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雨の中の決闘


 騎上のアダンは抜き身の剣を手にし、セトの前に立ちはだかった。


退()いてくれアダン!」


 手綱を引くセトに、アダンは迷うことなく切っ先を向ける。


「行かせねぇ。戻れセト。オメェが迎えに行くべきはビルマだ、『色付き』じゃねぇ」

「色付きと呼ぶな!」

「何度でも言ってやらぁ馬鹿野郎が! オメェは次期族長になる男だろ、義弟ひとりと島民全員を秤にかける気か! 族長様が()られたのを見たろ、ありゃオレらには想像もつかねぇ武器だ。あんな奴らと()り合えっか! 『色付き』ひとりで済むなら万々歳じゃねぇか!」

「俺は族長にはならない、もう島に戻る気もない。そんなに言うならお前がビルマを支えてやれ、アダン!」


 それを聞き、アダンの両眼に凄まじい殺気が迸った。馬の腹を蹴ると一息にセトに飛びかかる。


「それができねぇから言ってんじゃねぇか、クソがッ!」


 セトも腰の剣を抜き迎撃する。アダンの剣は重い。初手を受けきったと思うや、アダンは次々と斬撃を繰り出してくる。情け容赦ない、本気でセトの命を絶たんとする攻撃。一瞬でも雨に視界を奪われれば間違いなく斬り捨てられる。

 その殺気の中に言いようのないやり切れなさを感じ、セトはようやく親友の本心に気付いた。


「……お前、もしかしてビルマのこと、」

「言うな!」

「まさか、賊ってお前だったのか?」


 返事の代わりに渾身の一刀が振り下ろされる。セトは寸でのところで躱したが、返す一太刀が左上腕を切り裂いた。焼けるような痛みとともに、真っ赤な血が雨に流れ出す。それを顧みる暇もなく、襲い来る刃を刃で受け止め、


「何故ビルマがお前を賊だなんて……」


白刃越しに睨みあうと、アダンは忌々しそうに吐き捨てる。


「オレは何もしちゃいねぇ、ただビルマに話をしに行っただけだ! なのにあのカルムとかいう餓鬼が騒ぎやがったんだ、はっきりとオレの顔を見ておきながら賊だとな!」

「カルムが?」


 ビルマの従弟であるカルムが、アダンがビルマの幼馴染だと知らぬはずがない。そう言えば、シャルカに妙なことを吹き込んだのもカルムだった。何故カルムはそんなことをとつい考え込んでしまったセトは、ますます力を込めるアダンに押されそうになる。何とか突っぱね距離をとると、親友を正面から見据えた。


「それにしても夜中にわざわざ訪ねて行くなんて。やっぱりあの羽根はお前が、」

「煩ぇ!」


 ことの真相を知り、セトは歯噛みした。

 いかに粗野な面があるアダンとはいえ、あの夜、ビルマをどうこうしようという気などなかったのだとセトには分かる。名代を務めるようになってから多忙を極め、個人的に会う機会のなくなってしまった彼女に想いを告げるため、やむを得ず夜に寝所を訪ねたに違いない。

 けれどカルムが騒ぎたてたことによってアダンは退かざるを得ず、ビルマの返答を受けられなかったのだろう。

 アダンを庇うため口を噤むより他ないビルマは、寝所の警護にセトひとりを指名することでしか、胸の内を示せなかったのだ。

 そうと知ったアダンの心痛はどれほどだったか。

 真相を隠し続けるのはビルマなりの情けだろうが、アダンの気質を考えるに、そんな形で示されるくらいなら賊として処分された方がまだ()()だったようにセトは思う。しかもそうとアダンに告げたのは、皮肉にもセト自身だった。


(……あぁ、でも)


 ビルマがそうまでして頑なにアダンを拒んだのは、他ならぬセトを想っていたからだ。

 もうひとりの幼馴染であるアダンの好意を知り、ビルマとて動揺しただろうし、思うところもあったろう。それでもその一途さで跳ね除けたのだ。

 それなのにセトは、彼女の想いや思い出が込められたあのバングルを、一時の感情に任せ手放してしまった。


(俺に想われる価値などない。なのに親友の恋路の邪魔までしていたなんて……)


 沈痛な面持ちで剣を下ろしたセトに、アダンが吼える。


「構えろセト!」

「…………」

「構えろ! オメェは昔っからいつもそうだ! 俺が望むもの全て手にしておきながら、なんでもねぇ顔でそれを放っちまう。でも今度だけはさせねぇぞ。戻れ、ビルマの許へ! シャルカのことは忘れろ!」


 シャルカの名に、萎えかけていたセトの四肢に気が満ちる。


「……できない。それとこれとは別だ。シャルカが一体何をした? ただ人と違う色をして生まれただけじゃないか、何故あいつだけが……!」

「この分からず屋がッ!!」


 セトの言葉を最後まで聞かず、アダンは恐るべき速さで襲いかかる。

 得物が剣では腕の傷がなくとも分が悪い。

 セトは意を決すと、横凪ぎの斬撃を受けるふりで引き寄せ、相まみえる一瞬手前、素早く馬の背に伏した。剣圧が後ろ首を撫でる。同時に、アダンの馬のヒレの付け根に剣を突き刺した。

 悲鳴をあげ、アダンの馬は激しく跳ね回る。こうなってしまえば、アダンはもう馬にしがみつくだけで手一杯だ。


「馬を狙うなんざ卑怯だぞ! テメェそれでも原野の戦士か!」


 耳まで真っ赤にして罵る親友を、セトは肩越しに振り返る。


「こんな卑怯者の分からず屋に好きな女を任すな、ビルマの許にはお前が戻れ。じゃあな」


 それだけ言い残すと、再び船を追って走り出す。

 雨音の向こうで、必死に何かを叫び続ける声がしたが、もう振り返ることはなかった。




 アダンに足止めされている間に、随分船に引き離されてしまった。セトは止血する間も惜しみ、音を頼りに追いかける。

 幸い鉄の船よりも駿馬の方が早く、ほどなくして霧の向こうに船影が見えてきた。真後ろにつけたセトは、乗り込めそうな場所はないかと黒い船体を見回す。

 改めて奇妙な船である。

 そもそも、重い鉄でできた船が何故沈まないのだろう。あの大人の背丈の倍はある大きな外輪はどうして回しているのか。上部の煙突から噴き出す煙は何なのか。セトにはまるで理解できない。ビルマは妖しの術だと言っていたが、そんなあやふやな物とは思えなかった。

 しげしげ観察していると、見回りと思しきひとりの男が甲板に現れた。すぐにセトの存在に気付くと、大声で仲間を呼ばわりながら懐をまさぐり、何かを取り出そうとする。


(あの妙な筒なら厄介だ)


 セトは瞬時に矢をつがえ放つ。矢は風雨をものともせず飛び、男の喉笛を貫いた。男は声もなく崩れ落ちる。シャルカを怯えさせた行為だが、敵を屠ることに躊躇いはない。奪った命に祈ることもしない。

 援軍が出てくる前に、船へ移らなければ。雨に目を凝らし、少し高い位置に掴まれそうな突起を見つけると、セトはその真下に馬を寄せた。そして長年親しんできた太い首を愛しげに擦る。


「俺が飛び移ったら、お前はすぐに船から離れ島へ戻れ。あの輪に巻き込まれるんじゃないぞ」


 その命令に、馬は小刻みに首を揺する。


「いい子だから。……嫁さんも見つけてやれなくて悪い、でも駿馬のお前ならきっと引く手数多だ。元気でな」


 セトは力強くその首を叩くと、弓を背に括りつけた。バランスを取りながら鞍の上に立ち、身をたわめ飛び上がる。難なく突起物を掴みぶら下がるセトを、馬の黒い瞳がじっと見上げた。


「行け!」


 主人の怒号に、馬は弾かれたように足を止めた。すぐに距離が開き、漆黒の船は遠ざかる。

 主人が無事甲板へ上がったのを見届けると、黒鹿毛の馬は天を仰ぎ、三度高く嘶いた。



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