカゲ君の体の中に入ると、トカゲ君の顔つきが別人のように変わった。目はつり上がり口は片方がねじりあがり、体中から憎しみの感情が溢れ出てきた。体が一回りもニ回りも大きくなった。
「すごくいい気分だ。体中から力が沸いてくる。この手で全てを破壊してやる。」
トカゲ君は、クックックッと笑った。