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おにぎり

作者: tigerman

あるところに、おにぎり屋さんがありました。

 三角のご飯に海苔を巻いた、いわゆる普通の見た目のおにぎりを売っていました。

 でも、中身はみなさんのおうちで食べられるものとは大きく違っていました。おにぎりに合ったお米、そのお米を炊く美味しい水、パリッとした食感がたまらない海苔、そしてお米の美味しさを一番引き立たせるお塩を使っていたからです。それはそれは、ほっぺたが落ちるようなおにぎりでした。

 店主の息子であった周平は、そんなおにぎり屋さんを継げたことをとても喜んでいました。自分の作ったおにぎりを喜んで食べてくれるお客さんの笑顔を見れることが、たまらなく嬉しかったからです。周平はあまりお友達がいなく、また忙しくて貧乏でしたが、それでも幸せでした。

 「そのおにぎりを持ってパーティーに来ないかい。」

 お金持ちの知り合いが声をかけてくれました。

 「うん!」

 パーティーに行けば、お友達ができるかもしれない。周平はおにぎりをうんと作って持って行きました。

 「まあまあかな。」

 いつも美味しいものばかり食べている知り合いのお金持ちと、そのさらに知り合いたちは言いました。それでも周平は幸せでした。何と言っても、初めて友達ができた気分になったからです。このあと、周平は何度もパーティーに通いました。


 それから数ヶ月後、そのパーティーにいた人が訪れてきて、こう尋ねました。

 「君のおにぎり、原価率はいくらなんだい?」

 周平に細かいことはわかりません。でも、

 「僕の商売はうまくいっているよ。大丈夫。だって普通にこうやっておにぎりが作れてるんだから。」

 しかし、訪問者は続けます。

 「僕はあのパーティーで君のおにぎりに感動した。自分は大学で経営学を学んでいるが、あのおにぎりが作れるのに君のその身なりは貧しすぎるよ。僕に任せてくれれば、君はもっといいお家に、いい服を着ていられるよ。」

 確かにこの前パーティーに行った時に唯一、周平だけが貧しい身なりをしていました。周平はそれを少し気にしていました。

 「じゃあ、君に任せてみるよ。宜しくお願いしようかな。」

 「ありがとう!」

 訪問者はその場で計算を始めました。周平はその様子をただただ見守っていました。そして計算が終わったようです。

 「このお米の値段だけど、どうしてこんなに高いんだい?」

 「ああ、それはやっぱりいいお米じゃないと美味しいおにぎりは作れないんだよ。」

 この答えに、訪問者はどうにも納得しない様子でした。

 「じゃあ、試してみよう。ここに2つの米がある。どっちが君のこだわるお米なのかわかるかい?」

 訪問者がどこからかもう一種類のお米を出してきました。食べた瞬間、周平には違いがわかりました。全然違う味なのです。

 「これは違うよ。僕の作るおにぎりはこれじゃできない。」

 「そうかなあ。僕には似てるように感じるけどな。ちょっと、すいません!」

 訪問者はお客さんを呼び止めました。

 「このお米とこのお米、違いはわかりますか?」

 お客さんは答えます。

 「うーん、わかりづらいけど左のほうが少し美味しいかなあ..」

 周平は嬉しくなりました。やっぱりお客さんはわかってくれてたのです。

 「でも、右のほうのお米だったら今までより2割は安く売れるんです。それでも左のほうを今までの値段で買いますか?」

 訪問者は引き下がりませんでした。

 「ああ、そうなのかい。確かに、私なんかはよく食べるからそっちの方が嬉しいかな..」

 「ありがとうございます!」

 周平は悩みます。訪問者の問いに対して、今まで大切であったお客さんは新しいお米の方が安くて嬉しいと言ったのですから、当然です。今までの周平のやり方は間違っていたのかと心配にもなってきました。

 それとは全く別の感情もありました。この前のパーティーです。自分だけ格好が貧しいことが、パーティーへ多く通うようになって気になるようになってきてたのです。

 「わかった。君の助言を受け入れるよ。みんなが使ってくれて初めてのおにぎり屋だ。」

 一応はお客さんのためと自分に言い聞かせて、納得しました。次の月からは新しい米に変えて、安く売り始めました。それでも原価は大きく下がったので、生活は豊かになって、パーティーに行くなりもまともなものになりました。

 

 また、前とは違う訪問者がやってきました。

 「私はカウンセラーです。この前のパーティーでお目にかかりましたが、相当疲れてらっしゃいませんか?」

 周平は正直に答えます。

 「確かに、塩は私が海水から煮込んで作っているものです。なのでいつも大変です。でも、お客さんが喜んでくださるので、頑張ってます。」

 カウンセラーはこれに答えます。

 「あなたの考えは素晴らしい。でも、あなたはあなたご自身のお身体を大切にされてますか?私は良質な塩をあなたに売ることができます。ぜひ、あなたのお身体のためにも私たちの塩を使っていただきたい。だいたい同じような味です。私たちの塩を使えばあなたは今以上に時間的に楽な生活が送れるようになりますよ。」

 周平は悩みました。確かに、この前のお客さんの反応から考えると目の前に出された塩を使うことが懸命かもしれません。なんたってお客さんは周平が思うほどこだわりがなかったのですから。

 そしてやっぱりパーティーの身なりはお金だけでは解決されないものと周平も認識し始めていました。いかに良いものを持っていても時間をかけて髪の毛などをセットしないと、まるでドブネズミが高級服を着ているかのようであったからです。時間がない自分を恨めしく思っていました。

 「わかった。君の言う通りにしよう。ありがとうね。」

 周平は結局そう答えました。この前のお米の件で得したと思っていたからです。今回も自分の生活は良い方向に向かうと思いました。


 おや、今度の訪問者はお客さんのようです。

 「君のおにぎりは前とちょっと変わってきているよね。」

 周平は痛いところを突かれたと思いました。でも、もう前の生活には戻れません。

 「すいません。でも、新しいおにぎりも気に入ってきているんです。」

 「そうかもしれない。でも、このおにぎりを作るのにわざわざ良い水を使って炊く必要はないんじゃないか。のりもそんなに大層なものを使う必要はないだろう。」

 周平は即座に頷いていました。なぜ今まで自分はこんな簡単なことに気づかなかったのだろう。

 「そうですね。それならもっと安くできると思います。ありがとうございます。」

 それにまた余計に利益が出るようになるだろうし、時間も多く作れるようになると思ったからです。これでみんなよりいい服装ができるかもしれない。

 

 そして今、おにぎり屋は前のような評判はなくなり、どこにでもあるようなおにぎりを作るようになりました。周平は次第に自分のお店で働くことが面倒になっていきました。今までこだわりの上でやってきたので楽しかったのですが、今ではただの作業であるからです。

 「それでも前よりもお金持ちになって、時間の余裕ができて、お友達のたくさんいる生活が気に入っていると周平が言っています。」そのようにパーティーの仲間から聞いております。


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