魔法薬学師シェイド
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「ーーいやあああっ!」
薄暗い森の中、少女の悲鳴がけたたましく響きわたった。
地面に座り込んだ少女を守るようにして、二人の少年少女が、先端に石がはめこまれた杖を手に身構えている。
彼らの周りには、人間の背丈をゆうに越える魔物が、よだれを垂らして待ちかまえていた。
「やっぱり私たちだけじゃ、迷いの森に入るのは無理だったんだよ!」
座り込んでいた少女は、怒りが混じった声で泣き叫ぶ。
それを背中越しに聞き流し、先頭に立っていた少年は杖を掲げた。
「今は話すより、戦え! 死にたくないだろ!」
「レナード、私が障壁を作って時間を稼ぐわ。あなたは攻撃魔法の詠唱をして!」
勝ち気そうな少女は手短に詠唱を済ませ、仲間の周りに半透明の障壁を作ると、それを維持するため、目を閉じて集中していた。
レナードと呼ばれた少年は、少女の集中力が保っている間に、攻撃力の高い魔法の準備に取りかかった。
(思い出せ・・・・・・昨日授業で習った、十二小節の呪文・・・・・・!)
習いたての魔法は成功率が低い。
それはレナード自身よく分かっているが、今はやるしかない。
障壁を維持する呪文を詠唱し続ける少女を横目に、レナードは口早に呪文を詠唱した。
一小節でも間違えれば、魔法は発動しない。
これから使おうとしている魔法は、攻撃力が高い分、呪文も長い為、失敗は命取りだ。
「レナード、もうすぐ障壁が消える・・・・・・!」
少女がか細い声を上げると、ひびの入っていた障壁が不安定に揺れた。
残すところあと二小節ーーと、レナードが力んだ瞬間。
ガラスが割れるようにして、全員を守っていた障壁が崩れ去った。
溶けるようにして消えていく破片。
魔物が牙をむき、一番手近なレナードに片腕を振り上げた。
ーー刹那、レナードたちの前に、真っ白なローブを羽織った人陰が滑り込んできた。
フードがはだけ、現れたのは黒髪の青年だ。
目は閉じられたままだが、まるで睨まれているように、レナードは感じた。
「下がれ!」
「え・・・・・・っ」
「仲間の所まで下がれ、早く!」
あまりにも鋭い男の一声に、レナードは詠唱をやめて後ずさる。
男は薬瓶を取り出すと、地面に叩きつけて中身をばらまいた。
液体は気体化し、周囲に霧のごとく立ちこめた。
魔物たちはその霧を避けるように身をよじり、やがて去っていく。
二投目の薬瓶を用意していた青年は、身構えを解いてレナードたちを振り返った。
やはり目は閉ざされているが、青年が確かに睨みつけていると、レナード達は確信していた。
「あの、あなたは・・・・・・?」
障壁を張っていた少女がおずおず訊ねる。
青年は身なりを整えると、少女の問いに対し、淡々と応えた。
「俺はシェイド。迷いの森に住む魔法薬学師だ」