サキあらわる! お願いタヌ子!行かないで!
居酒屋ぽんぽこの件と、わけのわからない信楽焼のタヌキの事で、俺はぐったりしていた。こんな日はタヌ子のふかふかなお腹に顔をうずめて癒されたい。タヌ子のご飯も食べたい。今晩のタヌキ飯は何だろう?前はコンビニ弁当かスーパーのお惣菜ですましていたのが普通で何とも思わなかったけど、今では家に帰ったら手作りのあったかいご飯が用意されている。ご飯からタヌ子の愛情が伝わってきて、すごく元気になる。もう昔の生活には戻れない。有難さを身に染みて感じている。サキと付き合っていた時は、ご飯を作ってもらったことなんてなかった。まあ、仕事で忙しそうにしていたから期待もしていなかったけど。そんなことを考えながら、いつものようにタヌ子のかわいい笑顔の出迎えを期待してドアを開けた。
するとっ!
サキがいたっ!!!
「サ、サキ~?」
驚きのあまり、声が裏返ってしまった。
「何で?何で?%$#&*……。」
訳わからないのと驚きと怒りに似た感情で、自分でも何を言っているのかわからない。
サキは昔とちっとも変わらない高圧的な態度でタヌ子に失礼な事を言っている。俺との別れも無かった事にされている。サキの攻撃をまともに喰らったタヌ子は、輝くようなフサフサの毛並みが見る見るうちにペタンと張り付いてやせ細ってしまい、あまりの悔しさからか、尻尾を丸めて股の中に挟みこんで震えている。目に涙が溜まっていくタヌ子。
ダメだ!ダメだ!
俺のタヌ子を傷つけないでくれ!
「何失礼なこと言ってるんだよ!タヌ子はすごく役立つ子だよ!それにどんだけ癒されてるか!」
サキに怒鳴りつけた。
「じゃあ、あんたにとってこの子は何なのよ!」
サキに言われて、してはならなかった戸惑いを俺はしてしまった。
タヌ子のこと大好きだし、一緒にいて楽しいし癒されるし、でも!俺にはタヌキにしか見えないし、これは男女の愛と言っていいものなのか…と。
「何…って、…ペット…。」
と、思わず呟いてしまった。
そうじゃない!そういうんじゃない!と言おうとしたその時、タヌ子は全身逆毛を立ててプルプル震えていた。目の中が真っ白になって、いつの間にかところどころにハゲが出来たかと思うと、滝のように涙が流れ出していた。
タヌ子は部屋の中に走って行った。
「タヌ子!違う!違うんだ!」
いくら言ってもタヌ子の耳には聞こえない。
タヌ子は、うちに初めて来たときと同じ唐草模様の風呂敷を広げて、どこにあったのか、また昔っぽいやかんや鍋やおたまなんかをガチャガチャいれて肩に背負ってエレベーターの方に走って行った。
「タヌ子!待って!」
呼んでも振り返らない。
走ってエレベーターに向かったが、ドアは閉まってしまった。俺は急いで非常階段を駆け降りてタヌ子を追った。タヌ子は大通りの方に走っていって、止まっていたタクシーに乗り込んだ。俺の方をチラっと見ると運転手に何か話してタクシーは発車してしまった。
まだ間に合う!あの信号が赤で止まればタヌ子に追いつけるはず!
お願いタヌ子!行かないで!
俺は今までの人生の中でこんなに必死になったことが無いくらいに全速力で走った。しかし信号は赤にはならなかった。タクシーは非情にも俺からタヌ子を連れ去った。
心臓が今まで聞いたことの無いような音で鼓動している。お腹の方から胸に向かってこみ上げてくる何かで吐き気がする。
ダメだ。違うんだ。俺はなんてバカなんだ!
マンションに戻ると、サキがしてやったりというような顔をして俺を見た。
「今すぐ出て行け!」
サキにそう言うと、俺はサキの持ってきた荷物をまとめてサキに渡した。
「は?何言ってんの?」
「俺はタヌ子が好きなんだ!おまえじゃない!二度と俺の前に現れるな!」
俺はサキが持っていた合鍵を奪い取って部屋から追い出した。
今頃になってわかるなんて!
タヌ子がタヌキの姿にしか見えなくったって、俺はタヌ子が大好きだ!
世界中で一番大事で、死ぬまでずっと一緒に居たいんだ!
タヌ子は、ペットなんかじゃない!
俺の彼女だ!




