ネイル検定(内田) これはまぎれもない真実の愛だ!
「内田ー チョット タノミガ アルンヤケド。」
彼女のエマが俺を呼んでいる。
何故かいつも苗字で呼び捨て。
エマはドイツ人で、小学校の頃、父親の仕事の関係で何年か日本に住んでいた。近所にドイツ人学校もインターナショナルスクールも無かったので、公立の小学校に通っていた。その頃の楽しかった思い出が忘れられなくて、ドイツに帰った後も、いつかまた日本に来ようと思っていたそうだ。そして念願叶って大学の時に日本に留学し、そのまま日本で就職して現在に至っている。小学校の時に住んでいたのが福岡だったので、よくその方言が出る。しかもいかにも外人がしゃべってます風で。ほんとは日本人並みにぺらぺらのくせに。
「私、ネイル検定受ケルカラ、内田モデルニナレ!」
ネイル?
モデル?
突然の申し出に戸惑っていると、エマが面倒くさそうに説明した。
「ネイル検定受ケルノニ モデルガ イルンヨ。練習ニモ付き合ッテモラワナイケンシ、試験ノ時モ一緒ニ来テモラワナイケンケ、ソンナニ長時間タダデ拘束デキルノ内田シカオランヤロ!オマエ暇ヤロ!」
内田シカオランヤロって…どうせ言うなら「あなたしかいないの!」とか、可愛く言えないもんかね、まったく。
とにかくマニキュアなぞ塗られるなんてまっぴらごめんと、全身で拒絶の態度を見せても、エマは俺の前に普段の三倍くらいの大きさで仁王立ちにそびえ立って言い放った。
「嫌トハ 言ワセンバイ。」
目の中が白くなっている…。
「ま、俺でよかったら。」
理解のあるスマートな彼氏を装い言ったのだが、エマにはそんなことはどうでもいいようで、吐き捨てるように言われた。
「初メカラ ソウ言エ!」
やれやれ。
エマが受けるのは3級で、基本をきちんと押えておけば大丈夫だろうと言われているレベルだが、練習に付き合っていると結構難しいし、テクニックがいる。工程もたくさんあって、うっかり飛び抜かしてしまうこともある。受験までに同じモデルで何回も練習がいるというのも頷ける。
最初の頃は、爪の甘皮の処理で血だらけになることも多かったが、そのたびにエマは、
「内田、痛カッタラ言エ!」
と言うのだが、いざそう言ってもその手は止まることは無いので、もう言うのは諦めた。
しかしエマは器用なのですぐにコツを覚え、素早く痛がらせることもなく、上手に出来るようになった。
受験では、爪を真っ赤に塗って、右の中指に花のアートを描くらしい。
エマは、俺の爪をキレイに整えて、丁寧に真っ赤なマニキュアを塗っていった。うん、いんじゃない?素人目にもすごく上手だと思う。普段なかなか見られないエマの女子ぶりに、なんだかちょっと嬉しくなった。さて、花のアートは何かなぁ~…。
「!!!」
マンドラゴラ~???
根っこには不気味な小人みたいなのがついていて、悲鳴をあげてるような顔してるしぃ~!
しかもエマの描写力ハンパねぇ~!楳図〇ずお先生の絵みたいだ!
大丈夫かぁ~?
受験当日
モデルは全部の爪に赤のマニキュアを塗っていかなくてはいけないので、当然俺の爪は全部真っ赤だ。男で真っ赤のマニキュアをしているって、回りから見たら絶対変態に思われそうで、かなり抵抗があったのだが、エマはそんな俺の不安な気持ちを汲み取って、こう言ってくれた。
「内田、安心シロ。男デモ真ッ赤ノマニキュア塗ッテ二人組デ歩イテタラ、絶対ネイル検定ダッテ、ミンナソウ思ウカラ。」
「そなんだね~。」
って!!!
それ、ネイル検定受けた人じゃないとわからないよね?
普通の人、絶対わからないよね???
涙目の俺の首根っこを掴んで、エマは無慈悲に会場へと向かった。
会場に着くと、意外と男性のモデルが多いのに気付いた。俺みたいに彼氏か旦那さん風の人だったり、息子さんだったり、中には、お孫さんの受験に付き合うおじいちゃんのモデルさんもいた!
会場に入る前に待機して並んでいる列の横に、お孫さんらしき女の子とおじいちゃんがいた。二人の話し声が聞こえてくるので、悪いとは思いつつ耳をダンボにして聞いてしまった。
「じーじ、ごめんね。私のせいで長いこと爪伸ばさせて、真っ赤なマニキュアまでさせて。普段すごく爪短いのに、いろいろ不便だよね?それよりも何よりも恥ずかしいよね?シルバー人材のお友達とかに、何か言われたりしてない?」
お孫さんは涙目だ。
「心配すんな。じーじはな、こんな風で、エミリに何もしてあげられなかったのに、今回こうやって手伝ってあげることができて、ほんとに嬉しいんだよ。こんな歳になって孫の役に立てるなんて、素晴らしい事じゃないか。じーじがエミリに感謝したいくらいだよ。ありがとう、エミリ。」
じーじは、赤い爪を自慢げに見ながら孫娘に語りかけた。
「じーじ。」
孫のエミリ、目がウルウル。
じーじ、もらい無き。
俺内田、号泣。
エマ、眉間に手をあて男泣き。




