こんなBとLの活用法
「ねぇ、あんたの好きそうなネタがあるんだけど聞きたい?」
「聞きたい!聞きたい!聞きたーいっ!お願い、聞かせてーー!!」
目をキラッキラさせながらテーブルに身を乗り出し、好物を前にご主人様に『よしっ』されるのを前傾姿勢で待つ犬のようになっているこの女は、大変不本意ながら私の親友だ。
そして、BとLがイチャイチャするうっすい書物をこよなく愛する女でもある。
この女のこの業の深い趣向が始まったのはまだ年齢が一桁台だった小学生時代まで遡るらしい。
変な話しこれが親だったり姉だったり周りにそういう趣向の人がいてって言うんなら“あー、それで”って納得出来るけど、小学生時代の此奴の周囲に該当者は存在しなかった。
誰の手助けもなくその趣向に自力でたどり着いちゃったこの女の業の深さは谷より深いと思うんだ。
でもね、何より納得できないのが、この女が既婚者だってこと!
しかもイケメン。
そして育メン。
父親似の将来有望な男の子まで出産なされたこの女は、自分の趣向を武器に人生勝ち組になったBL作家様であらせられる。
私だって結婚したい!
総合的に見ればBL好きの女よりは良い女度は高いはずなのに…、ううー。
この女、っていつまでも言うのも何だから紹介するね。
名前は樋田 真純。 ハンドルネームはテマリ。 純真の花言葉を持つ花の名前をストレートにハンドルネームにしている真純は、裏表がない非常に単純で分かりやすい性格をしている。
趣向が暴走さえしなければ、とってもコロコロしやすい犬体質なところを可愛いと思ってしまったために懐かれ縁ができて結局、親友に収まってしまった。
結ぼうとして結んだ縁より、得てして結んだ縁のほうが迷惑も非常に被るが、得難いものが多いなと考えさせられる縁でもある。
などなど考えつつ真純の『待て』状態を眺めていたんだけど、そろそろ限界らしい。
ソワソワと身体を揺らし、全身で『まだなの?まだ待てなの?もう、もう良いでしょ?』と催促してくる昔から変わらない仕草に少し和んだが、これから話すことを思うと和んでなんかいられない。
私は、この親友がこよなく愛するBとLの薄い本を使って復讐をしようとしているんだから…!!
「聞かせてあげても良いけど、ニつ約束して欲しいことがあるの」
「ニつ?私にできることだったら良いけど、なに?」
いや、これは復讐であって復讐じゃない。
散々コケにされたその体験をビジネスチャンスにしてやろうってだけだ。
「ひとつ、今から私の体験談を話すから、それをノンフィクションで描いて欲しい」
「んーっ、えっちゃん私BL作家だよ?ネタは聞きたいけど、ネタのためにBL以外を描くのはなぁ…」
私の体験談の中に男同士のラブ要素が入っているとは真純も考えつかないらしい。
「大丈夫!あんたが聞きたがってるネタが私の体験談だから!」
「そうなの?」
暴走癖の酷いアホ犬真純のくせに、きょとんと首を少し左に傾げる仕草が可愛い。 やっぱり人間顔か…と痛感させられる瞬間だ。 けっ。
「そう!ネタを聞いていつもみたいに妄想爆発させて描いても良いしさ!それとは別にノンフィクションでも描いて欲しいの」
「それなら良いよ。今まで全くのノンフィクションは描いたこと無いけど、いけると思う」
「よし。なら二つ目、…話しを聞いても暴れないで欲しい」
「えっちゃん…?暴走するなっ!じゃなくて?」
私の名を呼びながら瞳を揺らす真純を見て、泣きたくなった。
たぶん真純は最初から気付いていた。 気付きながら、あえていつも通り振る舞おうとする私に合わせてくれてた。
伊達に長い付き合いじゃな、って嬉しくなると同時に、いつも口を酸っぱくして言っている口癖とは違う言葉が私から出たことに戸惑いを見せる真純に申し訳なく思う。
「じゃなくて。たぶん、…絶対いつものような暴走はしないと思うから」
「――っ、私が、暴れそうな内容なの?」
まだなーんにも話し始めてすらいないのに、既に涙を滲ませている真純の瞳に、泣き出す一歩手前な顔をしている私が歪に浮かんでるのを見たのを最後に感情が爆発した。 もうドッカーンと爆発した。
だって私、五年付き合って同棲までしてた彼氏を高校時代からの男友達に寝取られてたんだもんっ!!!
爆発して三時間もノンストップで話し続けた私は、泣き疲れもあって非常に疲労困憊している。
力が抜けた状態でテーブルに全身を預けている今の状態は、顔も酷い有様なのもあいまってホラーでしかないだろう。 子供には見せられない。
もうすぐ真純の旦那と子供も帰って来る時間だし、家族団らんを邪魔している身で更にこんな姿を晒すのは忍びなさ過ぎるので、気合いと根性で身体を動かし冷凍庫から氷枕を二つ手にとって近くにあるハンドタオルを巻いて、ひとつを真純に渡し残りを拝借して顔に当てる。
冷たくて気持ちいい。 火照った顔に効く。
休日の土曜日のお昼前から真純の家に上がり込み、気を使ってくれた旦那さんが息子の陸(三才)を連れて遊びに行ってくれている。
相手が親友だろうと褒められた行動じゃない。
そう分かってても『五年付き合って同棲までしてた彼氏が高校時代からの男友達に寝取られてた』って事実はあまりにもインパクトも威力も衝撃も大きくて、どうしようもなかった。
みなさんお気付きですか?
『寝取られた』んじゃないんですよ。
『寝取られて《・》た』んですよ!
つい最近寝取られたんじゃなく、同棲前から関係してたんですよーーーーーー!!
つか、同棲前からって何なん!!? 馬鹿なの? 阿呆なの? 死ぬの?
あ゛ぁーーん? 本当、マジで舐め腐りやがって!ふざけんなっ!!
女盛りの二十代前半を何だと思ってんの?
マジでイラつくーーーーーーーーー!!!!
しかも、しかもよ?
彼氏だと思ってた男が、これまた男友達だと思ってた男と同棲前からセックスをする関係で、更に相思相愛で、更に更にこれからも関係を止めるつもりもないと言う事実を知った、彼女だったことを抹消したい気持ちで一杯である私に「お前と結婚するつもりだったし、今もそのつもりだ」って言ってきやがったの。
あまりのことに一瞬自失呆然としたよね。
一瞬で帰ってこれた自分の意志の強さに脱帽だよ。 ちょっとの間、開いた口が塞がらなかったけどね。 これはもう致し方ないことだとよね。
「親を悲しませられないから女と結婚するって決めてるから、大丈夫だ」
「お前は親にも気に入られてるし、家事も出来るから親の面倒を見てもらうのにこれ以上の女はいない」
口を開けるのに忙しくて口がお留守になってる間にも、なんか舐めたこと吐かしてたけど相手にせず、おさらばしてきました。
マジであいつなんなの?
馬鹿なの? 阿呆なの? 死ぬの? えっ、死ぬの?
今まで生きてきて、意思の疎通が出来ない宇宙人のような人たちとは何人か出会ったことがあるけど、ピカイチだね。 何様ヤローだよ。
本当どう思う。
これどう思う。
舐められてるよね。
私、舐め腐りきられてるよね!
怒りで頭がオーバーヒートしそう…。
こんな感じで三時間、感情のままに語った私の話は、あっちに行ったりこっちに行ったりで大変に聞き取りづらい内容だったと思われる。
普段の私が聞いてたら間違いなく『自分の中で整理して順序立ててから話して』と聞き始めて早々にぶった斬って終了案件だ。
まぁ今回は話してる私も聞いてる真純も普段とはかけ離れた状態だったから問題なかったし、なぜだか真純はあんな支離滅裂に話したのにも関わらず、全容の細部までしっかり把握出来たらしい。
なにそれ凄い。
話し終わった後、私よりも怒り狂った真純は担当編集者を呼び出し、同じ内容の小説と漫画を単行本でも連載でもなんでも良いから今すぐ出版したいと息巻いた。
作品が出来てもいない状態での暴挙に担当編集者も当初困惑しきりであったが、なんと小説のプロットはもう既に作成されていた。
これには編集者より私のがビックリした。 いつの間に作ったの?
そんなの作れる時間なんてなかったと思うんだけど、これがプロってヤツなのかもしれないと感心したのは恥ずかしいから真純には黙ってようと思う。
プロットを読んだ担当編集者は、内容と真純の熱意に負けて、書き上げられたら直近の会議で話に上げてくれると約束してくれた。 それからがまた更に早かった。
取り憑かれたような、現に怒りに取り憑かれた真純はすごい速さで初めてのノンフィクションBL小説を書き上げ、なんと会議が通ってしまった。
一日でも早く人の目に触れさせたいと、本人の熱くるしい熱意がインターネットでの先行配信として実を結び、つい先程先行配信が始まったのを真純と一緒に真純の仕事部屋で確認したところだ。
書き上がってすぐに読ませてもらったが、直接的な容姿や団体名は一切使ってないのに私や彼氏だと思ってた人、男友達だと思ってた男の関係者が見たら一発で私達のことだと分かるように仕上がっていた。 素敵。 名前は男二人以外は全くの別名を使ってる。 男二人に関しても原型を知ってたら分かる程度にしか留めていないので訴えられることもないだろう。
ふふふっ、この単行本が発売されたら私の両親と彼氏だと思っていた人の両親にプレゼントする予定である。 もちろん、彼氏だと思ってた人の会社に友人がいるからその友人と高校の同級生の口の軽い何人かにもプレゼントする予定だ。
私はこのBL本で完全な被害者になり、お前たちの会社での立場や家族・友人関係に一石を投じてやろうではないか!!
あっ、みなさんも気になったらどうぞ読んでやって下さい。
―タイトルは『五年付き合って同棲までしてた彼氏が高校時代からの男友達に寝取られてた』―