居酒屋ぽんぽこ(パート2) たぬき先生との出会い
「仕事中で申し訳ねぇんだが、ちょっと一杯付き合ってくれねーか?」
奥から一升瓶を抱えて大将がやってきた。
「わかっちゃいねえんだアイツはさ。この辺りは老人ばっかだろ?俺はさ、行き場の無くなったじーさんたちが気軽に来て、ちょっと話しでもできるような場を作りたかったわけよ。じーさんたち、ヘタしたら一日誰とも話ししなかったってことあるくらい孤独なんだよ。だから俺は、そんな孤独な老人たちの居場所を作ってきたつもりなんだ。」
大将は苦虫を噛み潰すような顔をして、酒をチビチビと飲んだ。
「あんた、田舎に帰るって決めたの自分だろ! 決心したからには潔くしなさいよ!」
おかみさんが大将の背中を叩いた。
「この人昔から、年取ったら故郷に帰るってずっと言ってて、やっとその夢が叶うってのに何グダグダ言ってんだろうね。」
「わかってるよ、うるせーなー。」
大将はため息をつきながらおかみさんに言った。
「あの、サトシさんは、家具など全部撤去するって言ってたんですけど、看板とか…表の信楽焼きのタヌキなんかも処分することになるんでしょうか?」
内田が大将に聞いた。
…信楽焼きのタヌキ?
「看板はね、サトシは飾ってくれそうもないから、俺が思い出に持っていくよ。でもタヌキは…あの大きさだろ?ちょっと無理かなぁ…。町のみんなからかわいがってもらったタヌキだから忍びないんだけどねぇ。」
「確かにちょっと大きすぎますよね」
そんなデカいタヌキの置物あったか?
「すいません、ちょっと失礼します。内田すぐ戻ってくるから話してて。」
俺はタヌキを確認しに表に出た。
“タヌ子???!!!”
店の表には、確かにタヌ子にソックリな信楽焼きの大タヌキが立っていた。両脇に植え込みがあって少し隠れていたのもあったけど、なんでこんなに存在感があるのに気付かなかったんだ。
しかし、見れば見るほどタヌ子に似てるなぁ。このノンキそうな笑顔なんて、そっくりだよ。腕を組んで不思議そうにタヌキを見つめていると、タヌキが瞬きした!
「うわぁぁぁぁぁーーーー!」
俺はビックリして後ろにひっくり返った。
“何なんだ、コレ?生きてんのか?”
恐る恐る立ち上がって、もう一度タヌキの目を見てみた。
「この、ばかちんがぁーーーー!」
どっかで聞いたような有名な先生のマネをしてタヌキが俺の頭を小突いた。
「痛ってぇ…。」
俺が頭を押えると、タヌキが大きな目をクリクリさせて話しかけてきた。
「おまえオラが見えるのか?」
…これもまたどっか他で聞いたようなセリフ…。
「見えますよ。見えてますけど何かっ?」
半分ヤケになってタヌキに吐き捨てるように言った。
「はいぃー、こっからが大事ですぅー!いいですかぁー? メモは取るなぁー!メモはぁー! 書くと勉強した気になるだけで頭には入りませんよー。頭に叩き込みなさぁーいー!」
タヌキは、またどっかの有名な先生のマネをしている。
「何なんスか、いったい?」
「おまえに私が見えるということは、選ばれし運命の相手だと言う事ですぅ~!」
「はぁ~?」
何で俺がタヌキの置物の運命の相手なんだ?
「この、バカちんがぁ~!」
また小突かれた。
「愚かなお前に一つ教えてあげよう。この辺に住む、ある女がいた。女はいつもワシに挨拶をしてくれたり頭やお腹を撫でてくれていた。ワシはその子が来てくれるのを毎日楽しみにしていた。しかしある日、その子の命は終わりを迎えようとしていた。ある悲惨な出来事のせいで。ワシはその子の魂の半分をワシの中に非難させた。一命は取り留めたが、魂の半分は持っていかれてしまった。ワシの力もそう長くは無い。あまり時間がないのだ。」
タヌキは悲しそうに涙を浮かべて語った。
「救いは、おまえさんがワシの姿を見ることができるということじゃ。」
タヌキは目の奥をピカっと光らせて強い口調で言った。
「何?何?何なんですかぁ~?」
「後はお前に任せたぁぁぁ…。」
タヌキはそう言うと、また元の信楽焼きの置物になって動かなくなった。
何なんだよ、後は任せたって?
話は最後までしろよー!
店の中に入ると、大将と内田はまだ話していた。
「まさかあんないい子が刺されるなんてよ。この辺りには似合わないようなべっぴんさんだったんだぜ。」
大将は涙を浮かべて言った。
「この町も物騒になったもんですね。」
内田が同情するように言った。
「何?何かあったの?」
俺が聞くと、大将が、知らなかったのか?って顔して、説明してくれた。
三ヶ月前のある晩、その日は月がとてもキレイな夜だったそうだ。大将の店、この「居酒屋ぽんぽこ」の前で女性が男に刺された。大将は、女の悲鳴に気付いて外に飛び出したら、信楽焼のタヌキの前に女が血だらけになって倒れていたそうだ。通りの遥か向こうに走り去る男が見えたが、女性の救助が先と、大将はすぐ救急車を呼んだ。幸い急所は外れていたらしいが、その後も女性は意識不明の重体らしい。
「あの子をあんな目に合わせやがって、まだそいつは捕まってないんだ。おりゃ許せなくてよ。」
大将は涙を浮かべて酒をぐいっと飲んだ。
信楽焼の大タヌキ
血だらけの女
半分になった魂
月夜の殺傷事件
「自分、あのタヌキを処分するのがなんだか忍びないんですよね。長年人々から大事にされてきた物って、付喪神になるっていうじゃないですか?あれ、きっとそうですよ!何か、ただならぬパワー感じるし。」
帰り道、内田が言った。
内田もあの信楽焼のタヌキには、何かを感じるみたいだ。
俺は何かモヤモヤしたものを感じながら考えを巡らせた。
今日、短編の「温泉センター」という話を公開しました。
読んでいただけたら嬉しいです。^^




