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少年達の思惑


 一方、一足先に桟橋に着いた少年達は、広場を連れだって歩いていた。

 広場では岩盤の大地から渡ってきた商人達があちこちで茣蓙を広げ、行き交う島民達を手招いている。森で採れた果実に鉄で拵えた矢尻、酒や水の詰まった樽など、品物は様々だ。島は今原野の北端にあるため、いつもに増して商人の姿が多い。

 ヨキはそんな品々に目もくれず、先を行くカルムの肩を小突いた。


「待てよ、あっさりオレらを隊長に売りやがって」


 振り返ったカルムは、そんな幼馴染を窘める。


「ヨキ、隊長に睨まれたのは自業自得さ。ああしてセト隊長のそばで手を出せば、隊長がシャルカを庇うって分からないのかい?」

「分かるさ、だからバレないようにやったんじゃないか。なのにお前が、」

「僕のせい? 馬が騒いだ時点で感付かれてたろう」


 そう言うカルムの顔は大人びて、落ち着いたものに見える。けれどヨキの目は、カルムの垂れた腕の先で小刻みに動く人差し指に向けられていた。それがカルムが苛立っている時の癖だと承知しているヨキは、からかい混じりに「あーぁ」と大袈裟に溜め息を吐いた。


「『色付き』は、何だか知んねぇけど昔っからオレらのこと告げ口したりしねぇんだよなぁ、誰かと違って。心が広いよなぁ、誰かと違って」

「…………」


 カルムは無言で睨んだが、その反応に満足したらしいヨキは話題を変えた。


「そうだ、族長様の具合はどうだ?」


 カルムの母は族長の実妹である。つまりカルムはビルマの従弟にあたる。先の戦で父を亡くしてからは、母と共に族長宅に身を寄せていた。


「別に、良くなりはしないさ。あれは死に至る病だ」


 淡々と答えるカルムに、


「そっか」


釣られたように素気なくヨキが返すと、カルムの双眸が厳しさを増した。


「そっかじゃない、だからこそ急がなきゃならないんじゃないか! なのにお前達ときたら……!」

「おいおい、何の話だよ?」


 ヨキだけでなく、周りの少年達も不思議そうにカルムを窺う。彼は落胆したように肩を落とすと、


「いい機会だ。皆おいで、話をしよう」


少年達を引き連れ、人気(ひとけ)のない広場の隅へ移動した。

 使われていない納屋の陰に入ると、カルムはうず高く積まれた藁の上に腰掛ける。仲間達を見回し、ひとりひとりと目を合わせながら喋りだした。


「いいかい? 伯父は……族長様はそう長くない、悲しいことだけど……。今、族長としての仕事の多くはビルマ姉さんが代行してる。ビルマ姉さんはとても優秀な方だけど、何せ女性でらっしゃる。

 この弓島は今、大きな転換期を迎えてるんだ。けれどあまり状況は芳しくない。この停滞した状況を打破するためには、新たな指導者(リーダー)が必要だ。そうは思わないかい?」


 問いかけられ、少年達は顔を見合わせる。


「……って言われてもなぁ。おれらが生まれてからはずっとこんな状態だし」

「これが普通っちゃ普通だよ」


 言い交わされる言葉に、カルムは薄く微笑み言葉を割りほぐす。


「確かにそうだね。けれど、あれだけ続いていた戦が止んで、復興……傷ついた島を立て直していこうって時なのは分かるだろう?

 そんな時に、皆を主導していくはずの族長様が倒れられたのは大きな痛手だ。伏しがちになられてもう二年……皆で力を合わせなきゃいけない時なのに、まとめ役がいないんだからね。だから一刻も早く新たな指導者……次期族長様に起ってもらわなきゃ困るんだ。分かるね?」


 こうして諭すように語りかける時のカルムは、どこか空恐ろしい。一見穏やかに語っているのに、異を唱えるのは許さない、そんな空気を醸している。気圧された少年達はもっともらしく頷き合った。

 

 それでも物怖じしないヨキは口を挟む。


「次期族長ったってよ……つまりはビルマ様の婿だろ? ビルマ様にその気がなきゃあよぉ」


 垂れ目がちの両目が意を得たりとばかりにヨキを見据える。そして自らの左手首を指で叩いた。


「その気はあるさ。セト隊長のここ、一体何がある?」

「蛇皮のバングル?」

「そう。あれはね、姉さんやセト隊長が二十歳になる年の春、ビルマ姉さんから贈られたものなのさ。『これから共に島を支えていって欲しい』って思いを込めてね」


 初めて耳にする美しい逸話に、少年達は賛嘆の声をあげた。蛇皮に大粒の琥珀が嵌ったあのバングルは、歳若い隊長が持つには幾分値の張りすぎる代物だ。族長の一人娘であるビルマからの贈り物ならば頷ける。

 けれどひとりの少年が首を捻った。


「でも、色違いのバングルをアダンさんもしてなかったっけ?」

「それだよ、問題は」


 カルムは膝を叩く。


「アダンさんのそれも同じさ。三人は幼い頃から親しかったからね、姉様はアダンさんにも同じ思いで色違いのそれを贈ったのさ」

「問題? いい話だと思うけどなぁ。賢くて美人なビルマ様に、島で一、二を争う弓使いのセト隊長、剣じゃ敵なしのアダン副隊長……この三人が仲良しな幼馴染同士なんてさ、なんかすごいよねぇ」


 素直に感心している年下の少年に、カルムは僅かに眉を寄せる。


「年齢と、指導者としての器とを考えると次期族長は……姉さんの結婚相手は、セト隊長かアダンさん以外にないと思ってる。だけどね、僕は知ってるのさ。アダンさんのものよりも、セト隊長の琥珀の方が一回り大きいんだ」


 その知識を披露する時、彼は少しだけ自慢気に胸を逸らした。けれどすぐに自身でそれに気付き、慌てて背を丸め声を潜める。


「だからさ。セト隊長には一刻も早くその気になってもらわなきゃならない。義弟が心配で離れられない、なんて思われたら困るんだ。これはもう島の未来に関わる大事なんだよ。

 だからいいかい、お前達。子供じみた真似はもうやめるんだ、この先シャルカにちょっかい出すのは許さないよ。これは何もシャルカのためだけに言ってるんじゃない、皆のためでもあるんだからね」


 少年達は二つ返事で頷いた。

 けれど面白くないのがヨキだ。ヨキは人一倍シャルカを疎んでいて、何かにつけて今日のようにシャルカに突っかかっている。ヨキは口の端を歪め、筋肉の乗り始めた腕を組んだ。


「でもよ、カルム。セト隊長が族長になるのは、ちょっと難しいんじゃねぇか?」

「なんでさ、姉さんはセト隊長を気に入ってるに違いないのに」


 険しい視線を投げつけるカルムへ、ヨキは正面切って言い返す。


「セト隊長は義理とはいえ、あの『色付き』の兄なんだぜ? 島の年寄り連中は、未だに一二年前の嵐は『色付き』のせいだって言い合ってる。あんな大嵐は見たことも聞いたこともない、きっと『色付き』が呼び寄せたに違いないってな。

 知ってるか? 族長様にこっそり直談判したこともあんだってよ。あの不気味な子を処分しろ、でなきゃそれを養うアト軍団長を解任して一家ごと島から追い出せって。それも一度や二度じゃねぇんだぜ?」


 族長始め、三島長はシャルカの出生の秘密を懸命に隠し通そうとしたが、人の口に戸は立てられぬもの。いつしかそれは皆の知るところとなり、シャルカの異様な見た目と相まって、島民達の多くがシャルカを不気味がっていた。あえて排除するよう声にするのは、専ら迷信深い老人達だったが。

 酷薄な笑みを浮かべ反応を窺う悪友に、カルムはふんと鼻を鳴らした。


「知ってるよ、けれど所詮耄碌(もうろく)した老人の戯言さ。セト隊長が次期族長として起つ障害にはならないだろう」

「さぁ、それはどうかな? いくらビルマ様がセト隊長を気に入ってても、それに大反対する連中がいるんじゃあなぁ? 『皆で力を合わせなきゃいけない時』なんだろ、今は」


 その指摘にカルムは一瞬だけ唇を引き結び、気付いたヨキはニヤリ笑いを漏らす。

 ところが、


「でも、そうなると次期族長はアダンさんになるのかぁ……ボク、ちょっと嫌だなぁ。アダンさんが族長になったら、また戦、戦の毎日に逆戻りしそうで……」


ヨキの薄ら笑いは、年少の少年の言葉によって遮られた。カルムは藁山から飛び降り少年の肩を掴む。


「そう、そう思うだろう? アダンさんは何でも腕づくで解決しようとする節があるからね。皆だって、また戦いに明け暮れる日々は嫌だろう? もう戦で家族や仲間を失いたくはないだろう?

 僕は忘れないよ、毎日毎日葦の小舟を原に送り出したあの日々を。もう繰り返さないためにも、次期族長には何としてもセト隊長になってもらわなきゃならない。ねぇ、そうだろう?」


 切々と訴えるカルムに、少年達は沈痛な面持ちで俯いた。戦で家族を亡くしたのはカルムだけではない。ヨキとて同じだ。再び戦が繰り返されるやも知れぬ未来を思い、今度はヨキが歯を食いしばる番だった。

 若くして幾多の戦で勝利に貢献したアダンは、弓島の英雄である一方、戦の象徴として子供達の心に刻まれていたのだ。


「あの、でも……」


 口を開いたのは、カルムに肩を掴まれたままの少年だ。


「ボク見たんだ、昨日も一昨日も……夕暮れ、ひとりで弓を持って原に出て行くアダンさんを。この春先にこっそり狩りに行くって、あれは蒼鷺(あおさぎ)を探しに行ったんじゃないのかなぁ……」

「何だって?」


 少年達は目を瞠った。

 原野の男は愛しい女に求婚する際、蒼鷺の羽根を贈る風習がある。

 蒼鷺は普段灰色の姿をしているが、繁殖期の春にだけ、雄はわずかに青みを帯びる。雌の気を引くためだ。この色彩に乏しい世界では希少な色。加えて、蒼鷺は素早く射るのが非常に難しいため、その羽根を贈ることで自分がいかに優れた狩人であるかを示すのだ。


「誰に贈る気だろう」

「やっぱりビルマ様に……?」

「他に考えられるか?」

「じゃあ、ビルマ様がそれを受け入れちゃったら……」


 緊張に強張る彼らの間を、南風が吹き抜けた。風は、かつて幾度も戦場となってきた泥の原を渡り来る。それは生温かく湿っており、原に沈む無数の男達(敗者)の吐息を思わせた。戦を忌避する世代の彼らは、その中に血の臭いを幻嗅(げんしゅう)してか、色を失い震えあがる。

 その中で、ヨキはつり上がった目を更につり上げると、唇の端を奇妙に曲げた。


「ビルマ様は、どっちかっつーとセト隊長に気があるってのは間違いなさそうなんだよな? ……なら、セト隊長が『色付き』のことで心配することがなくなりゃいいってこったな」


 妙な含みをもった口調に、カルムはヨキの顔を凝視する。


「何を考えてるんだい?」

「別に、なぁんも」


 ヨキは傍らにいた同じ歳の仲間に顎をしゃくると、彼らと共に歩き出す。カルムはその背に叫んだ。


「おかしな真似はするんじゃないぞ、ヨキ!」


 けれどもヨキは振り返らず、片手をあげて見せただけだった。

 不穏な気配を察し、不安げに顔を見合わせる年少の少年達。風は相変わらず生温く湿気ている。

 怯える彼らは、カルムの瞳に妖しげな光彩が灯ったことに、誰一人気付かなかった。




 午後になると、セトは隊員達を連れ西南の原へ下っていった。桟橋まで見送りに出たシャルカは、勇壮な若者達が蹴立てる飛沫のひとつ見えなくなるまで、ひとりその場に佇んでいた。

 そよりと風が頬を撫でる。先程少年達の肝を凍らせた風も、何も知らぬシャルカにとっては心地よい春風にすぎない。桟橋の突端にいると、その柔らかさと温かさがより強く感じられた。

 見送りを終えると、シャルカは宙を仰いで思案する。

 午後の訓練がなくなってしまったので、丸々時間が空いてしまった。友人と呼べる者のないシャルカにとっては、なかなか膨大に思える時間だ。


「どうしようかな……母様は皆と葦を刈りに行くんだっけ。その手伝いに行こうかな」


 そう思いかけてすぐに打ち消す。『色付き』の自分を連れて行ったのでは、母の肩身が狭くなってしまう。


「ひとりで弓の練習しようか。でも、あに様に決してひとりで原に出るなと言われているし。……セラフナ様、お手すきかな」


 神殿に行ってみよう。そう決めて踵を返した時だった。

 桟橋の向こうから、三人の少年達がやってくるのが見えた。その先頭はついさっき揉めたばかりのヨキだ。咄嗟に避けようとするもここは桟橋、一本道だ。おまけにヨキの後ろのふたりがまるで退路を塞ぐように広がっていて、素通りを許してくれそうもない。嫌がっても焦っても、ヨキ達はどんどん近付いてくる。

 シャルカは気を落ち着けるよう小さく息を吸い、三人の到着を待った。


「よぅ、シャルカ。暇そうだな」


 ヨキの第一声に、シャルカは内心首を傾げる。ヨキが自分を名で呼ぶことなどほとんどない。セトやアトの目がある時だけだ。


「暇ってこともないけど」

「へぇ、お前につるむ相手がいんのか?」


 慎重に答えると、ヨキは犬歯を見せて笑いながら分かりきった質問を投げつけてくる。それでもシャルカは怯まずに言った。


「セラフナ様のところへ行くんだ」


 するとヨキは大袈裟に肩を竦める。


「残念だったなぁ。神官長様なら『蒼穹神(カーヴィル)の乙女』達が葦刈りの手伝いに行くってんで、付き添いに出られたぜ」

「……そう」

「だからさ、お前どうせ暇だろうと思って誘いに来てやったんだよ」


 ヨキはシャルカに歩み寄ると、さも親しげに肩へ腕を回した。親密さを装う腕が解けぬ鎖のように感じられて、背中にぞくり悪寒が走る。


「オレらこれから原に出て自主練しようってことになってよ。お前も来ねぇか?」

「でもぼく、勝手に原に出ちゃいけないってあに様に……」

「なぁに、稽古に励む弟を、あのセト隊長が叱ると思うか? むしろ喜ぶと思うぜぇ? それに、」


 シャルカの耳に唇を寄せ、ヨキは吹き込むように囁く。


「……お前、実はさっき口惜しかったんだろ? カルムの矢は的の真ん中、お前の矢は的の端に当たってたもんな。オレは気付いてたぜ? お前が昔っからこっそりカルムに張り合ってんの」


 ずっと秘めていた思いをずばり言い当てられ、シャルカは目を丸くしてヨキを見つめた。ただ意地悪なだけな少年だと思っていたのに、ヨキは案外周囲をよく観察しているらしい。

 そんなシャルカににんまりと笑いかけ、ヨキは腕に力を込める。


「分かるぜぇ、その気持ち。オレもアイツとつるんじゃいるが、どうも鼻持ちならねぇところがあるよな。常々あの鼻っ柱をへし折ってやりてぇと思ってたんだ。だから一緒にこっそり腕磨いて、アイツを負かしてやろうぜ?」


 信じてもいいものだろうか。

 シャルカは懸命に頭を巡らせる。

 この誘いを受ければ、ヨキ達と四人だけで原へ出ることになる。今まで散々自分をこき下ろし、蔑んできた相手だ。万が一落馬するようなことがあればどうなるか。到底助けは期待できない。それどころか、突き落とされる可能性すらあるんじゃないか。泥に呑まれてしまえば亡骸は見つからない。証拠は何も残らないのだ。

 やはりあまりにも危険だ。


「せっかくだけど……」

「逃げるのか?」


 断ろうとすると、ヨキが鋭く遮った。


「…………」

「まぁ、しょうがねぇか。カルムは優秀だからなぁ。必死こいて稽古した挙句、敵わなかったら惨めだもんなぁ。仮にも軍団長様の息子でセト隊長の弟が、本気出して負けるわけにはいかねぇよなぁ、オレらと違って」


 父と兄の名に、ぴくりとシャルカの睫毛が震えた。それを見たヨキは腕を解くと、仲間に合図し歩き出す。


「悪かったな、忘れてくれ。あぁ、くれぐれもオレらが自主練してるなんて皆に言わないでくれよ? ガラじゃねぇからな」


 段々遠ざかっていく背中を、


「……待って!」


 シャルカは思わず呼び止めていた。




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